第三紀 417 年、イリアック湾で起きた「西の歪み」についての、ブレイズの諜報員たちの報告をまとめた秘密の文書。Oblivion の本。
『西の歪み』
本
『西の歪み』の詳しい説明
帝国は表向き、この出来事を神々による「平和の奇跡」と呼ぶが、ブレイズは神の仕業とは考えていない。降霜の月の 9 日から 11 日のあいだに、湾を囲む 44 の王国や領地は、ダガーフォール・センチネル・ウェイレスト・オルシニウムの 4 つになり、そのあいだの土地は焼け野原になった。報告には、砂嵐と消えた 1 日、天から降る何か、大きな水の壁が書かれ、古代の強力な兵器(トーテム)がかかわったとされる。20 年後の湾の情勢では、センチネルは湾の南岸すべてを手にし、ロトゥン王はタムリエルで最も力のある王の一人とされる。
『西の歪み』の全訳
秘密: 閣下だけがお読みください
このたびウェイレストの宮廷への大使に任じられたことを、心からお祝い申し上げます。
閣下は、「西の歪み」について第三紀 417 年に記されたブレイズの記録を見直し、あわせて今の情勢をまとめるよう、私にお求めになりました。
当時、閣下はブラック・マーシュでソソリウス提督の幕僚を務めておられたので、この出来事は、帝国の布告や礼拝堂の宣言を通してしかご存じないでしょう。そこでは、この時期は「平和の奇跡」と呼ばれています。公式の記録によれば、「平和の奇跡」のあいだに、それまで戦に荒れていたイリアック湾の一帯は、争いの絶えない公国や小さな王国の寄せ集めから、一夜にして、ダガーフォール、センチネル、ウェイレスト、オルシニウムという、今の平和な伯領へと変わりました。「平和の奇跡」は「西の歪み」とも呼ばれ、ステンダール、マーラ、アカトシュが奇跡によって介入し、この厄介な地方を、平和でよく治まった帝国の伯領に変えたものとして祝われています。この奇跡に伴った、土地と財産の壊滅的な破壊や大勢の死は、「悲劇的で、定命の者の理解を超えたもの」とされています。
この説明は、これらの伯領の今の境を認めて正しいものとし、その支配者と境を「九大神の定めたもの」としているので、古い小国や君主たちを、治めやすい帝国の管轄へ平和のうちにまとめるという、帝国の狙いに役立っています。この出来事のほかの目立った特徴、つまり人々が大勢消えたこと、軍勢がふしぎにも何百マイルも運ばれたり、跡形もなく消し去られたりしたこと、とてつもない嵐や天の異変、その場かぎりで時の流れが途切れたように見えたことも、広大でふしぎな神々の介入の一部だという考えに、うまく収まります。
しかし、これはこの出来事の表向きの説明にすぎず、お察しのとおり、ほかの多くの記録と食い違っています。つまり、この説明は帝国の方針には合っていても、歴史としての確かさはほとんどありません。
閣下に知っておいていただきたいのは、ブレイズは、この出来事について筋の通る歴史の説明は無いと結論づけていて、そのような説明がこれから出てくることにも望みを失っている、ということです。ブレイズは、説明がつかないという意味では「奇跡」が起きたと結論づけていますが、その奇跡が神々から来たものかどうかは、強く疑っています。
今のイリアック湾の四つの伯領の支配者の家が、この出来事を前もって知らされていたと考えるだけの理由があります。また、これらの支配者の家のいくつかが、直接あるいは間接に、この出来事を引き起こしたかもしれないことを示す証拠もあります。この出来事を生んだ行いの正確な順序は分かりませんが、「トーテム」という遺物がかかわっていたこと、そしてその遺物を使うことにブレイズの諜報員が一人かかわっていたことは、確かだと考えています。残念ながら、この出来事の直後に、その諜報員とは連絡が取れなくなりました。彼の報告があれば、食い違い、つじつまの合わない記録の数々を解きほぐす助けになったかもしれません。
ブレイズの手元にある、「西の歪み」の時期の諜報員の報告は、わずかです。諜報員の多くは最初の大混乱で失われ、ほかの者もその後の混乱の中で失われました。報告の限界をおおまかに知っていただくため、そのうちのいくつかを示します。閣下の前任の外交官、ストラーレ卿の報告も含めています。閣下は、この時期についてのほかの私的な記録やうわさも、目にしておられることでしょう。これらの文書が、答えよりも多くの問いを生むことには、ご同意いただけると思います。
ハンマーフェルの諜報員「茨鳥」の報告
「降霜の月の 9 日、私は任務で、ベルガマ(男爵領)から南へ数マイルのアリクル砂漠にいました。まだ朝早かったので野営をしていたところ、地面がひどく揺れて、私は地に投げ出されました。ぼうっとしながら、大きな砂嵐のうなりが聞こえ、私は驚きました。高い砂丘の上にいたのに、地平にそのような物はまったく見えていなかったからです。私がひざをつくより早く、砂嵐は私と野営を飲み込み、埋めてしまいました。
砂の中から這い出したとき、食料と水がすべて吹き飛ばされていたので、急いでできるだけ早くベルガマへ行かなければならないと分かりました。申し上げたとおり、歩き出したのはちょうど日の出のころでした。ベルガマに着いたのは、日暮れでした。町は混乱していて、センチネルの兵士であふれていました。ベルガマの領主の砦は、廃墟になっていました。
攻撃があったのですが、それを見た者はだれもおらず、見たのはその後の侵攻だけでした。センチネルのアコリシ女王の兵士たちは、この奇襲をどうやってなし遂げたのか、話を聞かせることを拒みましたが、ハンマーフェルの北部はそっくり彼らのものになったと分かりました。もっと奇妙なことに、日の出から日暮れまでの私の歩みは、一日ではなく、二日かかっていたと分かりました。その日は、月の 10 日ではなく 11 日だったのです。私はどこかで一日を失っていて、どうやらほかのだれもがそうでした……アコリシの兵士たちを除いては。彼らは、なぜか正しい日付を知っていたのです。
それ以来、私は、彼らが前もって知らせを受けていて、歪みに伴う時と日付の奇妙な混乱に、よく備えていたのだと結論づけています。」
ハイロックの諜報員「灰の貴婦人」の報告
「歪みが起きたとき、私はハイロックの中部、フリギアスのスケフィントンの魔女団に、魔女として潜り込んでいました。報告を届けるため、物資を集める遠征に自ら加わりました。そうすれば、カムローンの連絡役のもとへ行く自由が得られるからです。降霜の月の 9 日、ロスガリアン山脈のふもとを北東へ進んでいると、背後に火のような大きな熱を感じました。私は振り向きましたが、残念ながら、何を見たのかはお伝えできません。癒し手たちによれば、私の目は焼けて、眼窩から失われたのです。
私は半ば気を失っていたに違いありません。足もとの地面が崩れたかのように落ちていったのを、はっきり覚えているからです。それから、南の遠くで何度も爆発が起こり、甲高い笛のような音が、大きく、近くなってくるのが聞こえました。私は盾を持っていて、幸い、何かが空から次々に降ってくるのだと見当をつけることができました。目には見えませんでしたが、それが遠くからやって来るのが聞こえたので、盾で防いで当たらないようにできたのです。
攻撃はとつぜん止み、煙のにおいがしました。のちに知ったところでは、イカロンとフリギアスの森の大半が、さらに南のダエニア(公国)とイレッサン丘陵で始まった大火に包まれたのでした。幸い、私は方角を見失わず、北へ進み、ようやく荒れ野の神殿にたどり着いて、できるかぎりの手当てを受けました。
私がいた所からそう遠くない場所で、ダガーフォール(王国)、ウェイレスト、オルシニウムの三つどもえの衝突があり、三つの王国のあいだの土地が壊滅したと知ったのは、そこでのことでした。」
ナイゴン・ストラーレ卿大使の報告
「皇帝陛下は私を、ある微妙な用向きのために遣わされました。その中身は、この守りの甘い報告ではお伝えできませんが、表向きの役目は、ウェイレストの宮廷への皇帝の大使となることでした。そこから、すでに近くにいた古い友人、ブリシエンナ卿と会うことになっていました。人目を忍ぶことはあきらめ、私は帝国の平底船に乗って、降霜の月の 9 日の朝、ビョウルサエ川を西へ下っていました。少し肌寒い日でしたが、空はとても青かったのを覚えています。
川沿いの美しい村キャンドルマスを過ぎたばかりのところで、船長が警鐘を鳴らしました。そこ、私たちの目の前に、少なくとも 30 フィートの高さの、途方もない水の壁がありました。だれも動く間もなく、水の壁は私たちの船をこっぱみじんにしました。気がつくと、私は岸にいました。奇跡のように気を失わずにいた召し使いの一人が、助けてくれたのです。生き残ったのは、彼と私と、もう一人の男だけでした。
はじめ私は、その少し前にハイロックで私たちのほかの諜報員の身に起きたことと、怪しいほど似ていると思いました。そのときは、季節外れの嵐で、彼の船は私掠船の砦の近くのイリアック湾で難破したのです。腹を立て、同じような力が働いているのか確かめようと決めて、私はウェイレストへ急いで歩き出しました。
ところが、その歩みは、それほど急げるものではありませんでした。ビョウルサエ川沿いの村々はどれも燃え上がり、ウェイレストのすぐ東の、それまで独立していたガヴォードン公国では、オルシニウムのオークたちとエドワイヤー王の兵士たちのあいだで、戦いが荒れ狂っていました。私は熟達した魔術師で、自分の身は十分に守れますが、ウェイレストまでのわずか数マイルに、一週間近くかかりました。
私が着いたとき、エドワイヤー王とその妃バレンジアは、大きな勝利を祝っていました。そのころまでに私がつかんでいたのは、ごくわずかな事実だけでした。イリアック湾で七つの大きな戦いが同時に起きたのに、だれもその様子をまったく言い表せず、言えるのは血にまみれたその後のことだけだ、ということです。
まとめるとこうです。降霜の月の 9 日には、ロスガリアン山脈、ドラゴンテイル山脈、ハイロックの海岸、バルフィエラ島、アリクル砂漠の、征服されていない土地を含めれば、イリアック湾を囲んで 44 の独立した王国、伯領、男爵領、公国がありました。降霜の月の 11 日には、それがダガーフォール、センチネル、ウェイレスト、オルシニウムの、わずか四つになっていました。そして、それらが接する所はどこも廃墟となり、軍勢は戦い続けていました。
私は、たとえこの上なく外交官らしからぬ外交官になってでも、王から真実を聞き出そうと決めました。
エドワイヤーは、ふだんは陽気な人ですが、軍の秘密は明かしたくないとまくしたてました。いつも落ち着いていて、心の読めない赤い目をした妃は、私に「私たちにも分からないのです」と言いました。
バレンジアがすべてを話したわけではないと考えてよいと思いますが、彼女の話の事実、つまりのちにダガーフォール、センチネル、オルシニウムで鋭く問いただして確かめた事実は、こうです。彼らは、ある強力な古代の兵器が動かされようとしていると知りました。その名はここには書きません。それがウェイレストに対して使われるのを恐れ、王は、その在りかを見つけた若い冒険者から、それを買い取ろうとしました。エドワイヤーは、湾のほかの勢力もこの装置を手に入れようとしていると考えていましたが、結局、それはまったく正しかったのです。
それから何が起きたのかは、バレンジアの言うとおり、「私たちにも分からない」のです。
9 日の朝と 11 日の朝が、何か西の歪みのようなものを通して、なぜか一つにつながり、ウェイレストは気がつくと戦の中にいました。彼らの土地は三倍に広がっていましたが、西からはダガーフォールに、東からはオルシニウムに、南からはセンチネルに攻められていました。何が起きたのかを理解する時間は無かった、と王は言いました。彼らはただ応じ、同じように広い土地を手にした敵の王国から自分たちの土地を守るため、軍を送ったのです。
何か月もたち、私が報告のために帝都へ戻る今も、戦いは続いています。これ以上、何を申し上げることがあるでしょう。それは、今の戦がいつもそうであるように、血なまぐさく激しい衝突です。けれども私は、残った四つの王国のあいだの、焼け焦げて荒れ果てた、だれのものでもない土地へ行きました。あの荒廃は、定命の者の軍が引き起こしたものではありません。
第三紀 417 年、降霜の月の 10 日にイリアック湾を揺るがした力は、これらの強大な王国が今ふるっている力よりも、はかり知れないほど大きかったと言えます。
その日にはほかにも奇妙な出来事があって、それが王国の帝国からの離脱を防ぎ、おそらくはそれ以上のことも成し遂げた、と言えます。
そして、その力、その兵器は、湾には何も残っていないと言えます。それが生み出した歪みが、それ自身を飲み込んでしまったのです。」
イリアック湾の今の政情
それから 20 年近くがたち、この地方は姿を変えましたが、落ち着きました。境を争う土地はもう無く、ダガーフォール、ウェイレスト、センチネル、オルシニウムの王国は、新しい境を、おおむね平和に保っています。
ウェイレストは湾の東岸に広がり、かつてアンティクレアと呼ばれた土地から、ガヴォードンの半分にまで及んでいます。エドワイヤーは祖先のもとへ旅立ち、王国は娘のエリサナの手に残されました。彼女には王配とのあいだに二人の子がいて、父の土地を守り続けられそうです。閣下は、モーンホールドのヘルセス王とバレンジア妃と、じかにやり取りすることを選ばれてもよいでしょう。二人の主な関心事はもちろんモロウウィンドの事柄ですが、ウェイレストの支配者の家々や政の状況について、エリサナ女王の宮廷を理解する助けになる、役に立つ見方をまだ持っているかもしれません。
オルシニウムのゴートウォグ王は、ロスガリアン山脈の大半と、ビョウルサエ川沿いの実り多い川岸を治めています。彼は、オルシニウムをハイロックから分かれた帝国の州として認めるよう、求め続けています。元老院はゴートウォグを正式な王として扱い、オルシニウムから直に税を集めていますが、公式には、オルシニウムは今もハイロックの伯領のままです。とはいえ、厳密には、オルシニウムはハイロックとハンマーフェルの両方の州にまたがっています。
最も多くの土地を得たのはセンチネルで、ドラゴンテイル山脈の向こうのアビボン・ゴラから、オルシニウムの領地であるモーノス(領)の端まで、イリアック湾の南岸すべてに広がっています。アコリシ女王は亡くなるとき、この広大な王国を、ただ一人生き残った息子ロトゥンに遺しました。彼は今や、間違いなくタムリエルで最も力のある王の一人です。
ダガーフォールは、今もブレトンのゴスリッド王と、レッドガードのオーブク・イ女王が治めています。その土地は今や、東のアンティクレアでウェイレストと接する境から、北のイカロンまで、ハイロックの西部すべてを含んでいます。二人のあいだには今では四人の子がいて、国の民にたいへん慕われています。
不思議な西の歪みに、ほかにも何かの影響があったとしても、20 年の見張りのあいだに、それが私たちの目に留まったことはまだありません。










