はじめに
Skyrim を遊んだ人なら、九大神の祠で祈ったことも、デイドラ公の頼みを聞いて秘宝を手に入れたこともあるでしょう。けれど、九大神とデイドラ公がそもそも何者で、何が違うのかは、ゲームの中ではほとんど説明されません。レッドマウンテンの奥に眠る心臓も、ノルドが死後に向かうソブンガルデも、その答えは世界が生まれたときの話の中にあります。
TES では、定命の者の時が始まる前の、神々が世界を造った神話の時を「暁の時代」と呼びます。その話は一冊にまとまっておらず、ゲームのあちこちに置かれた本に散らばっています。その中で、民ごとの創世の語りを一冊に並べてみせたのが『モノミス』です。Morrowind と Skyrim に入っている本で、Skyrim なら、大学の頼みで盗まれた本を取り返しに行くフェルグロウ砦の、稽古部屋の棚に置かれています。
『モノミス』は、どの民の信仰も同じところから始まると書きます。ところが一か所だけ、民によって答えが真っ二つに割れる所があります。世界が生まれたことは、神々の贈り物だったのか、それとも罠だったのか? まず『モノミス』を全文で読み、そのあとの解説で、一つずつ読み解いていきます。
第一章: 『モノミス』
『モノミス』は、名も知れない帝国の学者がまとめた本です。序では、すべての信仰に共通する始まりを説き、続いてエルフの見方を、サイジック会の文書の写しで紹介します。そして最後に、ヨクダとシロディールとアルトマーの三つの民が、同じ出来事をどう語り分けたかを並べています。
三つの語りでは、同じ神々が、民によって喜び、あるいは嘆きます。Morrowind と Skyrim の本文は一語も違わず、下に訳したのもその本文です。
──人間は、レッドガードを除いて、この行いを神の慈悲と見なす。アルドマーは、ダークエルフを除いて、この行いを残酷な欺きと見なす。
「ムンダスでは、争いと不釣り合いが変化をもたらす。そして変化は、十一の力のうちで最も神聖なものである。変化とは、焦点も起源も持たない力なのだ」
──サイジック会(PSJJJJ)のタヘリテ、オエグニスル
序
ひと言で言えば、人間とアルドマーの世界観を分けているのは、定命の者と神々との関係である。人間は、自分たちは不死の力によって造られたのだという、へりくだった道をとる。一方アルドマーは、自分たちはその力の子孫だと言う。たいした違いには見えないかもしれない。だがこの違いが、分かれていったそれぞれの神話の残りの部分すべてに、色を付けているのである。
タムリエルの宗教は、どれも同じところから始まる。人間でもエルフでも、物事はアヌと「その片割れ」の二元から始まる。この対の力には、多くの名がある。アヌとパドメイ、アヌイ・エルとシシス、アクとエル、サタクとアケル、在ると在らず。アヌイ・エルは永遠の、言い表しえぬ光。シシスは腐敗する、言い表しえぬ行為。その中間にあるのが、灰色の曖昧(エルノフェイの言葉でいう「ニルン」)である。
たいていの文化では、アヌイ・エルは世界を生む相互作用の片方を担った者として敬われる。だが最も高く崇められるのはシシスだ。反応を起こすのは、シシスのほうだからである。それゆえシシスこそが原初の創造者であり、設計なしに、生まれつき変化を引き起こす存在なのだ。ヒストでさえ、この存在を認めている。
アヌイ・エルは「秩序」とも見なされ、シシスの「混沌」と対をなす。定命の者には、完全な静止よりも変化のほうが思い描きやすいのかもしれない。アヌイ・エルはしばしば、シシスの気まぐれの、神話の背景に追いやられてしまう。ヨクダの民話は世界でも指折りの生き生きとした物語だが、そこでもサタクは数えるほどしか出てこず、出てきても「うなり」と呼ばれるだけである。あまりにどこにでもあるので、かえって無いも同然の力なのだ。
いずれにせよ、この二つの存在から、エト・アダ、すなわち原初の精霊たちが生まれた。人間にとって、エト・アダは神々と魔神である。アルドマーにとっては、エイドラとデイドラ、つまり「祖先」である。タムリエルの神々の顔ぶれは、どれもこのエト・アダの中から選ばれている。もっとも、どの神が神々に数えられるかは、文化によってしばしば違う。それでも、アヌとパドメイがどこにでもいるように、どの顔ぶれにも「竜の神」と「失われた神」の型が必ずいる。
竜の神と失われた神
竜の神は、いつも「時」と結びついている。そしてどこでも「最初の神」として崇められている。その名は多くの場合アカトシュで、「永遠に止まり木を置いて、昼を許した者」と呼ばれる。シロディール帝国の中心にいる神である。
失われた神は、いつも定命の次元と結びついている。そして、人間とアルドマーの分かれ目の鍵を握る人物である。「失われた」というのは、この神が神々の顔ぶれからはっきり欠けていること(これもまた、さまざまに解釈される心の痛みである)か、あるいは、ほかの不死の者たちに「神の火花」を取り去られたことを指す。その名は多くの場合ロルカーンで、異名は数多い。呪わしいものも、敬虔なものも、同じくらいある。
ここで注意してほしい。タムリエルも定命の次元も、まだ存在していない。灰色の曖昧は、まだ原初の精霊たちの遊び場である。アヌの光により強く結ばれた精霊もいれば、知りえぬ虚無により強く結ばれた精霊もいる。絶えず移ろい、互いに作用し合うことで、精霊たちは数を増やしていく。だが、その人柄が固まるまでには長い時がかかる。アカトシュが形をなすと、時が始まる。すると一部の精霊たちは、自分を過去と未来を持つ存在として見定めやすくなった。見分けのつく精霊のうち、最も強いものたちが固まって形をなす。メファーラ、アーケイ、イフレ、マグナス、ルプトガ、などなど。ほかの精霊たちは、概念や、考えや、感情のままにとどまった。その中で最も強いものの一つ、ほかの者たちがロルカーンと呼ぶ、ようやく形をなしかけた衝動が、ムンダス、すなわち定命の次元を造る計画を語って聞かせる。
人間は、レッドガードを除いて、この行いを神の慈悲と見なす。より劣った被造物が不死へ至れるようにした、啓きだ、と。アルドマーは、ダークエルフを除いて、この行いを残酷な欺きと見なす。自分たちと霊の次元とのつながりを断ち切った、たばかりだ、と。
オービスの神話
「サイジックの償い」という副題を持つ『神話のオービス』は、アルテウムの弁明者たちが、在位の初めの輝かしいころのユリエル五世に、アルドマーの宗教の基本を説明しようとした書である。この書は、ロルカーンという考えを責めることも、悪く言うことも、それとなく避けている。シロディールの人々は、ロルカーンを神々の失われた兄弟「シェザール」として、まだ大切にしていたからである。それでも、サイジックはエルフの見方をうまくまとめてくれており、ここでの目的には十分役に立つ。ここに載せるのは、帝国神学校の文書庫に残る、名も知れぬ書記の手書きの写しである。
神話のオービスは在る。測ることのできない時から、空想の、自然ならざる領域として在りつづけてきた。
「オービス」とは、目に見えない半影、すなわちアヌとパドメイの「在る」と「在らず」のあいだにある灰色の中心を言い表すのに使われる言葉である。そこにはエセリウスとオブリビオンの数多の領域があり、ほかにも、それほど形の定まらないものがある。
神話のオービスに住む魔法の存在たちは長く生き、入り組んだ物語の生を送って、神話の型を作り出す。
彼らは、不死の両極のかけらから作られた精霊である。その最初の者が時の竜アカトシュであり、アカトシュが形をなしたことで、ほかの精霊たちも自分を組み立てやすくなった。神々と魔神は、形をなし、形を変え、子をもうける。
そしてついに、神話のオービスの魔法の存在たちは、究極の物語を語った。自分たち自身の死の物語である。ある者にとって、それは芸術としての変容だった。世界の、確かで、魔法でない実体へと姿を変えたのである。またある者にとっては、それは戦いだった。皆が討たれ、その体が世界の実体となった。さらに別の者にとっては、それは恋の結婚と親になることだった。親である精霊は、当然のように死んで、あとに続く定命の種族に場を譲らねばならなかった。
この、皆で下した決断の担い手がロルカーンである。初期の神話のほとんどは、ロルカーンを悪者に描き、ペテン師か嘘つきとして扱う。もっと同情的な語りでは、そもそも定命の次元が存在するのはロルカーンのおかげだと指摘している。
魔法の存在たちは、定命のオービスの種族を、自分たちの姿に似せて造った。芸術家や職人として意識して造ったとも、定命の者が湧き出てくる、実り豊かな朽ちた物質となったとも、ほかにもさまざまなたとえで語られる。
こうして死んだ魔法の存在たちは、エト・アダとなった。エト・アダとは、定命の者たちが、オービスの神々や精霊や守り神として感じとり、崇めているもののことである。死ぬことによって、これらの魔法の存在たちは、自然ならざる領域のほかの魔法の存在たちとは、ありようの上で別のものになったのである。
デイドラも、このときに生まれた。オブリビオン、つまりパドメイの虚無に近い領域に、より強く結びついた精霊や神々である。この出来事が、神話の時代(メレシック紀)の夜明けである。最初期の定命の者たちは、これをさまざまに受け止めてきた。喜ばしい「二度目の創造」と見る者もいれば、(とりわけエルフは)神々からの痛ましい引き裂きと見る者もいる。この出来事を起こしたのは、いつもロルカーンである。
ロルカーン
この創造者にしてペテン師、そして試す者である神は、タムリエルのあらゆる神話の伝統に出てくる。最もよく知られた名はアルドマーの呼ぶ「ロルカーン」、すなわち「破滅の太鼓」である。ロルカーンは原初の精霊たちを説き伏せるか、謀るかして、定命の次元を造らせた。始まりの場で父パドメイが宇宙に不安定をもちこんだのと同じように、それまでの在り方をひっくり返したのである。世界が形になったあと、ロルカーンは自分の神としての核から切り離される。自ら望まずにそうなったと語られることも多い。そしてエト・アダの造った世界をさまよう。これらの出来事の解釈は、文化によって大きく違う。以下は、そのうちのよく知られたものである。
ヨクダ「世界の皮サタカル」
サタクは最初の蛇、前に来た蛇であり、これから生まれるすべての世界は、その鱗のきらめきの中に眠っていた。だがサタクはあまりに大きく、ほかには何もなかった。だから自分の体に何重にも巻きつき、これから生まれる世界たちは互いに擦れ合うばかりで、どの世界にも息をする場所も、在る場所さえなかった。そこで世界たちは、自分たちを救い出し、外へ出してくれるものを呼んだ。けれどもちろん、最初の蛇の外には何もなかった。だから助けは、蛇の内側から来なければならなかった。これが飢えた胃袋、アケルである。アケルが姿を現すと、サタクはそれが何なのかしか考えられなくなった。それはこの上ない飢えだったので、サタクは食べに食べた。まもなく世界たちには住むだけの場所ができ、物事が始まった。物事は新しく、よく間違いをした。前もって物事であることを練習する時など、ほとんど無かったからである。だから、たいていの物事はすぐに終わったり、出来が悪かったり、自分をあきらめたりした。始まりかけた物事もあったが、サタクが体のその部分まで食べ進むと、食べられてしまった。荒々しい時代であった。
まもなくアケルは、サタクに自分の心臓を噛ませた。それで終わりだった。けれど飢えは、死んでもなお止まろうとしなかった。そこで最初の蛇は、新しく始めるために皮を脱いだ。古い世界が死ぬと、サタカルが始まった。そして物事は、この型に気づいたとき、その中での自分の役目にも気づいた。物事はルプトガやトゥワッカのような名を名乗り、身内を探して大股に歩き回るようになった。サタカルが何度も何度も自分を食べるうちに、いちばん強い精霊たちは、奇妙な角度で動くことで、その巡りを避けて通るすべを覚えた。彼らはこれを「渡り歩き」と呼んだ。世界の皮と皮のあいだを大股で渡っていく方法である。ルプトガはひときわ大きかったので、空に星を置き、弱い精霊たちが道を見つけやすくしてやることができた。このやり方は精霊たちにとってあまりにたやすくなり、やがて一つの場所になった。次の皮までを待つ時、「遠き岸辺」と呼ばれる所である。
ルプトガは巡りを重ねるうちに大勢の子をもうけたので、トール・パパと呼ばれるようになった。トール・パパはほかの者たちのために、星を置いて虚無を地図にしつづけた。けれど巡りを何度も重ねるうちに、助けなければならない精霊はほとんど多すぎるほどになった。そこでトール・パパは、過去の皮の屑から自分の手伝いを作った。それがセプ、すなわち第二の蛇である。セプの中には、飢えた胃袋がまだたっぷり残っていた。いくつもの皮から来た、いくつもの飢えである。セプは飢えのあまり、まともに考えることもできなかった。助けるはずの精霊を食べてしまうこともあったが、そのたびにトール・パパが手を差し入れて取り出した。とうとうトール・パパの手伝いにうんざりしたセプは、残っていた古い皮をかき集めて丸め、精霊たちを騙して手伝わせた。古い世界から新しい世界を作る、これこそ新しい世界へ行く方法だと約束して。精霊たちはこの暮らし方がすっかり気に入った。そのほうが楽だったからである。もう場所から場所へ飛び移らなくていい。大勢の精霊がこれは良い考えだと思って加わった。トール・パパは、ただ首を振っただけだった。
まもなく、皮の玉の上の精霊たちは死にはじめた。サタカルの本当の世界から、ひどく遠く離れていたからである。そして今となっては、遠き岸辺へ飛び移るにも遠すぎることに気づいた。残った精霊たちはトール・パパに、連れ戻してくれと頼みこんだ。けれど厳しいルプトガは聞き入れず、これからは星をたどって遠き岸辺へ行く新しいやり方を学ばなければならない、と精霊たちに告げた。それができないのなら、子らを通して生き延びるしかない。それは、前と同じではないけれど。だがセプには、もっと罰が必要だった。そこでトール・パパは、大きな棒で蛇を叩き潰した。飢えはセプの死んだ口からこぼれ落ち、それが第二の蛇に残された唯一のものとなった。新しい世界のほかのものたちは、ふたたび神々の座へ戻ろうと努めることを許された。だがセプは、死んだ皮の中をこそこそと這い回るか、空を泳ぎ回ることしかできなかった。星を妬んで食べようとする、飢えた虚無として。
シロディール「シェザールの歌」
それは、シェザールが神々に語った新しいことだった。母となり父となること、責任を負うこと、大きな犠牲を払うこと。うまくいく保証はどこにもなかった。けれどシェザールは美しく語り、神々の心を動かして、謎も涙も越えさせた。こうしてエイドラは、自らの意志で世界と獣と生き物を産んだ。自分自身の一部から、それらを作ったのである。この自らの意志による出産はひどく苦しいもので、そのあとのエイドラは、もう日々の始まりからそうであったようには、若くも、強くも、力に満ちてもいなかった。
一部のエイドラは、失ったものに落胆し、苦々しく思い、シェザールに、そしてあらゆる創造に怒った。シェザールが嘘をつき、自分たちを騙したと感じたからである。これらのエイドラ、アーリエルを長とするアルドマーの神々は、衰えた自分自身と、自分たちが創ったものに嫌悪を覚えた。「すべては損なわれた。今も、この先いつまでも。我らにできるのは、せいぜいエルフの種族に気高く、威厳をもって苦しむことを教え、自らの愚かさを責め、シェザールとその仲間に復讐することだけだ」。だからエルフの神々は暗く陰気であり、だからエルフは定命の身にいつまでも満ち足りず、この過酷で無情な世界にあっても誇り高く耐え忍んでいる。
ほかのエイドラは創造を見て、大いに満足した。これらのエイドラ、アカトシュを長とする人間と獣人の神々は、その庇護する定命の種族を讃え、慈しんだ。「我らは苦しみ、いつまでも衰えたままだ。だが我らの造った定命の世界は輝かしく、我らの心と魂を希望で満たしてくれる。定命の種族に、よく生きること、美と名誉を慈しむこと、我らが彼らを愛するように互いに愛し合うことを教えよう」。だから人間の神々は優しく辛抱強く、だから人間と獣人は喜びにも苦しみにも大きな心を持ち、より深い知恵とよりよい世界を求めてやまない。
さて、デイドラ公たちはシェザールの話を聞くと、シェザールとほかのエイドラをあざ笑った。「自分の一部を切り落とす? そして失う? 永遠に? 馬鹿げている! 後悔するぞ! 我々はお前たちよりずっと賢い。我々も自分自身から新しい世界を作るが、切り離しはしないし、その世界に笑われもしない。我々はこの世界を自分自身の内に、永遠に我々のものとして、完全な支配のもとに作るのだ」
こうしてデイドラ公たちはデイドラの領域を造り、大小さまざまな下級デイドラの位をすべて造った。そしてデイドラ公たちは、おおむねこの取り決めに満足していた。崇める者も、仕える者も、なぐさみ物も、いつも手もとにいたからである。けれど同時に、ときどき定命の領域を妬ましげに眺めもした。定命の者たちは汚く、弱く、さげすむべきものだったが、その情熱と野心は、下級デイドラの悪ふざけよりはるかに意外で、見ていて飽きないものだったからである。だからデイドラ公たちは、定命の種族の中でも目を引く者、とりわけ情熱的で力のある者に言い寄り、誘いをかける。シェザールとエイドラから、最も偉大で最も野心のある定命の者を盗み取ることは、デイドラ公たちにとって格別の楽しみなのだ。「自分の身を切り刻む愚か者というだけではない」と、デイドラ公たちはほくそ笑む。「いちばん良いかけらさえ手もとに留めておけないのだからな。そのかけらは、頭のふやけたエイドラの弱々しい俗っぽさより、デイドラ公の栄光と力のほうを好むのさ」
アルトマー「世界の心臓」
アヌは、すべてを包んでいたし、今も包んでいる。自分自身を知るために、アヌはアヌイ・エルを造った。自らの魂であり、すべてのものの魂である。アヌイ・エルは、すべての魂がそうであるように自分を省みたがった。そのためには、自分の形と性質と知性とを見分けなければならなかった。こうして生まれたのがシシスである。シシスは、アヌイ・エルが自分を思いめぐらすのに使う、あらゆる限界を足し合わせたものだった。すべてのものの魂であるアヌイ・エルは、こうして多くのものとなった。そしてこの相互作用が、オービスであったし、今もオービスである。
はじめ、オービスは荒れて、混乱していた。アヌイ・エルの思いめぐらしが、設計なしに続いていたからである。そこでオービスのさまざまな相が、従うべき予定を、あるいは、完全な知の外でもう少し長く楽しめる手順を求めた。自分をこのやり方でも知るために、アヌはアーリエルを造った。自らの魂の魂である。アーリエルは新しい力としてオービスじゅうに染み渡った。それが時と呼ばれるものである。時を得て、オービスのさまざまな相は、自分の本性と限界を理解しはじめた。そしてマグナスやマーラやゼンのような名を名乗った。その一つ、ロルカーンは、本性というより限界であったので、どこにも長くとどまっていられなかった。
ロルカーンはアヌイ・エルのあらゆる相に入りこむたびに、ほとんど限界だけでできた考えを一つずつ植えつけていった。そしてオービスのために魂を造る計画を語った。相の相でさえ自分を省みることを許される場所である。ロルカーンには多くの者が従った。アーリエルでさえ、新しい世界の王になれると言われて、ロルカーンに手を貸すことにした。こうして彼らはムンダスを造った。自分たち自身の相が住める場所である。そして彼らは、エト・アダとなった。
だが、これは罠だった。ロルカーンが知っていたとおり、この世界は限界でないものより限界のほうが多く、したがってアヌのものとはとうてい言えなかった。ムンダスはシシスの家だったのだ。自分の相が死にはじめると、エト・アダの多くが跡形もなく消えた。マグナスのように逃げおおせた者もいる。魔法に限界がないのは、そのためである。イフレのように、自らを大地の骨エルノフェイに変えた者もいる。世界まるごとが死んでしまわないためである。ただ生きながらえるために、結ばれて子をなさねばならない者もいた。代を重ねるごとに弱くなり、やがてアルドマーが生まれた。闇がなだれこんだ。ロルカーンはいちばん弱い魂から軍勢を作り、それを人間と名づけた。人間は、あらゆる地にシシスを持ちこんだ。
アーリエルはアヌに、自分たちを連れ戻してほしいと頼みこんだ。けれどアヌは、彼らのいた場所を、すでにほかのもので埋めていた。それでもアヌの魂はもっと優しく、アーリエルに弓と盾を授けた。人間の大軍からアルドマーを救えるようにするためである。すでに堕ちた者たちもいた。汚れたエト・アダの声に耳を傾けたチャイマーや、人間の妻を娶って時の血筋を汚したボズマーのように。
アーリエルは古の森アルトモーラを救えず、そこは人間の手に落ちた。エルフたちは南と東へ、古エルノフェイへと追われ、ロルカーンもそのすぐあとに迫っていた。ロルカーンはその地を砕き、いくつもの地に分けた。ついにアーリエル最強の騎士トリニマックが、軍勢の前でロルカーンを打ち倒し、手以上のもので彼の心臓を掴み取った。ロルカーンは滅んだ。人間たちはロルカーンの体を引きずって去り、アーリエルの世継ぎに未来永劫の血の復讐を誓った。
だがトリニマックとアーリエルがロルカーンの心臓を壊そうとしたとき、心臓は彼らを笑った。「この心臓は世界の心臓だ。一方は他方を満たすために作られたのだから」。そこでアーリエルは、それを矢に結びつけ、海の彼方へ遠く射放った。新しい世界のどの相も、二度と見つけられない所へ。
『モノミス』(Morrowind・Skyrim)より
解説 ──同じ創世が、なぜ贈り物と罠に分かれたのか
『モノミス』は、どの民の信仰も同じところから始まると書いていました。始まりにアヌとパドメイがいて、そこから神々が生まれ、ロルカーンが世界を造る計画を語ります。ところが、その計画で世界が生まれたことを、人間は神の慈悲と呼び、エルフは残酷な欺きと呼びます。同じ出来事なのに、なぜ評価だけが正反対になるのでしょうか?
この分かれ目は、ゲームで見てきた民の姿にもつながっています。九大神とデイドラ公の違いも、ノルドが死後に目指すソブンガルデも、ダークエルフがデイドラを敬う理由も、元をたどるとこの創世に行き着きます。そして答えの鍵は、『モノミス』が序の最初に置いた一文にあります。世界をどう見るかは、自分たちを神々に「造られた者」と見るか、神々の「子孫」と見るかで決まっていたのです。
暁の時代に何が起きたのか?
『モノミス』は民ごとの語りを並べた本なので、出来事がどの順に起きたのかは見えにくくなっています。順番どおりに並べてくれるのは、Oblivion と Skyrim に入っている『人類の誕生以前』です。この本は、まず暁の時代をこう定めています。
“暁の時代とは、定命の者の時が始まる前の、神々の偉業がなされた時期である。暁の時代は、アダマンティンの塔が築かれ、神々と魔法がこの世界から去ったことで終わる”
シメリーンのアイカンター著 『人類の誕生以前』 より
(The Dawn Era is that period before the beginning of mortal time, when the feats of the gods take place. The Dawn Era ends with the exodus of the gods and magic from the World at the founding of the Adamantine Tower.)
つまり暁の時代は、人の暦が始まる前の、神々だけが動いていた時代です。そして終わりの目印は、神々と魔法が世界から去ったことと、アダマンティンの塔が建ったことでした。本は、そのあいだの出来事を「我々のような時の中の生き物にわかるよう、おおよその順に」並べています。まとめると、次の五つの段になります。
- 始まり:アヌとパドメイから宇宙が形をなす。アカトシュが形をなして時が始まり、原初の精霊エト・アダが生まれる
- 世界づくり:ロルカーンが神々を説き伏せて、あるいは騙して、定命の世界ニルンを造らせる
- 神々の衰え:できたばかりの世界は魔法に満ちて危うく、神々が歩くだけで揺らぐ。設計したマグナスが手を引く
- 塔の裁き:神々がアダマンティンの塔に集まる。多くは去り、残る者は大地の骨エルノフェイとなる。ロルカーンは裁かれ、心臓を抜かれる
- 暁の時代の終わり:魔法が去って宇宙が落ち着き、エルフの歴史が始まる(メレシック紀2500年)

この五つの段のうち、『モノミス』がとくに詳しく語るのは「世界づくり」と、それを民がどう受け止めたかです。言い換えると、『人類の誕生以前』が出来事の骨組みを、『モノミス』が民ごとの気持ちを書いています。二冊を重ねて読むと、暁の時代の全体がわかります。
暁の時代のあとに続くのが、メレシック紀です。『人類の誕生以前』によれば、メレシックはノルドの言葉で、文字どおり「エルフの時代」という意味です。メレシック紀の年は、第一紀が始まる年から逆に数えられ、2500年がいちばん古い年でした。たとえばメレシック紀2500年は、第一紀が始まる2500年前ということです。
アヌとパドメイとは何か?
『モノミス』の序は、すべての信仰が「アヌとその片割れ」から始まると書いていました。この二つは、神というより、世界のおおもとにある二つの力です。名前は民によって変わり、アヌとパドメイ、アヌイ・エルとシシス、ヨクダではサタクとアケル、ときには「在る」と「在らず」とだけ呼ばれます。

二つの力の違いは、ひと言で言えば「止める力」と「変える力」です。アヌは光であり秩序で、パドメイやシシスは変化であり混沌です。たとえば、川の流れをせき止める岩と、その岩を削っていく水を思い浮かべてください。どちらか一方だけでは何も起きませんが、二つがぶつかり合うところに、形が生まれます。
『モノミス』が「灰色の曖昧」と呼ぶのは、この二つの力が混ざり合う真ん中のことです。そしてエルフの祖先の言葉では、それを「ニルン」と呼びます。つまり、私たちがゲームで歩いてきた世界の名前は、もともと二つの力のあいだの「灰色の曖昧」を指す言葉でした。
シシスという名に、聞き覚えがある人もいるでしょう。Oblivion や Skyrim の闇の一党が「シシス万歳!」と叫ぶ、あのシシスです。『モノミス』の序は、たいていの文化でいちばん高く崇められるのはシシスだと書いています。変化を起こすのは、シシスのほうだからです。暗殺者たちが崇める闇の神は、この世界では、すべての始まりを動かした力でもありました。
九大神とデイドラ公は何が違うのか?
二つの力の交わりから生まれたのが、原初の精霊エト・アダです。そしてエト・アダは、世界を造った側のエイドラと、造らなかった側のデイドラに分かれます。Skyrim で言えば、祠で祈る九大神の多くがエイドラで、頼みを聞くと秘宝をくれるデイドラ公たちがデイドラです。この違いを、ゲームに入っている短い本がはっきり書いています。
“「エイドラ」と「デイドラ」は、相対的な言葉ではない。エルフの言葉で、意味は厳密である。アズラは、スカイリムでもモロウウィンドでもデイドラだ。「エイドラ」はふつう「祖先」と訳され、それがシロディールの言葉でこのエルフの考えにいちばん近い。「デイドラ」はおおよそ「我らの祖先ではない者」という意味である。この区別は、ダンマーにとって決定的だった。その思想の根本の分かれ目が、神話の系譜に表れているからである”
(“Aedra” and “Daedra” are not relative terms. They are Elvish and exact. Azura is a Daedra both in Skyrim and Morrowind. “Aedra” is usually translated as “ancestor,” which is as close as Cyrodilic can come to this Elven concept. “Daedra” means, roughly, “not our ancestors.” This distinction was crucial to the Dunmer, whose fundamental split in ideology is represented in their mythical genealogy.)“エイドラは静止と結びつく。デイドラは変化を表す。エイドラは定命の世界を造り、大地の骨に縛られている。デイドラは造ることができないが、変える力を持つ。創造という神の契約の一部として、エイドラは殺されうる。ロルカーンと月を見よ。掟の通じない変幻のデイドラは、追い払うことしかできない”
『エドラとデイドラ』 より
(Aedra are associated with stasis. Daedra represent change. Aedra created the mortal world and are bound to the Earth Bones. Daedra, who cannot create, have the power to change. As part of the divine contract of creation, the Aedra can be killed. Witness Lorkhan and the moons. The protean Daedra, for whom the rules do not apply, can only be banished.)
エイドラは「祖先」、デイドラは「我らの祖先ではない者」です。つまりこの二つは、神と悪魔のような善と悪の区別ではありません。アズラが例に出ているのはそのためで、アズラはデイドラでありながら、モロウウィンドでは人々に敬われています。日本語版の本の題は『エドラとデイドラ』で、エイドラをエドラと書いています。
二つの組を分けたのは、世界を造るときに自分の身を差し出したかどうかでした。エイドラは自分の一部を削って世界を造ったので、その世界に縛られ、殺されることさえあります。そしてデイドラは身を差し出さず、掟の外にいるので、倒しても追い払うことしかできません。本の言うとおりなら、Oblivion や Skyrim で倒してきたデイドラたちも、死んだのではなく、オブリビオンへ追い返されただけなのです。
デイドラが身を差し出さなかった理由は、『モノミス』の「シェザールの歌」に書かれていました。デイドラ公たちはシェザールの話を「自分の一部を切り落とす? 馬鹿げている!」と笑い、自分たちの内側に、自分だけの領域を造ったのです。それがオブリビオンの、デイドラ公ごとの領域です。Oblivion で各地に開いた門は、この領域とムンダスをつなぐ門でした。

図にすると、エイドラとデイドラの居場所の違いがよくわかります。上には光と魔法の源エセリウスがあり、真ん中に定命の世界ムンダス、そのまわりをデイドラ公たちの領域オブリビオンが取り巻いています。エイドラは身を削ってムンダスを造り、デイドラは外に残って自分の領域を持ちました。九大神とデイドラ公の違いは、もとをたどれば、この創世のときの選択の違いなのです。
どの民の神話にも出てくる二柱は誰か?
『モノミス』の序は、どの民の神々の顔ぶれにも「竜の神」と「失われた神」の型が必ずいる、と書いていました。竜の神は時と結びつき、失われた神は定命の世界と結びつきます。帝国の学者が書いた『帝国内の様々な宗派』も、同じことを竜の神アカトシュの項で書いています。
“アカトシュは九大神(シロディールとその属州の主な信仰)の主神であり、タムリエルのあらゆる宗教に見られる二柱の神の一つである(もう一柱はロルカーン)。アカトシュは一般に、始まりの場で最初に形をなした神とされる。アカトシュが定まったあと、ほかの精霊たちも在ることがたやすくなり、世界のさまざまな神々の顔ぶれが現れた”
ミカエル・カルクソール著 『帝国内の様々な宗派』 より
(Akatosh is the chief deity of the Nine Divines (the major religious cult of Cyrodiil and its provinces), and one of two deities found in every Tamrielic religion (the other is Lorkhan). He is generally considered to be the first of the Gods to form in the Beginning Place; after his establishment, other spirits found the process of being easier and the various pantheons of the world emerged.)
つまり、時の竜アカトシュと、世界を造らせて欠けた神ロルカーンは、どの民の神話にも出てくる一対です。ただし、呼び名は民ごとに違います。エルフはアカトシュをアーリエルと呼び、帝国はロルカーンをシェザールと呼びます。カジートとアルゴニアンの創世は、別の記事で詳しく書いています。

なかでも Skyrim を遊んだ人に身近なのは、ノルドの呼び名でしょう。ノルドにとってのロルカーンは、ソブンガルデを築いたショールです。『帝国内の様々な宗派』は、ショールをこう書いています。
“ロルカーンのノルド版で、世界が造られたあとは人間の側に立つ。異国の神々(つまりエルフの神々)が彼に対して謀り、彼を打ち負かして、冥界へ落とした”
ミカエル・カルクソール著 『帝国内の様々な宗派』 より
(Nordic version of Lorkhan, who takes sides with Men after the creation of the world. Foreign gods (i.e., Elven ones) conspire against him and bring about his defeat, dooming him to the underworld.)
ショールは、人間の味方をしてエルフの神々に倒され、死者の国の神になりました。Skyrim の最後にドラゴンボーンが訪れる勇者の広間ソブンガルデは、このショールが築いた広間です。言い換えると、ノルドの戦士たちは、世界を造らせて殺された神のもとへ帰っていくのです。
一方、竜の神の側のノルドの呼び名はアルドゥインです。『帝国内の様々な宗派』は、アルドゥインを「アカトシュのノルド版」と書き、前の世界を焼き滅ぼしてこの世界を始めた火の嵐として描かれると説明しています。ところが Skyrim のアルドゥインは、自らを「アカトシュの長子」と名乗る別の竜でした。同じ名が、本によって神そのものにも、神の子にもなっているのです。
ロルカーンは騙したのか説き伏せたのか?
世界づくりのきっかけを作ったのは、どの語りでもロルカーンです。けれど、ロルカーンが神々をどうやって動かしたのかは、本によって言い方が違います。出来事を順に並べた『人類の誕生以前』は、こう書いています。
“アヌとパドメイによって、オービス[混沌、あるいは全体]から宇宙が形をなした。アカトシュ(アーリエル)が形をなし、時が始まった。神々(エト・アダ)が形をなした。ロルカーンは神々を説き伏せ──あるいは騙し──、定命の世界ニルンを造らせた。このころの定命の世界は魔法にあふれ、危ういものだった。神々が歩くと、定命の世界の成り立ちも、時を超えた存在の連なりさえも、揺らいだ”
シメリーンのアイカンター著 『人類の誕生以前』 より
(The Cosmos formed from the Aurbis [chaos, or totality] by Anu and Padomay. Akatosh (Auriel) formed and Time began. The Gods (et’Ada) formed. Lorkhan convinced — or tricked — the Gods into creating the mortal plane, Nirn. The mortal plane was at this point highly magical and dangerous. As the Gods walked, the physical make-up of the mortal plane and even the timeless continuity of existence itself became unstable.)
本は「説き伏せた──あるいは騙した」と、どちらとも言い切りません。『モノミス』の序も「説き伏せるか、謀るかして」と書くだけです。言い切っているのは、民ごとの語りのほうでした。
- シロディール「シェザールの歌」:シェザールは美しく語り、神々の心を動かした。説き伏せた側の語り
- アルトマー「世界の心臓」:ロルカーンは、世界が限界だらけになると知っていて、神々を誘った。初めから罠だったという語り
- ヨクダ「世界の皮サタカル」:セプが「これが新しい世界への行き方だ」と精霊たちを騙した。騙した側の語り
つまり同じ行いが、語る民によって説得にも詐欺にもなっています。帝国の本は、その揺れをそのまま一つの言葉に詰めこんでいます。Skyrim でも葬儀と死者を司る神として祀られるアーケイの項です。
“アーケイは、ロルカーンの監督・促し・ごまかしのもとで神々が世界を造る前には、存在しなかったと言われる。それゆえアーケイは、ときに「定命の者の神」と呼ばれる”
ミカエル・カルクソール著 『帝国内の様々な宗派』 より
(It is said that Arkay did not exist before the world was created by the gods under Lorkhan’s supervision/urging/trickery. Therefore, he is sometimes called the Mortals’ God.)
「監督・促し・ごまかし」と、三つの言い方を斜線で並べたまま、帝国の学者はどれか一つを選んでいません。ロルカーンが英雄か詐欺師かは、世界が生まれたことを喜ぶか嘆くかと、同じ問いだからです。
世界は贈り物か罠か?
答えの鍵は、『モノミス』が序の最初に置いた一文にあります。人間は自分たちを「不死の力に造られた者」と考え、アルドマーは「その力の子孫」だと言う、という一文です。本は、たいした違いに見えないかもしれないが、この違いが神話の残りすべてに色を付けている、と続けていました。
造られた者にとって、世界は命を与えられた場所です。もともと何者でもなかった者が、神々の手で生まれ、生きる場所をもらったのですから、それは贈り物です。ところが神々の子孫にとっては、世界は神の身分から定命の身へ落とされた場所になります。祖先は不死の精霊だったのに、自分たちは老いて死ぬのですから、それは罠です。

同じ食い違いを、「シェザールの歌」は神々の側から描いていました。世界を造ったあと、アーリエルが率いるエルフの神々は嘆き、アカトシュが率いる人間の神々は喜んだ、というのです。ところが、帝国の学者はアーリエルについてこう書いています。
“エルフにとってのアカトシュは、アーリエルである。アーリエルはアヌイ・エルの魂であり、アヌイ・エルは、すべてであるアヌの魂である”
ミカエル・カルクソール著 『帝国内の様々な宗派』 より
(The Elven Akatosh is Auri-El. Auri-El is the soul of Anui-El, who, in turn, is the soul of Anu the Everything.)
エルフのアーリエルと、人間のアカトシュは、同じ竜の神です。つまり同じ一柱の神が、エルフの語りでは嘆き、人間の語りでは喜んでいるのです。神の気持ちが二つに割れたのではなく、それを語る民の気持ちが、神の顔に映っていると言えます。
この食い違いは、エルフと人間だけのものでもありません。Morrowind と Skyrim に入っている短い本『ニルンの霊魂』は、生き物すべてが世界の誕生に痛みを抱えていると書きます。
“ロルカーンはニルンの霊であり、すべての定命の者の神である。といっても、すべての定命の者が彼を好いている、あるいは知っているというわけではない。たいていのエルフは彼を憎み、創造とは自分たちを霊の領域から切り離した行いだと考えている。たいていの人間は、彼を、あるいは彼のある面を、在ることの先触れとして敬う。定命の次元、ムンダス、ニルンが造られたことは、生きとし生けるものすべての心の痛みの種である。あらゆる魂は、自分がもとはどこか別の所から来たこと、そしてニルンが次に来るものへの、残酷で欠かせない一歩であることを、心の奥で知っている。では、その次とは何か? ある者たちは、もとの状態、つまり霊の領域へ帰ることを望み、ロルカーンこそ行く手を阻む悪魔だと考える。彼らにとってニルンは牢であり、抜け出すべき幻である。またある者たちは、ロルカーンは超越のための試しの場として世界を造ったのだと考える。彼らにとっては、霊の領域こそがもともと牢であり、本当の脱出がいま、ようやくかなうのだ”
『ニルンの霊魂』 より
(Lorkhan is the Spirit of Nirn, the god of all mortals. This does not mean all mortals necessarily like him or even know him. Most elves hate him, thinking creation as that act which sundered them from the spirit realm. Most Humans revere him, or aspects of him, as the herald of existence. The creation of the Mortal Plane, the Mundus, Nirn, is a source of mental anguish to all living things; all souls know deep down they came originally from somewhere else, and that Nirn is a cruel and crucial step to what comes next. What is this next? Some wish to return to the original state, the spirit realm, and that Lorkhan is the Demon that hinders their way; to them Nirn is a prison, an illusion to escape. Others think that Lorkhan created the world as the testing ground for transcendence; to them the spirit realm was already a prison, that true escape is now finally possible.)
この本によれば、世界を牢と見るか、試しの場と見るかは、魂の行き先をどう考えるかで決まります。もとの霊の領域へ帰りたい者にとって、世界は抜け出すべき牢です。そして世界の先にもっと高い所を見る者にとっては、世界は超えていくための試しの場です。贈り物か罠かは、世界そのものの出来ではなく、語る民が自分を何者と考え、どこへ帰りたいかで決まっていたのです。
レッドガードとダークエルフはなぜ例外なのか?
『モノミス』の序の言い方には、例外が二つありました。人間なのに世界を慈悲と見ないレッドガードと、エルフなのに欺きと見ないダークエルフです。どちらも、その理由は民の語りの中に書かれています。
レッドガード ──世界は騙して丸められた皮の玉
レッドガードの祖先は、西の大陸ヨクダから海を渡ってきた民です。『モノミス』の「世界の皮サタカル」によれば、精霊たちはもともと、脱皮をくり返す大蛇サタカルの皮から皮へと渡り歩いて生きていました。ところがトール・パパの手伝いだったセプが、古い皮をかき集めて丸め、「これが新しい世界への行き方だ」と精霊たちを騙します。帝国の学者も、セプの項でこう書いています。
“ロルカーンのヨクダ版。セプは、トール・パパが精霊のやりとりを取り仕切る手伝いを作ったときに生まれる。だがセプはサタカルの飢えに狂わされ、渡り歩きより楽な道を作る手伝いをするよう、一部の神々を説き伏せる。これがもちろん、我々の知る世界である。そしてセプに従った精霊たちはここに囚われ、定命の者として一生を送ることになる。セプはその罪のためにトール・パパに罰せられるが、その飢えは星々のあいだの虚無、「場所でない場所」として生き残り、定命の者が遠き岸辺へ入るのを妨げようとしている”
ミカエル・カルクソール著 『帝国内の様々な宗派』 より
(Yokudan version of Lorkhan. Sep is born when Tall Papa creates someone to help him regulate the spirit trade. Sep, though, is driven crazy by the hunger of Satakal, and he convinces some of the gods to help him make an easier alternative to the Walkabout. This, of course, is the world as we know it, and the spirits who followed Sep become trapped here, to live out their lives as mortals. Sep is punished by Tall Papa for his transgressions, but his hunger lives on as a void in the stars, a ‘non-space’ that tries to upset mortal entry into the Far Shores.)
つまりレッドガードの語りでは、私たちの住む世界は、楽をしようとした精霊たちが囚われた「死んだ皮の玉」です。レッドガードは人間ですが、世界を神々からの贈り物とは考えません。騙されて入りこんだ回り道なのです。そしてトール・パパは、星をたどって遠き岸辺へ帰る道を学べ、と言い残しました。レッドガードにとって大事なのは、この世界に住みつくことより、ここから正しく帰ることでした。
ダークエルフ ──祖先の神々を捨てた民
ダークエルフ(ダンマー)の祖先は、チャイマーと呼ばれたエルフです。チャイマーは、アルドマーの神々、つまり「祖先」であるエイドラを捨てて、デイドラのボエシアを新しい祖先の神に選びました。帝国の学者は、ボエシアの項でこう書いています。
“その啓示によって、のちの「チャイマー」、すなわち変わった民は、アルドマーとのあらゆる縁を捨て、デイドラの原理にもとづく新しい国を築いた”
ミカエル・カルクソール著 『帝国内の様々な宗派』 より
(Through his illuminations, the eventual ‘Chimer’, or Changed Folk, renounced all ties to the Aldmer and founded a new nation based on Daedric principles.)
先に見た『エドラとデイドラ』が、エイドラとデイドラの区別はダンマーにとって決定的だったと書いていたのは、このためです。エルフが世界を罠と嘆くのは、祖先である神々が身を削り、自分たちが神の身から落とされたからでした。けれど祖先の神々を捨てたダンマーには、嘆く理由がありません。帝国の学者は、ロルカーンの項で、モロウウィンドでの見方をこう書いています。
“彼と、彼の「物事の仕組み」の中での形而上の位置は、さまざまに解釈される。たとえばモロウウィンドでは、彼はサイジックの試みにかかわる存在とされる。サイジックの試みとは、定命の者が、自分たちを造った神々を超えることを課される務めである。ハイエルフにとって、彼はあらゆる上位の力の中で最も不浄な者である。霊の次元との彼らのつながりを、永遠に断ち切ったからである”
ミカエル・カルクソール著 『帝国内の様々な宗派』 より
(He and his metaphysical placement in the ‘scheme of things’ is interpreted a variety of ways. In Morrowind, for example, he is a being related to the Psijiic Endeavor, a process by which mortals are charged with transcending the gods that created them. To the High Elves, he is the most unholy of all higher powers, as he forever broke their connection to the spirit plane.)
同じロルカーンが、ハイエルフには最も不浄な神で、モロウウィンドでは神々を超えるための試みにかかわる存在です。言い換えると、ダンマーにとって世界は、失われた神の身分を嘆く場所ではなく、神々を超えていくための場所なのです。『モノミス』のアルトマーの語りが、チャイマーを「汚れたエト・アダの声に耳を傾けた」堕ちた者と呼んでいたのは、同じ出来事をエルフの側から見た言い方でした。
Morrowind では、ダンマーがアズラやボエシアといった「善きデイドラ」を敬い、人の身から神になったトリビュナルを崇めていました。ダンマーがデイドラを祀る理由は、この創世の受け止め方にまでさかのぼるのです。チャイマーがアルドマーと別れた話は、トリビュナルの連載のその1で書いています。
デイドラ公はなぜ定命の者を誘うのか?
Skyrim や Oblivion では、デイドラ公が冒険者に頼みごとをし、引き受けると秘宝をくれます。なぜ神にも等しいデイドラ公が、わざわざ一人の定命の者に声をかけるのでしょうか? その答えも、『モノミス』の「シェザールの歌」に書かれていました。
デイドラ公たちは、世界を造るために身を削ることを笑い、自分の内側に自分だけの領域を造りました。崇める者も仕える者も、いつも手もとにいます。ところがデイドラ公たちは、ときどき定命の世界を妬ましげに眺めました。定命の者たちは弱くさげすむべきものでしたが、その情熱と野心は、下級デイドラの悪ふざけよりはるかに意外で、見ていて飽きなかったからです。
だからデイドラ公たちは、定命の者の中でも情熱的で力のある者に言い寄り、誘いをかけます。シェザールとエイドラから、いちばん偉大で野心のある定命の者を盗み取ることが、デイドラ公たちの格別の楽しみなのです。本の中のデイドラ公は、エイドラを、自分の身を切り刻む愚か者で、いちばん良いかけらさえ手もとに留めておけない者だと、あざ笑っていました。
面白いことに、この「いちばん良いかけら」は、ゲームで秘宝をもらってきたプレイヤーその人に重なります。デイドラ公の頼みを聞いて回る冒険者こそ、デイドラ公が九大神から盗みたがる、情熱的で力のある定命の者でした。デイドラのクエストは、暁の時代に分かれた二つの組の、今も続く奪い合いだったのです。
魔法はなぜ尽きないのか?
TES の魔法は、呪文を唱えるたびにマジカを使います。では、その魔法そのものは、どこから来ているのでしょうか? 答えの鍵を握るのは、世界づくりに加わった神マグナスです。
『モノミス』のアルトマーの語りは、世界が罠だとわかったとき、マグナスのように逃げおおせた者もいて、だから魔法には限界がない、と書いていました。一方、『人類の誕生以前』では、マグナスは定命の世界の設計者で、自分から計画を打ち切った側です。帝国の学者は、その二つを一つの項にまとめています。
“魔術の神マグナスは、世界の創造から最後の最後で身を引いた。だが、その代償は大きかった。この世界に残された彼の一部を、定命の者は魔法として感じとり、操っている。ある話では、考えを思いついたのはロルカーンだが、定命の世界を造るのに要る図面と設計図を描いたのはマグナスだったという”
ミカエル・カルクソール著 『帝国内の様々な宗派』 より
(The god of sorcery, Magnus withdrew from the creation of the world at the last second, though it cost him dearly. What is left of him on the world is felt and controlled by mortals as magic. One story says that, while the idea was thought up by Lorkhan, it was Magnus who created the schematics and diagrams needed to construct the mortal plane.)
つまりマグナスは、世界の設計図を描いておきながら、最後の最後で世界から逃げた神です。そして逃げるときに残していった自分の一部が、私たちの使う魔法になりました。言い換えると、ゲームで呪文を唱えるたびに減っていく青いゲージ(マジカ)も、この神話では、逃げた神が置いていった力なのです。Skyrim のウィンターホールド大学のクエストで出てくる「マグナスの目」や「マグナスの杖」も、この神の名を冠しています。
では、魔法の源はどこにあるのでしょうか? Oblivion と Skyrim に入っている本は、それを空の向こうに置いています。
“星々は、あらゆる魔力の源であるエセリウスの次元と我々をつなぐ絆である。それゆえ星の光こそ、あらゆる魔力の中で最も強く、最も崇高なものなのだ”
『天空からの魔法』 より
(The stars are our links to the plane of Aetherius, the source of all magical power, and therefore, light from the stars is the most potent and exalted of all magical powers.)
先の図で、エセリウスをいちばん上に置いたのはこのためです。魔法は、空の向こうのエセリウスから、星を通って定命の世界へ届いています。世界づくりから逃げた神がいたからこそ、この世界の魔法には底がないのです。
ロルカーンの心臓はどこへ行ったのか?
世界を造らせたロルカーンは、最後に心臓を抜かれます。けれど、誰が、どこで心臓を抜き、その心臓がどこへ行ったのかは、本によってまるで違います。
まず『モノミス』のアルトマーの語りでは、アーリエルの騎士トリニマックが、戦場で軍勢の前でロルカーンを打ち倒し、心臓を掴み取りました。心臓は壊されそうになると笑い、「この心臓は世界の心臓だ」と言います。そこでアーリエルは、心臓を矢に結んで、海の彼方へ射放ちました。
ところが、出来事を順に並べた『人類の誕生以前』には、戦場も矢も出てきません。舞台は、神々が集まった塔でした。
“定命の世界の設計者である魔法(マグナス)が計画を打ち切ると決めたとき、神々はアダマンティンの塔[タムリエルで知られる最古の建造物、ディレニの塔]に集まり、どうするかを決めた。たいていの者は、魔法が去ったときに去った。ほかの者は、とどまるために自らを別の形へと捧げた(エルノフェイ)。ロルカーンは神々によって定命の領域への追放を言い渡され、その心臓は引き抜かれて、塔から投げ落とされた。落ちた所に、火山ができた。(神話の意味での)魔法が去ると、宇宙は落ち着いた。エルフの歴史が、ようやく一本の線となって始まった(メレシック紀2500年)”
シメリーンのアイカンター著 『人類の誕生以前』 より
(When Magic (Magnus), architect of the plans for the mortal world, decided to terminate the project, the Gods convened at the Adamantine Tower [Direnni Tower, the oldest known structure in Tamriel] and decided what to do. Most left when Magic did. Others sacrificed themselves into other forms so that they might Stay (the Ehlnofey). Lorkhan was condemned by the Gods to exile in the mortal realms, and his heart was torn out and cast from the Tower. Where it landed, a Volcano formed. With Magic (in the Mythic Sense) gone, the Cosmos stabilized. Elven history, finally linear, began (ME2500).)

さらに ESO の本『アダマントの塔』は、塔に伝わる話として、アーリエル自身が塔の頂でロルカーンを殺したと書いています。
“彼によれば、塔は暁の時代、神々がムンダスの行く末を決めるために集まったときに建てられた。その頂で、アルドメリの大いなる神アーリエルが、ペテン師ロルカーンを殺し、その心臓を矢に刺し貫いて、世界の向こうへ放った。心臓はただ笑い、生き続けた”
ハーム・ハウスビルダー著 『アダマントの塔』(ESO)より
(According to him, the tower was erected in the Dawn Era when the gods met to decide the fate of Mundus. At its apex, Auri-El, the great god of the Aldmeri, slew the trickster Lorkhan, impaled his heart on an arrow and launched it across the world. The heart merely laughed and lived on.)
三冊を並べると、食い違いがよくわかります。
| 本 | 心臓を抜いた者 | 場所 | 心臓の行方 |
|---|---|---|---|
| 『モノミス』(アルトマーの語り) | 騎士トリニマック | 戦場 | アーリエルが矢で海の彼方へ |
| 『人類の誕生以前』 | 神々(名は書かれない) | アダマンティンの塔 | 塔から投げ落とされ、落ちた所に火山 |
| 『アダマントの塔』(ESO) | アーリエル | 塔の頂 | 矢に刺して世界の向こうへ |
抜いた者も場所も違いますが、どの本でも、心臓は壊されずに残ります。そして『人類の誕生以前』が書く「火山」が、Morrowind の舞台ヴァーデンフェルの真ん中にそびえるレッドマウンテンです。Morrowind に入っている本は、それをはっきり書いています。
“神話の時代、神々は、定命の世界を造った罰として、ロルカーンの心臓を奪い、レッドマウンテンの下に隠した。ドゥーマーは、地下に植民地を築いているときに、その心臓を見つけた”
『ダゴス・ウルを倒すための計画』 より
(During mythic times, the gods took and hid Lorkhan’s heart beneath Red Mountain as a punishment for creating the mortal plane. The Dwemer discovered the heart while building underground colonies.)
アダマンティンの塔は、ハイロックの沖、イリアック湾のバルフィエラ島に建っています。神々が世界の行く末を話し合ったとされる塔が、タムリエルで知られる最古の建物として残っているのです。そしてそこから投げ落とされた心臓は、レッドマウンテンの下で、のちにドゥーマーに見つけられ、トリビュナルという三柱の神を生みます。その顛末は、トリビュナルの連載のその2で書いています。
暁の時代はいつ終わったのか?
暁の時代の終わりは、塔の裁きのすぐあとです。『人類の誕生以前』は、魔法が去って宇宙が落ち着き、エルフの歴史が「ようやく一本の線となって」始まったと書いていました。逆に言えば、それまでの暁の時代は、出来事が一本の線に並ばない、神々の時だったのです。
ところが『モノミス』の「オービスの神話」は、少し違う所に線を引いています。神々が死んで世界の実体となり、デイドラが生まれた出来事を、「神話の時代(メレシック紀)の夜明け」と呼んでいるのです。つまり『人類の誕生以前』は神々が去った時から、『モノミス』は世界が生まれた時から、メレシック紀を数えています。どちらの本でも、神々の時が終わって定命の者の時が始まる所に、境目が置かれています。
TES の大きな時代は、次のように分かれます。
| 時代 | 年の数え方 | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 暁の時代 | 年が無い | 神々が生まれ、世界が造られ、ロルカーンが裁かれる |
| メレシック紀 | 2500年から1年へ、逆に数える | 塔が建つ(2500年)。エルフがタムリエルへ渡る |
| 第一紀 | 0年から数える | 人間とエルフの歴史が記録に残りはじめる |
『人類の誕生以前』によれば、メレシック紀は、神々と魔法が世界から去ってから、ノルドのイスグラモルがタムリエルへ来るまでの、記録以前の時代です。そしてメレシック紀2500年は、ハラルド王の学者たちが数えた「時の最初の年」で、アダマンティンの塔が建った年でもありました。神々の会合の場となった塔が、エルフの暦の一年目に置かれているのです。
ここから先は、神々ではなく、エルフと人間が主役の時代です。暁の時代に神の身分を失ったエルフと、神々に造られた人間の争いが、タムリエルの歴史を動かしていきます。
さらなる解説
解説で書ききれなかった三つの本を、もう少し掘ります。気になるものだけ開いてください。
『子供向けのアヌの伝記』 ──ロルカーンの出てこない創世
暁の時代を語る本には、『モノミス』とまったく違う筋のものもあります。Morrowind では『注釈付きアヌアド』、Oblivion と Skyrim では『子供向けのアヌの伝記』、ESO では『アヌアドの意訳』という題で入っている、同じ一冊の短い本です。

この本では、アヌとパドメイは二つの力ではなく、兄弟の神として語られます。
“最初にいたのは、兄弟でした。アヌとパドメイです。ふたりが虚無へやってきたとき、時が始まりました”
『子供向けのアヌの伝記』 より
(The first ones were brothers: Anu and Padomay. They came into the Void, and Time began.)
光と闇の交わりからニルが生まれ、ニルは創造を産んで死にます。創造を憎んだパドメイは十二の世界を打ち砕き、アヌはその残りを一つにまとめてニルンを造りました。そして神々の正体も、二人の血だとされます。
“パドメイの血はデイドラになりました。アヌの血は星々になりました。そして、ふたりの血が混ざったものはエイドラになりました。そのためエイドラは善にも悪にも傾く力を持ち、創造と何のつながりも持たないデイドラより、この世のことに深く関わるのです”
『子供向けのアヌの伝記』 より
(The blood of Padomay became the Daedra. The blood of Anu became the stars. The mingled blood of both became the Aedra (hence their capacity for good and evil, and their greater affinity for earthly affairs than the Daedra, who have no connection to Creation).)
この本には、ロルカーンも、神々の会合も、心臓も出てきません。世界を造ったのはアヌ自身で、エルフと人間の祖先エルノフェイは、砕けた世界の生き残りでした。同じ「暁の時代」でも、『モノミス』とは筋も登場者も違うのです。
この話は、アイレイド(ワイルドエルフ)の神話と紹介されることもあります。これは、ゲームに入る前に掲示板に書かれた『モノミス』の草稿で、この話に「アイレイドの『アヌアド』」という見出しが付いていたためです。ゲームではこの話だけが一冊の本に切り出され、見出しは消えました。
『シシス』 ──エイドラを偽りの神と呼ぶ創世
『シシス』は、『モノミス』のアルトマーの語りを、まるごと裏返した本です。Morrowind、Oblivion、Skyrim、ESO のどれにも入っています。
“シシスは家の始まりである。彼の前には無があった。だが愚かなアルトマーは、この無に名を付けて崇めている。彼らが怠惰な奴隷だからだ”
『シシス』 より
(Sithis is the start of the house. Before him was nothing, but the foolish Altmer have names for and revere this nothing. That is because they are lazy slaves.)
アルトマーの語りでは、アヌがすべてで、シシスはその限界でした。ところがこの本では、始まりはシシスで、アヌはただの「無」です。そして、エイドラの正体もこう書かれます。
“だがひとつの考えが嫉妬深くなり、死にたくないと思った。停滞と同じように、長続きしたがったのだ。これが悪魔アヌイ・エルである。アヌイ・エルは友を作り、彼らは自らをエイドラと呼んだ。彼らはシシスが造ったすべてを奴隷にし、永遠に不完全な領域を造った。ゆえにエイドラは偽りの神、つまり幻である”
『シシス』 より
(One idea, however, became jealous and did not want to die; like the stasis, he wanted to last. This was the demon Anui-El, who made friends, and they called themselves the Aedra. They enslaved everything that Sithis had made and created realms of everlasting imperfection. Thus are the Aedra the false gods, that is, illusion.)
アルトマーの語りでは「アヌの魂」だったアヌイ・エルが、この本では悪魔です。死なずに長続きしようとした側こそ悪だ、という評価の反転です。そしてシシスは、その偽りの神々を壊すために、ロルカーンを送りこみます。
“こうしてシシスはロルカーンを生み、宇宙を破壊するために遣わした。ロルカーン! 不安定なる変異体よ!”
『シシス』 より
(So Sithis begat Lorkhan and sent him to destroy the universe. Lorkhan! Unstable mutant!)
この本の中では、ロルカーンは罠を仕掛けた者ではなく、停滞から世界を解き放つ者です。「不安定なる変異体」という呼び名も、この本の中では褒め言葉なのです。闇の一党が「シシス万歳!」と叫ぶとき、彼らが仰いでいるのは、この裏返しの創世の始まりの神でした。
『ウルフハース王 五つの歌』 ──ノルドが歌うショールの心臓
ロルカーンの心臓が抜かれる話は、ノルドの歌にも出てきます。ノルドの王ウルフハースをうたった歌の中に、こんな一節があります。
“遠い昔、神々の長はエルフの巨人たちに殺され、彼らはショールの心臓をもぎ取って、ノルドを恐れさせる旗印にした”
『ウルフハース王 五つの歌』 より
(Long ago the Chief of the Gods had been killed by Elven giants, and they ripped out Shor’s Heart and used it as a standard to strike fear into the Nords.)
ショールは、ノルドの呼ぶロルカーンです。つまりこの一節は、アルトマーの「トリニマックが心臓を掴み取った」話を、心臓を奪われた側から歌ったものなのです。アルトマーにとっては世界を正すための一撃だった出来事が、ノルドにとっては、神々の長を殺されて心臓を晒しものにされた恥辱になっています。
同じ出来事を、誰の側から語るかで、英雄譚にも恨みの歌にもなる。『モノミス』が並べてみせた創世の食い違いは、ここでも同じ形をしています。
考察 ──暁の時代は、本当に終わったのか
解説では、『人類の誕生以前』にしたがって、暁の時代は塔の会議で終わったと書きました。神々と魔法が去り、時が一本の線になって、エルフと人間の歴史が始まります。けれど Skyrim を遊んだ人は、暁の時代から続く塔の名前を、ゲームの中で一度は聞いているはずです。スカイ・ヘヴン聖堂のアルドゥインの壁の前で、エズバーンがそらで唱える予言です。
暁の時代は、年表の上では終わっています。それでも塔や時の竜の話は、シリーズの事件のたびに顔を出します。暁の時代が本当に終わったのかを、ゲームの中の本と台詞、開発者の書き込み、海外の考察を一つずつ確かめながら考えます。ESO の運営が作中の人物の名で書く公式の連載、ロアマスターズ・アーカイブで、学者フラスタスは、エイドラの講義の案内をこう結んでいました。
“つねに反論を探し、どの学者の言葉も、絶対の真実として受け取ってはならない”
エリンヒルのフラスタス著 『エイドラ研究入門』(ESO のロアマスターズ・アーカイブ) より
(Always seek refutations and take no one scholar’s words for absolute truth.)
塔とは何なのか?
暁の時代の終わりに神々が集まったアダマンティンの塔は、会議の場であると同時に、世界の形を決めた塔でもありました。ESO に入っている本『オーブの謎4: エルデンの木』は、この塔が世界の現実の組み立てを定めたと書いています。
“アダ・マンティアの杭と、そのゼロ・ストーンは、オーブの中でまわりの現実の組み立てを定め、竜の(時に縛られた)物語が広がっていくなかで、大地の骨に、その物語、すなわち本性を与えた。アルドメリ、つまりメレシック紀のエルフが一つの目的でまとまっていたのは、ほかの塔もそれぞれの石を持てば、違う物語を語れると気づくまでのことだった。塔はそれぞれ、ヴァリオラムの建築家たちが刻んだ決まりに従う。こうしてエルフは自らを分光し、それぞれ自分の創造へ向かった。チャイマーは赤い心臓に従い、ボズマーは緑の樹液を芽吹かせ、アルトマーは水晶のような法を建てた。ほかの者も同じである”
ベレダルモ著 『オーブの謎4: エルデンの木』(ESO) より
(The spike of Ada-Mantia, and its Zero Stone, dictated the structure of reality in its Aurbic vicinity, defining for the Earth Bones their story or nature within the unfolding of the Dragon’s (timebound) Tale. The Aldmeri or Merethic Elves were singular of purpose only so long as it took them to realize that other Towers, with their own Stones, could tell different stories, each following rules inscribed by Variorum Architects. And so the Mer self-refracted, each to their own creation, the Chimer following Red-Heart, the Bosmer burgeoning Green-Sap, the Altmer erecting Crystal-Like-Law, et alia.)
アダ・マンティアは、アダマンティンの塔の古い呼び名です。塔には一つずつ「石」があり、塔は石の力で、まわりの世界がどんな筋で進むかを決めます。言い換えると、塔の会議で決まったのは、ロルカーンの裁きと神々の去就だけではありませんでした。竜の神アカトシュの時、つまり一本の線になった時間の上で、世界の土台がどんな物語になるかが、この塔で定まったのです。
そしてエルフは、塔を一本だけにしておきませんでした。民ごとに別の塔と石を立てて、それぞれの物語を語り始めます。たとえば、シロディールの帝都の真ん中にそびえる白金の塔は、アイレイドがアダマンティンの塔をまねて建てた塔です。Oblivion では、シロディールのどこからでもこの塔が見えます。
同じ本によれば、その石は、ロルカーンの心臓から落ちた血が固まった赤いダイヤ、チム・エル・アダバルでした。Oblivion で皇帝が首にかけていた王者のアミュレットの赤い宝石が、それです。
| 塔 | 石 | 建てた民 | ゲームで見る所 |
|---|---|---|---|
| アダマンティンの塔 | ゼロ・ストーン | 神々(塔の会議) | ESO のバルフィエラ島 |
| 赤い塔 | ロルカーンの心臓 | チャイマー | Morrowind のレッドマウンテン |
| 白金の塔 | チム・エル・アダバル | アイレイド | Oblivion・ESO(シロディールの帝都) |
| 水晶のような法 | 透明な法 | アルトマー | ESO のサマーセットの水晶の塔 |
| 緑の樹液 | 定まらないドングリ | ボズマー | ESO のエルデンルートの大樹 |
| 真鍮の塔 | マンテラ(心臓の代わり) | ドゥーマーの造った神 | Daggerfall のヌミディウム |
| 雪の塔 | 分かっていない | (自然の山) | Skyrim の世界のノド |
解説では、暁の時代をどう受け止めたかが、そのまま民の生き方になったと書きました。塔の話は、それをもう一歩進めます。エルフは、自分たちの物語を、塔という形で地面に立てたのです。
スカイリムの予言は何を数えているのか?
Skyrim のメインクエスト「アルドゥインの壁」で、エズバーンはスカイ・ヘヴン聖堂の壁画を読み解きます。壁画の三枚目には、アカヴィリをタムリエルへ呼び寄せた予言が彫られていました。エズバーンは、ブレイズに伝わるその予言を、そらで唱えます。
“わしは、この予言をそらで言える。かつては、ブレイズの誰もがそうだった。『世界の八隅に失政がはびこるとき』『真鍮の塔が歩き、時が形を変えるとき』『三度祝福された者がしくじり、赤い塔が震えるとき』『竜の血の統治者が王座を失い、白い塔が倒れるとき』『雪の塔が割れ、王を失い、血を流すとき』『世界を喰らう者が目覚め、輪は最後のドラゴンボーンの上で回る』”
エズバーンの言葉(Skyrim のクエスト「アルドゥインの壁」) より
(I know the prophecy by heart. Once all Blades knew it. ‘When misrule takes its place at the eight corners of the world’ ‘When the Brass Tower walks and Time is reshaped’ ‘When the thrice-blessed fail and the Red Tower trembles’ ‘When the Dragonborn Ruler loses his throne, and the White Tower falls’ ‘When the Snow Tower lies sundered, kingless, bleeding’ ‘The World-Eater wakes, and the Wheel turns upon the Last Dragonborn.’)
真鍮の塔、赤い塔、白い塔、雪の塔。予言に出てくる四つの塔は、どれも上の表の塔です。そして壁画に彫られた兆しを順に追うと、これまでのシリーズの事件が、ほぼそのまま並びます。
- 世界の八隅に失政:Arena。皇帝になりすました魔術師ジャガー・サーンが、混沌の杖を八つに割って各地に隠した
- 真鍮の塔が歩く:Daggerfall。ドゥーマーの巨人ヌミディウムが動き、西の歪みで、争っていた国々の結末がいっぺんに起きた
- 赤い塔が震える:Morrowind。ネレヴァリンが心臓を解き放ち、三度祝福された者と読まれるトリビュナルは、神の力を失った。のちに、ヴィヴェクの都の上空に止まっていた月の石が落ち、レッドマウンテンが噴火する
- 白い塔が倒れる:Oblivion。皇帝ユリエル・セプティム7世が殺され、マーティンが王者のアミュレットを砕いた。30年あまりあとの大戦では、サルモールが帝都を落とし、白金の塔を荒らした
- 雪の塔が割れる:Skyrim。上級王トリグが殺され、スカイリムが内戦に割れた。壁画の世界のノドは、二つに裂けている

予言は、シリーズの事件を、塔が一つずつ揺らぐ順に数えています。その先に置かれているのが、世界を喰らう者、アルドゥインです。解説で見たとおり、アルドゥインは、ノルドの神話では前の世界を焼き滅ぼしてこの世界を始めた竜で、時の竜アカトシュそのものとも書かれます。その竜が、塔が倒れたあとに、世界を終わらせに来るのです。
英語圏のファンも、この並びに目をつけています。2026年2月の r/teslore の投稿は、本編の主人公は毎回、知らないうちにその作品の塔を止めているのではないか、と問いかけました。投稿の挙げた例では、Daggerfall の主人公がヌミディウムを動かし、ネレヴァリンが赤い塔の石である心臓に手をかけました。Oblivion の英雄は、マーティンが白金の塔の石を砕くのを助けています。
いちばん多く支持された返事は、これを確かめ直しています。ネレヴァリンは心臓を壊しておらず、ドゥーマーがかけた縛りを解いただけだ、という指摘です。止まったことが確かなのは、真鍮の塔と白金の塔だけです。
2025年に160万回以上見られた英語の解説動画は、さらに先へ進みます。歴代の主人公は、世界を造らせて欠けた神ロルカーンの役を、プレイヤーとして引き受けているのだ、と読むのです。
ゲームの中の予言は、主人公が塔を止めるとは言っていません。言っているのは、塔が揺らぎ、倒れたあとに、世界を喰らう者が目覚めるということだけです。そして主人公は、どの作品でも、世界が終わらない側で物語を閉じてきました。サーンを倒して皇帝を連れ戻し、心臓を解き放ってダゴス・ウルの巨像を壊し、オブリビオンの門を閉じ、ソブンガルデでアルドゥインを倒します。けれど、揺らいだ塔は元に戻っていません。
塔が全部止まると世界は終わるのか?
英語圏のファンのあいだには、長く語られてきた説があります。サルモールが塔を一つずつ止めて、世界をほどこうとしている、という説です。この説がどこから来たのかを、年の順にたどります。
始まりは、2005年9月に Bethesda の公式フォーラムで書かれた『ヌ・マンティア傍受』です。開発者のマイケル・カークブライトが、作中の人物どうしの手紙の形で書いた文章です。手紙はアダ・マンティアを「暁の時代に立った、侵しがたい現実の最初の杭」と呼び、ほかの塔はその反響だと説明しました。上の『オーブの謎4』の塔の話は、のちに ESO がこの筋をゲームの本へ取り入れたものです。
次がサルモールの話です。カークブライトは2008年1月11日の公式フォーラムへの書き込みに、「アルトマーによるタロス注解とおぼしきもの」という短い文章を載せました。
“人を殺すことは、天に至ることである。破滅の太鼓の不義の前に、我らがいた天へ。これを成し遂げれば、我らは物質の牢の嘲りと長い恥から逃れられる。この目的のために、我らは次のことをせねばならない。一、成り上がりのタロスを神話から消すこと。彼がいることで、塔の会議の輪は強まり、我らの魂はこの次元に縛られている。二、人を、世界からだけでなく、ありうることの型からも除くこと。人という考えそのものが忘れられ、二度とくり返されないように。三、タロスとタロスの子らが除かれれば、竜を解き放つのは我らの手となる。定命の者の世界は終わる。竜は、一本の線の時のよどみをつかむ手をほどき、ふたたび自由な蛇となって、量られることも縛られることもなくエーテルを動き、我らがかつて歩いた数えきれない道に時をこぼしていく。そうして我らは、滅びることのない霊の衣を取り戻すのだ”
マイケル・カークブライト 「アルトマーによるタロス注解とおぼしきもの」(Bethesda 公式フォーラム、2008年) より
(To kill Man is to reach Heaven, from where we came before the Doom Drum’s iniquity. When we accomplish this, we can escape the mockery and long shame of the Material Prison. To achieve this goal, we must: 1) Erase the Upstart Talos from the mythic. His presence fortifies the Wheel of the Convention, and binds our souls to this plane. 2) Remove Man not just from the world, but from the Pattern of Possibility, so that the very idea of them can be forgotten and thereby never again repeated. 3) With Talos and the Sons of Talos removed, the Dragon will become ours to unbind. The world of mortals will be over. The Dragon will uncoil his hold on the stagnancy of linear time and move as Free Serpent again, moving through the Aether without measure or burden, spilling time along the innumerable roads we once travelled. And with that we will regain the mantle of the imperishable spirit.)
破滅の太鼓はロルカーン、塔の会議の輪(Wheel of the Convention)は、暁の時代の終わりに塔で定まった世界の組み立てのことです。この文章には、サルモールという語も、塔という語も出てきません。書かれているのは、タロスを消し、人を消し、竜をほどけば、一本の線の時が終わって、エルフは霊に戻れる、という願いです。
その翌年には、公式の小説『The Infernal City』(2009年)で、帝国の王子アトレバスが塔の噂を口にします。
“そうだな、白金の塔が、それにタムリエルのほかのいくつかの塔も、世界を、その、支えているとか、そんなふうに考える人もいる。ドラゴンが壊れる前は、塔がオブリビオンの侵入から守ってくれていたと信じる人もいる……塔は、ムンダスが、つまり世界が、溶けてオブリビオンに戻ってしまわないようにしている。まあ、そんなところだ。ともかく、塔に力があることは皆が認めているけど、どんな力なのかは誰もはっきり知らないんだ”
アトレバス・メーデの言葉(小説『The Infernal City』) より
(Well, some think that the White-Gold Tower—and some other towers around Tamriel—help, well, hold the world up, or something like that. Others believe that before the Dragon broke, the tower helped protect us from invasion from Oblivion […] They help keep Mundus—the World—from dissolving back into Oblivion. Or something like that. Anyway, everyone seems to agree it has power, but no one knows exactly what kind.)
2005年の手紙、2008年の注解、2009年の小説。この三つを一つにつないだのは、ファンの事典でした。英語圏のファンが編む事典に、Elder Scrolls Wiki があります。その「The Towers」の項は、2012年から「サルモールの最終計画」として、塔を止めて定命の世界をほどくと書いていました。出典は注解でしたが、注解にその話はありません。
2017年に50万回以上見られた英語の解説動画もこの説を取り上げ、説だと断りながら、塔ごとの止まり具合を表にしています。
2020年6月の r/teslore の投稿が、事典の記述に出典が無いことを突きとめました。題は「出典はいつも確かめよう」で、8年続いた取り違えだと書いています。この投稿は1,400以上の支持を集めています。
ゲームの中のサルモールはどうでしょうか。Skyrim のサルモールは、白金協定を盾にタロスの崇拝を禁じ、タロスを拝む者を捕らえています。帝都を落として白金の塔を荒らしたことも、Skyrim の本『大戦』に書かれています。けれど、世界をほどくと口にするサルモールは、Skyrim ではウィンターホールド大学のアンカノただ一人です。
“私を止めに来たのか? お前たちの企みに気づいていないとでも? 私にお前を滅ぼせないとでも? 世界を無に帰す力がこの指先にあるのだぞ。それでも、お前に何かできると思うのか?”
アンカノの言葉(Skyrim のウィンターホールド大学のクエスト) より
(You’ve come for me, have you?, You think I don’t know what you’re up to? You think I can’t destroy you? The power to unmake the world at my fingertips, and you think you can do anything about it?)
アンカノが手にしたのは、塔ではなく、世界づくりから去った設計者マグナスの名を持つ「マグナスの目」でした。しかもゲームのデータでは、アンカノはサルモール本隊ではなく「サルモール分裂派」という別の派閥に入れられています。2020年6月の別の r/teslore の投稿は、このことから、アンカノは本隊から外れた狂信者だったのではないかと読んでいます。
ゲームの中では、エルフの神アーリエルが、世界から抜け出す手順を見せるために天へ昇ったと伝わります。サルモールはタロスの崇拝を禁じ、塔には世界を支える力があると噂されています。
三つを結んで「塔を止めて世界をほどく計画」にしたのは、2008年の書き込みと、2012年のファンの事典でした。ただ、注解が描いたアルトマーの願いは、言い換えると、塔の会議の輪を外し、竜を自由な蛇に戻し、一本の線の時を終わらせることです。それは、世界を暁の時代へ巻き戻すことにほかなりません。世界を罠と見る答えを最後まで突きつめると、暁の時代の終わりそのものを取り消す所へ行き着くのです。
ドラゴンブレイクは暁の時代が戻ることなのか?
Skyrim の世界のノドの頂には、時の傷(Time-Wound)があります。古代のノルドの声の達人たちが星霜の書の力でアルドゥインを時の外へ放り出した跡で、ドラゴンボーンはそこで星霜の書を読み、過去の戦いを目にします。TES の世界では、時は一本の線のまま、いつまでも続くとは限らないのです。
時の流れが一本の線でなくなる出来事を、ドラゴンブレイクと呼びます。ドラゴンは時の竜アカトシュのことで、名前は竜が壊れるという意味です。たとえば Daggerfall の結末では、ヌミディウムを手に入れた国が一つに決まらず、いくつもの結末が同時に起きました。予言の「真鍮の塔が歩き、時が形を変える」は、この西の歪みのことです。
いちばん長いドラゴンブレイクは、第一紀のアレッシア教団の一派、マルカティ・セレクティブが起こしたとされます。アカトシュの中からエルフの神アーリエルの面を取り除こうとした儀式で、時が千八年にわたって壊れたと伝わります。その期間には、中期の暁(Middle Dawn)という名が付いています。暦の真ん中に、もう一度「暁」が来たという名です。Morrowind と Skyrim に入っている本は、その時をこう書いています。
“マルカティ・セレクティブがあの塔の上で踊ったとき何が起きたのか、誰にも分からない。王者のアミュレットが無ければ、すべてを戯言として片づけるのはたやすいだろう。星霜の書でさえ、それには触れていない……言い直そう、星霜の書は、それに触れることができないのだ。祖先の蛾の教団が星霜の書を時のない時に合わせると、その文字は決まって消えてしまう”
『ドラゴンが壊れたとき、あなたはどこに?』 より
(No one understands what happened when the Marukhati Selective danced on that tower. It would be easy to dismiss the whole matter as nonsense were it not for the Amulet of Kings. Even the Elder Scrolls do not mention it — let me correct myself, the Elder Scrolls cannot mention it. When the Cult of the Ancestor Moth attune the Scrolls to the timeless time their glyphs always disappear.)
セレクティブが儀式をしたのは塔の上で、ESO では、その儀式に、八つの塔をかたどった八つの節からなる「塔の杖」が使われたと語られます。そして壊れた時の中は、星霜の書が文字を失う「時のない時」でした。『人類の誕生以前』は暁の時代を、神々が歩くだけで世界の形も「存在の時のない連続」も揺らいだ時代と書いています。中期の暁は、暁の時代と同じ言葉で書かれているのです。
海外のファンも、ここを同じように読んでいます。2018年に39万回以上見られた英語の解説動画は、ドラゴンブレイクを、暁の時代のような一本の線でない時へいったん戻ることだと説明します。2019年の r/teslore の投稿も、暁の時代とドラゴンブレイクを、同じ「時のない時」として考える方法を書いています。
反対の読みも、ゲームの中にあります。学者ファル・ドルーンの『ドラゴンブレイク再考』は、千八年という数はアレッシア教団の暦の取り違えで、時が壊れたことなど無かったと書いています。
ただ、この本は Morrowind の時代に出てくるのに、セプティム朝が絶えたことを過去の出来事として書いています。時が壊れたことを否定する本が、まだ起きていない出来事を知っているのです。(Skyrim の日本語版の題は『ドラゴンの突破』です。原文の Dragon Break は時の竜が壊れる出来事の名なので、当サイトでは『ドラゴンブレイク再考』と書きます。)
ゲームの中で時が壊れた例を並べると、どれも竜(アカトシュ)に手を加えたときか、塔の力を動かしたときです。暁の時代の時のなさは、消えたのではなく、塔と竜で押さえられているだけなのです。押さえが外れると、時はまた暁の時代と同じ「時のない時」になります。中期の暁という名は、そのことをそのまま言っています。
ここで一旦整理しましょう
この章の問いは、暁の時代は本当に終わったのか、でした。
暦の上では、終わっています。神々がアダマンティンの塔に集まり、ロルカーンを裁いて去ったあと、時は一本の線になり、メレシック紀が始まりました。これはゲームの中の本がそろって書いていることです。
けれど、暁の時代は、終わるときに世界の組み立てを決めていきました。現実の筋を定める塔と、時を一本の線に保つ竜です。エルフはその塔をまねて、民ごとの物語を塔として立てました。シリーズの事件は、その塔を揺らし、Skyrim の予言は、塔が倒れる順にシリーズを数えます。そして塔や竜に手を加えると、時が壊れ、暁の時代と同じ「時のない時」になります。
一方で、サルモールが塔を止めて世界をほどこうとしている、という有名な説は、2008年の書き込みと、それを読み違えたファンの事典から育った説です。確かなのは、エルフが世界から抜け出したいと願う神話を持つことと、開発者が2008年に、その願いを突きつめた文章を書いたことまでです。塔が全部倒れたら世界がなくなるのかも、小説の噂と予言の並びから、そう思わせるだけです。
つまり、暁の時代は、時の流れとしては終わり、世界の組み立てとしては今も続いています。最後に、その組み立てを決めた塔の会議そのものを、民がどう見てきたのかを確かめます。
塔の会議は救いだったのか檻だったのか?
『人類の誕生以前』の書き方では、神々が歩くだけで揺らいでいた世界は、魔法が去ったことで落ち着き、歴史が始まりました。塔の会議は、世界を危うさから救った区切りとして書かれているのです。ところが Oblivion で深遠の暁を率いたマンカー・キャモランは、同じ会議を、まったく逆に読んでいます。
“「最初の塔の布告。変異した者を、もはや害をなせぬ所に縛りつけよ。ムンダスの神であるからには、その子らも同じく、神の火花から引き離されるべし。我らは八の八倍の総督なり。パドメイの住まう所に、我らを唯一の出口と見させよ」”
マンカー・キャモラン著 『深遠の暁・註解』第3巻 より
(“First Tower Dictate: render the mutant bound where he may do no more harm. As God of the Mundus, alike shall be his progeny, split from their divine sparks. We are Eight time eight Exarchs. Let the home of Padomay see us as sole exit.”)
最初の塔はアダマンティンの塔、変異した者はロルカーンです。マンカーの読みでは、エイドラは塔の会議で、世界の本当の神ロルカーンを縛り、その子である定命の者を、神の火花から引き離しました。自分たちを、この世界からの唯一の出口に見せるためです。世界そのものはロルカーンの贈り物なのに、塔の会議がそれを檻に変えた、という読みです。(日本語版の題は『評論・深遠の暁』ですが、原文の Commentaries は註解なので、当サイトでは『深遠の暁・註解』と書きます。)
マンカーの「神の火花」という言い方は、現実の宗教のグノーシス主義を思わせます。2021年の r/teslore の投稿も、ロルカーンを、グノーシス主義の造物主デミウルゴスになぞらえていました。グノーシス主義は、紀元2世紀ごろ地中海世界に広まった教えです。この物質の世界は、本当の神ではない劣った造り手がこしらえた牢で、人の魂は本当の神から来た火花として、その中に閉じこめられている、と説きました。救いは、そのことを知って、牢の外へ昇っていくことです。
エルフの見方は、このグノーシス主義によく似ています。世界はロルカーンという造り手の罠で、エルフは神の子孫なのに定命の身に閉じこめられ、アーリエルは天へ昇って出口を示しました。
個人的には、マンカーの読みも同じ形をしていて、ただ牢番が入れ替わっているだけだと考えます。エルフにとって牢を造ったのはロルカーンで、マンカーにとって牢番はエイドラです。どちらも世界を牢と見て、魂の火花を外へ出そうとします。違うのは、誰を恨むかだけです。2008年の注解のアルトマーも、タロスが「塔の会議の輪」を強めて魂を縛っていると書いていました。
同じ一つの会議が、『人類の誕生以前』では世界を救った区切りに、マンカーには裏切りに、注解のアルトマーには魂を縛る輪の始まりに見えています。暁の時代が終わっても、世界は贈り物か罠かという問いは終わりませんでした。問いは、世界を造ったことの評価から、塔の会議で決まった世界の組み立てを守るか、ほどくかへ、形を変えて残ったのです。
暁の時代はまだ終わっていない
暁の時代は、暦の上では終わりました。けれど、塔の会議が決めた世界の組み立て、つまり塔に固められた現実と、竜が保つ一本の線の時と、神々のいない世界は、シリーズのたびに揺さぶられています。
揺さぶる者を並べると、そのことがよく分かります。ダゴス・ウルは、ロルカーンの心臓の力で新しい神の巨像を造ろうとしました。マンカーとメエルーンズ・デイゴンは、塔の会議が檻にした世界を、デイドラの手で作り直そうとしました。アルドゥインは、世界を喰らう者として、世界そのものを終わらせに来ます。どれも、暁の時代の決め事を、書き換えるか、取り消そうとする者です。
そして主人公は、どの作品でも、その決め事が続く側で物語を閉じます。ただし、その途中で、塔は一つずつ揺らいでいきました。守ることと崩すことが、同じ主人公の手の中で起きているのです。
壁を読み終えたあと、自分がドラゴンボーンだとなぜ大事なのかと尋ねると、エズバーンはこう答えます。
“わしの話を何も聞いておらんかったのか? アルドゥインを倒し、世界の終わりを食い止められるのは、お前しかいないのだ! 古のノルドが使ったシャウトさえ突き止められれば、勝ち目はあるかもしれん。ないかもしれん。予言に保証などない。あるのは望みだけだ”
エズバーンの言葉(Skyrim のクエスト「アルドゥインの壁」のあと) より
(Haven’t you been paying attention to anything I’ve said? Only you can finally defeat Alduin and avert the end of the world! If we can just find out what Shout the ancient Nords used, you may have a chance. Or not. There’s no guarantee with prophecy. Merely hope.)
ゲームは、世界が贈り物か罠かの答えを出しません。作り手が、どの民の側からも語れるように作ったからです。『モノミス』を書いたカークブライトは、2019年の Polygon の「Morrowind 口述史」で、創世神話を作り始めたころを、こう振り返っています。
“Redguard の世界の地名辞典のようなものだった『帝国のポケットガイド』のあと、僕は世界がどう始まったのかに、ずっと取りつかれていた。八柱の神々がいて、しかも、どの文化もなんとなくその神々を認めている。そんなのは、まるで筋が通らない。種族も何もかも違うのに。じゃあ、それは何を意味するんだ?”
マイケル・カークブライトの言葉(Polygon「Morrowind 口述史」2019年) より
(After The Pocket Guide to the Empire, which was sort of the gazetteer of the world for Redguard, I just kept being obsessed with how the world began. We’ve got this pantheon of eight gods, and yet every single one of the cultures kind of recognizes them, and that doesn’t make sense at all — they’re all different races and whatnot. So what does that mean?)
カークブライトによれば、開発の指針は「犬の側の話を聞かせてくれ(Tell me the dog’s story)」という一言でした。同じ出来事を、語る側を変えて語り直すということです。『モノミス』が一つの創世を三つの民の語りで並べているのは、そのためです。
暁の時代の問いは、ゲームの中では閉じていません。予言に保証が無いように、答えも決まっていないのです。だからこそ、その答えを選ぶ番は、作品ごとに、世界のまん中に立たされるプレイヤーに回ってきます。
世界の始まりが、民の生き方になった
『モノミス』に並んだ三つの語りには、もう一つ共通する所があります。どれも最後は「だから」で結ばれているのです。
- エルフの神々:エルフの種族に、気高く、威厳をもって苦しむことを教える。だからエルフは定命の身に満ち足りず、誇り高く耐え忍ぶ
- 人間の神々:定命の種族に、よく生き、美と名誉を慈しみ、互いに愛し合うことを教える。だから人間は、より深い知恵とよりよい世界を求める
- ヨクダのトール・パパ:星をたどって遠き岸辺へ行く道を学べ。できないなら、子らを通して生き延びよ
創世の語りは、世界がなぜあるのかを説明して終わりません。その世界で、どう生きるかまで決めているのです。帝国の学者は、エルフの竜の神アーリエルについて、こう書いていました。
“アーリエルが知られている中でただ一度弱さを見せたのは、定命の世界の創造に加わると同意したときであった。その行いが、エルフを永遠の霊の世界から永久に切り離した。その償いに、アーリエルは神話の時代、最初のアルドマーを率いてロルカーンの軍勢と戦い、その暴君を打ち破って、アルトマー最初の王国アルトモーラと古エルノフェイを築いた。そしてアーリエルは、信者たちの見守る前で天へ昇った。定命の世界から抜け出すのに要る手順を、彼らが学べるようにである”
ミカエル・カルクソール著 『帝国内の様々な宗派』 より
(In his only known moment of weakness, he agreed to take his part in the creation of the mortal plane, that act which forever sundered the Elves from the spirit worlds of eternity. To make up for it, Auri-El led the original Aldmer against the armies of Lorkhan in mythic times, vanquishing that tyrant and establishing the first kingdoms of the Altmer, Altmora and Old Ehlnofey. He then ascended to heaven in full observance of his followers so that they might learn the steps needed to escape the mortal plane.)
世界を罠と見たエルフの神は、民の目の前で天へ昇り、この世界から抜け出す手順を見せました。罠と見る民は、出口を探して生きるのです。逆に、世界を贈り物と見る人間の神々は、この世界でよく生きることを教えます。ゲームの中で九大神の祠に祈ると加護を授かるのも、この世界に生きる者を慈しむ神々だからでしょう。
ゲームで見てきた民の姿も、この選択の上にあります。ノルドは、世界を造らせて人間の側に立ったショールのもとへ、ソブンガルデへ帰ろうとします。ダンマーは祖先の神々を捨て、神々を超えるための場として世界を生きました。そしてレッドガードは、騙されて入りこんだ世界から、星をたどって帰る道を探します。
世界が生まれたのは、贈り物だったのか、罠だったのか? 『モノミス』は、どちらが正しいとも言いません。けれどその答えは、どの民にとっても、遠い昔の出来事への評価で終わってはいませんでした。世界の始まりをどう受け止めたかが、そのまま、その民がこの世界をどう生きるかになっているのです。
TES の世界を歩くとき、私たちはいつも、暁の時代に分かれた二つの答えのあいだを歩いています。
参考文献
引用した本の原文は、英語圏の TES 事典 UESP で読めます。海外の考察と開発者の投稿は、元の頁へつないでいます。訳はすべて当記事によるものです。
- 創世を語る本
- 神々と世界を説く本
- 心臓と塔の本
- 時と予言の本・台詞
- 神と場所の解説
- 海外の考察と開発者の投稿
- マイケル・カークブライトほか『ヌ・マンティア傍受』(Nu-Mantia Intercept、Bethesda 公式フォーラム、2005年)
- マイケル・カークブライト「アルトマーによるタロス注解とおぼしきもの」(What appears to be an Altmeri commentary on Talos、Bethesda 公式フォーラム、2008年)
- Polygon の Morrowind の口述史(2019年)
- Elder Scrolls Wiki「The Towers」
- r/teslore「Why You Should Always Check Sources: The Curious Case of 8 Years of Misinformation on the Towers and the Thalmor」(2020年)
- r/teslore「”Does the Thalmor really want to unmake the world?”」(2020年)
- r/teslore「If the Towers theory is true, does that mean that the protagonist of each mainline TES game is unwittingly doing the Thalmor’s bidding…」(2026年)
- r/teslore「Seeing in the Timeless Time」(2019年)
- r/teslore「Lorkhan may have been influenced by the Gnostic/Rosicrucian entity known as the Demiurge」(2021年)
- YouTube「Skyrim – The SECRET Plan of the Thalmor?」(2017年)
- YouTube「The MOST Confusing Concept in the Elder Scrolls – Dragonbreaks EXPLAINED」(2018年)
- YouTube「The Missing God of The Elder Scrolls」(2025年)










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