Oblivion で町に入ると、たいてい魔術師ギルドの館があります。[1:14]呪文を買い、館の長たちの推薦を集めて回ると、帝都のアルケイン大学への道が開けます。[2:13][3:9]Morrowind の主人公が魔法を学びに訪ねるのも、同じ看板の館です。[4:26]

ところが Skyrim には、その看板がどこにもありません。魔法を学びに行く先はウィンターホールド大学で、この大学はギルドとは別の組織です。[5:2]大学で召喚魔法を教えるフィニスは、ギルドの古い決まりはギルドとともに消えたと、あっさり言い切ります。[6:33]
Oblivion の時代のギルドの長は、創設からおよそ 1,100 年がたったと書いています。[7:5]それだけ続いた組織が、Skyrim までの 200 年ほどのあいだに消えたことになります。
魔術師ギルドとは、どんな組織だったのでしょうか。タムリエルの歴史にどう関わり、なぜ消えたのでしょうか。この記事では、ESO・Morrowind・Oblivion・Skyrim に出てくる本と台詞をもとに、創設のいきさつ、組織の仕組み、第二紀から第四紀までの動き、死霊術との争い、解散までを解説します。
魔術師ギルドとは?|魔法の研究と販売を一つにしたタムリエルの組織
消えた組織の話に入る前に、ギルドがそもそも何をするための集まりだったのかを見ていきます。ゲーム内では呪文を買える店に見えますが、店はギルドの一面にすぎません。魔術師ギルドは、第二紀 230 年ごろにヴァヌス・ガレリオンが作った、魔法と錬金術の研究と応用のための職業組織です。[8:3]魔術師や妖術師、神秘家が力と才を持ち寄り、研究と公共の奉仕のために働く集まりでした。[9:2]
第二紀は、タムリエルの歴史を区切る 4つの紀の 2 番目で、ESO の舞台にあたります。そのあとに Morrowind と Oblivion の第三紀が続き、Skyrim は第四紀です。ギルドは第二紀から第四紀の初めまで、タムリエル中の町に館を置きました。[8:3,60]
ギルドの規約である憲章は、魔法の知識を集め、守り、広めることを目的に掲げ、タムリエルのすべての市民がその恩恵を受けられるようにすると定めています。[2:3]魔法を一部の人の物にしない、という考えがギルドの出発点でした。
ギルドの紋章は、目の形をしたアウルビクの目です。[8:3]世界に満ちるマジカ(魔法の力のもと)とのつながりを表す印で、[10:2]ギルドの旗にも描かれています。

タムリエルの支配者たちは、ギルドに国中で動く自由を認めました。[8:4]ギルドは政治の争いにはめったに加わりませんが、加わったときの影響は大きく、[8:4]敵に回すと手強い組織でした。
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魔術師ギルドはなぜ生まれた?|ガレリオンがサイジック会を出て魔法を民に開いた
魔法をすべての市民に、という考えは、今のゲームの感覚では当たり前に見えます。ところが第二紀の初めには、魔術師が力を持ち寄ること自体が革命的な考えでした。[9:2]魔法はひとりで学ぶか、親しい仲間うちで学ぶ物だったからです。[9:2]
そこへ現れたのが、閉じた修道会で学んだガレリオンです。魔術師たちをまとめ、魔法の恩恵を民に広げようとして、彼はギルドを作りました。[8:21]
ギルドに近い組織は、アルテウム島のサイジック会だけでした。サイジック会は王に助言する修道会で、会員は外の者には分からない儀式で選ばれます。[9:3]島に閉じこもる姿勢は不信を招き、祖先を敬う教えも時代遅れになりつつありました。[8:21][9:3]
ガレリオンはどんな人?|本のために父を失った農奴の子
ガレリオンが魔法を民に開こうとしたわけは、生い立ちから見えてきます。伝記『秘術師ガレリオン』は、アスグリム・コルスグレグという書き手がギルドの創設者の前半生をまとめた本で、Daggerfall から ESO までの各作品に出てきます。
のちのガレリオンの元の名はトレクタスといい、小貴族の領地で働く農奴の子でした。領主は字の読める農奴を危険とみて、本屋も教師も締め出しますが、父はひそかに字を覚え、息子にも教えます。
第二紀の血なまぐさい初期、ヴァヌス・ガレリオンは、トレクタスの名で生まれた。ソリチ=オン=ケルの小貴族、ギルナス卿の領地で働く農奴の子である。トレクタスの父母はふつうの労働者だったが、父はギルナス卿の定めに背いて、ひそかに自分で字を覚え、さらにトレクタスにも読み書きを教えていた。ギルナス卿は、字の読める農奴は自然に背く忌まわしい存在で、本人にも領主にも危険だと吹き込まれ、ソリチ=オン=ケルのすべての本屋を閉じさせていた。本屋も詩人も教師も、ギルナスの城の中を除いて禁じられた。それでも、小さな密輸が、ギルナスの影のすぐ下で、何冊もの本と巻物を回し続けていた。
トレクタスが 8 歳のとき、密輸人たちは見つかって投獄された。無学で信心深く、夫を恐れていたトレクタスの母が密輸人たちを裏切ったと言う者もいたが、ほかにも噂はあった。密輸人たちの裁判は有って無いようなもので、罰はすぐに下された。トレクタスの父の遺体は、ソリチ=オン=ケルが何百年ぶりかという暑い夏のあいだ、何週間も吊るされたままだった。
3 か月後、トレクタスはギルナス卿の領地から逃げ出した。サマーセット島の半ば、アリノールにたどり着いたところで、旅芸人の一座が、道ばたの溝にうずくまって死にかけている彼を見つけた。一座は彼を看病して元気にし、食べ物と寝床の代わりに使い走りとして雇った。一座の占い師ヘリアンドが、トレクタスの頭を試すようになり、少年が内気ではあるものの、その境遇にしては並外れて賢く、洗練されていることに気づいた。ヘリアンドはこの少年に自分と通じるものを見た。ヘリアンド自身、アルテウム島で神秘家としての訓練を受けた者だったのである。
一座がサマーセットの東の果てのポタンサ村で興行していたとき、ヘリアンドは、そのとき
11歳だったトレクタスをアルテウム島へ連れて行った。島の長老イアケシスはトレクタスの素質を見抜いて弟子に取り、ヴァヌスという名を与えた。ヴァヌスはアルテウム島で、心だけでなく体も鍛えた。こうして魔術師ギルドの初代アークメイジは鍛えられた。アルテウム島のサイジックから、訓練を受けた。欠乏と不正のなかにあった子ども時代から、知識を分かち合うという信条を得たのである。
アスグリム・コルスグレグ『秘術師ガレリオン』(Galerion the Mystic。Daggerfall・Morrowind・Oblivion・Skyrim・ESO の本)[11]
ガレリオンは、字を読むことを禁じられた農奴の子でした。[12:2]本は、彼が知識を分け合う考えを受け取ったのは、貧しさと不正の中の子ども時代からだと結びます。[12:10]本のために父を失った子どもが、のちに、お金を払えば誰でも魔法を買える組織を作るわけです。
ガレリオンはなぜ島を出た?|マニマルコの追放への失望と魔法を民へ届ける夢
島でガレリオンは、同じ学生のマニマルコと出会います。二人は友であり好敵手でしたが、[13:8]マニマルコは会が禁じた死霊術(死者の霊を縛って操る魔法)にのめりこみました。[7:4]
マニマルコが追放されたとき、ガレリオンは、この男を世に放てば恐ろしいことになると長老たちに訴えます。長老たちはそれを聞きませんでした。[13:10]追放だけで済ませた会への失望が、ガレリオンの離脱とギルドの創設につながります。[14:13]彼は魔法の恵みを民に届けるという夢を追って、島を去りました。[13:11]

ギルドはどう認められた?|憲章秘密会議とライリス十二世
島を出たガレリオンは、サマーセット諸島の都市ファーストホールドに魔法の使い手を集めはじめます。[9:4]魔法の実験は人のいない所でやるものだ、という考えが当たり前だった時代です。[9:4]しかも彼は、魔法のアイテムも薬も呪文も、お金を払える人なら誰にでも売ると言い出しました。[9:4]魔法はもう、貴族と知識人だけの物ではなくなります。[9:4]
この企てに町の人々はおびえ、支配者に訴えました。[15:4]人々はこれをガレリオンの愚行(Galerion’s Folly)と呼びます。[15:4]

第二紀 230 年、ガレリオンは師のイアケシスとファーストホールドの支配者ライリス十二世の前に呼ばれ、何を作るつもりなのかを説明させられました。[13:14][15:5]この集まりが憲章秘密会議(Charter Conclave)です。ガレリオンの演説は記録に残っていません。[9:5]それでも憲章は認められ、ギルドが生まれました。[9:5]
ライリスがなぜ認めたのかは、ギルドの中でも話が分かれます。ESO の本『上級公ライリスと魔術師ギルド』は、ギルドの上級遺物師ヴァラステが、後輩の会員に向けて書いた短い文章です。[15:1]上級公はサマーセットのエルフの支配者の称号で、ライリスはのちに残酷さで悪名を残します。
民は、ライリス十二世が危ない魔術師を抑える取り決めをまとめたと信じていますが、それは違います。ガレリオンは、学びと実験と仲間のために魔術師を一つの町へ集めようとしただけで、おびえた民が王に訴えたのです。
私は高い地位にある一員として、上級公ライリス十二世が魔術師ギルドの設立者の一人だという考えを、はっきり説き、取り除いておかねばならない。民は、その残酷さと嗜虐がまだ知られていなかったころ、上級公が「危険な魔術師」を抑える取り決めをまとめ、民を守る枷をどうにかして据えたのだと信じている。それはまったくの誤りである。
イアケシスの弟子ヴァヌス・ガレリオンは、たしかに、大きな都市での魔法の実験についての通念に逆らった。彼は大勢の学生と工匠を、ファーストホールドの町へ集めた。呪文使いが近くで共に働くことの益を、彼ははじめて証明しようとしたのである。大いなる儀式のためではない。学び、実験し、仲間の絆を築くためだった。
このささやかな考えが、ファーストホールドの民をひどくおびえさせ、民は支配者である上級公ライリス十二世に訴えた。いまでは多くの無礼な呼び名で知られるライリスは、何よりもまず政治の獣だった。彼は、当時「ガレリオンの愚行」と呼ばれたこの騒ぎに、魔術師と民を争わせる機会を見たのである。
さんざん取り沙汰される「憲章秘密会議」には、ライリス、イアケシス、ガレリオン、そして島々とサイジック会の名士たちが集まった。たしかに、全員の合意で、この会合の記録は残されていない。だが、よく聞け、見習いよ。ライリスがこの会合を許し、ガレリオンのしたことを許したのは、自分の目的のためだった。
もちろん、いま振り返れば、アルテウムの遺産は、新しい魔術師ギルドの誇るべき伝統である。われわれはいま堂々とギルドの旗のもとに集い、これから何百年もそうしていくだろう。ただ、これだけは覚えておけ。ライリス十二世は危険な男だった。会議の時でさえ、彼は暗い力と通じ、デイドラと契約を結んでいた。
われわれがいま仕える誇り高い結社は、彼の思惑にもかかわらず、ここにある。彼の思惑のおかげではない。
ヴァラステ『上級公ライリスと魔術師ギルド』(Kinlord Rilis and the Mages Guild。ESO の本)[16]
ところが、ギルド自身の憲章には、ギルドはガレリオンとライリス十二世が設立したと書かれています。[2:5]公式の文書は王を創設者に数え、ギルドの学者は創設者ではないと打ち消しているわけです。ギルドが民の誤解を急いで正そうとしたと伝わる所を見ると、[8:22]悪名の立った王の名をあとから切り離したかったのでしょう。
ランプ騎士団はなぜ作られた?|金で雇う護衛では忠誠を買えなかった
認められたギルドには、すぐ身の守りの問題が起きます。ギルドの歴史をまとめた本『魔術師ギルドの沿革』は、アルテウム島との違いから説明します。サイジック会は、望まない者が来ると島ごと実体を失わせて身を隠せます。[9:6]町の中にあるギルドには、その手がありません。
ギルドは護衛を雇いますが、[9:6]ガレリオンはすぐに、金だけでは忠誠を買えないと知ります。[9:6]そこで翌年に作られた騎士の組織がランプ騎士団です。[9:6]騎士はふつう魔法を使わず、各地の館を行き来してギルドを守り、騎士の位はギルドの位に対応しました。[17:4]

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魔術師ギルドはどんな組織?|アークメイジと評議会が治め各地の館が動かす
町の中に生まれたギルドは、やがてタムリエル中に館を増やします。そうなると気になるのが、これだけの組織を誰がどう治めていたのかです。ギルドの頂点にはアークメイジがいて、6人のアークマギスターからなる魔術師評議会がギルドを導きます。[8:6]各地の館はそれぞれの長が治め、第三紀の本部は帝都のアルケイン大学に置かれました。[8:6]

だれが治める?|評議会と館の役目
ギルドには、魔法の正しい使い方の法を定める権限がありました。[8:6]その決まりを動かす役目は、『魔術師ギルドの沿革』によると次のとおりです。
| 役目 | すること |
|---|---|
| アークメイジ | ギルドの長で、評議会の 1人です。名は、記録に残る最初のアークメイジであるシャリドールをしのんで付けられました[18:16] |
| 魔術師評議会 | 死霊術の決まり、館での呪文の販売、掟の守らせ方を決めます[8:6] |
| 賢者 | 各地の館の長です[9:8] |
| 遺物師 | 館の本の番人で、賢者を補佐します。下に学問の長と占術の長がいます[8:6][9:9] |
| 武芸の長 | 賢者を補佐します。下に入門者の長と、ランプ騎士団の支部を率いるパラティヌスがいます[9:9] |
念入りに組まれた形ですが、同じ本は、この階層はしばしば絵空事にすぎないとも書いています。[9:10]実際の決まりは館ごとにかなり違い、[8:6]Oblivion の館にはこの役目の人が出てきません。[1:8]
位はどう上がる?|準会員からアークメイジまでの 10 の階級
主人公が上がっていく会員の位は、Morrowind では準会員から順に 10 あります。[4:63]見習い、一人前、喚霊師、召喚師、魔術師、呪術師、魔導師、大魔導師と上がり、最後がアークメイジです。
Morrowind では能力とスキルを上げて昇進し、Oblivion では同じ 10 の位を、ギルドの仕事を終えて上がっていきます。[1:2]シロディールの館では、魔法の杖を与えられることが会員の大事な証でした。[8:8]
掟は何を定める?|憲章と第三紀 431 年の追加
会員を縛る決まりをまとめた文書が『魔術師ギルド憲章』です。Morrowind と Oblivion に出てくる本で、ギルドの目的と権限、入会の条件を定めています。
ギルドは魔法を学ぶ者を助け、魔法の正しい使い方の決まりを定め、知識を集めて守り、すべての市民に届けます。ギルドは第二紀 230 年に設立され、のちに最高顧問のギルド法案が認めました。
I. 目的
魔術師ギルドは、魔法を学ぶ者に利益をもたらし、魔法の正しい使い方についての法を定める。ギルドは、魔法の知識を集め、守り、広めることに身を捧げ、タムリエルのすべての市民がこの知識の恩恵を受けられるようにする。II. 権限
魔術師ギルドは、第二紀 230 年、サマーセット島で、ヴァヌス・ガレリオンとライリス十二世によって設立された。のちに最高顧問ヴェルシデュ・シャイエの「ギルド法案」によって認められた。III. 規則と手続き
ギルドの仲間に対する罪は、最も厳しい罰で扱う。会員がギルドでの地位を取り戻せるかどうかは、アークメイジが決める。IV. 入会の条件
魔術師ギルドは、鋭い知性と強い意志を持つ候補者だけを受け入れる。候補者は、魔法の大きな学派である破壊・変性・幻惑・神秘の修得を示さなければならない。また、付呪と錬金術の実地の知識も示さなければならない。V. 入会の申請
『魔術師ギルド憲章』(Mages Guild Charter。Morrowind・Oblivion の本)[19]
候補者は、ギルドの館の執事の前に出て、審査と承認を受けなければならない。
シロディールの憲章には、第三紀 431 年の追加が載っています。ギルドへの罪は即座の資格停止になり、何度も続けば永久に除名されます。[2:8]入会も、すべての館の執事の承認が必要になりました。[2:13]Oblivion で町から町へ推薦を集めて回るのは、この追加のためです。
掟には人間くさい物もあります。会員どうしの交際やみだらな誘いの決まりがあり、[8:7]手柄を横取りされたときの苦情の仕組みまでありました。[8:6]リーチの民が使う獣の民の魔法(beastfolk magic)は、危ない野の術として禁じられています。[8:76]いちばん大きな禁止である死霊術は、あとで見ていきます。
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魔術師ギルドは何をする組織?|魔法を売り教え危ない魔術を取り締まる
掟の裏には、ギルドに課された務めがあります。皇帝からの憲章は、ギルドに公衆への魔法の奉仕を義務づけていました。[8:13]主人公がギルドで呪文を買えるのは、この務めのおかげです。ギルドの仕事は、おもに次の 5つでした。
- 魔法を売る
薬、錬金術の材料、魔法のアイテム、標準の呪文は誰でも買えます。会員なら安く、呪文作りや付呪のように危ない物は高位の会員だけに開かれました。[8:13] - 魔法を教える
理論を知らなくても唱えられる既製の呪文を広め、[8:13]貴族や孤立した魔術師の物だった魔法を民に近づけました。[8:14] - 人を運ぶ
館から館へ瞬間移動する仕事は、会員でなくても買えました。[8:16]Morrowind の案内人もこの仕事です。[4:26] - 危ない魔法を取り締まる
危険な魔術の知らせが入ると介入します。[8:17]事件の大きさによっては、調査官 1人から魔闘士(戦いに長けた魔術師)の隊まで送りました。[8:18] - 遺物を集めて封じる
タムリエル随一の考古学者で、[8:15]危ない遺物は結界の奥の保管庫に封じます。[8:15]ときには遺物のために盗みも働きました。[8:15]
ギルドの下には、目的ごとの小さな組織もありました。別次元の脅威に備える目の騎士団、[8:36]高位の会員をどこからでも運ぶ旅人同盟、[8:16]デイドラ公を呼び出すカバルなどです。[8:16]館の見張りには猫も働いていて、魔法で隠れた侵入者まで見抜きました。[8:11]

魔法の流派はだれが作った?|ガレリオンの手柄とされたベネレの提案
魔法を民に開くうえで大きかったのが、魔法を破壊・変性・幻惑といった流派に分ける考えです。Morrowind や Skyrim のスキルの名前でおなじみの区分で、流派に分けることで、学ぶ人は魔法の全体をつかみやすくなりました。[8:66]
第三紀のアークメイジがまとめた本『黒魔術裁判』では、流派はガレリオンが学びやすいように作った区分だと語られます。[7:17]ところが ESO の本『提案:魔法の流派』では、ギルドの学者ガブリエル・ベネレが、モロウウィンドのシャド・アストゥラ学院の教え方を取り入れようと提案しています。[8:65]その学院は、ギルドの半分の時間で新人を育てていたからです。[20:3]
ガレリオンはこの提案に、不採用の手紙を束で送り返しました。[8:65]それなのに後の時代には、流派はガレリオンの手柄になっています。苦情の仕組みがあるのも無理はありません。
ガレリオンの道具はなぜ壊された?|だれでも世界を裂く剣を作れた時代
ガレリオンの魔法の開き方には、行き過ぎもありました。ギルドが本土へ広がる前、彼は強力な付呪と錬金術の道具を作ります。[8:26]魔法を知らない人でも、お金さえ払えば名人と同じ物を作れる道具で、理屈の上では世界を二つに裂く剣まで作れたと伝わります。[8:26]
素人が手に負えない物を作る事故が続いたため、ガレリオンは元の道具を壊し、使い手の腕が必要な弱い物に替えました。[8:26]開くほど危なくなる、というこの問題は、ギルドの歴史にずっとついて回ります。
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魔術師ギルドは歴史にどう関わってきた?|帝国の公認と追放をくり返した 1,100 年
ここまでの仕組みは、1,100 年のあいだ無事に続いた物ではありません。ギルドは帝国の法に守られて育ち、同じ法を奪われて追放され、また戻っています。
魔術師ギルドは、第二紀に帝国の公認を得て本土へ広がり、ソウルバーストで帝都を追われながらモラグ・バルとの戦いに加わり、第三紀にはモロウウィンドの魔法の独占まで手にしました。大きな出来事は次のとおりです。
| いつ | 出来事 |
|---|---|
| 第二紀 230 年 | 憲章が認められ、ギルドが生まれる |
| その翌年 | ランプ騎士団ができる |
| 第二紀 321 年 | ギルド法案で帝国に公認される |
| 第二紀 578 年 | ソウルバーストのあと帝都を追われ、死霊術が合法になる |
| 第二紀 582 年 | アイベアに本部を移し、コールドハーバーへ攻め入る |
| 第二紀 864 年ごろ | タイバー・セプティムの戦争に館が巻きこまれる |
| 第二紀の終わり | 休戦協定でモロウウィンドの魔法の仕事を独占する |
| 第三紀 431 年 | トレイヴンがアークメイジになり、死霊術を全面的に禁じる |
| 第三紀 433 年 | マニマルコが襲い、トレイヴンが死ぬ |
| 第四紀の初め | 解散する |
第二紀の前半|本土へ広がり帝国の公認を得る
ギルドはサマーセットからタムリエル本土へ広がっていきます。迷信深い領主に禁じられた土地も多くありましたが、[8:27]跡継ぎの代になると、ギルドを認める利点が理解されました。[9:7]魔法の才に恵まれたブレトン(ハイロック地方の人々)には大きな恵みで、[8:27]町の子どもは幼いうちに魔力を調べられたと伝わります。[8:27]
逆に、生まれた地のサマーセットでは開かれません。アイレン女王が国境を開くまで、館にはエルフしかいませんでした。[8:28]サピアルチの大学もギルドを見下し、活動を妨げています。[8:28]
第二紀 321 年、ギルドは大きな後ろ盾を得ます。当時の帝国を治めていた、東の大陸アカヴィルの最高顧問ヴェルシデュ・シャイエが、ギルド法案に署名したのです。[21:2]職人や商人のギルドとともに、魔術師ギルドと前の年にできた戦士ギルドが帝国に公認されました。[21:2]ギルドは帝国に税を納め、帝国はギルドを守ります。[21:3]
この法で、ギルドの足場は帝国の手の上に乗りました。法を握る者が変われば、ギルドの立場も変わるということです。
創設者の幻滅|ガレリオンがギルドを去る
ギルドが大きくなるほど、厳しい階級の裏では深い対立が広がりました。[8:34]ガレリオンは、作り物の階級と陰険な政治の場になったギルドに幻滅し、作ったこと自体を悔いるようになります。[13:21]彼はギルドを非難してタムリエルを離れました。そのときに残したと伝わるのが、次の言葉です。
“ギルドは政治的内紛という複雑な迷宮に過ぎなくなった”
ヴァヌス・ガレリオンの言葉。『魔術師ギルドの沿革』より
(The Guild has become nothing more than an intricate morass of political infighting.)
ガレリオンの不在は 100 年以上続きます。[8:34]ただし名誉アークマギスターの称号は持ち続け、ギルドに影響を与え続けました。[8:34]『虫の王マニマルコ』の詩のように、彼がギルドを見捨てたという話そのものを偽りと歌う本もあります。[22:51]
第二紀 578 年|ソウルバーストで帝都を追われる
ガレリオンの留守に、ギルドを最大の危機が襲います。ソウルバースト(Soulburst)です。第二紀 578 年に起きた魔力の大爆発で、[23:1]皇帝の第一の相談役だったマニマルコが、戴冠の儀式を歪めたことが原因でした。[14:24][23:2]皇帝は消え、魔術師が次々に死ぬか狂うかしました。[23:3]
爆発の責めを負わされたのはギルドでした。帝都のギルドは元老院(帝国の議会)に追放され、[23:5]ギルド法案の認可も取り消されます。[21:4]マニマルコがギルドに濡れ衣を着せたのです。[8:34]アルケイン大学は隠修士の友愛会(Fellowship of Anchorites)という組織に渡りますが、その正体はマニマルコの黒き虫の教団でした。[3:7]
マニマルコは摂政クリビア・サルンも操り、[8:34]死霊術を合法にさせ、[24:9]皇帝の魔法の相談役の座まで奪いました。[24:9]帝国の法に立っていたギルドは、法を握られたとたんに帝都の居場所を失いました。
追われたギルドは、三旗戦争(三つの同盟が帝位を争った戦争)の中で分裂しかけます。[25:7]
ESO のギルドのクエストは、この時期の話です。ギルドは、第一紀の伝説の魔術師シャリドールの霊に頼まれ、デイドラ公シェオゴラスの領域へ消えていた島アイベアを取り戻します。[25:8]島はギルドの新しい中心になり、各地の館と門で結ばれました。[25:9]

第二紀 582 年|戦士ギルドとコールドハーバーへ攻め入る
ソウルバーストの危機で、ガレリオンは長の務めに戻ります。[8:34]彼が恐れたのは、支配のデイドラ公モラグ・バルの次元融合でした。モラグ・バルの領域コールドハーバーを、この世界に重ねてしまう企てです。
ガレリオンは三旗戦争の休戦を求めましたが、交渉はうまくいきません。[13:23]同盟が認めたのは小さな動きで、魔術師ギルドと戦士ギルドの連合軍がコールドハーバーへ攻め入ることになりました。[8:45]門はガレリオン自身が開きます。[13:23]
ガレリオンは敵に捕らえられますが、[13:25]救い出されたあと、連合軍はメリディアの光で次元融合を打ち消しました。[8:47]国々が戦争を続けるなか、世界を救う側に立ったのは、国ではなくギルドでした。次元融合のあと、ギルドはアルケイン大学も取り戻しました。[3:8]

第二紀の終わりから第三紀|帝国の魔法の担い手になる
第二紀の終わり、タイバー・セプティムがタムリエルを統一していきます。ギルドの館も、中立のままではいられません。ハンマーフェルの島ストロス・エムカイの館の長ヴォアは、第二紀 864 年ごろの戦いでクラウン(統一に逆らったレッドガードの一派)の側で戦って死に、[8:51]後を継いだ長は帝国の総督の言いなりになりました。[8:51]
統一のあと、ギルドは帝国の魔法の担い手になります。休戦協定はモロウウィンドが帝国に入るときの取り決めで、公の魔法の仕事をギルドの独占にしました。[8:54]魔術師の名家テルヴァンニ家はこれを認めず、対立は第三紀の終わりまで続きます。[8:54][26:4]
Morrowind のアークメイジ・トレボニウスが、テルヴァンニの評議員の暗殺を主人公に求めるのはこのためです。[8:54]独占は第三紀の終わりに崩れました。[26:30]
第三紀 405 年ごろのイリアック湾では、ギルドはジュリアノス学院と競っています。[8:55]帝国の魔闘士(帝国軍の魔術師)とは深くつながり、[27:1]アルケイン大学の番も魔闘士が務めました。[3:4]
のちに皇帝の跡継ぎとなるマーティンも、若いころはギルドの見習いでした。[8:56]ただしマーティンはギルドの制限にいら立ち、仲間とデイドラ公サングインを拝むほうへ走っています。[8:56]
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魔術師ギルドはなぜ死霊術と争い続けた?|マニマルコの教団との千年の戦い
ギルドの歴史には、ずっと同じ敵が出てきます。マニマルコと、彼の黒き虫の教団です。この争いは、なぜ千年も続いたのでしょうか。ギルドは創設のときから死霊術を教えることを許さず、[7:4]マニマルコは死霊術を世に認めさせるために、勢いづくギルドへの対抗として教団を作ったからです。[8:31]二つの組織は、ギルドの創設のころからずっと争ってきました。[8:31]
教団は虫の巣と呼ばれる小さな集まりを各地に広げ、[28:5]ギルドの中からも魔術師を引き抜きます。[28:6]
マニマルコは喪に服す人々に呼びかけ、[14:17]魔法の制限に反対して、迫害される死霊術師の避難所を用意しました。[14:17]教団の書は、ギルドの支配を「魔術師の暴政」と呼びます。[28:4]魔法を開いたはずのギルドが、魔法を縛る側として攻められたわけです。

魂はどう線引きされた?|ガレリオンの白い魂と黒い魂
ギルドがこの敵に打った手の一つが、魂の線引きです。ESO の本『魂縛に関するギルドの覚書』は、名誉アークマギスターのガレリオンが、幹部の魔術師だけに宛てた内部文書です。[29:3]魂縛は、魂を魂石に閉じこめる術を指します。
ガレリオンは、魂縛の流行を危ないと警告します。魂縛は厳密には死霊術の一部で、民がいちばん恐れる術でもあるからです。魂石が市場で売られるほど広まったのは、死霊術を当たり前に見せようとするマニマルコのしわざだと彼は考えます。
魔術師ギルド覚書:極秘、マギスターのみ
差出人:名誉アークマギスター、ヴァヌス・ガレリオン諸君の館で呪文の流行を気にかけていれば、「魂縛」という分野への関心が近ごろ急に高まっているのに、きっと気づいているだろう。魔術師の仲間うちで現れては消える気まぐれの多くと違って、私はこの流行を、不安で危険なものと考えている。
魂縛が魔術師ギルドの基本の課程に入ったことがなく、最も経験を積んだ信頼できる魔術師にだけ、それも特定の用途に限って教えられてきたのには、理由がある。第一に、魂縛は厳密には死霊術の一部であり、それだけで忌み嫌われるべきものだ(前に述べたとおりの特別な場合を除き、それも管理された条件のもとでのみ)。第二に、魂縛は、とくに知性ある死すべき者の魂を捕らえるのに使われるとき、悪用をほとんど招いてしまう魔法の技術である。民がいちばん恐れる類の秘術であり、魔法を組織立てて教えることを各地が禁じる結果になりかねず、そうなればギルドを築いた私たちの仕事はすべて水の泡となる。
魂縛がいまやタムリエルの魔術師のあいだで常識となり、「神秘家」を名乗る者が、あらゆる市場やバザールで、大小の魂石を売るまでになったのは、邪悪なマニマルコと、その黒き虫の教団のせいだと、はっきり言える。これは、死霊術をありふれた、ほとんど無害なものに見せようとする彼の企みの一部だ。タムリエルの一部、とくにシロディールでは、忌まわしい死霊術が、正当な、法に許される魔法の分野としてすら受け入れられている。われわれの昔の師イアケシスがこの有害な成り行きをどう言うか、考えたくもない。
では、どうすべきか。増え続ける虫の教団の細胞を掘り出す合間に、私はこのことをよく考えてきた。魂縛を抑える唯一の道は、この行いを取りこむことだと思う。そこで私は、魔術師ギルドが、さまざまな魂縛の魔法を、確かな少数の呪文からなる共通の魔導書にまとめて体系化し、会員に、これらの方法だけが魂を捕らえる合法で認められた方法だと教えることを提案する。
さらに、魂縛では、すべての魂を二つに分けることを提案する。獣や動物から捕らえる小さな本質を、合法の「白い」魂とし、知性ある死すべき者から得る魂を、違法の「黒い」魂とする。そして、白い魂を捕らえる呪文だけを教え、学ぶ者が大きな魂石を知性ある者に使うことを禁じる。この二分がタムリエル全土で魂縛の標準になるには、数世代と、虫の教団の制圧が必要だろう。だが、魔術師ギルドが、タムリエルのために長い目で見られないなら、ほかの誰が見られるというのか。
ヴァヌス・ガレリオン『魂縛に関するギルドの覚書』(Guild Memo on Soul-Trapping。ESO の本)[30]
この線引きはやがて広まり、ふつうの魂石では知性ある者の魂を捕らえられず、危険な黒魂石が必要だという決まりになります。[8:31]Skyrim でも、人の魂を捕らえるには黒魂石が必要です。
ここで見ておきたいのは、ガレリオンの理由です。彼は魂縛を、ただ悪いから止めるとは言っていません。民が恐れ、各地で魔法の教育が禁じられることを心配しています。[29:5]
もっとも、死霊術の禁令の守られ方は長によって揺れました。禁令そのものは解かれたことがないものの、[7:5]見逃した長も、激しく戦った長も、死霊術師だと噂された長もいました。[7:5]ガレリオン自身の方針も、特別な場合は別としています。[13:14]
ガレリオンの最期は?|虫の王との山の戦い
ガレリオンの最期を伝えるのが、ホリクレスの詩『虫の王マニマルコ』です。[22:1]Oblivion と Skyrim に出てくる本で、マニマルコの一代記の形で二人の争いを歌います。
マニマルコの広がる手を見たガレリオンは、魔術師とランプ騎士を率いて北の呪われた峠へ向かいます。遺物を渡せと呼びかける彼に、虫の王は笑って拒みました。
ガレリオンは「泥沼」と呼んでギルドを去ったと言われるが
偽りは力ある流れ、時の川を汚すもの
ガレリオンは、崇高な力によるマニマルコの台頭を見て
魔術師たちとランプ騎士たちに言った、「この最後の息の前に
私は蛆どもの暴政に立ち向かい、ついに不死を殺さねばならぬ」
彼は彼らを率いて北の呪われた地へ、山の峠へ向かったおお、その戦いを生き延びた者たちは、あのような戦いは見たことがないと言う
魔力をまとい、魔法をかけた剣と斧を手に
ガレリオンは叫び、声はこだました、「虫の王よ、遺物を
その力を私に差し出せ。そうすれば死者にふさわしく生かしてやろう」
うつろな笑いが答えた。「先に死ぬのはお前だ」とマニマルコは言った
魔術師の軍は、汚らわしい不浄の軍勢とぶつかった青空に轟く雷のように、獅子の不意の咆哮のように
繊細な刺繍のレースを裂く鋭い剃刀のように
ひと触れで、ガレリオンは山をその根元から揺るがした
死の大群は倒れ伏したが、その断末魔の叫びを聞いて
深みから、虫の王と呼ばれるものが立ち上がった
魔術師と死霊術師の戦いに、ニルンそのものが悲鳴を上げた千の善と悪がそのとき倒れたと、歴史は伝える
ホリクレス『虫の王マニマルコ』(Mannimarco, King of Worms。Oblivion・Skyrim の本)[31][32]
その中には、ああ、道を示したヴァヌス・ガレリオンも
その日、マニマルコも本当に死んだかに見えた
邪で亡霊のような愚か者、死霊術師たちは散り散りになったかに見え
勝者は呪われた道具を魔術師ギルドへ持ち帰った
だが、あの者は不死のまま、今も生きている。虫の王マニマルコは
この戦いの年は分かっていません。[8:85]ESO の第二紀 582 年にガレリオンは生きているので、それより後の出来事です。戦いに勝ったのはギルドで、マニマルコの遺物はギルドの物になりました。[8:53]

トレイヴンの禁止で何が起きた?|Oblivion の時代にギルドが割れる
長い争いが燃え上がるのが、Oblivion の時代です。第三紀 431 年、アンヴィルの館の長だったハンニバル・トレイヴンが、僅差でアークメイジに選ばれました。[33:3][1:10]選ばれた大きな理由は、死霊術への厳しい立場です。[1:10]トレイヴンはアルケイン大学の入学を締め、会員の死霊術を全面的に禁じました。[33:3]

形の上では、創設以来の禁令を守らせただけです。[8:57]しかし長いあいだ見逃してきた長たちがいたので、ギルドは大きく割れ、評議会の半分が辞めました。[8:57]
トレイヴンはこの決定の討論を『黒魔術裁判』という本にまとめています。本の中で禁止に反対したオルシニウムの館の長グラ=コグは、自身が死霊術師だと分かり、ランプ騎士団の手を逃れて姿を消しました。[7:22][33:3]
第三紀 433 年、マニマルコが戻ってきます。[14:70]禁止に失望した魔術師が次々に教団へ流れ、[14:70]ブルーマの館は焼かれました。[14:70]評議会の対応も割れ、[14:70]評議員のカランヤは教団の内通者でした。[14:70]
追いつめられたトレイヴンは、教団が作った巨大な黒魂石に自分の魂を封じ、Oblivion の主人公に虫の王と戦う守りを与えます。[33:4]死霊術を禁じた長は、自分の魂を石に閉じこめて勝利を呼びこみました。トレイヴンは最後に、主人公を後継に指名しました。[33:4]
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魔術師ギルドはなぜ解散した?|動乱のあとに広がった魔法への反感
トレイヴンの犠牲で、ギルドは黒き虫の教団からは守られました。ところが Skyrim の時代にギルドは残っていません。虫の王に勝った組織が、なぜ消えたのでしょうか。魔術師ギルドは第四紀の初め、遅くとも第四紀 48 年より前に解散しました。[8:60]
オブリビオンの動乱(デイドラの軍勢がタムリエルへ攻めこんだ Oblivion の大事件)のあとに強まった魔法への反感に、ギルドは耐えられなかったと伝わります。[33:5]第四紀 8 年の人物としてサイノッドの魔術師の名が見えるので、[34:5]解散はかなり早かったと考えられます。
誰がどんな手続きで解散を決めたのかは、はっきり語られていません。Oblivion の主人公がアークメイジとして何をしたのかも同じです。
ただ、動乱のころのギルドの姿を思い出すと、支えの弱さは見えてきます。評議会は半分が辞めたうえに、[8:57]アークメイジと評議員が動乱のあいだに命を落としました。[3:9]後ろ盾の帝国も、皇帝の血筋を失って揺れています。法に立つ組織が、法を支える帝国の揺れと民の不信を、同時に受けたことになります。
魔術師たちはどこへ行った?|サイノッドとささやきの大学
解散のあと、帝国に公認された魔法の組織はサイノッド(Synod)とささやきの大学(College of Whispers)の 2つになりました。[8:60]ギルドの指導部にいたヒエレムのように、サイノッドへ移って力を持った魔術師もいます。[35:6]二つの違いは、死霊術の扱いにはっきり表れます。
| 比べる所 | サイノッド | ささやきの大学 |
|---|---|---|
| 死霊術 | 禁止を引き継ぎ、召喚の一部も禁じます[34:2] | 死霊術を行い、デイドラも呼びます[36:1] |
| 知識の開き方 | ギルドほど開かず、会費を何年か払って学びます[34:2] | サイノッドが禁じた研究に力を注ぎます[37:46] |
| 周りの見方 | 異論を抑えて厳しい決まりを保つと評されます[37:46] | サイノッドに逆らう思いで動いてきたと評されます[37:46] |
二つは元老院の支持を争う競争相手ですが、[34:1]第四紀 48 年ごろに空飛ぶ都市ウンブリエルが帝都を襲ったときは、どちらも守りに加わっています。[36:1]
ウィンターホールド大学はなぜ残った?|ギルドの外にいた魔術師の学校
Skyrim の魔術師が解散の影響を受けなかったのは、ウィンターホールド大学がもともとギルドの外にあったからです。[5:2,7]

サイノッドとささやきの大学はこの大学にも手を伸ばしますが、アークメイジのサボス・アレンは直接の会談を断り、[37:46]大学は中立を保っています。[5:7]大学で死霊術が認められているのも、ギルドの禁令の外にいたからです。[5:3]
アルケイン大学はギルドの解散後も残り、第四紀 201 年も魔法の学びの中心でした。[3:9]ランプ騎士団のその後は分かっていません。[17:4]
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魔術師ギルドは何に負けたのか?|民の恐れと向き合い続けた組織
解散の理由について、作中の答えは魔法への反感の一言しかありません。では、千年以上続いた組織がなぜ反感に負けたのでしょうか。ここからは当サイトの考えです。
ふり返ると、ギルドの歴史には何度も同じ物が出てきます。民の恐れです。ファーストホールドの人々はガレリオンの企てにおびえ、[15:4]領主たちは恐れからギルドを禁じました。[8:27]ガレリオンの覚書は、魂縛を民がいちばん恐れる術と呼び、魔法の教育が各地で禁じられれば、ギルドを作った苦労は無駄になると書いています。[29:5]
『黒魔術裁判』で禁止を求めたカルリスの理由も、民の恐れと敵意を招いて憲章を失うことでした。[7:11]そして最後に、ギルドは魔法への反感の中で消えます。ガレリオンの恐れは、形を変えて当たったことになります。
これは、ギルドが町の中の組織だったからです。サイジック会は望まない者が来れば島ごと身を隠せますが、[9:6]ギルドは民の前で魔法を売る約束で生まれました。カルリスは、ガレリオンが望んだのは、エリート主義で閉じたサイジック会とは違う組織だったと言います。[7:11]民に開くからこそ、民の恐れからは逃げられません。
けれども、民の恐れに合わせるほど、魔術師の自由はせばまります。グラ=コグは、偏見で学問を縛るのは狂気だと反論しました。[7:12]トレイヴンが禁止に踏み切ると、縛られた魔術師はマニマルコの所へ流れ、[14:70]教団は「魔術師の暴政」を攻めました。[28:4]追放した者が敵になって戻る形は、ガレリオンがサイジック会に失望した出来事と同じです。
解散のあと、討論の二つの答えは別々の組織になりました。死霊術を禁じるサイノッドはカルリスの答えを、死霊術を行うささやきの大学はグラ=コグの答えを受け継いだ形です。ところがサイノッドは知識を開かず、[34:2]Skyrim のミラベルは、政治ばかりで魔法は少ないと切り捨てます。[38:100]ガレリオンが吐き捨てた内輪もめは、ギルドが消えても残ったわけです。
それでも、ガレリオンの夢がすべて消えたわけではありません。Skyrim の主人公が学ぶ破壊や変性の区分は、ギルドが広めた物です。では、看板の消えた世界で、魔法はいまも民の物なのでしょうか?
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よくある質問
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参考文献
記事で引いた本と資料の原文は、次のとおりです。番号の後ろの「行」の数字は、引いた一文へのリンクです。
- UESP「Mages Guild」 行2,8,10,14
- 『魔術師ギルド憲章』(Mages Guild Charter。Morrowind・Oblivion の本) 行3,5,8,13
- UESP「Arcane University」 行4,7~9
- UESP「Mages Guild」 行26,63
- UESP「College of Winterhold」 行2,3,7
- UESP「Phinis Gestor」 行33
- 『黒魔術裁判』(The Black Arts On Trial。Oblivion・Skyrim の本) 行4~6,11,12,17,22
- UESP「Mages Guild」 行3,4,6~8,11,13~18,21,22,26~28,31,34~36,45,47,51,53~57,60,61,65,66,76,85
- 『魔術師ギルドの沿革』(Origin of the Mages Guild。Morrowind・Oblivion・ESO の本) 行2~10
- UESP「Aurbic Eye」 行2
- The Imperial Library「Galerion the Mystic」(英語の原文)
- 『秘術師ガレリオン』(Galerion the Mystic。Daggerfall・Morrowind・Oblivion・Skyrim・ESO の本) 行2,10
- UESP「Vanus Galerion」 行3,8,10,11,14,21,23,25
- UESP「Mannimarco」 行13,17,24,70
- 『上級公ライリスと魔術師ギルド』(Kinlord Rilis and the Mages Guild。ESO の本) 行1,4,5
- The Imperial Library「Kinlord Rilis and the Mages Guild」(英語の原文)
- UESP「Order of the Lamp」 行4
- UESP「Shalidor」 行16
- The Imperial Library「Imperial Charter of the Guild of Mages」(英語の原文)
- 『提案:魔法の流派』(Proposal: Schools of Magic。ESO の本) 行3
- UESP「Guild Act」 行2~4
- 『虫の王マニマルコ』(Mannimarco, King of Worms。Oblivion・Skyrim の本) 行1,51
- UESP「Soulburst」 行1~3,5
- UESP「Clivia Tharn」 行9
- UESP「Eyevea」 行7~9
- UESP「House Telvanni」 行4,30
- UESP「Imperial Battlemages」 行1
- UESP「Order of the Black Worm」 行4~6
- 『魂縛に関するギルドの覚書』(Guild Memo on Soul-Trapping。ESO の本) 行3,5
- The Imperial Library「Guild Memo on Soul-Trapping」(英語の原文)
- The Imperial Library「Mannimarco, King of Worms」(英語の原文)
- 当サイトの訳『虫の王マニマルコ』(全訳)
- UESP「Hannibal Traven」 行3~5
- UESP「Synod」 行1,2,5
- UESP「Hierem」 行6
- UESP「College of Whispers」 行1
- UESP「Faralda」 行46
- UESP「Mirabelle Ervine」 行100
- 『狼の女王 第8巻』(The Wolf Queen, v8。Morrowind・Oblivion・Skyrim の本) 行20

























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