※この記事には、Oblivionのネタバレを含みます。
前回はこちら
【TES世界観解説】オブリビオンの動乱と二つの暁 その1|簒奪者の子
オブリビオンで皇帝を暗殺した深遠の暁の師、マンカー・キャモランは誰の子だったのか? 第三紀267年、キャモランの簒奪者が死んだ日に港町で生まれた子の話を、ゲーム内の本『避難民たち』から物語と解説で辿ります。
はじめに
その1では、第三紀267年、キャモランの簒奪者が死んだ日にハイロックの港町で生まれた子の話を見ました。母は子を抱いて姿を消し、あとには「マンカー」という名だけが残っています。
その2は、それから166年が過ぎた第三紀433年の話です。この年、皇帝ユリエル・セプティム七世が帝都で殺され、オブリビオンの門が開きはじめます。ゲームを始めた誰もが最初に見る、あの牢の場面です。
けれど牢の皇帝は、六十五年の治世の最後の一日を生きているにすぎません。その前の六十五年は、Oblivion の中ではほとんど語られないのです。1994年のシリーズ最初の作品 Arena では、この皇帝は家臣に玉座を奪われて異界に閉じこめられていました。1996年の Daggerfall では真夜中に密使を呼んで西の湾へ送り出し、2002年の Morrowind では身分も取り柄もない一人の囚人を牢から放っています。
そして最期の日、皇帝は牢で出会った一人の囚人の顔を見て、夢で見た顔だと言いました。なぜこの皇帝は、名も罪も知らない者に王者のアミュレットを託したのでしょうか? その2では、皇帝の六十五年と最期の一日を物語で辿り、解説でその答えを探ります。
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第二章: 皇帝の死
第三紀433年の収穫の月27日、皇帝ユリエル・セプティム七世は、帝都の地下で刺客の刃に倒れました。三人の皇子も同じ刻に、それぞれ別の場所で討たれています。
ところが皇帝は、その死をずっと前から夢で見ていました。そして最期の日に牢で出会った一人の囚人に、帝国の命運を託したのです。
──ならば星は正しかった。今日がその日だ。
ジャスティンの席
幼いころのユリエルには、誰の目にも見えない遊び友だちがいた。
名をジャスティンという。男の子のような名だが、女の子であった。幼い皇子は食事のたびに、ジャスティンのための席を一つ設けさせたのである。父ペラギウス四世が冠を戴いて間もないころ、モーンホールドの女王バレンジアと夫のシムマチャスが、ただ二人の客として皇帝一家の晩餐に招かれたことがある。その晩も、食卓にはジャスティンの皿が並んでいたという。
シムマチャスはこの遊びがよほど気に入ったらしく、皇子が大人になってからも、会うたびにジャスティンは息災かと尋ねた。ユリエルも真顔で答えるのが、二人の決まりになった。あるときなどユリエルは、ジャスティンは向こう見ずなカジートの若者と結ばれて、遠い島の町で火のシダとヨモギを育てていると、大まじめに語ってみせたという。
第三紀368年、父が世を去り、二十二歳のユリエルが玉座に就いた。
若い皇帝は、野心にあふれていた。帝国の力が届きにくい東のモロウウィンドとブラック・マーシュへ手を伸ばし、モロウウィンドの名家フラールを、帝国の文化と商いの先兵に取りこんだ。その傍らで秘術と知恵を貸したのが、帝国の魔闘士ジャガー・サーンである。やがて皇帝は駆け引きで師を追い越したが、サーンは追い越された師の顔をして、皇帝の誇りをくすぐり続けた。
皇帝は、民に愛された美しい姫カウラ・ヴォリアを后に迎えた。第三紀377年に皇太子ゲルドールが生まれ、エンマンとエベルが続いた。けれど皇帝の伝記によれば、夫婦は心の底から憎み合い、わざわざ相手を傷つけることさえあったという。
偽りの皇帝
第三紀389年、帝国の魔闘士ジャガー・サーンが皇帝を裏切る。
サーンは皇帝を殺さず、時の流れの遅い異界の牢へ送りこんだ。皇帝が囚われていた場所は、記録によってオブリビオンとも、サーンの造った別の次元とも書かれている。それから十年、玉座に座っていたのは、幻術で皇帝の顔をまとったサーンであった。
のちに帝国の幻影と呼ばれる十年である。偽りの皇帝は皇后を宮殿から追い、皇后は唯一神の神殿にかくまわれた。皇子たちは、学校と称する各地の牢へ散らされた。
偽りの皇帝を最初に見破ったのは、モーンホールドの女王バレンジアであった。
年ごとに重くなる税に国が傾き、女王は子らを連れて帝都へ上った。何週間も待たされた末にようやく通された謁見でも、皇帝は訴えにまるで耳を貸さない。その仕草に、皇帝らしからぬ、しかしどこか見覚えのあるものを感じて、女王はふと昔の晩餐を持ち出した。
「陛下とジャスティン坊ちゃまは、本当に仲がよろしゅうございました。あの子は、あれから間もなく亡くなったと伺いましたが」
皇帝は、用心深く微笑んだ。「いかにも。今でも、あの者のことは口にしたくない」
玉座に座る男は、ユリエル・セプティムではなかった。
その夜、モーンホールドから鷹が文を運んできた。夫シムマチャスは反乱のさなかに討たれ、女王と子らは帝国への謀反人とされていた。同じ夜、ウェイレストの王エドワイアが女王を訪ね、玉座の男の正体はジャガー・サーンだと打ち明けた。
サーンに殺された弟子リア・シルメインの霊は、まだこの世にとどまっていた。その霊が選んだのは、帝都の牢に捨て置かれた一人の囚人である。夢に現れるリアに導かれて、囚人は下水道から牢を抜け出し、国じゅうに散らされた混沌の杖のかけらを集めていった。エドワイアと女王もその企てに手を貸し、第三紀399年、勇者は宮殿の地下でサーンを倒して、本物の皇帝を異界から連れ戻した。
囚われる前の皇帝は、誇りと野心にあふれた若者のようであった。戻ってきた皇帝は、重々しく辛抱強い、用心深い老人になっていた。
夜の謁見
玉座に戻った皇帝は、もう大軍で国々を脅そうとはしなかった。代わりに動かしたのは、皇帝の護り手ブレイズの密使たちである。
ブレイズは、皇帝の身を守るために置かれた騎士団である。帝国の軍にも元老院にも属さず、皇帝とセプティムの血筋にだけ仕えている。東の大陸アカヴィルの流れをくむ刀と鎧を帯び、その多くは身分を隠して、町の人々にまぎれて暮らしていた。
第三紀405年のある真夜中、宮殿の謁見の間に、灯りを落とした席が設けられた。そこにいたのは皇帝と、サーンに代わって帝国の魔闘士となったオカート、そして一人の密使だけであった。
“暗くてすまぬ。だが、この会見は誰にも知られてはならぬのだ。わたしの悩みは、この暗がりよりなお暗い。一年あまり前、ダガーフォールのライサンダス王が、戦場で名誉の死を遂げた。……だが王の霊は眠らず、亡霊の軍を率いてかつての国をさまよい、復讐を叫んでいる”
皇帝はもう一つ、ささやかな頼みを付け加えた。昔ダガーフォールの王妃に送ったまま届かなかった手紙を探し出し、始末してほしいというのである。手紙は、私的で感傷的なものであったという。密使は翌朝、西のイリアック湾へ船出した。
十二年後の第三紀417年、降霜の月のことである。そのイリアック湾で、四十を超える小国が、わずか二日のうちに四つの王国にまとまった。軍勢が何百マイルも運ばれ、嵐と天の異変が荒れ狂い、二つの日が一つに縮んだ。帝国はこれを神々の起こした平和の奇跡と布告し、人々は西の歪みと呼んだ。
だがブレイズの内々の報告は、これを神の奇跡とは見ていない。事にはタイバー・セプティムの遺物が絡み、それを使ったのはブレイズの密使であった。そしてその密使とは、事が終わるとすぐに連絡が絶えたという。
第三紀414年には、東のヴァーデンフェルの島が帝国の民に開かれていた。そして427年、皇帝は牢から一人の囚人を放つ。罪も記さず、ただ「身分も取り柄もない者」とだけ書いた書状を添えて、島のブレイズのもとへ船で送り出したのである。その囚人がやがて予言の英雄ネレヴァリンとなり、レッドマウンテンの災いを終わらせたことを知る者は少ない。
同じ年、都には暗い噂が流れていた。皇帝は病んでいる。皇子たちは、サーンが宮廷に紛れこませた偽者だと魔術師たちが言っている。偽の世継ぎを殺せと叫ぶ群衆に近衛兵が斬りこみ、大勢が死んだ。遠い島の酒場では、本当に国を動かしているのはオカートだと、ささやく者もいた。
皇帝は、生涯を通して夢に悩まされてきた男であった。
夢の主
第三紀433年、皇帝は八十七歳になっていた。
前の年に出た帝国の案内書は、三人の皇子が父のもとで政を学び、皇太子ゲルドールはすでに父の務めの多くを担っていると記している。そして宮廷の様子を、「帝国の心臓は堅固であり、ゆえにタムリエルのすべてが強い」と結んでいた。
だがこの年の収穫の月、皇帝はもう、自分の死を夢に見ていた。
“わたしは八十七年前に生まれ、六十五年のあいだタムリエルの皇帝として国を治めてきた。だがその長い年月、わたしは一度として自分の夢の主ではなかった。醒めた目では見ることのできぬオブリビオンの門を、わたしは見た。見よ、闇のなかで、滅びが地を覆ってゆく。今日はアカトシュ暦433年、収穫の月二十七日。第三紀の終わりの日々であり、わたしの命の最後の刻である”
その日、三人の皇子が刺客に襲われたという知らせが届いた。皇太子ゲルドールは五十六、皇子エンマンは五十五、皇子エベルは五十三の歳である。
ブレイズを率いるレノルト指揮官は、皇帝を連れて帝国軍の本営の地下に広がる牢へ降りていった。ブレイズの者しか知らない抜け道が、そこから都の外へ通じていたからである。そこを通れば、誰も後を追ってはこられないはずであった。
階段を降りながら、皇帝は「息子たちは……死んだのだな」とつぶやいた。使いは襲われたと申しただけですとレノルトがなだめても、皇帝は首を振る。
「いや、死んだ。わたしには分かる」
囚人の房
牢の一つに、一人の囚人が入れられていた。
どんな罪を犯したのかを記した記録は残っていない。向かいの房では、ダンマーの囚人がその囚人をあざけっていた。
やがて廊下に足音が響き、ブレイズの三人に守られた皇帝が現れた。房の前で、レノルトが足を止める。「なぜここに囚人がいる? この房は使わぬ決まりのはずだ」。グレンロイは衛兵隊の手違いだと口ごもったが、抜け道の入り口は、ちょうどこの房の壁の奥にあったのである。
ところが房へ入った皇帝は、囚人の顔を見て足を止めた。
“そなた……そなたを見たことがある……顔を見せよ……そなたは、わたしの夢に出てきた者だ……ならば星は正しかった。今日がその日だ。神々よ、力を与えたまえ”
刺客が息子たちを襲い、次はわたしの番だ。ブレイズが秘密の抜け道でわたしを連れ出そうとしているが、その入り口が、たまたまそなたの房を通っている──皇帝はそう語り、囚人の罪を問わずに、しばらくついて来ることを許した。
ブレイズの一人が壁の石を押すと、房の奥に暗い通路が口を開けた。
赤い衣の刺客
抜け道へ入ってまもなく、一行は襲われた。
血のように赤い衣をまとった刺客たちで、その身はどこからか現れた漆黒の鎧に覆われていた。ブレイズは刺客を討ち払ったが、レノルト指揮官もそこで斃れた。
どうしてここで待ち伏せができたのかと、グレンロイはいぶかった。囚人を疑うブレイズはついて来るなと言い捨て、扉に錠を下ろしてしまった。
取り残された囚人の前で、崩れかけた壁が破れ、鼠が躍り出た。穴の奥には、誰にも忘れられた古い洞窟が続いている。鼠と小鬼と死者のうろつく暗がりを抜けて、囚人はふたたび皇帝の一行に追いついた。
剣を向けかけたブレイズを、皇帝が押しとどめた。
“あの者はついて来ると分かっていた”
皇帝は囚人を傍らに歩かせ、九大神と星の巡りについて語りはじめた。「わたしは生涯、天の巡りを頼りに道を定めてきた。空の火花は、どれもが炎で、どれもが徴である。そなたは、どの徴の下に生まれたのか?」
“わたしの読む徴は、わたしの道の終わりを示している。わたしの死は避けられぬ終わりだ。来るべきときに来るだろう”
死が恐ろしくはないのかと、囚人は尋ねた。
“人は肉と血にすぎぬ。己の滅びは知っていても、その刻は知らぬ。その点、わたしは恵まれている。死の刻を見ることができるのだから”
自分の行く末も見えるのかと、囚人は尋ねた。皇帝は、その顔から目を離さなかった。
“わたしの夢は、事が成るかどうかまでは教えてくれぬ。夢の羅針は、死の扉の向こうへは届かぬのだ。だが、そなたの顔に、わたしは太陽の伴を見る。アカトシュの輝かしき栄光の暁が、迫り来る闇を払うやもしれぬ”
閉ざされた門
下水道へ抜ける門まで来たとき、グレンロイが声を上げた。
門は、向こう側から閂をかけられていた。罠であった。
脇の通路も行き止まりで、立ち往生するうちに刺客の群れが押し寄せてくる。ブレイズの二人は皇帝と囚人を小さな脇部屋へ押し込み、「命に代えても陛下を守れ」と言い残して斬り込んでいった。
剣戟の響くなか、皇帝は囚人のほうを振り返った。
“わたしは、ここから先へは行けぬ。破壊の君とその定命の僕どもに、そなた一人で立ち向かわねばならぬ。王者のアミュレットを、あの者に渡してはならぬ! アミュレットを取れ。ジョフリーに渡すのだ。わたしの最後の息子の居場所を知るのは、あの者だけだ。息子を見つけ出し、オブリビオンの顎を閉ざせ”
皇帝は首から外した王者のアミュレットを、囚人の手に押しつけた。帝国の統治の聖なる印であり、竜の血を引く最後の者へ渡らねばならぬものである。
その刹那、壁の石組みが音もなく滑った。
隠し戸の奥から躍り出た刺客の刃が、一太刀で皇帝を斃した。
駆け込んできたボーラスとともに囚人がその刺客を討ち果たしたときには、もう遅かった。グレンロイもまた、刺客の群れのなかで斃れていた。皇帝の最期の言葉を聞いたボーラスは、下水道の最後の扉の鍵を囚人に渡し、自分は陛下のそばに残った。
“アミュレットをジョフリーに届けろ。危ない真似はするな、まっすぐウェイノン修道院へ行け。……陛下がお前を信じたのは、間違いではなかった”
暗い下水道を抜け、鉄格子の向こうから差し込む光のほうへ歩いていくと、囚人の目の前に、ルマーレ湖と帝都の白金の塔が広がった。
森の修道院
アミュレットをジョフリーに渡せ。それが、皇帝が最期に囚人へ託した言葉であった。囚人は帝都を背に、北西のウェイノン修道院へと道をとった。
都から西へ延びるブラックロードは、グレートフォレストと呼ばれる深い森を抜けて、コロールの町へ通じている。古い砦の跡を過ぎて森が開けたあたりに、石造りの母屋と小さな礼拝堂、羊の囲いを持つ修道院があった。コロールの町の門は、もう目と鼻の先である。
ウェイノン修道院は、タロスと九大神に捧げられた修道院である。神となったタイバー・セプティムの教えを広めるタロス修道会の支部で、修道会は皇帝の護り手ブレイズとも浅からぬ縁で結ばれていた。
暗殺の知らせは、この森の修道院にも届いていた。母屋では修道院長のマボレルが黒馬新聞を広げ、皇帝の伝記をめくっていた。
“陛下はご高齢だった……よいお方で、よい皇帝だった。いったい誰が、陛下を殺めようなどと思うのか? それも、皇子さまがたまで”
机の上には、修道士ピナールが都に住む母へ宛てた手紙も置かれていた。
“母さん、どうか心配しないでください。元老院は心得ています。……どのみちこの十五年、帝国を動かしてきたのはオカートさまと元老院なのですから。何も心配はいりません。何もかも、うまくいきます。……反乱も内乱も起きないし、西の歪みがもう一度起きることもありません”
ジョフリーなら二階の机にいると、修道士の一人が教えた。書架の並ぶ二階では、年配の修道士が兵法の書に目を落としていた。粗末な僧衣の腰には、アカヴィルの大刀が下がっている。
「修道士のジョフリーだ。何の用だ?」
皇帝に遣わされて来たと告げると、修道士の目が鋭くなった。王者のアミュレットを持ってきたと言っても、ジョフリーは首を振る。
「ありえぬ。陛下のほかは、誰も手を触れることを許されておらぬ品だ。見せてみよ」
囚人が差し出した包みを開けるなり、ジョフリーは顔色を変えた。
“九大神にかけて! まさしく王者のアミュレットだ! おぬしは何者だ? どうやってこれを手に入れた? 皇帝陛下の死について、何を知っている?”
籠の赤子
皇帝の最期の言葉を聞き終えると、ジョフリーは長く黙っていた。やがて修道士は、信じがたい話だが信じようと言った。ユリエル・セプティムの不思議な運命でもなければ、王者のアミュレットを携えた者がここへ来ることはなかったはずだからである。
ジョフリーは、ただの修道士ではなかった。
ブレイズを束ねる長であり、かつては皇帝の護衛の隊長を務めた男である。そして皇帝が最期に口にした「最後の息子」のことを知る、数少ない一人であった。
“ある夜、陛下はわたしを私室へ呼ばれた。籠の中で、男の赤子が眠っていた。陛下は、この子をどこか安全な所へ届けよと命じられた。赤子について、それ以上は何も語られなかったが、陛下の御子であることは分かっていた”
その子の名をマーティンという。いまは南の町クヴァッチで、アカトシュ聖堂に仕える司祭になっている。自分が皇帝の子であることを、マーティンは知らない。敵がその素性を知っているなら、その身は危うい。ジョフリーは、すぐにクヴァッチへ向かってくれと囚人に頼んだ。
皇帝が冠を戴くとき、王者のアミュレットで帝都の唯一神の神殿にドラゴンファイアを灯す。ドラゴンファイアは皇帝が死ぬまで燃え続け、跡を継ぐ者が冠を戴いて灯し直すのが習いであった。
けれどその火が何を守っているのかは、ブレイズの長でさえ知らなかった。「戴冠の儀の本当の意味が分かるのは、代々の皇帝だけだ」とジョフリーは言う。「あの火は、陛下にしか見えておらなんだ何かから、我らを守っていたのかもしれぬ」
修道院長は自分のまだら馬を囚人に貸し与え、修道士ピナールは一冊の本を手渡した。題を『西の歪み』という。囚人は馬を駆って、南のクヴァッチへ向かった。
だが皇帝も、三人の皇子も、もういない。
その日、神殿のドラゴンファイアは、数百年ぶりに闇に沈んだ。
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解説 ──見知らぬ者に国を賭けた皇帝
さて、この章の解説はほとんどがユリエル・セプティム七世の話です。Oblivion のメインクエストは、この皇帝が牢で王者のアミュレットを託し、「オブリビオンの顎を閉ざせ」と言い残すところから始まる物語だからです。見知らぬ囚人に国を預けるあの導入の意図は、この皇帝がどんな人で、六十五年の治世で何をしてきたのかを知らないと見えてきません。
そもそも、なぜ皇帝は、会ったばかりの囚人に王者のアミュレットを託したのでしょうか?
ゲームの中の答えは、「夢で見た顔だったから」の一言です。ところがシリーズを通して見ると、この皇帝が素性の知れない一人に国の命運を預けたのは、これが初めてではありません。Daggerfall では真夜中に密使を呼んで西の湾へ送り出し、Morrowind では牢から放った囚人を予言の英雄に仕立てようとしました。Oblivion の牢の場面は、その長い賭けの最後の一手だったのです。
ユリエル七世は、玉座を十年奪われてから、軍ではなく一人の使者に国を賭ける皇帝になりました。牢の囚人は、その最後の一人でした。

ゲームで分かること
・契約:アカトシュは、アレッシアの血を引く皇帝が絶えないかぎり、オブリビオンの門を閉ざすと約束した
・ドラゴンファイア:皇帝は冠を戴くとき、王者のアミュレットで帝都の神殿に火を灯す。火は皇帝が死ぬまで燃える
・暗殺:刺客は皇帝と三人の皇子を同じ日に討ち、火を灯せる血を一度に絶やそうとした
ドラゴンファイアが燃える帝都の神殿は、日本語版では最高神の神殿と訳されていますが、原文の Temple of the One の One は唯一の神のことなので、この連載では唯一神の神殿と書きます。
この六十五年に何が起きたのか?
皇帝が牢で語る六十五年は、第三紀368年から433年までです。この六十五年のうちに、シリーズの四つの作品が収まっています。1994年の Arena、1996年の Daggerfall、2002年の Morrowind、そして2006年の Oblivion です。言い換えると、ユリエル七世は、シリーズの最初の四作すべてで物語の背後にいた皇帝でした。その治世は、大きく三つに分かれます。
- 若き皇帝と師(368〜389年)
野心の強い若い皇帝が、帝国の魔闘士ジャガー・サーンの助言を受けて東へ力を広げる - 偽りの皇帝の十年(389〜399年)
サーンが皇帝を異界へ閉じこめ、皇帝の顔で玉座に座る。Arena の時代 - 影から動かす皇帝(399〜433年)
戻った皇帝が、ブレイズの密使を使って国を動かす。Daggerfall と Morrowind の時代
若き皇帝と師(第三紀368〜389年)
『帝国の略歴』第4巻は、即位した皇帝を、モリハーサの勤勉とユリエル六世の政の才、そしてユリエル五世の武勇を兼ね備えた人と称えています。どれも、その1で見た百年の立て直しを担った先代たちです。その若い皇帝がとくに力を注いだのが、帝国の力の届きにくい東でした。
『セプティム七世の短い人生』によれば、皇帝は帝国の文化が根づかないモロウウィンドとブラック・マーシュに、とりわけ強く手を伸ばしています。モロウウィンドの名家フラールを帝国の文化と商いの先兵に取りこんだのも、この時代です。フラール家は、Morrowind では帝国寄りの商人の家として出てきます。そしてこの東への手の伸ばし方を支えたのが、師であり相談役のジャガー・サーンでした。
“この時期、ユリエルは側近である帝国の魔闘士ジャガー・サーンの、秘術の支えと抜け目ない助言に大いに助けられた”
ルーファス・ヘイン著 『セプティム七世の短い人生』 より
(During this period Uriel greatly benefited from the arcane support and shrewd council of his close advisor, the Imperial Battlemage, Jagar Tharn.)
日本語版では、サーンの肩書きは「帝都軍の魔闘士」になっています。原文の Imperial は帝都ではなく帝国のことで、魔闘士(Battlemage)は軍の役ではなく皇帝に仕える魔術師です。この連載では「帝国の魔闘士」と書きます。
やがて皇帝は、駆け引きの腕で師を追い越します。ところがサーンは追い越された師の顔をして皇帝の誇りをくすぐり、すっかり信頼を得たところで裏切りました。簒奪は、師であり相談役だった男の手で、玉座のすぐそばから起きたのです。
偽りの皇帝の十年(第三紀389〜399年)
389年、サーンは皇帝を異界へ閉じこめ、幻術で皇帝の顔をまとって玉座に座りました。この十年は、のちに帝国の幻影と呼ばれます。原語の Imperial Simulacrum の Simulacrum は、似せて作った像や紛い物のことです。偽者が本物の皇帝のふりをした十年に、ふさわしい名でした。本物の皇帝がどこに囚われていたかは、ゲームの中の本で二通りに書かれています。
- 『帝国の略歴』第4巻
サーンが造った別の次元の牢 - 黒馬新聞の号外
オブリビオン
この十年が、シリーズ最初の作品 Arena の舞台です。サーンに殺された弟子リア・シルメインの霊が、帝都の牢にいた一人の囚人を夢で導き、その囚人が散らされた混沌の杖のかけらを集めて、399年にサーンを倒しました。つまりこの皇帝は、名もない囚人の手で異界から連れ戻された皇帝でもあったのです。
影から動かす皇帝(第三紀399〜433年)
戻ってきた皇帝は、まるで別人でした。伝記は、その変わりようをこう書いています。
“だが、その経験が皇帝を変えたことは明らかだ。第三紀389年の皇帝は、誇りと気力と野心にあふれた若者だった。救い出されて玉座に戻った王政復古のころには、重々しく、辛抱強く、用心深い老人になっていた”
ルーファス・ヘイン著 『セプティム七世の短い人生』 より
(But it is clear that the experience changed him. In 3E 389 he was a young man, full of pride, energy, and ambition. During the Restoration, after his rescue and return to the throne, he was an old man, grave, patient, and cautious.)
戻った皇帝は、大軍で脅す政をやめ、ブレイズの密使を使って裏から国を動かすようになりました。405年には密使をハイロックのダガーフォールへ送り(Daggerfall)、414年には東のヴァーデンフェルの島が帝国の民に開かれます。417年には西のイリアック湾で「西の歪み」が起きて、争っていた小国が四つの王国に収まりました。そして427年には、牢から放たれた囚人が島で予言の英雄ネレヴァリンになります(Morrowind)。
けれど晩年の都は、明るくはありませんでした。427年ごろには、皇帝は老いて病み、本当に国を動かしているのは帝国の魔闘士オカートだという噂が、遠いモロウウィンドにまで届いています。修道士ピナールも母への手紙に、この十五年はオカートと元老院が帝国を動かしてきたと書いていました。そして433年、皇帝と三人の皇子は同じ日に討たれます。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 第三紀346年 | ユリエル、ペラギウス四世の子として生まれる |
| 368年 | 父の死。二十二歳で即位する |
| 377年 | 皇太子ゲルドールが生まれる。エンマン(378年)とエベル(380年)が続く |
| 389年 | ジャガー・サーンの裏切り。帝国の幻影が始まる(Arena) |
| 396年 | サーンがデイゴンにバトルスパイアを渡すと約束する(Battlespire) |
| 398年 | デイゴンの軍勢がバトルスパイアを落とす |
| 399年 | 勇者がサーンを倒し、皇帝が戻る。王政復古 |
| 405年 | 真夜中の謁見。密使をダガーフォールへ送る(Daggerfall) |
| 414年 | ヴァーデンフェルが帝国の民に開かれる |
| 417年 | 西の歪み。イリアック湾の小国が四つの王国になる |
| 427年 | 囚人をヴァーデンフェルへ送る(Morrowind)。都で偽の世継ぎ騒ぎ |
| 432年 | 『帝国のポケットガイド』第3版が「帝国の心臓は堅固」と書く |
| 433年 | 収穫の月27日、皇帝と三人の皇子が討たれる(Oblivion) |
サーンはなぜ皇帝を殺さなかったのか?
玉座が欲しいなら、皇帝を殺してしまうほうが早いはずです。ところがサーンは、十年ものあいだ皇帝を生かしたまま閉じこめました。その訳を明かしているのは、Arena に付いた手引き書(Arena Player’s Guide)の冒頭の物語です。サーンに殺された弟子リア・シルメインの霊が、牢の囚人に事の次第を打ち明ける場面があるのです。
“皇帝は死んではいない。アミュレットが元老院に知らせるのは、皇帝が死んだときだけ。サーンは念入りに企んだのよ。皇帝が閉じこめられた次元では、時はここのほんのわずかな速さでしか流れない。本物の皇帝が死ぬのは、何百年も先になる。そのとき、誰が気にかけるというの? 人々にとって、ユリエル・セプティム七世の輝かしい治世は、何世代も前に終わったことになっているのだから”
リア・シルメインの言葉(Arena の手引き書) より
(The Emperor is not dead. Only in the event of his demise would the Amulet warn the Elder Council. Tharn was meticulous in his planning. With time in the dimension in which the Emperor has been imprisoned running at a fraction of what it does here, it will be centuries before the true Emperor dies. And when he does, who will care? Those people will have seen the glorious rule of Uriel Septim VII end generations in their past.)
つまり王者のアミュレットには、持ち主の死を元老院に知らせる力がありました。皇帝を殺せば、すぐに偽りが露見します。そこでサーンは時の流れの遅い牢に皇帝を入れ、その死を何百年も先へ延ばしたのです。言い換えると、サーンの企みは、アミュレットと元老院という帝国の仕組みを壊さずに、そっくり乗っ取るものでした。
皇后と皇子たちも、命までは取られていません。『本物のバレンジア』第5巻によれば、偽りの皇帝は皇后を宮殿から追い、皇子たちを「学校」と偽った牢へ送りました。この本の中で、サーンはナイチンゲールという別の名で呼ばれています。
“ナイチンゲールは皇帝になりかわるとすぐに皇后を追放したが、さすがに害することまではしなかった。皇后は唯一神の神殿にかくまわれた。皇后は病に伏せっていると触れまわられ、ナイチンゲールの手の者は、皇后の心が病んでいるという噂まで流した。皇帝の子らもまた、「学校」に見せかけたタムリエルじゅうの牢へと送られていた”
『本物のバレンジア』第5巻 より
(The Nightingale had exiled the Empress shortly after taking the Emperor’s place, but had not dared harm her. She was given sanctuary by the Temple of the One. It had been given out that she was suffering from ill health, and rumors had been circulated by the Nightingale’s agents that she had mental problems. The Emperor’s children had likewise been dispatched to various prisons all across Tamriel disguised as “schools.”)
ただし、顔は写せても思い出までは写せません。偽りの皇帝の正体を暴いたのは、皇帝が幼いころに空想した友だち、ジャスティンでした。本物のユリエルなら、ジャスティンが目に見えない友だちで、しかも女の子だったことを知っています。バレンジアが持ちかけた「あの坊やは亡くなったそうですね」という作り話にうなずいた時点で、玉座の男は自分が偽者だと明かしてしまったのです。『本物のバレンジア』は宮廷の醜聞を好んで書く本ですが、皇帝の伝記も、サーンの偽りを暴いたのはバレンジアだったと認めています。
そしてサーンの陰には、デイドラの王がいました。ゲームの中で、ジョフリーはデイゴンについてこう言っています。
“破壊のデイドラの王だ。あらゆる定命の種族の、根深い敵でもある。何年も前のジャガー・サーンの帝国への企みにも、あの者は関わっていた。今度の災いにあの者の手が見えても、驚きはせぬ”
ジョフリーの言葉 より
(The daedra Prince of Destruction. An inveterate foe of all mortal races. He was involved with Jagar Tharn’s plot against the empire years ago. It doesn’t surprise me to find his hand in the current calamity.)
Oblivion の中では、この関わりの中身は語られません。書かれているのは、1997年の外伝『Battlespire』です。バトルスパイアは、帝国の魔闘士たちが修行を積む城塞で、その城壁はオブリビオンの果てにそびえ、外にはただ虚無が広がっているといいます。この外伝によれば、サーンの簒奪とデイゴンのあいだには、次のような取引がありました。
- 簒奪の手引き
デイゴンは、サーンが皇帝に成りすまして玉座に就くのを助けた。それを仕組んだのは、デイゴンの子であるズィヴィライのモアトだった - 見返りの約束(第三紀396年)
サーンは見返りにバトルスパイアをデイゴンに渡すと約束した。条件は、城塞を治める五人の魔術師を殺すこと。帝国の魔闘士の座は、ふつう彼らの中から選ばれるので、サーンにとっては競争相手だった - 城塞の陥落(第三紀398年)
デイゴンの軍勢がバトルスパイアに攻め込み、約束の褒美を取り立てた
つまり皇帝が囚われていた十年のあいだに、デイゴンは帝国の玉座の簒奪に手を貸し、帝国の魔術の砦まで手に入れていたのです。

閉じこめられていた十年を、皇帝自身はどう覚えていたのでしょうか? コロールの魔術師ギルドの書庫にもある皇帝の伝記が、皇帝から直に聞いた話を書き残しています。
“オブリビオンに囚われていたあいだのことは、ほとんど知られていない。皇帝は、醒めているときと眠っているときの悪夢が果てしなく続いたことのほかは、何も覚えていないという。自分は夢を見ているのだと思い込み、時の流れもまるで分からなかった。……だがこの伝記のもとになった聞き取りのあいだ、皇帝はときおり、自分が見た悪夢を細かに語り、それはオブリビオンに囚われていたころの悪夢に似ているのだと言った”
ルーファス・ヘイン著 『セプティム七世の短い人生』 より
(Little is known of Uriel’s experience while trapped in Oblivion. He says he remembers nothing but an endless sequence of waking and sleeping nightmares. He says he believed himself to be dreaming, and had no notion of passage of time. … from time to time, during the interviews with the Emperor that form the basis of this biography, he would relate details of nightmares he had, and would describe them as similar to the nightmares he had when he was imprisoned in Oblivion.)
皇帝は、オブリビオンで見たのと同じ悪夢を、晩年まで見続けていました。ゲームの冒頭で皇帝が語る「わたしは一度として自分の夢の主ではなかった」という言葉は、この悪夢のことなのかもしれません。
こうして並べると、四十四年後の暗殺は、サーンの簒奪をちょうど裏返した形をしています。サーンは玉座が欲しかったので、皇帝も皇子も殺さずに隠しました。深遠の暁は門を開きたかったので、皇帝と三人の皇子を同じ日に殺したのです。アミュレットが持ち主の死を告げることなど、教団には何の妨げにもなりませんでした。
デイゴンが皇帝の玉座に手を伸ばしたのは、これが二度目でした。
皇帝はなぜ見知らぬ者に国を託したのか?
戻ってきた皇帝の政を、伝記はこうまとめています。
“王政復古のあいだ、ユリエル・セプティムは、若いころの軍による脅しと外交の歩み寄りという強気の政から離れ、代わりに、陰で事を密かに操ることに頼った。その手立ては、おもにブレイズの諸部門の働きであった”
ルーファス・ヘイン著 『セプティム七世の短い人生』 より
(During the Restoration, Uriel Septim turned from the aggressive campaign of military intimidation and diplomatic accommodation of his earlier years, and relied instead on clandestine manipulation of affairs behind the scenes, primarily through the agencies of the various branches of the Blades.)
つまり二度目の治世の皇帝は、軍の代わりに、ブレイズという見えない手で国を動かしました。ブレイズは、ゲームの冒頭で皇帝を守っていた刀の剣士たちです。そしてその手の先には、いつも素性の知れない一人の使者がいました。
一人目は、1996年の Daggerfall の冒頭に出てきます。第三紀405年の真夜中、皇帝は宮殿の謁見の間に一人の密使を呼び、ダガーフォールのライサンダス王の霊がなぜ安らがないのかを探れと命じました。その場には、帝国の魔闘士オカートも立ち会っています。
“善く忠実な男が、なぜこれほど呪われねばならぬのか、わたしには分からぬ。そなたなら答えを見つけ、オブリビオンの大理石の顎を閉ざして、王の魂に安らぎをもたらせるかもしれぬ。そなたの皇帝として、そしてそなたの友として、これを頼む”
ユリエル・セプティム七世の言葉(Daggerfall) より
(I do not know why a good and loyal man would be so cursed. Perhaps you can find the answer, and close the marble jaws of Oblivion, bringing peace to his soul. I ask this as your Emperor, and your friend.)
面白いことに、この「オブリビオンの大理石の顎を閉ざせ」という言い回しは、二十八年後の牢の中でもう一度出てきます。Oblivion で皇帝が最期にアミュレットを託す台詞は、ふだん流れる短いほうでは「オブリビオンの顎を閉ざせ」です。ところが、ゲームの中に収められながら使われなかった長いほうの台詞では、「大理石の顎」まで Daggerfall とそっくり同じなのです。
“わたしには隠し子がいる。その居場所を知るのは、ジョフリーだけだ。わたしの血の最後の一人を見つけ、オブリビオンの大理石の顎を固く閉ざせ”
ユリエル・セプティム七世の言葉(Oblivion の使われなかった台詞) より
(I have a secret son, and Jauffre alone knows where to find him. Find the last of my blood, and close shut the marble jaws of Oblivion.)
言い換えると、皇帝は二十八年をへだてて、二人の使者に同じ言葉で頼みごとをしていました。Daggerfall では亡霊を鎮めることのたとえだった言葉が、Oblivion では本物の門を閉ざす願いになっています。オブリビオンの顎を閉ざすことは、この皇帝が見知らぬ使者に託し続けた仕事だったのです。
二人目は、2002年の Morrowind の囚人です。第三紀427年、皇帝は牢の囚人を放ち、ヴァーデンフェルのブレイズの長カイウス・コサデスのもとへ送りました。囚人に持たせた書状は、皇帝の私設秘書グラブリオ・ベリエヌスの名でこう始まります。
“陛下より、身分も取り柄もない者、〔プレイヤーの名〕に関するお望みを、謹んでお伝えいたします。〔プレイヤーの名〕は陛下のご権限により牢を放たれ、この書状とともに貴殿のもとへ遣わされました”
グラブリオ・ベリエヌスの書状(Morrowind) より
(I have the honor to acquaint you with his Majesty’s wishes concerning %PCName, an individual of no rank or consequence. %PCName has been released from prison by his Majesty’s authority and sent to you with this missive.)
書状は続けて、この囚人にネレヴァリンの予言を満たさせよと命じています。皇帝は土地の予言を本気で信じ、予言の英雄を自分の手で用意しようとしたのです。ではなぜ皇帝が予言の重みを知っていたのかは、伝記の書き手にも分かりませんでした。
“……この時代のいちばんの謎は、解かれないままである。ユリエルはネレヴァリンの予言を、どこまで知っていたのか? そして、その意味をどうやって知ったのか?”
ルーファス・ヘイン著 『セプティム七世の短い人生』 より
(…he fails to resolve the central mystery of this period — how much did Uriel know about the prophecies of the Nerevarine, and how did he learn of their significance?)
伝記は、答えは皇帝の私的な文書が開かれる日まで待つしかないと言います。けれど Oblivion の牢で、皇帝は夢で見た顔の囚人に会っています。モロウウィンドの囚人を選ばせたのも、同じ夢だったのかもしれません。
そして三人目が、Oblivion の牢の囚人です。皇帝はこの囚人の罪を、最後まで問いませんでした。
“神々が、我らを引き合わせるために、そなたをここに置いたのかもしれぬ。そなたが何をしたかは……どうでもよい。そなたが後の世に覚えられるのは、そのことのためではないのだから”
ユリエル・セプティム七世の言葉 より
(Perhaps the Gods have placed you here so that we may meet. As for what you have done… it does not matter. That is not what you will be remembered for.)
素性を問わずに一人に賭けるのは、二度目の治世の皇帝のやり方そのものでした。しかも皇帝の使者たちは、事を成すと表から姿を消していきます。Arena の勇者は、黒馬新聞の号外にさえ「影のような弟子」としか書かれていません。西の歪みに関わった密使は、ブレイズの記録でも行方が分かりません。皇帝が賭け続けたのは、名を残さない者たちでした。
牢の囚人は、見知らぬ者に国を賭け続けた皇帝の、最後の使者だったのです。
皇帝の言葉はなぜシーザーに似ているのか?
抜け道を進むあいだ、皇帝は囚人に死と運命を語ります。その言葉の多くは、シェイクスピアの悲劇『ジュリアス・シーザー』の主人公の台詞をなぞっています。Oblivion で皇帝の声を当てたのは、シェイクスピア劇の名優として知られるパトリック・スチュワートでした。そして『ジュリアス・シーザー』は、ローマの独裁官が議場で暗殺される話です。帝国人の文化は、そのローマを手本に作られています。
皇帝の台詞と劇の台詞を並べると、次のようになります。
- 死は来るべきときに来る
- 皇帝
「わたしの死は避けられぬ終わりだ。来るべきときに来るだろう」(My death, a necessary end, will come when it will come.) - シーザー(第2幕第2場)
「死は避けられぬ終わり、来るべきときに来るのだから」(Seeing that death, a necessary end, / Will come when it will come.)
- 皇帝
- 神々の定めた終わり
- 皇帝
「全能の神々が終わりを定めた道を、どうして避けられよう?」(But what path can be avoided whose end is fixed by the almighty Gods?) - シーザー(第2幕第2場)
「大いなる神々が終わりを定めたものを、どうして避けられよう?」(What can be avoided / Whose end is purposed by the mighty gods?)
- 皇帝
- 空の火花
- 皇帝
「空には数えきれぬ火花が記されている。どれもが炎で、どれもが徴だ」(The skies are marked with numberless sparks, each a fire, and every one a sign.) - シーザー(第3幕第1場)
「空には数えきれぬ火花が描かれている。どれもが炎で、どれもが輝く」(The skies are painted with unnumber’d sparks, / They are all fire and every one doth shine,)
- 皇帝
- 人は肉と血
- 皇帝
「人は肉と血にすぎぬ」(Men are but flesh and blood.) - シーザー(第3幕第1場)
「人は肉と血でできていて、怯えやすい」(And men are flesh and blood, and apprehensive;)
- 皇帝
- 呼ぶ声
- 皇帝
「わたしは墓へ行く。どんな楽の音よりも甲高い声が、わたしを呼んでいる」(I go to my grave. A tongue shriller than all the music calls me.) - シーザー(第1幕第2場)
「どんな楽の音よりも甲高い声が、シーザーと呼ぶのが聞こえる」(I hear a tongue, shriller than all the music, / Cry ‘Caesar!’)
- 皇帝
ところが、似ているのは言葉だけです。同じ言葉を口にしながら、二人の支配者は前兆に正反対の向き合い方をします。
劇のシーザーは、何度も警告を受けています。占い師は「三月十五日に気をつけよ」(Beware the ides of March.)と告げ、妻のカルパーニアは夫の像が血を噴く夢を見て、元老院へ行かないでと引き止めました。それでもシーザーは出かけていき、議場で刺されます。「死は来るべきときに来る」という台詞は、前兆におびえる妻を、シーザーが退けるときの強がりなのです。その直前に、シーザーは「臆病者は死ぬ前に何度も死ぬ。勇者が死を味わうのは一度きりだ」(Cowards die many times before their deaths; / The valiant never taste of death but once.)と言っています。
空の火花の台詞も同じです。シーザーは、空に火花は数えきれないが、一つ所に留まる星はただ一つだと言います。そして、自分こそ天にならぶもののない北極星だと胸を張るのです(But I am constant as the northern star, / Of whose true-fix’d and resting quality / There is no fellow in the firmament.)。シーザーにとって、数えきれない火花は、動かない一つの星を引き立てる飾りにすぎません。
Oblivion の皇帝は、同じ言葉を逆の意味で使います。皇帝にとって空の火花はどれもが徴であり、皇帝はそれを読んで自分の道を定めてきました。夢を見たのも、前兆を読んだのも、妻ではなく皇帝自身です。そして皇帝は、その前兆に従いました。
皇帝が読んでいた徴とは、生まれた季節の星座のことです。ゲームの中の本『大いなる天空』は、タムリエルの空をこう説明しています。
“タムリエルの星々は、十三の星座に分かれる。そのうち三つが大きな星座で、守護の星座と呼ばれる。ウォリアー、魔術師、盗賊である。守護の星座はそれぞれ三つの星座を、十三番目の星座である大蛇から守っている。太陽がある星座の近くから昇るとき、それがその星座の季節となる。どの星座にも、ほぼひと月の季節がある。大蛇には季節がない。天をさまよい、たいていはほかの星座のどれかを脅かしているからである”
フォルク著 『大いなる天空』 より
(The Stars of Tamriel are divided into thirteen constellations. Three of them are the major constellations, known as the Guardians. These are the Warrior, the Mage, and the Thief. Each of the Guardians protects its three Charges from the thirteenth constellation, the Serpent. When the sun rises near one of the constellations, it is that constellation’s season. Each constellation has a season of approximately one month. The Serpent has no season, for it moves about in the heavens, usually threatening one of the other constellations.)
人は生まれた季節の星座の下に生まれ、その星座から生まれつきの性質を受け取ります。ゲームでは、皇帝にこの問いを投げかけられた所で、プレイヤーが十三の星座から自分の星座を選びます。選んだ星座に合わせて、皇帝は「今日は駿馬の星座が、そなたの運命への道を速めるだろう」のように、一つひとつ違う言葉を返します。しかも皇帝が討たれた収穫の月は、『大いなる天空』によれば、守護の星座の筆頭であるウォリアーの季節にあたります。

言い換えると、Oblivion の皇帝は、暗殺される支配者の言葉をシーザーから借りながら、前兆を退けたシーザーとは逆に、前兆に従う者として描かれています。皇帝は自分の星に死の刻を読み、その刻が来る前に、アミュレットを次の者へ渡しました。個人的には、ここがこの皇帝のいちばんの見せ場だと思います。かつてサーンにくすぐられた誇りを、老いた皇帝はもう持っていなかったのでしょう。
シーザーは前兆を退けて倒れ、ユリエルは前兆に従って、死の先を囚人に託しました。
皇子たちは本物だったのか?
皇帝と同じ日に討たれた三人の皇子は、Oblivion では名前と歳しか出てきません。ところが六年前の第三紀427年を描いた Morrowind では、この三人に奇妙な噂が立っていました。都の騒ぎは、遠いモロウウィンドの町でこう伝えられています。
“ユリエル・セプティムは病んでいる。魔術師たちの話じゃ、世継ぎのゲルドール・セプティムも、下のエンマンとエベルも、ジャガー・サーンが帝国の魔闘士だったころに宮廷へ紛れこませた偽者にすぎないそうだ。偽の世継ぎを始末しろと騒ぐ群衆に、近衛兵が斬りこんだらしい……大勢が死んだってさ”
モロウウィンドの町の人の言葉(Morrowind) より
(Uriel Septim is sick, and wizards say his heir, Geldall Septim, and the younger Septims, Enman and Ebel, are just doppelgangers placed in the household during Jagar Tharn’s tenure as Imperial Battlemage. They say the Guard charged a mob demanding destruction of the false heirs… lots of folks were killed.)
噂には、もとになりそうな話があります。帝国の幻影の十年、皇子たちはサーンの手で「学校」と偽った牢へ送られていました。十年も人目に触れなかった皇子たちが戻ってきたのですから、本物かどうか疑う者が出てもおかしくありません。同じころの町の人は、跡継ぎについても、名の挙がった世継ぎはエンマンとエベルの二人だと言っていて、皇太子のはずのゲルドールが数に入っていません。都では、跡目をめぐる揉めごとまで噂されていたのです。
ところが第三紀432年に書かれた『帝国のポケットガイド』第3版は、まるで違う姿を描いています。Oblivion のコレクターズ・エディションに付いたこの冊子によれば、皇太子ゲルドールはすでに父の務めの多くを担い、その才で皆を感心させているのです。五年のあいだに、噂の偽者は頼もしい世継ぎに変わっていました。
では、本当はどちらだったのでしょうか? ゲームの中に答えはありません。答えを出すはずだった筋は、Oblivion を作る途中で外されていました。Morrowind の制作に関わったマイケル・カークブライトは、2021年に Reddit の r/teslore でこう振り返っています。
“こうなっていたらという夢を言えば、Oblivion は元老院の話を入れなかったせいで貧しくなったと、本気で思っている。プレイヤーが担うはずだった、ずいぶん手の込んだ王の選び手の役も、Morrowind のころから仕込んでいた、セプティムの世継ぎたちの身に起きたことの怪奇の気配もだ”
マイケル・カークブライトの投稿(2021年、Reddit の r/teslore) より
(In my romantic notion of how things might have been, I really think Oblivion was poorer for not including the Elder Council stuff, the really elaborate kingmaker role the player would’ve taken on, and a horror vibe to what happened to Septim’s heirs which we had set up way back in Morrowind.)
同じ書き込みでカークブライトは、宮廷の要人に松明をかざし、その影が人の形か、背の曲がった爪のある化け物の形かを確かめる、という案まであったと明かしています。つまり皇子たちの正体は、Morrowind で謎として置かれたまま、答えの場面ごとゲームから消えたのです。
偽者と噂された皇子たちは、本物か偽者かを問われる前に、父と同じ日に殺されました。
皇后カウラ・ヴォリアはいつ死んだのか?
ウェイノン修道院の修道院長マボレルは、暗殺の知らせが届いたころ、二つの文書を読んでいました。黒馬新聞の号外と、皇帝の伝記です。ところがこの二つは、皇帝の家族をまるで違う姿で書いています。いちばん食い違うのが、皇后カウラ・ヴォリアです。ほかの書物まで並べると、皇后の姿は五通りに割れます。
- 黒馬新聞の号外(第三紀433年)
三人の皇子を産んだ皇帝のよき伴侶で、民に慕われた。帝国の幻影の苦労に疲れ果て、人前から退いた - 『セプティム七世の短い人生』
美しく民に愛されたが、傲慢で欲深い人。夫婦は心の底から憎み合った - 『本物のバレンジア』第5巻
偽りの皇帝に宮殿を追われ、唯一神の神殿にかくまわれた。心を病んだという噂を流された - 『帝国のポケットガイド』第3版(第三紀432年)
五十年以上前に亡くなり、皇帝は後添いを迎えなかった - 『ケメル・ゼーの廃墟』(Morrowind)
モロウウィンドの遺跡を掘る学者が、皇后の書状を手に、帝国の役人の手助けを得ている。いつの話かは書かれていない
新聞と案内書は、皇后をこう書いています。
“ユリエル帝の治世の初めは、平和と繁栄の時代であった。皇后カウラ・ヴォリアは三人の健やかな皇子を産み、皇帝の愛情深い伴侶であり、民にもたいへん慕われた”
黒馬新聞の号外 より
(Emperor Uriel’s early reign was marked by peace and prosperity. The Empress Caula Voria bore him three healthy sons, was a loving companion to the Emperor, and a great favorite of the people.)
“皇后が五十年以上前に亡くなったあと、皇帝は後添いを迎えなかったが、皇后は三人の健やかな男子を残した。皇子たちは大人になってからの年月を、主君であり父である名君のもとで政の術を学んで過ごしてきた”
帝国地理学会著 『帝国のポケットガイド』第3版 より
(While the Emperor chose not to remarry following the Empress’s death more than fifty years ago, she left to him three healthy boys, who have spent their adult years learning the art of politics from their masterful liege and father.)
五十年以上前に亡くなったなら、皇后は第三紀382年より前に死んだはずです。ところが号外と『本物のバレンジア』では、皇后は389年からの帝国の幻影を生きのびています。いつの話かは分かりませんが、『ケメル・ゼーの廃墟』の学者も、皇后の書いた書状を手にしていました。書物どうしが割れていて、どれが正しいかを決める手はありません。
一方で、伝記は夫婦の仲をこう書いています。
“二人は心の底から憎み合い、わざわざ相手を傷つけようとさえした。子どもたちは、この不幸な結婚の犠牲になった”
ルーファス・ヘイン著 『セプティム七世の短い人生』 より
(They heartily detested one another, and went out of their ways to hurt one another. Their children were the victims of this unhappy marriage.)
ただ、割れ方には傾きがあります。号外は、元老院が暗殺の噂の掲載を禁じた中で出たものです。案内書は、帝国地理学会が帝国の安泰を書いた冊子でした。この二つは、皇后を「よき伴侶」や「三人の健やかな男子を残した人」として穏やかに書いています。皇帝に聞き取りをした伝記と、宮廷の醜聞を好む『本物のバレンジア』は、憎み合う夫婦や追われた皇后を書きました。言い換えると、表に出す文書ほど皇帝の家族を明るく描き、内側を書いた本ほど暗く描いているのです。
そして最後の世継ぎマーティンは、その暗いほうの結婚の外で生まれた子でした。
皇帝と世継ぎがまとめて討たれたのは初めてだったのか?
暗殺のあと、シロディールの町では人々がこう噂しています。
“みんな皇帝が殺された話でもちきりさ。皇帝はいない。世継ぎもいない。こんなことは、今まで一度もなかった。誰だって不安になるだろうよ”
シロディールの町の人の言葉 より
(We’re all talking about the emperor’s murder. We have no emperor. And no heir. That’s never happened before. I suppose we should all be worried.)
ところが修道士ピナールは、母への手紙に「前にもあったことです。前例があるはずです」(it’s happened before — there are precedents, I’m sure)と書いていました。正しかったのは、修道士のほうです。皇帝と世継ぎがまとめて殺されたことは、帝国の歴史で少なくとも二度ありました。
| 年 | 討たれた者 | その後 |
|---|---|---|
| 第一紀2920年 | 皇帝レマン三世と皇子ジュイレック | 重臣のポテンテイトが国を預かり、第一紀が終わる |
| 第二紀430年 | ポテンテイトのサヴィリエン・チョラックと世継ぎ全員 | 二週間で国が崩れ、四百年の空位時代へ |
| 第三紀433年 | 皇帝ユリエル・セプティム七世と三人の皇子 | オブリビオンの門が開く |
一つ目は、第一紀の終わりです。モロウウィンドとの八十年戦争の末の第一紀2920年、まず収穫の月に、皇子ジュイレックが旅の途中で刺客に喉を切られました。同じ年の星霜の月には、皇帝レマン三世も、宮殿の謁見の間でモラグ・トングの刺客に喉を裂かれます。ゲームの中の物語『2920 星霜の月』第12巻では、暗殺の場にアカヴィル人の重臣ポテンテイトのヴェルシデュ・シャイエがいて、死にゆく皇帝を見下ろしています。そして皇帝のごく近しい者しか知らない抜け道へ、するりと消えていきました。皇帝に近い者だけが知る抜け道を使ったのは、殺す側だったのです。レマンの血が絶えると、ヴェルシデュ・シャイエは自ら国を預かり、第一紀の終わりと第二紀の始まりを告げました。
二つ目は、第二紀430年です。『闇の兄弟たち』は、闇の一党の歴史でいちばん名高い仕事として、こう書いています。
“……皇帝にしてポテンテイトのサヴィリエン・チョラックとその世継ぎは、430年の薄明の月のある血塗られた一夜に、一人残らず殺された。二週間のうちにコロヴィアの王朝は崩れ去り、敵を喜ばせた。それから四百年あまり、戦士の皇帝タイバー・セプティムが現れるまで、タムリエルは混沌に支配された”
『闇の兄弟たち』 より
(…Emperor-Potentate Savirien-Chorak and every one of his heirs were murdered on one bloody night in Sun’s Dawn in 430. Within a fortnight, the Colovian Dynasty crumbled, to the delight of its enemies. For over four hundred years, until the advent of the Warrior Emperor Tiber Septim, chaos reigned over Tamriel.)
つまり皇帝と世継ぎがまとめて消えたとき、帝国はどちらも一つの時代を終えています。二度目のあとに来たのは、四百年続く空位時代でした。『帝国のポケットガイド』第3版も、第二紀の残りを、帝都が皇帝を名のる者たちの奪い合いの的になった闇と混沌の時代と書いています。
帝国の兵たちも、この前例を知っていました。Oblivion の帝国軍の兵は、「闇の一党の仕業でないことは、もう確かめた」(We’ve already ruled out the Dark Brotherhood.)と言います。前の空位時代を招いた暗殺者たちを、真っ先に疑ったのです。しかもユリエル七世の刺客たちも、ブレイズしか知らないはずの抜け道で待ち伏せていました。
同じ案内書には、もう一つ皮肉な一節があります。第三紀432年の宮廷の様子を書く直前に、案内書は、クヴァッチの伯爵が二人の息子を跡目争いで失い、まだ次の跡継ぎを決めていないと記しました。そのうえで、宮廷には「ありがたいことに、そのような悲劇はない」と続けたのです。
皇帝と世継ぎが一度に消えるのは三度目でしたが、今度は門が開きました。
なぜ皇帝が死ぬとオブリビオンの門が開くのか?
前の二度と今度の違いは、王者のアミュレットにあります。門を閉ざしているのは、皇帝の血とアミュレットと神殿の火が結ぶ、アカトシュとの契約なのです。その始まりは、ゲームの中の本『王者のアミュレット』にこう書かれています。
“アカトシュは人間の苦しみを憐れみ、自らの心臓から尊い血を取って、この竜の血で聖アレッシアを祝福した。そして契約を結んだ。アレッシアの子孫が竜の血に忠実であるかぎり、アカトシュはオブリビオンの門を固く閉ざし、デイドラを愛するアイレイドに、デイドラと死者の軍を与えぬよう努めよう、と”
ウェネングラス・モンホナ著 『王者のアミュレット』 より
(Akatosh, looking with pity upon the plight of men, drew precious blood from his own heart, and blessed St. Alessia with this blood of Dragons, and made a Covenant that so long as Alessia’s generations were true to the dragon blood, Akatosh would endeavor to seal tight the Gates of Oblivion, and to deny the armies of daedra and undead to their enemies, the Daedra-loving Ayleids.)
つまり、アレッシアの血を引く皇帝がアミュレットを帯びて冠を戴き、神殿の火が燃えているあいだだけ、アカトシュは門を閉ざしてくれるのです。皇帝が死ねば火は消え、次の皇帝が灯し直すまで、約束は宙に浮きます。だから深遠の暁は、皇帝だけでなく、火を灯し直せる皇子たちまで同じ日に殺したのです。もっとも、この仕組みをきちんと知る者はわずかでした。ブレイズの長ジョフリーでさえ、戴冠の儀の本当の意味が分かるのは代々の皇帝だけだと言い、火が何から守っていたのかを推し量ることしかできません。

では、火が消えていた時代には何が起きたのでしょうか? 最後に火が消えていたのは、さきほどの空位時代です。2014年の The Elder Scrolls Online は、その空位時代のさなか、第二紀582年を舞台にしています。ESO によれば、第二紀579年、皇帝を名のったヴァレン・アクィラリオスが、竜の血を得ようとアミュレットを使う儀式を行いました。ところが仲間の死霊術師マニマルコが儀式をねじ曲げ、アカトシュとの契約を破ってしまいます。マニマルコは、Oblivion の魔術師ギルドの物語で「虫の王」として出てくる男です。その隙に、デイドラの王モラグ・バルが、タムリエルを自分の領へ引きずり込もうとしました。

言い換えると、契約が破れれば、デイドラは門の向こうから入りこんできます。前の二度の暗殺でも時代は終わりましたが、そのすぐあとに門が開いたとは、ゲームの中の書物は書いていません。深遠の暁は、竜の血を一日で根こそぎにすることで、門の鍵ごと帝国を終わらせようとしました。
刺客たちが狙ったのは皇帝一人ではなく、門を閉ざす契約そのものでした。
アミュレットの石はなぜ八つなのか?
皇帝が囚人に託した王者のアミュレットには、真ん中に大きな赤い宝石がはめこまれ、そのまわりを小さな石が囲んでいます。『王者のアミュレット』によれば、真ん中のレッド・ダイヤモンドは、神ではなくアレッシアその人を表す石でした。

“こうしてアレッシアは、シロディールの王者のアミュレットの最初の宝石となった。それがアミュレットの真ん中のレッド・ダイヤモンドである。これは帝国の印であり、のちにセプティム家の印ともなった。そのまわりを、神々一柱に一つずつ、八つの石が囲んでいる”
ウェネングラス・モンホナ著 『王者のアミュレット』 より
(Thus does Alessia become the first gem in the Cyrodilic Amulet of Kings. The gem is the Red Diamond in the middle of the Amulet. This is the Symbol of the Empire and later taken as the symbol of the Septim line. It is surrounded by eight other gems, one for each of the divines.)
ここで数が合わないことに気づきます。Oblivion の時代、帝国が崇める神々は九大神です。ところが神々を表す石は八つしかありません。
欠けている九柱目は、タロス、つまり神になったタイバー・セプティムです。アミュレットはアレッシアの時代、神々がまだ八柱だったころに作られました。タイバーが神々の列に加わったのは、それから三千年以上もたってからです。言い換えると、セプティム家の皇帝たちは、自分たちの祖先の石が無いアミュレットを首に掛けて、冠を戴いてきたことになります。
そのレッド・ダイヤモンドは、のちにセプティム家の旗印になりました。そしてセプティム家の者どうしが帝位を争った内乱は、この旗印から名を取ってレッド・ダイヤモンド戦争と呼ばれています。帝位を奪った側の皇帝は、本当の姓とは別に、「セプティム」を称号として名乗りました。
皇帝が首に掛けていたのは、セプティムよりも古い、八柱の神の時代の印でした。
ジョフリーはなぜ修道院にいたのか?
ゲームの冒頭のジョフリーは、皇帝の護り手ブレイズの長でありながら、コロールのそばの小さな修道院で修道士として暮らしていました。その訳は、修道院とブレイズが仕える相手にあります。ウェイノン修道院はタロス修道会の支部で、修道院長マボレルは、修道会とブレイズの縁をこう語ります。
“皇帝の精鋭の騎士たちだ。天にあってはタロスに、地にあってはセプティムの方々に、その身を捧げておられる。陛下を失ったことは、彼らにとってひどい痛手だろう”
修道院長マボレルの言葉 より
(The Emperor’s elite knights. They dedicate themselves to Talos above and the Septims here on earth. The loss of the Emperor must be a terrible blow to them.)

ウェイノン修道院の二人は、日本語版ではマボレル修道僧・同志のピナールという名前です。原文は Prior Maborel・Brother Piner で、Prior は修道院の長、Brother は修道士を指すので、この連載では修道院長マボレル・修道士ピナールと書きます。
つまりタロス修道会とブレイズは、同じタイバー・セプティムに仕えています。修道会は神になったタイバーを天の側で祀り、ブレイズは地上に残ったその血筋を守っているのです。ジョフリー自身も、ブレイズの誓いをこう言い表しています。
“ブレイズは、神なるタロスの竜の血を地上で受け継ぐ方として、皇帝に仕えると誓っている”
ジョフリーの言葉 より
(The Blades are sworn to the service of the Emperor, as the mortal representative of the Dragon Blood of the divine Talos.)
修道院そのものにも、古い縁があります。2014年の ESO によれば、第二紀のこの修道院は、まだ八柱だった神々を祀り、アカトシュの侍祭たちが籠もる場所でした。モロウウィンドへ宣教の者を送り、トリビュナルを崇めるダンマーを改宗させようとしたことでも知られています。竜の神アカトシュの庵が、のちに竜の血の皇帝タイバーを祀る修道院になったのです。

ジョフリーは、かつて皇帝の護衛の隊長でした。ある夜、皇帝の私室で籠の赤子を預かり、どこか安全な所へ届けたのも彼です。そののち表の務めを退いて修道士の衣をまとい、ひそかにブレイズの長を続けていました。ボーラスも、ジョフリーのことを「会ってもそうは見えないだろうが、我らの騎士団の長だ」(He’s the Grandmaster of my Order. Although you may not think so to meet him.)と言っていました。修道院は、ブレイズの長が人目を避けて暮らすのに、うってつけの場所だったのです。
ブレイズの長は、タロスを祀る修道院から、タロスの血を引く最後の一人を見守っていました。
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さらなる解説
解説で書ききれなかった三つの話を、もう少し掘ります。気になるものだけ開いてください。
『西の歪み』 ──修道士が手渡した本
『西の歪み』は、ブレイズの記録係ウルヴィウス・テロが、ある貴族に宛ててまとめた報告書です。ウェイノン修道院の修道士ピナールが囚人に手渡すのも、この本でした。
報告書はまず、表向きの話を紹介します。帝国の布告と神殿の宣言によれば、西の歪みは、ステンダールとマーラとアカトシュが起こした「平和の奇跡」でした。ところが報告書は、それが帝国の都合に合わせた表向きの話にすぎないと断じています。
“閣下には、ご承知おきいただきたい。ブレイズは、この出来事にもっともらしい歴史の説明はつけられないと結論し、そのような説明がいつか示されることにも望みを捨てています。ブレイズの結論は、説明がつかないという意味では『奇跡』が起きた、しかしその奇跡が神の手によるものかは大いに疑わしい、というものです”
ウルヴィウス・テロ著 『西の歪み』 より
(Your Lordship should know that the Blades have concluded there is no plausible historical account of these events, and despairs that a plausible historical account shall ever be produced. The Blades have concluded that a ‘miracle’ occurred, insofar as the events are inexplicable, but the Blades strongly doubt the miracle was of divine origin.)
報告書によれば、事にはタイバー・セプティムの遺物が絡み、それを使ったのはブレイズの密使でした。その密使とは、事のすぐあとに連絡が絶えています。報告書に添えられた密使たちの記録も、謎を深めるばかりです。ハンマーフェルの密使「ブリアーバード」は、砂嵐に埋もれた朝から歩きどおしで町に着き、思いもよらないことに気づきました。
“さらに奇妙なことに、日の出から日没までのわたしの道のりは、一日ではなく二日かかっていた。十日ではなく、もう月の十一日になっていたのだ。わたしはどこかで一日を失くしていた。そして、どうやらほかの皆も……アコリシの兵たちだけは別で、なぜか正しい日付を知っていた”
ウルヴィウス・テロ著 『西の歪み』 より
(Even stranger, I discovered that my walk from sunrise to sundown had not taken me not one day, but two. It was now the 11th day of the month, not the 10th. I had lost a day somewhere, and so apparently had everyone else… except Akorithi’s soldiers, who somehow were aware of the correct date.)
アコリシは、センチネルの王です。言い換えると、帝国は西の歪みを神々の奇跡として布告し、ブレイズは内々で、何が起きたのか説明がつかないと書いていました。修道士ピナールが母への手紙で、西の歪みはもう起きないと書けたのは、表の布告しか知らなかったからかもしれません。
三人の囚人 ──牢と下水道と夢
The Elder Scrolls の主人公のうち三人は、ユリエル七世の時代に、帝都の牢から歩み出ています。
- Arena(第三紀389〜399年)
サーンの簒奪のさなかに牢にいた囚人。サーンに殺された弟子リア・シルメインの霊が、夢と幻で語りかけて脱出の道を開いた。この囚人がサーンを倒し、皇帝を救い出す - Morrowind(第三紀427年)
皇帝が自ら釈放を認め、罪も記さずにモロウウィンドへ送り出した囚人。島へ向かう船の上で、デイドラの王アズラの声を夢に聞き、のちにネレヴァリンとなる - Oblivion(第三紀433年)
皇帝が夢で見た顔の囚人。王者のアミュレットを託される
なかでも Arena の始まりは、Oblivion とよく似ています。Arena の手引き書の物語では、リアの霊が牢の囚人にこう告げます。
“この下水道を生き延びて逃げ出せたら、また会いに行くわ。……これからは、あなたの夢の中にだけ現れる。そのほうが安全で、力も少なくてすむから”
リア・シルメインの言葉(Arena の手引き書) より
(If you survive these sewers and escape, I will come to you again. … I will only appear to you henceforth in your dreams. The way is safer and less costly.)
つまり、帝都の牢と下水道の抜け道と夢という三つの道具立ては、シリーズ最初の作品からそろっていました。違うのは、夢を見る者です。Arena では囚人が死んだ魔術師の夢を見て、囚われた皇帝を救いに行きました。Oblivion では皇帝が囚人の顔を夢に見て、自分の死のあとを託します。一人目の囚人は皇帝を異界から連れ戻し、三人目の囚人は皇帝の亡骸を地下に残して、ひとり下水道を抜けていったのです。
レッド・ダイヤモンド戦争 ──セプティムを名乗った男
レッド・ダイヤモンド戦争は、第三紀のはじめにセプティム家の者どうしが帝位を争った内乱です。『帝国の略歴』第2巻によれば、戦ったのはペラギウス二世の三人の子、ポテマ、セフォラス、マグナスと、それぞれの子どもたちでした。
“六年にわたって、レッド・ダイヤモンド戦争が帝国を引き裂いた。その名は、セプティム家の名高い紋章から取られている”
ストロナッハ・コージュ三世著 『帝国の略歴』第2巻 より
(For six years, the War of the Red Diamond (which takes its name from the Septim Family’s famous badge) tore the Empire apart.)
戦の発端は、ポテマの子ユリエル三世が、女帝キンタイラ二世から帝位を奪ったことでした。キンタイラ二世はグレンポイントの獄中で殺され、本はそれを、純粋なセプティムの血の終わりと見る者もいると書いています。そしてユリエル三世は、セプティムの名を称号として名乗りました。
“ユリエル三世はタムリエルの皇帝を名乗ったばかりか、その名高い姓を称号として、ユリエル・セプティム三世と称した。本当の姓は、父方のマンティアルコであった。やがてユリエル三世は退けられ、その罪は憎まれたが、セプティムの名を皇帝の称号とする習わしは、彼とともには消えなかった”
ストロナッハ・コージュ三世著 『帝国の略歴』第2巻 より
(Uriel III not only proclaimed himself Emperor of Tamriel, but also Uriel Septim III, taking the eminent surname as a title. In truth, his surname was Mantiarco from his father’s line. In time, Uriel III was deposed and his crimes reviled, but the tradition of taking the name Septim as a title for the Emperor of Tamriel did not die with him.)
つまり第三紀の皇帝たちが名乗った「セプティム」は、血筋の名であると同時に、帝位の称号でもありました。王者のアミュレットを着けられるのは竜の血を引く世継ぎだけと言われながら、その血の純粋さは、この戦のころから揺らいでいたのです。
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ドラゴンファイアが消えた日
第三紀433年の収穫の月27日、皇帝ユリエル・セプティム七世と三人の皇子が討たれ、帝都の唯一神の神殿のドラゴンファイアは、数百年ぶりに消えました。六十五年のうちに何度も見知らぬ者へ国を託してきた皇帝は、最後にもう一度、牢の囚人に賭けたのです。
その賭けの行き先は、南の町クヴァッチでした。皇帝の隠された息子マーティンが、アカトシュの聖堂で司祭をしています。そしてクヴァッチは、かつて簒奪者が荒らした町でもあります。
次の章では、クヴァッチへ向かいます。敵はなぜ、その町を選んだのでしょうか?
→ 【TES世界観解説】オブリビオンの動乱と二つの暁 その3|クヴァッチ
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参考文献
物語と解説で引いた書物・台詞と、出来事の原文は、英語圏の TES 事典 UESP で読めます。訳はすべて当記事によるものです。
- 書物(ゲームの中の本)
- 『セプティム七世の短い人生』(A Life of Uriel Septim VII)
- 『帝国の略歴』第2巻(Brief History of the Empire v 2)
- 『帝国の略歴』第4巻(Brief History of the Empire v 4)
- 黒馬新聞の号外(Assassination!)
- 修道士ピナールの母への手紙(Letter to Mother)
- 『本物のバレンジア』第5巻(The Real Barenziah, v 5)
- 『西の歪み』(The Warp in the West)
- 『闇の兄弟たち』(The Brothers of Darkness)
- 『2920 収穫の月』第8巻(2920, Last Seed)
- 『2920 星霜の月』第12巻(2920, Evening Star)
- 『ケメル・ゼーの廃墟』(Ruins of Kemel-Ze)
- 『王者のアミュレット』(The Amulet of Kings)
- 『大いなる天空』(The Firmament)
- 皇帝の私設秘書の書状(Morrowind: Decoded package)
- 『帝国のポケットガイド』第3版「シロディール」(Pocket Guide to the Empire, 3rd Edition: Cyrodiil)
- 台詞とクエスト
- 人と出来事
- ゲームの外の本と資料
- 開発者の文(非公式ロア)




















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