星霜の書を読んだ人に何が起きるかを、読む人の心の備えで 4 つの群に分けて書いた論文だ。Skyrim と ESO で読める。
『星霜の書の効果について』
本
『星霜の書の効果について』の詳しい説明
著者ジャスティニアス・ポルウニウスは、星霜の書が読む者にもたらす障りを記録した。何が起きるかは読む者の心のありようで大きく違うと分かり、4 つの群に分けた。第二紀 126 年に、アンスティウス・メッチムへ口述した物だ。
4 つの群
素人: 巻物は奇妙な文字と記号に見えるだけで、害も知識も与えない
守りの無い知性: 読む知識はあるが修練の無い者は、たちまち目が見えなくなる。かわりに知識のかけらを得る
間を置いた理解: 蛾の祖先の教団で修行した者は、目が少しかすむだけで済む
照らされた理解: 修道士は読むたびに少しずつ見えなくなり、より深い知識を得る
最後の読み
どの修道士にも「最後から二番目の読み」の日が来る。その日に巻物が授けるのは、次が最後の読みになるという知識だけだ。修道士は人里を離れて心を整え、最後の読みで永遠に目が見えなくなる。
読める所
Skyrim では、セプティマス・シグナスの住まいの本棚や、スカイ・ヘヴン聖堂の本棚に置かれる。
『星霜の書の効果について』の全訳
学者たちのあいだでよく知られているように、星霜の書は、それを読むことそのものに、ある危険を伴います。その効果の仕組みは、今のところほとんど分かっていません。隠された知識や神々の罰といった説は、調べられることもないまま、気ままな憶測の種になってきました。
私、ジャスティニアス・ポルウニウスは、星霜の書が読む者にもたらす障りを、くまなく記録することにしました。ただし、それがどのように現れるのかを一つにまとめる説は、いまだ手が届かず、これからの研究の課題として残っています。
私は効果を四つに分けました。どのような経験をするかは、読む者の心のありようによるところが大きいと分かったからです。これで分かりにくければ、きちんと分けて示せば、はっきりするはずです。
第一の群: 素人
星霜の書の歴史や性質について何の訓練も受けていない者にとって、巻物はほとんど何の働きもしません。予言を読み取ることも、知識を得ることもできません。巻物は無知な者に学びを授けませんが、悪い形で害を与えることもありません。目には、巻物は奇妙な文字と記号で満たされているように見えます。天文を知る者は、その模様やつながりの中に星座が見えるとよく言いますが、この推測をさらに調べることはできません。この研究そのものが、学んでいない者を相手にしなければならないからです。
第二の群: 守りの無い知性
星霜の書を読もうとして最も大きな危険にさらされるのは、この第二の群です。この人々は、星霜の書の性質を理解し、そこに記された物を実際に読めるだけの知識を持っています。しかし、無限をかいま見て心が砕けるのを防ぐだけの修練は、積んでいません。この不運な人々は、たちまち、取り返しのつかないほど、完全に目が見えなくなります。それが、自分の力を超えて手を伸ばした報いです。とはいえ、目が見えなくなるのと引き換えに、隠された知識のかけらも手に入ることは、言っておくべきでしょう。それが未来か、過去か、存在の深い本性かは、その人と、より大きな天球の中でのその人の位置によります。けれども、知識は確かに訪れるのです。
第三の群: 間を置いた理解
タムリエルで、星霜の書を読むときに心をきちんと守る修練を見つけたのは、どうやら蛾の祖先の教団だけのようです。見習いたちは最も厳しい心の修行を受けねばならず、最初の星霜の書を読むことを許されるまでに、十年以上を修道院で過ごすことも珍しくありません。修道士たちは、それは見習い自身を守るためだと言います。気のはやる仲間たちの中に、守りの無い知性の例をたくさん見てきたに違いありません。ふさわしい心の強さがあれば、この人々も目が見えなくなりますが、その度合いは守りの無い者よりはるかに小さくなります。視界は少しかすみますが、形と色、そしてふつうの書き物を読み続けられるだけの鋭さは残ります。巻物から得る知識も、いくらか和らげられます。見た物を十分に味わい、言葉にするには、何段もの瞑想と省察が必要になるのです。
第四の群: 照らされた理解
前の群とこの群のあいだには、ひと続きの段階があり、これまでにそれをたどったのは蛾の祖先の修道士たちだけです。読むことを重ねるにつれて、修道士たちは少しずつ見えなくなっていきますが、そのかわりに、より大きく詳しい知識を得ます。目覚めている時間を啓示について考えることに費やすので、心の強さも一段と増していきます。どの修道士にも、「最後から二番目の読み」の日が来ます。その日、星霜の書が授ける知識はただ一つ、次に読むときがその修道士の最後になる、ということだけです。
最後から二番目の読みが来る時は、修道士ごとに違い、知ることもできません。修道士一人一人の目の見えなさを記録して、その時を予測しようとする下調べも行われましたが、この後の段階に達した者はみな、読むことを重ねると、目の見えなさが増える勢いはむしろ細っていくようだと言います。この上の段階で、実は何か別の、目に見えない感覚が衰え続けているのだと唱える者もいますが、そうした仮説は哲学者に任せることにしましょう。
最後の読みに備えて、修道士はふつう人里を離れて引きこもり、生涯の啓示をふり返り、最後の読みを受けるために心を整えます。この最後の読みで、修道士は、知識へ駆けていった守りの無い者たちと同じように、永遠に目が見えなくなります。けれども、照らされた者は、生涯にわたって理解を保ってきたので、たいていは自分に明かされた物を、よりまとまった形でつかんでいます。
この目録が、星霜の書についての、私たち定命の者の理解を深めたいと願う人々の役に立つことを願います。蛾の司祭たちはこうした事についてよそよそしく、読むことに伴うゆっくりとした衰えを、誇りにしています。この研究に取り組もうとする人々にとって、この目録がよい出発点となりますように。










