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トリビュナルとは何者か その1|チャイマーの起源と第一評議会
【TES世界観解説】トリビュナルとは何者か その1|チャイマーの起源と第一評議会
6/7: 一部修正 ※この記事には、Morrowindのネタバレを含みます。 はじめに Morrowindの日本語化作業をきっかけに、The Elder Scrollsシリーズのロア(ゲーム内の歴史や…
はじめに
その1では、チャイマーのモロウウィンドへの移住からノルド支配、ネレヴァルとデュマックの出会いと第一評議会の成立、そして二世紀半にわたる平和の時代を辿りました。物語はカグレナックがレッドマウンテンの地下でロルカーンの心臓を発見するところで幕を閉じています。
外から攻め寄せる敵でもなく、再燃した民族の憎しみでもなく──ただ、地の底に眠っていた一つの心臓が見つかってしまった。その2で辿るのは、その発見がもたらした破局です。
ただし、あらかじめ申し上げておかねばならないことがあります。
この第二章で語る出来事のうち、確実に「こうだった」と言い切れることは、思いのほか少ないのです。とりわけ、すべてが決した最後の間で何が起きたのか──それについては、複数の伝承が互いに食い違ったまま、今日まで残されています。
ですから、この記事は「レッドマウンテンで何が起きたのか?」を一つの物語として確定させるものではありません。物語パートでは、最も骨格として扱われることの多いヴィヴェクの『レッドマウンテンの戦い』を主軸に、一つの筋立てとして再構成します。そのうえで解説パートにおいて、その筋立てがどこまで確かで、どこからが諸説に分かれるのかを、一つずつ腑分けしていきます。
物語の主軸として用いるのは、ヴィヴェク自身の手による『レッドマウンテンの戦い』です。
第二章:心臓の発見、そしてレッドマウンテンの戦い
神話時代の遺物は、神話の中だけにあるのではありません。それは現実の地理として、第一紀のチャイマーとドゥーマーが日々眺める山の地下に、確かに存在していたのです。
寓話ではなく、遺物は今もどこかに埋まっている。そして第一紀の半ば、一人のドゥーマーが、その遺物を地下深くで発見しました。
──カグレナック。神を信じない民の中で、ただ一人、神になろうとした男。
レッドマウンテンの地下深く
それは、いつのことであったか、定かではない。
第一評議会の平和の時代──ある日、レッドマウンテンの地下深くで、ドゥーマーの鉱夫たちが奇妙な石を発見した。鉱物としては見覚えのない石だった。光を放ち、触れる者の魂を震わせ、近づく者の思考を変質させる、何か途方もないものであった。
鉱夫たちはこの発見を上に報告した。やがてその報告は、ドゥーマー随一のトーナル・アーキテクト、大祭司にして大工匠、カグレナックの耳にまで届いた。
カグレナックは現地に赴き、自らの手でこの石を調べた。様々な手段を駆使して、彼はその正体を見極めた。
それは、神話時代にアーリエルが射ち落としたもの。神々が定命の世界を作るためにロルカーンの胸から抉り出し、罰として地に投げ落としたもの。
ロルカーンの心臓であった。
カグレナックがどう感じたかは、記録に残らない。確かなのは、彼がその瞬間から、生涯をかけた”ある計画“に取り憑かれたことである。
──この心臓を「演奏」できれば、ドゥーマーは神になれる。
不死。神性。あるいは、神を信じぬ民が神そのものへと至るという、アルドマー時代から続く悲願の成就。それは、神を否定するドゥーマーらしい、どこまでも技術的な解決でもあった。
カグレナックは作業に取り掛かった。
長い年月、彼は心臓の研究に没頭した。トーナル・アーキテクチャーの粋を集め、心臓と接続するための三つの道具を鍛え上げた。
サンダー(Sunder) ──心臓に純粋なトーンを引き出すハンマー。
キーニング(Keening) ──そのトーンを「色相(トーン・シェイド)」に分割する短剣。
レイスガード(Wraithguard) ──二つの武器を扱う者を心臓の力から守る籠手。
そして彼の最終構想は、ヌミディウム(Numidium) であった。ロルカーンの心臓を動力源とする、巨大な真鍮の構造体。ドゥーマー全体の魂を注ぎ込んだ、不死と神性をもたらす機械の神──と同時に、チャイマーからレスダインを奪い返すための、壊滅的な兵器でもあった。後に数々の異名で呼ばれることになる、TES世界で最も野心的な人造の存在である。
しかし、ここに不可解な点がある。
カグレナックがこの計画を、自分の王であり、レスダイン全体の共同統治者でもあるデュマック・ドワーフキングに、どこまで打ち明けていたのか?
伝承の多くは、デュマックは何も知らなかった、と語る。『レッドマウンテンのネレヴァル』によれば、カグレナックとドゥーマーの高位祭司たちは、新たな神の計画を王に対して秘密にしていた。後にネレヴァルが心臓のことを問い質したとき、デュマックは心底驚き、自分が嘘をついたと疑われたことに衝撃を受けた──という描写も、彼が真相を知らされていなかったことを裏づけている。大祭司にして大工匠、その権威は王に匹敵したカグレナックであれば、王の目を盗んで計画を進めることもできたはずだ。
もっとも、王が薄々勘づいていながら、腹心の大祭司を止められなかった、あるいは止めようとしなかった、という可能性も完全には否定できない
いずれにせよ、ヴィヴェクは後の記録で、この点について多くを語っていない。
確実なのは、ただ一つ。
カグレナックは作業を続け、年月は過ぎ、心臓を「演奏」できる日が、刻一刻と近づいていた──ということだけである。
ヴォリン・ダゴスの密告
第一紀の半ば、ある日、レッドマウンテンの近くで、一人のチャイマーが何かを見た。
ダゴス家の当主、ヴォリン・ダゴス。ネレヴァルの最も忠実な臣下にして、ドゥーマーとも親しい関係にあった男。彼の家コゴルーンはレッドマウンテンの北側、ドゥーマー領の隣接地にあった。
彼がどうやってドゥーマーの計画を知ったのか、文献は語らない。「歴史に失われた手段により(through means lost to history)」とされている。
しかし、確実なのは、ヴォリン・ダゴスがある日、ネレヴァルと三人の側近──アルマレクシア、ヴィヴェク、ソーサ・シル──の前に立ち、重大な報告をしたことである。
ダゴス家は、ドゥーマーの冒涜的な秘密を掴んでいた。大祭司カグレナックが、伝説のロルカーンの心臓を発見し、その力を引き出す術を会得した。そしていま、その心臓を用いて新たな神を──チャイマーの信仰を嘲笑う、恐るべき兵器を──築き上げようとしている、と。
ネレヴァルは、心を乱された。
ヴォリン・ダゴスは忠実な臣下であり、嘘をつく男ではなかった。しかし、もしこの密告が真実であれば──二百五十年続いた平和、血の友デュマックとの絆、すべてが崩壊することになる。
ネレヴァルは三人の側近──アルマレクシア、ヴィヴェク、ソーサ・シル──と、密告について議論した。三柱は口を揃えて戦争を主張した。「ドゥーマーへの素朴な友情に騙されてはならない。チャイマーの信仰と安全を守るのがホーテイターの務めである」。
しかし、ネレヴァルはまだ動かなかった。
デュマックへの問いかけ
ネレヴァルは、まずデュマックに直接尋ねることを選んだ。一介の臣下の密告だけで開戦するのではなく、二百五十年の友情に敬意を払い、まず友の口から真実を聞く。それがネレヴァルの選んだ道だった。
彼はヴァーデンフェルへ赴き、デュマックに会見を求めた。
“友よ、私は嫌な噂を聞いた。お前の大祭司カグレナックが、レッドマウンテンの地下でロルカーンの心臓を発見し、それを使って新たな神を作ろうとしているという。これは、真実か”
しかし、ここで予想外のことが起きた。
会見の場に居合わせたカグレナック自身が、ネレヴァルの問いに激怒したのである。
ヴィヴェクが後に書き残した『レッドマウンテンの戦い/The Battle of Red Mountain』の表現によれば、カグレナックは「ネレヴァルが何様だと思って、ドゥーマーの問題を裁こうというのか」と詰め寄ったという。
これは、奇妙な反応だった。
もし密告がまったくの事実無根なら、カグレナックの返答は単純なはずである──「そのような計画は存在しない」と。心臓のことも、新たな神のことも、ネレヴァルの誤解だと示せばよい。それで疑いは晴れる。
ところがカグレナックは、計画の存在を否定しなかった。認めもしなかった。彼が突いたのは、まったく別の一点──「ドゥーマーの問題に、他民族の王が口を出す資格があるのか」という、問いかけそのものの正当性だった。
これは事実上の自白であった。少なくとも、ネレヴァルの目にはそう映った。
ネレヴァルは、ますます心を乱された。
ホラマヤン、アズラの神殿
確証を得るため、ネレヴァルはホラマヤン(Holamayan) へ向かった。
ホラマヤンは、ヴァーデンフェル島南東の海岸近く、潮の満ち引きによってのみ姿を現す神秘的な島にある、アズラの聖なる神殿である。チャイマーの宗教における最も神聖な場所の一つであり、女神の祝福を直接乞うことができるとされた──ただし、女神が答えるかは別問題だった。
ネレヴァルは祭壇の前で跪き、女神に問うた。
“アズラよ、我が女神よ。ヴォリン・ダゴスの言葉は真実なのか。ドゥーマーは我らの信仰を嘲るための神を造ろうとしているのか”
アズラは応えた。
──”ヴォリン・ダゴスの言葉は、すべて真実である。ドゥーマーの新たな神の創造は、あらゆる手段を以て阻止されねばならぬ”
ネレヴァルは、自分が立たされた場所を悟った。
血の友との戦争か、信仰の崩壊か。
友情の最後の試み
それでもネレヴァルは、即座の開戦を選ばなかった。
彼はもう一度だけ、ヴァーデンフェルへ向かった。交渉と妥協で、まだ平和を保てるのではないか。デュマックを直接説得し、計画を止めさせることができれば、二百五十年の友情を、なお救えるのではないか──そんな望みを、彼はまだ捨てきれずにいた。
だが、この会見は惨憺たる結果に終わる。
ヴィヴェクは後にこの場面を、ただ一言で記している──「二人は激しく口論した」と。具体的に何が語られたのか、両者の最後の言葉が何だったのか、ヴィヴェクは書き残さなかった。あるいは、書けなかったのかもしれない。
結果だけが、明確だった。
二人は決裂した。三百年近く続いた血の友としての絆は、その日断たれた。
ネレヴァルはレスダインへ戻り、チャイマー諸名家に開戦を宣言した。デュマックはレッドマウンテンへ戻り、ドゥーマー諸氏族に防衛を命じた。
そして第一紀668年──「太陽の死(Sun’s Death)」と呼ばれることになる年。レッドマウンテンが最初の噴火を起こし、空が灰で覆われたその年に、第一評議会戦争(War of the First Council)が始まった。
戦争の前半 ──連敗するチャイマー
戦争は当初、誰の予想とも異なる展開を見せた。
ネレヴァルの号令のもと、チャイマー諸名家はレッドマウンテンへ進軍した。数で勝り、士気も高く、信仰のための戦いだという確信があった。かつてノルドを駆逐したときと同じように、いずれ押し切れる──そう信じる者も多かっただろう。
だが、戦は遅々として進まなかった。ドゥーマーは、レッドマウンテンの要塞に深く守られていた。幾世紀にもわたって積み上げられた軍事工学、トーナル・アーキテクチャーで動く機械の兵、地下に張り巡らされた防衛線。チャイマーがいかに戦と魔法に長けていようと、この要塞を正面から崩すことはできなかった。レスダイン北部の戦線は次々と破られ、諸名家は連敗を重ね、後退を強いられていく。
そして、ここに第三の勢力が雪崩れ込む。
スカイリムから、ノルドの大軍が南下してきたのだ。かつてレスダインを支配し、ネレヴァルとデュマックの連合に駆逐された彼らにとって、モロウウィンドの内海沿岸を失った記憶は、まだ生々しいものだった。チャイマーとドゥーマーが相討つこの好機を、彼らが見逃すはずもない。軍を率いるのは、一度死してなお蘇ったと伝えられる伝説の戦王、ウルフハース(Wulfharth)。彼はオーク氏族と同盟を組み、さらに一部の伝承では、アルコシュの召喚に応じたカジートの英雄ドロ・ジラ(Dro’Zira)までもがこの軍に加わったとされる。
ノルドがなぜ介入したのか、その動機をめぐっては相反する伝承がある。単に弱り切ったレスダインを併呑する好機を見たのだとも、あるいはヴォリン・ダゴスが使者として遣わされ、「ショール(=ロルカーン)の心臓がレッドマウンテンにある」とノルドに告げて戦に引き込んだのだ、とも言われる。
ともあれ、こうしてレッドマウンテンには、三つの軍が押し寄せることになった。そして、その三者は、それぞれまったく違う目的で、同じ一つの山を目指していた。
チャイマーは、ドゥーマーの新たな神を阻むため。
ドゥーマーは、その神を完成させるため。
ノルドは、奪われたショールの心臓を取り戻すため。
ロルカーンの心臓という、たった一つのものを巡って。
ホーテイター、再び
戦争の長期化と連敗のなかで、チャイマー諸名家の結束は、再びほどけ始めていた。
それも当然の成り行きだった。一度目にネレヴァルがホーテイターに推されたとき、チャイマーには「ノルド」という、誰の目にも明らかな共通の敵がいた。だからこそ、いがみ合う六大名家も全会一致で彼を戦長に戴くことができた。
だが、今度の敵は違う。二百五十年ものあいだ共に栄えた盟友ドゥーマーであり、しかもその要塞は難攻不落、戦は連敗続きである。「もはや退くべきではないか」「我が家だけでも兵を引くべきではないか」──そんな囁きが、諸家のあいだに広がり始めていた。
ホーテイターは、ただ一人でも反対する家があれば成立しない称号である。諸家の足並みが乱れたいま、その地位は、最初に推されたとき以上に危うかった。
それでもネレヴァルは、もう一度、諸家を一つずつ説いて回った。
ある家には、月と星の指輪が示す、月と星の下にひとつの氏族たるべき理念を、ある家には、かつてノルドを駆逐し二百五十年の平和を築いた、ホーテイターとしての実績を。
そしてすべての家に、ここでドゥーマーの新たな神を許せば、チャイマーの信仰そのものが──祖先と三柱への信仰が──根こそぎ覆されるのだという、この戦の本当の意味を説いた。
指輪の力、積み重ねた信頼、そして大義。そのすべてを注いで、ネレヴァルはようやく、揺らいだ諸家を再び一つの軍へと束ね直した。二度目のホーテイターは、こうして、一度目よりもはるかに重い代償の上に成立したのである。
そして彼は、戦略を変える。
ドゥーマーの要塞を正面から崩せない以上、別の道を取るしかない。ネレヴァルが目を向けたのは、名家の外にいる、もう一つのチャイマー──アッシュランダー(Ashlanders / 灰の民)だった。
彼らは、預言者ヴェロスに従ってこの地へ移り住んだ民の、最も古い生き方を守り続ける人々である。名家の民が定住して諸家を築いたのに対し、アッシュランダーは荒野を遊牧し、質素な祖先崇拝と三柱の善きデイドラへの信仰を、いにしえのまま保っていた。名家のチャイマーからは長らく「粗野な野蛮人」と見下されてきた人々だが、その荒野で鍛えられた強靭さ、そして街道のないレッドマウンテン周辺の地形への熟知は、膠着した戦況を覆しうるものだった。彼らを偵察と遊撃に組み込めば、ドゥーマーの要塞群を迂回し、その主力を野へ誘い出すこともできる。
ただし、アッシュランダーを傭兵のように雇うことはできない。彼らを動かすには、彼らの流儀に則り、彼らの一人とならねばならなかった。
そこでネレヴァルは、祖先の指輪「月と星」に懸けて、彼らに誓いを立てる。精霊の道と、土地の権利を、永く守ると。名家の戦長(ホーテイター)であった彼は、この誓いによって、アッシュランダーにとっての偉大なる長、アシュカーンとなった。
同じ一人の男が、定住する名家の民と、荒野の遊牧の民、その両方の長として戴かれる──分かたれていたヴェロシの民が、ここにきて初めて、一つに結ばれたのである。帝国の学者が後にまとめたアッシュランダー伝説は、その一幕をこう伝えている。
“いにしえの日々、深きエルフと西方からの異邦の大軍が、ダンマーの地を奪いに来た。その頃、ネレヴァルは名家の民の偉大なる長にして戦長であったが、古き精霊と部族の掟を重んじ、われらの一人となった。そしてネレヴァルが大いなる祖先の指輪『月と星の下のひとつの氏族』に懸けて、精霊の道と土地の権利を守ると誓ったとき、すべての部族が名家の民に合流し、レッドマウンテンの大いなる戦いに臨んだ”
名家の諸軍と、アッシュランダーの諸部族。かつて互いを蔑み合っていた同胞が、一人のホーテイターのもとに集った。ネレヴァルは、ようやく反攻の態勢を整えたのである。
第一紀668年の開戦から、およそ三十年余り。長い戦争の末──ネレヴァルは、ついに最終決戦の場をレッドマウンテンに定めた。
レッドマウンテンへ
第一紀700年のことである。
両軍は、最後の決戦のために、レッドマウンテンへと集結する。二百五十二年の平和、そして三十二年の戦争。そのすべてが、この一日へと収斂しようとしていた。
ネレヴァルは、正面からの力押しを捨てた。三十二年の戦が証明していた──ドゥーマーの要塞は、まともにぶつかっては決して落ちない。ならば、勝負を分けるのは戦場ではない。あの山の地下深く、すべての元凶が眠る場所、ロルカーンの心臓が安置された心臓の間(Heart Chamber)である。そこに到達し、計画そのものを断つ。それが、ネレヴァルの描いた策だった。
彼は、デュマックの主力軍を平地へおびき出し、そこに釘付けにした。地表で両軍が雌雄を決していると、誰もが信じて疑わない、その隙に──ネレヴァル自身は、ヴォリン・ダゴスと数人の同行者だけを率い、秘密の経路を通って、レッドマウンテンの地下深くへと潜り込んだのである。
地表では、両軍が激突した。チャイマーの諸名家とアッシュランダーの戦士たち、ドゥーマーのセンチュリオンと氏族の兵、そして遠く攻め寄せたウルフハース率いるノルドとオークの連合軍。三十二年にわたる戦のすべての因縁が、レッドマウンテンの斜面で噴き上がった。
しかし、戦の真の勝敗は、地表ではなく、地下で決した。
ネレヴァルとヴォリン・ダゴス、そして数人の同行者が、ついに心臓の間へ到達する。
──そこには、デュマックがいた。
──カグレナックがいた。
──そしてカグレナックの三つの道具──サンダー、キーニング、レイスガード──と、神話時代から地に眠っていた、ロルカーンの心臓そのものがあった。
そこで、何が起きたのか。
それは、永遠に分からない。
レッドマウンテンの戦いについて書かれた文書は数多く存在する。『レッドマウンテンのネレヴァル』、ヴィヴェク自身の手による『レッドマウンテンの戦い』、ノルドの吟遊詩人が伝えた『ウルフハース王 五つの歌』、アッシュランダーがアランドロ・スルから受け継いだ口承、ダゴス・ウル本人が後世にネレヴァルへ宛てて書き送った手紙、そしてヴィヴェクの『三十六の教訓』 第三十六説話──。
しかし、これら全ての文書は、心臓の間で何が起きたかについて、まったくと言っていいほど一致していない。
ある文書は、ネレヴァルがデュマックを斬ったと言う。
ある文書は、デュマックは最後まで友であり、別の誰かに斬られたと言う。
ある文書は、ヴォリン・ダゴスは忠実な味方だったと言う。
ある文書は、ヴォリン・ダゴスはネレヴァルを裏切った敵だったと言う。
ある文書は、心臓に道具を振るったのはカグレナックだったと言う。
ある文書は、それはダゴス・ウルだったと言う。
ある文書は、それはネレヴァル自身だったと言う。
ある文書は、ヌミディウムが実際に作動し、その破壊力で内海そのものが生まれたと言う。
しかし、それらすべての伝承が、ただ一点でだけ完全に一致する。
その日、ドゥーマーは完全に消滅した。
レッドマウンテンの地下、心臓の間にいたカグレナックと側近たちだけではない。ヴァーデンフェル全土の地下都市、レスダイン本土の地下要塞、スカイリムの地下深くブラックリーチに広がる広大な都市群、遠くハンマーフェルへ移住したローケン氏族のヴォレンフェル──タムリエル全土に散らばっていた、すべてのドゥーマーが、同じ瞬間に消えた。
誰が、それをやったのか。 カグレナックなのか、ヴォリン・ダゴスなのか、それともネレヴァル自身なのか。 意図的だったのか、事故だったのか。 彼らは死んだのか、それとも別の領域へ転送されたのか。 あるいは「歩く星」という民族全体の不死化計画の途中で、何かが破綻したのか──。
埃が静まる頃には、その埃の大半が、ドゥーマーの全てであった。
解説 ──物語の細部を読み解く
第一章解説と同じく、物語の中でさらりと触れた要素を、もう一段深く掘り下げていきます。第二章は心臓と道具と人造神に関する、TES世界でも特に専門的な領域に踏み込むため、解説の比重は第一章よりやや重くなります。
ロルカーンの心臓とは何か?
第二章の物語の中心にあるのは、ロルカーンの心臓そのものです。神話時代の記事で扱った内容と重なる部分もありますが、この章を理解するためには、心臓の性質をもう少し掘り下げる必要があります。
ロルカーンの心臓は、単に「ロルカーンの臓器」ではありません。それは「神性の火花(divine spark)」 ──神そのものの本質、神を神たらしめている原理の結晶です。
神話時代、ロルカーンは最古の塔アダマンティンの塔の頂で、アーリエルとその最強の騎士トリニマックに討たれ、「手以上の何か(more than hands)」によって胸から心臓を抉り出されました。定命の世界を創った罪への罰だった、とも言われます(※ただし、これを罰ではなく計画的な犠牲と見る伝承もあります)。
抉り出した心臓を、トリニマックとアーリエルは、その場で破壊しようとしたのです。神を作り変える力を持つこの危険なアーティファクトを、神話時代のうちに永久に消し去ろうと。
しかし、心臓は破壊されませんでした。それどころか、心臓は神々を嘲笑ったといいます。
“この心臓は、世界の心臓である。一方は他方を満足させるために作られたのだから“
『モノミス(The Monomyth)』 より
(This Heart is the heart of the world, for one was made to satisfy the other.)
つまり、ロルカーンの心臓を破壊することは、世界そのものを破壊することと同義でした。心臓と世界は一体であり、一方を消せば、もう一方も消えてしまう。神々はこれを断念し、代わりにアーリエルは心臓を矢に結びつけ、新たな世界のいかなる者も二度と見出せぬようにと、海の彼方へ高く射放ちました。
しかし、心臓は完全には隠れませんでした。落ちた地点では、その衝撃で火山が形成された──それがレッドマウンテンです。「星傷の東(star-wounded East)」という古い呼び名は、このとき星のごとく落ちた心臓が、東の地に消えない傷を刻んだことに由来します。
この心臓には、二つの性質がありました。
ひとつは、神性そのものの器であること。これに触れ、あるいは適切な手段で「演奏」する者は、その神性を引き出し、自らに取り込むことができます。後にトリビュナルが、そしてダゴス・ウルが、それぞれの仕方でこれを実証することになります。
もうひとつは、世界そのものの礎であること。ロルカーンの心臓は、レッドマウンテンの底に埋まっているだけの遺物ではありません。神々が世界を去った後もなお、ムンダスという定命の世界が崩壊せずに存在し続けられるのは、この心臓が支柱としてそこに留まっているからこそだ、とされます。これが、後にロアコミュニティで語られる「塔(Tower)」と「塔石(Tower Stone)」の概念に繋がっていきます(これについては、別記事で詳しく扱う予定です)。
カグレナックがこの心臓を発見したとき、彼が見たのは「単なる神の遺物」ではありませんでした。それは世界そのものを書き換えうる機構の中核であり、「神を必要としない神性」への鍵でした。ドゥーマーが幾世紀にもわたって追い求めてきた哲学──神を否定しながら神性に到達する道──の、究極の答えがそこにあったのです。
カグレナックがその瞬間から、生涯をかけた計画に取り憑かれたのも、無理からぬことでした。
カグレナックという男
カグレナックは、ドゥーマー社会において他に類を見ない地位を占めていました。
彼に与えられた肩書きの数を並べるだけで、その異常さが分かります。
- 主席トーナル・アーキテクト(Chief Tonal Architect)
- 大祭司(High Priest)
- 大工匠(High Craftlord)
- 大技師(High Engineer)
- 魔導工匠(Magecrafter)
ヴィヴェクは別の場所では、彼を「カグレナック・ザ・ブライター(Kagrenac the Blighter / 病をもたらす者)」とまで呼んでいます。
これらの肩書きが一人の人物に集中している事実は、ドゥーマー社会の構造そのものを示しています。
ドゥーマーには、神官と技師の区別がありませんでした。彼らにとって、宇宙の根源的な構造を理解することと、それを応用して何かを作ることは、同じ営みの両面だったのです。トーナル・アーキテクチャーは哲学であり、宗教であり、工学であり、魔術でもありました。これらを切り分けるという発想そのものが、ドゥーマー文化には存在しなかった。
カグレナックは、その頂点に立つ男でした。彼の名は、王デュマックに匹敵する権威を持っていたのです。
彼の理論は、『神性の形而上学(Divine Metaphysics)』と題された書に記されています。ただしこの書はドゥーマー語(Dwemeris)で書かれており、現代に至るまで完全に解読した者はいません。カグレナックの理論は、それほどまでに深遠で、難解なものでした。
カグレナックの教えが、いかに深くドゥーマー社会に根を張っていたか。それは、彼らの遺跡をたどると見えてきます。ある旅人の記録『ンチュナクの火と信仰』によれば、ケラカ(Kherakah)という集落には「世界で最も博識な人々」が住み、日々カグレナックの言葉を研究して過ごしたといいます。そこでは、来たるべき生における自らの居場所を思索し、「自己と心臓との関係」を理解することほど、尊ばれるものはなかった。
また、トゥレイヌラル(Tureynulal)には、彼の図書館がありました。カグレナックの教えは、単なる工学理論ではなく、ドゥーマーの宗教的・哲学的な支柱の一つだったのです。
もっとも、ドゥーマーの誰もがカグレナックの理論に賛同していたわけではありませんでした。彼の構想を「危険だ」と見て、異を唱える者も、内部にはいたのです。
そんな男が、ロルカーンの心臓を発見した。何が起きるかは、もはや誰の目にも明らかでした。
三つの道具 ──サンダー、キーニング、レイスガード
カグレナックは、ロルカーンの心臓と接続するための、三つの偉大な道具を鍛え上げました。後に「カグレナックの道具(Kagrenac’s Tools)」と総称されるそれらは、それぞれ異なる役割を担っています。異論派司祭ギルヴァス・バレロは、その三つを、こう簡潔に書き記しています。
“レイスガードは、心臓の力を引き出す者を破滅から守る、付呪された籠手である。サンダーは、望むだけの量と質の力を心臓から生み出すために打ちつける、付呪された槌である。キーニングは、心臓から立ちのぼる力を削ぎ、絞り込むために用いる、付呪された刃である”
ギルヴァス・バレロ著 『カグレナックの道具』 より
(Wraithguard is an enchanted gauntlet to protect its wearer from destruction when tapping the heart’s power. Sunder is an enchanted hammer to strike the heart and produce the exact volume and quality of power desired. Keening is an enchanted blade that is used to flay and focus the power that rises from the heart.)
順を追って見ていきましょう。
サンダー(Sunder) は、「神性の質量を持つ槌(a hammer of divine mass)」と呼ばれる、打突のための道具です。心臓と共鳴する正確な一点を打ちつけると、心臓はそれに応え、神にも等しい力を放ちます。サンダーの役目は、引き出す力の「量と質」を精密に定めること──いわば、心臓を鳴らし、その音量を調律する道具でした。
キーニング(Keening) は、サンダーが引き出した力を「削ぎ、絞り込む(flay and focus)」ための短剣です。歌のなかでは、「月々の影の音から作られた短剣(a dagger made of the sound of the shadow of the moons)」と謳われます。サンダーが鳴らした一つの大きな力を、使い手の望む形へと整え、研ぎ澄ます。神性を「演奏」するための、繊細な刃でした。
レイスガード(Wraithguard) は、真鍮にも似た籠手です。サンダーとキーニング──心臓の力を直に扱うこの二つの道具は、あまりに危険でした。素手で握れば、術者はその力に焼き尽くされ、即死を免れません。レイスガードは、その膨大な力から使い手を守る盾であり、同時に、二つの道具の力をさらに引き出す増幅器でもありました。
三つの道具は、それぞれ単独では意味をなしません。サンダーが力を生み、キーニングがそれを整え、レイスガードが術者の命を繋ぎとめる。三つが揃って初めて、ロルカーンの心臓は「演奏」可能な一つの楽器となるのです。
そしてカグレナックにとって、この三つの道具すら、まだ最終目的ではありませんでした。これらは、はるかに巨大な構想を実現するための、いわば調律の道具にすぎなかったのです。
その構想こそ、ヌミディウム(Numidium)──ロルカーンの心臓を動力源とし、ドゥーマー全民族の魂を注ぎ込んだ、千フィートを超える真鍮の人造神でした。不死と神性をドゥーマーにもたらす機械の神であり、同時に、チャイマーからレスダインを奪い返すための、壊滅的な兵器でもありました。もっとも、この人造神がこの戦いで完成し、起動することはありません。ヌミディウムが真にその姿を現すのは、はるか後の時代──また別の物語においてです。
ヴォリン・ダゴスは何を見たのか?
物語のなかで、ヴォリン・ダゴスは突然ネレヴァルの前に現れ、「ドゥーマーがロルカーンの心臓を発見し、新たな神を造ろうとしている」と告げます。デュマック本人すら知らされていなかった、ドゥーマー最奥の秘密を。
しかし──彼は、どうやってそれを知ったのか?
ウィヴェクの記述は、この点について驚くほど素っ気ない一言で済ませています。
“だが、歴史に失われた手段によって、ダゴス家のヴォリン・ダゴス卿は、ドゥーマーの企てを知った”
ヴィヴェク著 『レッドマウンテンの戦い』 より
(However, through means lost to history, Lord Voryn Dagoth of House Dagoth learned of a Dwemer scheme.)
「歴史に失われた手段により(through means lost to history)」。
これは資料が散逸したという話ではなく、最初から記録されていない、という公式の認定です。物語全体の引き金を引いた当の出来事が、空白のまま残されている。文献によっては、彼が「知った」のではなく「知ったと主張した(claimed)」と書かれることすらあり、密告が事実だったのかどうかにさえ、揺らぎが残ります。
とはいえ、なぜ「よりによってヴォリン・ダゴスが」最初に掴みえたのか。それは、彼の立ち位置を見れば察しがつきます。
ヴォリン・ダゴスの立ち位置
第一章で触れたとおり、ダゴス家は「世俗派」に分類される、チャイマーの名家のなかで最もドゥーマー寄りの家でした。本拠地コゴルーンはドゥーマー領の隣接地にあり、ヴォリン・ダゴス自身、ドゥーマーの文化や技術に通じた稀有な学識者だった。地理的にも、文化的にも、ドゥーマーの世界に最も近い場所にいたチャイマーの大領主──それが彼だったのです。だからこそ、わずかな兆候から計画の全体像を読み解けたとしても、不思議はありません。
しかし、本当に重要なのは「どうやって知ったか」ではないのでしょう。
確かなことは、たった一つ。ヴォリン・ダゴスが何かを掴み、それをネレヴァルに告げた──その一事だけが、揺るぎなく残っています。そしてその報せが、二百五十年の平和を終わらせ、第一評議会戦争を引き起こし、ドゥーマーという一民族をこの世界から消し去り、その後三千年以上にわたるモロウウィンドの運命を決定づけたのです。
彼が「何を見たのか」は、永遠の闇に沈んでいます。けれど、彼が「見てしまった」という事実の重さだけは、その後の歴史のすべてが証明しています。
アズラはなぜ介入したのか
ヴォリン・ダゴスの密告を受け、カグレナックの反応に疑いを深めたネレヴァルは、最後の確証を求めて、アズラの聖なる神殿ホラマヤンへ巡礼します。そして女神は、彼の問いに応えました。
“アズラは、ダゴス・ウルの語ったことはすべて真実であり、ドゥーマーの新たな神の創造は、あらゆる手段を以て阻止されねばならぬと告げた”
ヴィヴェク著 『レッドマウンテンの戦い』 より
(Azura confirmed that all that Dagoth Ur said was indeed true, and that the creation of a New God of the Dwemer should be prevented at all costs.)
この託宣が、ネレヴァルの最後の迷いを断ち、彼を開戦へと踏み切らせました。物語の上では、ここが大きな分岐点です。
しかし、立ち止まって考えてみると、いくつもの問いが浮かびます。チャイマーには三柱の善きデイドラ(アズラ、ボエシア、メファーラ)がいたのに、なぜほかの二柱ではなく、アズラだったのか? そしてそもそも、デイドラ公が定命の者の戦争に、これほど直接口を出すことは、異例ではなかったのか?
なぜ、アズラだったのか
理由は、大きく三つ考えられます。
一つは、アズラがチャイマーにとって特別な存在だったことです。三柱のなかでもアズラだけは、単なる崇拝の対象を超えていました。ダンマー(そしてその祖先のチャイマー)は、彼女を「個別の祖先」ではなく、「民族そのものの母」「共通の祖」として理解していたのです。そもそもチャイマーがアルトマーと袂を分かち、「異なる者」となる秘密を授けたのも、アズラだったとされます。民族の成り立ちそのものに関わる女神が、その民族の存亡に関わる事態に応えたとしても、不思議はありません。
二つめは、ネレヴァル個人との絆です。いくつかの伝承で、ネレヴァルは「アズラの戦士(Champion of Azura)」と呼ばれます。彼は重要な決断のたびに女神に相談し、その関係は、彼女が祝福した月と星の指輪に象徴されていました。しかもこの指輪は、ネレヴァルとアズラを結ぶだけのものではありません。後に彼がこの指輪に懸けて、アッシュランダーに「その生き方を永く尊重する」と誓うことを思えば──月と星とは、ネレヴァル、アズラ、そしてアッシュランダーという三者を一本に結ぶ、結節点でもあります。彼が直接問えば、女神には応えるだけの理由があったのです。
そして三つめが、おそらく最も本質的です。アズラの司る領域は、「変化と移行」でした。夜と昼の境目、暗闇と光の境目、定命と不死の境目──二つの状態のあいだにある、移ろいゆく薄明こそが、彼女の領分です。彼女の神殿ホラマヤンの入口が、夜明けと黄昏という「昼と夜の境目」の刻にしか開かないのも、その領分を物理的に体現したものでした。
ここに思い至ると、ドゥーマーの企てが持つ、もう一つの顔が見えてきます。
ロルカーンの心臓を「演奏」し、世界の秩序そのものを作り変えようとすること──それは、世界を別の状態へと「変容」させる試みにほかなりません。つまりドゥーマーの計画は、まさにアズラの領分そのものへの侵犯だったのです。彼女が、ほかのどの神よりも先に反応する理由が、ここにありました。
ここから、一つの問いが立ち上がります(※以下は私の推測です)。
アズラは、ドゥーマーが「神になる」こと自体に怒っていたのか?
それとも、自分以外の誰かが「変容」という領分に手を触れることに、怒っていたのか?
後の歴史で、彼女がトリビュナルの神格化に対しても激しい呪いを下すことを思えば、この問いは、ただの言葉遊びでは済まないように思えます。
神が、戦争を命じるということ
もう一つ、見過ごせない点があります。デイドラ公が定命の者の戦争に、これほど直接介入したという事実そのものです。
TES世界において、神々と定命の者の関わりは、ふつうもっと間接的です。デイドラは信徒と契約を結び、ときに気まぐれに干渉しますが、「この計画をあらゆる手段で阻止せよ」と、歴史の岐路で明確な指令を下すことは、そう多くありません。ところがアズラは、ネレヴァルの問いに、ほとんど命令と呼ぶべき答えを返した。これは見方を変えれば、女神が一民族の運命に対して、責任を引き受けたということでもあります。
神が、ここまで明確に定命の歴史へ踏み込んだ。その事実の重さは、この一日では、まだ誰にも測れなかったでしょう。アズラの介入が、この先どこまでの帰結を呼ぶことになるのか──それは、もう少し物語が進んでから、改めて向き合うことになります。
ともあれ、この時点での託宣は、ネレヴァルにとって確証であると同時に、引き返せない一線でした。血の友との戦争か、信仰の崩壊か。アズラの言葉は、彼にその二択をはっきりと突きつけたのです。
アッシュランダー ──忘れられた同胞
戦況を覆すため、ネレヴァルが最後に手を結んだのは、アッシュランダー(Ashlanders / 灰の民)でした。彼らが何者だったのかを知ると、この同盟の本当の重みが見えてきます。
同じ民の、もう半分
アッシュランダーは、しばしば「名家に属さない、野蛮な遊牧民」として語られます。しかし、その出自をたどれば、彼らは名家のチャイマーと、まったく同じ根を持つ同胞です。
どちらも、預言者ヴェロスに従ってこの地へ移り住んだ民──ヴェロシの末裔です。かつてメレシック紀には、両者のあいだに区別などほとんどなく、対等な同じ民として暮らしていました。やがて時代が下り、一方は定住して諸名家を築き、もう一方は荒野に留まって遊牧の暮らしを続けた。それだけの違いだったのです。
ところが、第一評議会が成り、名家が栄えるにつれて、その“それだけの違い”が、深い溝へと変わっていきます。定住し、富み、力を持った名家のチャイマーは、荒野の同胞を「粗野な野蛮人」と見下すようになり、アッシュランダーは次第に、最も貧しく過酷な土地へと追いやられていきました。
この分裂は皮肉なものでした。ネレヴァルが築いた第一評議会と名家の繁栄そのものが、同じ民を二つに分かつ楔となっていったのですから。
それでもアッシュランダーは、失われた古い道を、頑なに守り続けていました。祖先への素朴な崇拝、三柱の善きデイドラへの直接の信仰、そして部族の掟。名家が豊かさと引き換えに薄れさせていったヴェロスの教えを、彼らは荒野のなかで、いにしえのまま保っていたのです。
ネレヴァルだけが、結べた
ネレヴァルがこのアッシュランダーと同盟したことは、軍事的にも政治的にも、容易なことではありませんでした。
軍事的に、得難い戦力でした。彼らは街道のないレッドマウンテン周辺の荒野を知り尽くした遊牧の民です。彼らを偵察と遊撃に組み込めば、難攻不落のドゥーマー要塞を迂回し、その主力を野へ誘い出すことができる。膠着した戦況を覆す、まさに鍵となる存在だったのです。
しかし、アッシュランダーは、傭兵のように雇える相手ではありませんでした。長らく名家に見下されてきた彼らが、その名家の軍に加わるには、相応の理由が要る。彼らを動かすには、彼らの流儀に則り、彼らの一人とならなければならなかったのです。
それができたのは、ネレヴァルをおいて、ほかにいませんでした。彼は名家の民の長(ホーテイター)でありながら、古き精霊を敬い、部族の掟を重んじる男だった。名家の戦長であると同時に、アッシュランダーにとっての「われらの一人」たりえた。名家とアッシュランダー、分かたれた二つのヴェロシの民を、その身ひとつで繋ぎうる唯一の存在──それが、ネレヴァルだったのです。
月と星に懸けた誓い
そしてネレヴァルは、アズラの祝福を受けた指輪「月と星」に懸けて、アッシュランダーに誓いを立てます。帝国の学者が後にまとめたアッシュランダー伝説は、その一幕を、こう伝えています。
“いにしえの日々、深きエルフと、西方より来たる異邦の大軍が、ダンマーの地を奪いに来た。その頃、ネレヴァルは名家の民の偉大なる長にして戦長であったが、古き精霊と部族の掟を重んじ、われらの一人となった。そしてネレヴァルが、大いなる祖先の指輪『月と星の下のひとつの氏族』に懸けて、精霊の道と、土地の権利を守ると誓ったとき、すべての部族が名家の民に合流し、レッドマウンテンの大いなる戦いに臨んだ”
『ネレヴァルの月と星』 より
(In ancient days, the Deep Elves and a great host of outlanders from the West came to steal the land of the Dunmer. In that time, Nerevar was the great khan and warleader of the House People, but he honored the Ancient Spirits and the Tribal law, and became as one of us. So, when Nerevar pledged upon his great Ring of the Ancestors, One-Clan-Under-Moon-and-Star, to honor the ways of the Spirits and rights of the Land, all the Tribes joined the House People to fight a great battle at Red Mountain.)
ここで交わされた誓いの重さを、軽く見てはなりません。これは単なる軍事協定ではない。アズラが祝福した指輪に懸けた、女神の御前での誓約です。精霊の道を敬い、土地の権利を守る──ネレヴァルは、アッシュランダーの生き方そのものを、永く尊重すると約束した。彼らが名家の軍に加わったのは、報酬のためでも、強制されたからでもありません。この誓いを信じたからこそ、すべての部族が立ち上がったのです。
こうして、長く分かたれていたヴェロシの民は、一人のホーテイターのもとに、再び一つに集いました。名家の諸軍と、アッシュランダーの諸部族。かつて互いを蔑み合っていた同胞が、肩を並べてレッドマウンテンへと向かったのです。
ただ──「忘れられた同胞」という、この見出しを思い出してください。彼らはいま、ネレヴァルとの誓いのもとに、確かに一つになった。けれど、この固い誓いが、やがてどのような運命をたどることになるのか。
なぜ後の世で、彼らが「忘れられた」と呼ばれることになるのか──
ドゥーマーの消失 ──世界から消えた民
レッドマウンテンの戦いが、どのように決着したのか。その詳細は、次の見出しで見るとおり、文献ごとにまったく食い違います。しかし、ただ一点だけ、すべての伝承が一致することがあります。
その日、ドゥーマーは、この世界から消えた。
一瞬の、そして全土の消失
それは、レッドマウンテンの心臓の間にいた、カグレナックと数人の側近だけの話ではありません。ヴァーデンフェル全土の地下都市。レスダイン本土の地下要塞。はるか北、スカイリムの地下深くに広がる巨大都市ブラックリーチ。そして──第一章で触れた、盟約を嫌って遠くハンマーフェルへと去ったローケン氏族のヴォレンフェルさえも。
タムリエル全土に散らばっていた、すべてのドゥーマーが、同じ一瞬に、忽然と消えたのです。戦場から遠く離れ、この戦争とは何の関わりもなかった者たちまで含めて。距離は、何の意味も持ちませんでした。
後の世、長く手つかずだったドゥーマー遺跡バムズ・アムシェンドが再発見されたとき、人々が見たものは、その消失がいかに突然であったかを物語っていました。武器や鎧のかたわらに、椅子の上に、そして寝台のなかに──無数の灰の山が、ただ静かに残されていたのです。まるで、暮らしのただ中で、身体だけが一瞬にして灰へと変わってしまったかのように。
ただ一人の生き残り
すべてのドゥーマーが消えた、と書きました。しかし、ごくわずかな例外がありました。
──ヤグルム・バガーン(Yagrum Bagarn)。カグレナックに仕えたマスター・クラフターの一人であった彼は、運命のその瞬間、たまたまこの世界ではなく、「外なる領域(Outer Realm)」と呼ばれる場所にいたために、種族の消滅を免れたのです。やがて世界へ戻った彼が見たのは、同胞が一人もいなくなった、空っぽの世界でした。
(ヤグルム・バガーンが何者で、その後どうなったのかは、本記事末尾の「さらなる解説」で扱います。)
その彼が、種族の消失について、こう書き残しています。
“我が時代の最も優れた秘術哲学者にして魔導工匠であったカグレナック卿は、ドゥーマーの定命の限界を超えんとして、神話創成の力を形作る道具を考案した。しかし、その公式を検証した際、一部の論理学者は、副作用は予測できず、誤れば破滅的な結果を招きかねないと論じた。私は思う──カグレナックは、我が種族に永遠の命を与えることに成功したのかもしれない。外なる領域への一括置換という、予見されざる帰結とともに。あるいは彼は、誤りを犯し、我が種族を完全に滅ぼしてしまったのかもしれない”
ヤグルム・バガーンの証言より
(…some logicians argued that side effects were unpredictable, and errors might be catastrophic. I think Kagrenac might have succeeded in granting our race eternal life, with unforeseen consequences — such as wholesale displacement to an Outer Realm. Or he may have erred, and utterly destroyed our race.)
昇天したのか、別の領域へ移されたのか、それとも滅び去ったのか。最後の生き残りでさえ、自分の種族に何が起きたのかを知らないのです。
理性の民を滅ぼしたもの
ここで、見過ごせない一点があります。ヤグルムの証言のなかに、さりげなく、しかし決定的な一句が混じっていました──「一部の論理学者は、誤れば破滅的だと論じた」。
つまり、ドゥーマーは、決して一枚岩ではなかったのです。
カグレナックと、彼に従うトーナル・アーキテクトたちは、心臓の力で種族を高みへ導けると信じていました。しかしその一方で、ドゥーマーのなかには、この計画を「正当化できないリスク(unjustifiable risk)」と見て、はっきりと反対する者たちもいた。心臓に手を出すことは危険すぎる、と。
注目すべきは、その反対が、迷信や信仰から出たものではなかったことです。彼らは神を恐れて反対したのではない。あくまで論理にもとづいて、「副作用は予測不能であり、計算が狂えば破滅を招く」と、理性的に警告したのです。神を否定し、理性のみを信奉したドゥーマーらしい、冷静な異議でした。
ところが、カグレナックの陣営は、その警告すら、また別の論理で退けてしまいます。彼の配下の一人ブスアンド・ムザーンチは、『時の卵(The Egg of Time)』という書を著し、「心臓の利用に破滅的な危険などない」と、反対派の懸念を理路整然と論駁してみせました。理性が発した警告は、理性によって封じられたのです。
そして──ドゥーマーは消えました。
後にこの『時の卵』を読んだヤグルムは、余白に、こう書き添えたといいます。
“この書は何ら破滅的な結果は生じえないと論じているが、我が種族が消えたという事実が、その逆を物語っている“
ここに、ドゥーマーという民族の悲劇が、凝縮されています。神を信じず、理性こそを拠りどころとした民が、最後には、その理性によって自らの内なる警告をねじ伏せ、滅びへと突き進んだ。彼らが信じた論理は、破滅を防ぐどころか、破滅へ至る道を、もっともらしく舗装してしまったのです。信仰を「隷属」と呼んで退けた民が、技術への揺るぎなき確信という、もう一つの信仰に、おのれを委ねていた──そう言えるのかもしれません。
埃が舞い、やがて静まったとき──その埃の大半が、ドゥーマーという民族の、最後の姿でした。
諸文書の食い違いについて ──「正史」が存在しない意味
物語パートの最後で、私はあえて、レッドマウンテンの戦いの結末を、はっきりとは描きませんでした。誰がデュマックを斬ったのか。ヴォリン・ダゴスは味方だったのか、敵だったのか。心臓に道具を振るったのは、カグレナックか、ダゴス・ウルか、それともネレヴァル自身か──そのどれもが、文書によって食い違うからです。一つの筋に定めて語ることが、どうしてもできなかったのです。
これは、たまたま資料が散逸したから、ではありません。レッドマウンテンの戦いには、そもそも「これが正しい」と言える唯一の記録が、存在しないのです。
語り手は、みな当事者
なぜ、これほど食い違うのか。理由の一つは、単純です。この戦いを伝える者たちが、揃って当事者だったからです。
ヴィヴェクの『レッドマウンテンの戦い』は、後に神となった当人が、自らの口で語ったもの。ノルドの『五つの歌』は、敗れた敵側の叙事詩。アッシュランダーの伝承は、戦いののち荒野へ去ったネレヴァルの盾持ちが伝えたもの。そして神殿の公式記録は、神殿という制度の正しさを支えるために編まれたもの。さらには、ダゴス・ウル本人が後世のネレヴァルへ宛てて書いたとされる手紙さえあります。
そこには、利害から無縁な、客観的な第三者の記録が、ただの一つもありません。誰もが、自らの立場と、信じたいことと、守りたいものを抱えて、この一日を語っている。同じ一つの出来事が、語り手の数だけの真実へと分かれていくのです。
たとえば、ヴォリン・ダゴスという一人の男を、各文書がどう描いているかを並べてみましょう。
| 文書 | ヴォリン・ダゴスは── |
|---|---|
| ヴィヴェク『レッドマウンテンの戦い』 | ネレヴァルに付き従い、共に心臓の間へ斬り込んだ忠臣 |
| ノルドの『五つの歌』 | ノルドを戦に引き入れた、トリビュナルの密偵 |
| 神殿の正統教義 | ネレヴァルを死なせた、明白な裏切り者 |
| ダゴス・ウル本人の手紙 | 誓いのままに宝を守っていただけで斬られた、裏切られた側 |
同じ一人の人物が、忠臣であり、密偵であり、裏切り者であり、そして裏切られた被害者でもある。どれか一つが正しく、ほかが嘘だ、と断ずる手立ては、私たちにはありません。
では、もっと核心はどうか? あの日、ドゥーマーという一民族を丸ごと世界から消し去った心臓への最後の一撃。それを下したのは、いったい誰だったのか?
| 文書 | ドゥーマーを消し去ったのは── |
|---|---|
| ヴィヴェク『レッドマウンテンの戦い』 | デュマックを失い追い詰められたカグレナックが、自ら道具を心臓に振るった |
| アッシュランダーの伝承 | カグレナックが使う前にヴォリン・ダゴスが彼を討ち、道具は瀕死のネレヴァルの手に渡った |
| ギルヴァス・バレロ『カグレナックの道具』 | カグレナック、あるいはアズラに導かれたネレヴァルとダゴス・ウル |
| ヴィヴェク『三十六の教訓』第三十六説話 | カグレナックが人造神ヌミディウムを起動させ、その猛威がやがて内海を生んだ |
| ノルドの『五つの歌』 | ネレヴァル、盾持ちアランドロ・スル、デュマックが道具を手に、蘇った神と渡り合った |
実行者はカグレナックなのか、ヴォリン・ダゴスなのか、ネレヴァルなのか。そもそも道具が振るわれたのか、人造神が動き出したのか。一民族の滅びという、この物語で最も巨大な出来事の、ただ中心にあるはずの一点さえ、これほどに食い違う。
レッドマウンテンの戦いとは、こういう物語なのです。
そして、もし語り手が変われば──この物語は、まるで違う顔を見せるのかもしれません。
さらなる解説
ここからは、物語の中に出てきた各要素について、より深く解説していきます。
ただし、あまりにも長くなってしまうため、興味があるときに読んでいただければと思います。
ヌミディウムとは?
カグレナックの計画の、最終目的にして到達点。それがヌミディウム(Numidium)です。アヌミディウム(Anumidium)とも呼ばれ、ロルカーンの心臓を動力源とする、300メートルを超える真鍮の人造神でした。
ドゥーマー全民族の魂を注ぎ込み、彼らを不死と神性へ導くための器であり、同時に、チャイマーからレスダインを奪い返すための、壊滅的な兵器でもあった。
「歩く真鍮(Walk-Brass)」「原初の総体(Prime Gestalt)」「真鍮の塔」「歩く星」「神の皮膚」など、後の世に数々の異名で呼ばれることになる、TES世界でも比類なき人造の存在です。
ただし、物語パートで書いた通り、この人造神がこの戦いで起動することはありませんでした(ヴィヴェクの『三十六の教訓』だけは例外的に「起動した」と語りますが)。ドゥーマーは、自らの神が動き出すよりも前に、消え去ってしまったのです。残されたのは、主を失った巨大な真鍮の躯だけでした。
その後のヌミディウム ── 物語は、ここで終わりません。時代が大きく下った第二紀の末、トリビュナルは、台頭する人間の覇者タイバー・セプティム(後の初代皇帝)に、この眠れる真鍮の神を譲り渡します。モロウウィンドの半独立と引き換えに。
ただしトリビュナルは、動力源であるロルカーンの心臓だけは、決して渡しませんでした(それは彼ら自身の神性の源でもあったからです)。そこでタイバー・セプティムの戦闘魔術師ズーリン・アークタスは、心臓の代わりとなる「マンテラ」という巨大な魂石を造り出し、これを心臓に見立ててヌミディウムを起動させた。こうして甦った真鍮の神は、タイバー・セプティムのタムリエル統一の、決定的な切り札となります。
その後、ヌミディウムは一度は破壊されますが、はるか後の第三紀、再びその力が世界を揺るがすことになります(「西の歪み」と呼ばれる、時空そのものが歪む大事件です)。さらにモロウウィンドでは、第二のヌミディウムとも言うべき「アクラカン」が、別の手によって、ロルカーンの心臓を動力に再建されようとします。
カグレナックが夢見た「神なき神性」の器は、皮肉にも、ドゥーマー自身ではなく、後世のまったく別の者たちの手で、幾度も甦ることになったのです。これらの物語は、本シリーズの範疇を越えますが、いずれ別の機会に詳しく扱えればと思います。
ヤグルム・バガーンとは何者か?
ヤグルム・バガーン(Yagrum Bagarn)は、現在知られているかぎり、最後の生き残りのドゥーマーです。
かつてはカグレナック直属のマスター・クラフター(高位の工匠)の一人であり、賢者として知られていました。レッドマウンテンの戦いの折、彼はこの世界の外、「外なる領域(Outer Realm)」と呼ばれる別次元を旅していたため、種族の一斉消失を免れたとされます。
しかし、世界へ戻った彼を待っていたのは、過酷な運命でした。同胞を探してレッドマウンテンへ赴いた際、彼はコープラス病(Corprus)──身体を不可逆に変形・肥大させる恐ろしい病──に冒されてしまいます。肥大し、自力で立つこともできなくなった身体を、彼は改造されたドゥーマーのスパイダーオートマトンに乗せて支えているほどです。
第三紀の現在、彼はテルヴァンニの古き魔術師ディヴァイス・ファー(Divayth Fyr)の保護のもと、その居館テル・ファーで暮らしています。ファーはこれまで幾度もコープラス病の治療を試みましたが、いずれも成功していません。それでもヤグルムは、いつか治る日を信じ、そして失われた同胞の行方を、なお探し続けています。
ホラマヤンとは?
ネレヴァルがアズラの託宣を求めて巡礼した神殿ホラマヤン(Holamayan)は、それ自体が、女神の領分を体現したような場所です。
ヴァーデンフェル島南東、アズラの海岸(Azura’s Coast)と呼ばれる一帯の、孤島に建っています。といっても、地表にそびえる荘厳な殿堂ではありません。修道院は島の地下に隠され、入口は丘と藪に覆われている。しかもその入口を塞ぐ魔法の石の覆いは、一日に二度──夜明けと黄昏、すなわちアズラに捧げられた「昼と夜の境目」の刻にしか、開かないのです。
昼と夜のあわいにのみ姿を現すというその性質は、移ろいと変化を司る女神の神殿に、いかにもふさわしいものでした。
ホラマヤンは、第一紀のネレヴァルの時代から、数千年にわたる巡礼地でした。そして後の時代には、もう一つの重要な役割を担うことになります。トリビュナル神殿が支配的になり、その教義に異を唱える者たちを迫害するようになると、この隠れ里は、追われた「異論派司祭」たちの本拠地となるのです。
本記事の見出しで触れた、神殿が「迷信」として裏へ仕舞い込んだ歴史。それが細々と守り伝えられていく場所こそ、このホラマヤンでした。アズラの神殿が、女神を退けて神となった者たちへの、静かな抵抗の拠点となる──その巡り合わせもまた、この物語の、忘れがたい余韻の一つです。
ブラックリーチ ──地下に広がるドゥーマーの世界
ドゥーマーの消失を語るなかで、彼らの都市が「スカイリムの地下深く」にも広がっていたことに触れました。その代表が、ブラックリーチ(Blackreach)です。

スカイリムの地下、はるか深くに横たわるこの巨大な空洞には、かつてドゥーマーが築いた都市の数々が、今も眠っています。発光する巨大なキノコや、淡く輝く水、見上げるほどの遺構が広がる光景は、地下とは思えない、一つの別世界です。ドゥーマーが、地表だけでなく地の底にまで、これほどの文明圏を張り巡らせていたこと──その規模の大きさが、ここを訪れると実感できます。
そして、だからこそ、彼らの消失の異様さも際立ちます。レッドマウンテンの心臓の間から遠く離れた、このスカイリム地下の大都市群でさえ、同じ一瞬に、住人がことごとく消えた。残されたのは、主を失った機械仕掛けの番人たちと、静まりかえった広大な遺構だけ。
ブラックリーチの静寂は、一民族がいかに完全に、そして唐突に世界から拭い去られたかを、無言で物語っています。
レッドマウンテンの真実をめぐって ──なぜ「正解」がないのか
解説パートでは、レッドマウンテンの戦いに唯一の正史が存在しないことを見てきました。語り手がみな当事者だったから、というのが作中での理由です。しかし、実はもう一つ、物語の外側にも理由があります。
Morrowindの制作に携わった開発者ダグラス・グダール(Douglas Goodall)は、2005年のインタビューで、こう明かしています。
“開発当時、レッドマウンテンの戦いに何が起きたかについて公式の答えは存在せず、誰も本当のところを知らなかった”
また、彼は「今は決めているかもしれないので、現職のスタッフに訊いてほしい」とも付け加えています。
つまり、心臓の間の真実が誰にも分からないのは、作中の文書が失われたからでも、登場人物が嘘をついたからでもありません。物語の作り手自身が、ただ一つの正解を、あえて定めなかったからです。食い違う複数の証言だけを世界に置き、どれが真実かを決して明かさない──その「空白」は、偶然ではなく、意図された設計でした。
これは、黒澤明の映画『羅生門』を思わせる構造です。
ひとつの事件について、関係者たちがそれぞれ異なる証言をし、観客は最後まで、どれが真実なのかを判断できません。
そこにあるのは、単なる記憶違いではありません。語り手の自己正当化、恥、誇り、罪悪感、保身といった感情が混ざり合い、語られる「真実」そのものが歪んでいきます。そのため、読者や観客は、客観的な真相へたどり着けないまま取り残されるのです。
一つの種族が消えて
物語の最後、心臓の間で何が起きたのかを、私はあえて描きませんでした。
確かなのは、たった一つ。その日、ドゥーマーという一つの民族が、この世界から消えたということだけです。神を信じず、理性のみを拠りどころとした民が、その理性によって自らを高みへ導こうとし、そして──二度と戻らぬ場所へと、消え去った。レッドマウンテンの地下で見つかった一つの心臓が、二百五十年の平和を終わらせ、第一評議会戦争を引き起こし、ついには一つの種族をまるごと歴史から拭い去ってしまったのです。
第二章で辿ってきたのは、その滅びへの道のりでした。カグレナックが見出した、ロルカーンの心臓。それを「演奏」して神に至ろうとした、冒涜的な計画。ヴォリン・ダゴスの密告から、アズラの託宣、月と星に懸けた誓い、そしてレッドマウンテンでの決着まで。けれど、ここまで語ってきたことのすべては、突き詰めれば「ヴィヴェクという一人の語り手が、そう語った物語」にすぎませんでした。
戦いは終わり、ドゥーマーは消えました。しかし、ネレヴァルとトリビュナルの物語は、まだ終わっていません。
なぜなら、この戦いの後にこそ、トリビュナルが神となるからです。そして、彼らがどのようにして神性を手にしたのか──ネレヴァルとアッシュランダーに立てた、あの月と星の誓いがどうなったのか──それを、神殿の正史は語りません。
「迷信」として裏へ隠された、もう一つの声だけが、それを伝えています。
次の章では、その隠された声に、耳を傾けます。三柱はいかにして神となり、そして、忘れられた同胞は、なぜ忘れられたのか。レッドマウンテンの、語られざる後日譚へ。
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