【TES世界観解説】カジートとアルゴニアンの創世神話──誰が書き、誰が書かなかったのか?

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修正履歴 10/2 カジートの章を組み直し、第四章にメインとロルカージュの月の考察(海外の読みも)を足しました。

アヌアドとモノミスを中心にした創世神話は暁の時代の記事で、ゲームのテキストがどう書かれ、どう選ばれたかはロアの出どころの記事で扱っています。

帝国大学の学者ミカエル・カルクソールは、タムリエルの八つのパンテオン(それぞれの民が拝む神々の顔ぶれ)を一冊に並べました。その本『帝国内の様々な宗派』の序文の終わりで、一つだけ詫びを書いています。

ブラック・マーシュのアルゴニアンの信仰について何ひとつ触れていないのは、私の力がまったく足りず、この主題について手元にあった曖昧で互いに矛盾する記述を調停できなかった結果である。

(The omission of any reference to the worships of the Argonians of Black Marsh is a result of my complete inadequacy in reconciling the obscure and contradictory accounts available to me on that subject.)

『帝国内の様々な宗派』(Morrowind・Skyrim〈Dragonborn〉)序文より

そして同じ本のすぐあとには、エルスウェアの項が立っています。アルコシュ、ケナーシ、リドルサール、ジャ=カジェイ、ロルカージュ、アズラほか、十一柱が名指しで並んでいます。一冊の中で、カジートには席があり、アルゴニアンには最初から席がないのです。

どちらの民も、ゲームで見たことがある人は多いはずです。カジートは猫の姿をした南の地エルスウェアの民で、アルゴニアンはトカゲの姿をした南東の沼地ブラック・マーシュの民です。たとえば Skyrim では、カジートは街の外に野営する隊商の商人として、アルゴニアンはウィンドヘルムの港で働く人々として出会います。

カジートの神話は、名前こそエルフと人間の神話によく似ていますが、中心にあるのは世界ではなく夜空の二つの月です。カジートの書き手たちは月を疑わず、月が防げない心の闇をめぐって争いました。

アルゴニアンの側で鍵になるのは、沼に立つ巨大な木ヒストと、『モノミス』が「原初の創造者」と呼ぶシシスです。ところが、この二つをアルゴニアン自身がどう語っているかは、ほとんど書き残されていません。

その二つの民の創世神話は、誰が書き、誰が書かなかったのでしょうか? どちらの民の創世神話も、『モノミス』には入っていません。語りが一つに定まらないからでしょう。違うのは、その揺れを誰が書いたかです。

カジートの側には、母から娘への口伝、古い僧が作った神々の目録、その目録を異端と断じる僧の反駁(はんばく)書と、自分たちの記録の揺れを内側から書いた者たちがいます。ところがアルゴニアンの創世について書いた者は、一人残らず部外者です。

材料の多くは『The Elder Scrolls Online』(ESO)のゲーム内書物です。本編の書物が「書けなかった」と自分で書いた所を ESO の本が埋めていて、両者の中身が食い違うときは、どちらに何が書いてあるかを並べます。原文へのリンクは、末尾の参考文献にまとめました。

目次
  1. 第一章:カジートの神話の中心は月 ──エルフと人間との違い
    1. エルフと人間の神話は世界を作った話
    2. カジートの神話は月の格子で守る話
    3. 帝国の学者もエルフと人間の型で読んだ
  2. 第二章:月は世界より先に生まれた ──母が娘に語る口伝
    1. 三度目の腹で月が生まれた
    2. 母の最後の贈り物は月の格子
    3. 世界づくりは六つの文で終わる
    4. 第一の秘密は格子を通る言葉
    5. 部外者を欺けという作りの指示
  3. 第三章:体も魂も月が決める ──死の月と星々の向こうの砂
    1. 生まれた夜の月の相で姿が決まる
    2. よそ者には見えない死の月
    3. 死ぬとケナーシが魂を星々の向こうへ運ぶ
    4. カジートは決まった順に変わり続ける民
    5. ここで一旦整理しましょう
  4. 第四章:月が防げない闇 ──ロルカージュの闇は彼自身か
    1. 古い僧はロルカージュから闇を引き剥がした
    2. 今の僧はその切り離しを認めない
    3. 争っても月は疑わない
    4. メインはロルカージュの月のもとに生まれる
    5. メインはロルカージュの転生か
    6. ロルカージュの二面はメインに生まれる者が分け合う
    7. ロルカージュの評価は内側の闇への答え
    8. ここでもう一度整理しましょう
  5. 第五章:アルゴニアンの創世 ──書き手は全員が部外者
    1. 帝国の学者は書けなかったと書いた
    2. 本編の創世神話に出てくるのはヒストだけ
    3. 『種たるもの』の中で語るアルゴニアン
    4. 採録者が断り書きを付けた『根の子ら』
    5. 名前を既知の神に置き換えない理由
  6. 第六章:同じ学者の正反対の結論 ──外から見た二つの民
    1. 「彼らが間違っている」と「我々が知らない」
    2. カジートの神話は外からの記録を先回りしている
  7. 数えた者が内側にいたかどうか
  8. 参考文献

第一章:カジートの神話の中心は月 ──エルフと人間との違い

カジートの神話には、聞き覚えのある名前がたくさん出てきます。始まりの二柱アヌールとファドマイは、エルフと人間の神話の始まりにいるアヌとパドメイに、最後に生まれるロルカージュはロルカーンに、名前がよく似ています。それなのに読み進めると、どこが山場なのかがつかみにくくなります。カジートの神話は、いったい何を中心に語られているのでしょうか?

つかみにくいのは、エルフと人間の神話の読み方を、そのまま当てはめてしまうからです。TES の創世神話の多くは、世界ムンダスを作った出来事を中心に語られます。その目で読むと、カジートの神話は名前を少し変えた写しに見えて、いちばん大事な所を素通りしてしまいます。

答えは、世界ではなく月です。夜空の二つの月がめぐって作る「月の格子」(ジャ=カジェイ)が、この神話の真ん中にあります。エルフと人間の神話は「世界を作ったのは良いことだったか」をめぐって争います。それに対してカジートの神話は、「月の格子で何を守り、誰を通すか」をめぐって語られます。

エルフと人間の神話は世界を作った話

エルフと人間の神話は、だいたい同じ骨組みで語られます。はじめに静止の原理アヌと変化の原理パドメイがあり、その二つのあいだから神々が生まれました。神々の一部はロルカーンという神に誘われて、定命の者が住む世界ムンダスを作ります。

自分の力を注いで世界を支える側に回ったのがエイドラで、Skyrim の祠で祝福をくれる九大神がこちらです。作るのに加わらなかったのがデイドラで、オブリビオンという別の領域からニルンに手を出してきます。世界ができたあと、ロルカーンは裁かれて心臓を抜かれます。民ごとの神話を一冊に並べた『モノミス』は、ロルカーンが世界を作らせた行いへの評価を、こう書いています。

人間は、レッドガードを除いて、この行いを神の慈悲と見なす。より劣った被造物が不死へ至れるようにした啓きだ、と。アルドマーは、ダークエルフを除いて、この行いを残酷な欺きと見なす。自分たちと霊の次元との繋がりを断ち切った、たばかりだ、と

(Humans, with the exception of the Redguards, see this act as a divine mercy, an enlightenment whereby lesser creatures can reach immortality. Aldmer, with the exception of the Dark Elves, see this act as a cruel deception, a trick that sundered their connection to the spirit plane.)

『モノミス』(Morrowind・Skyrim・ESO)より

つまり、エルフと人間の神話の山場は世界づくりです。神々がエイドラとデイドラに分かれるのも、ロルカーンが恩人とも詐欺師とも呼ばれるのも、世界を作ったことへの態度の違いです。アルトマー(ハイエルフ)にとって世界は不死を奪われた檻で、人間にとっては弱い者でも不死へ至れる場所です。

カジートの神話は月の格子で守る話

カジートの神話にも、世界を作る場面はあります。けれど、話の重みの置き所がまるで違います。エルフと人間の神話と並べると、違いは次の表のようになります。

見る所エルフと人間カジート
始まりの二柱静止と変化の原理きょうだいの夫婦
世界神々が作った物神々のきょうだい
神々の分け方世界を作ったかみな同じ母の子
物語の山場世界づくり月に格子を授ける
月神の涙や神の体世界より先の格子
ロルカーン世界を作った是非闇との関わり

とくに大きな違いは、「物語の山場」と「月」の行です。カジートの神話では、月は世界より先に生まれ、死に際の母ファドマイから最初に格子を授かります。カジートの神話だけにある要の点は、四つにまとめられます。

  • 月が先にある:本編の口伝では、月は世界やロルカージュより先に生まれ、格子になって内側を守る
  • 秘密が鍵になる:格子を通るには、アズラが母から託された秘密の言葉が要る
  • 体も魂も月に結ばれる:姿は生まれた夜の月で決まり、死んだ魂は格子の向こうへ運ばれる
  • 闇は内側にもある:格子が防げない心の闇をどう見るかで、ロルカージュの評価が割れる

世界ニルニは、神々が作った物ではなく、母から生まれた神々のきょうだいです。ロルカージュが作ったのは、そのニルニが子を産むための「場所」にすぎません。

そして格子の内側にも闇があります。格子では防げない、心の中の闇です。カジートの書き手どうしの争いの中心は、月ではなく、この内側の闇でした。

帝国の学者もエルフと人間の型で読んだ

この型の違いには、作中の帝国の学者もつまずいています。帝国の本は、ロルカージュを自分たちのロルカーンとして説明し、型に入らない月の格子は短く済ませました。三つの本を並べると、こうなります。

  • 本編の『帝国内の様々な宗派』:ロルカージュの項に「月の獣」と見出しを付け、「失われた神ロルカーンと、容易に同定できる」と書く。月の格子は神々の名に入れるだけで、項は立てない
  • ESO の『様々な宗派:カジート』:ロルカージュの項は、本編のロルカーンの項の写し。ケナーシの項もキナレス(Skyrim の九大神の一柱)の写しで、女神のケナーシを「彼」と書く。月は「月の格子の一面」と一行で済ませる
  • 『帝国のポケットガイド 第1版』:エルスウェアの月の神々は、帝国の神々(ステンダール、マーラ、キナレスなど)の変装にすぎないと書く

「容易に同定できる」は、書き手カルクソール自身の判断です。カジートがロルカーンをロルカージュと呼んでいるのではなく、帝国の学者が二つを同じものと見たのです。ESO の本のロルカージュの項は、こう結ばれます。

伝説の中で、彼はほとんど常にアルドマーの敵であり、それゆえ初期の人類の英雄である。

(In the legends, he is almost always an enemy of the Aldmer and, therefore, a hero of early Mankind.)

※ ESO 由来:『様々な宗派:カジート』(ESO)ロルカージュ項より

カジートの神の評価を、エルフの敵か人類の英雄かで締めくくっているのです。カジートがロルカージュをどう見ているかは、この項には一言も書かれていません。カジートの神話が読みにくく感じるのは、私たちも同じ型で読んでいるからでしょう。

第二章:月は世界より先に生まれた ──母が娘に語る口伝

カジートの創世神話として本編に入っている本は、『我らが母アニッシの言葉』一冊だけです。Morrowind・Skyrim・ESO の三作に入っていて、一族をまとめる母アニッシが、娘に世界の始まりを語り聞かせる形をとっています。この本の中で、月はどこに置かれているのでしょうか?

筋を追うと、答えははっきりしています。月は世界より先に生まれ、母の遺言では最初に格子を授かります。本の最後の場面も、格子を越えられるかどうかの話です。世界を作る場面は、そのあいだにはさまった六つの文だけです。

書き出しはこうです。

アニッシはおまえに語る。おまえはもうミャアミャア鳴くだけの子猫ではなく、アニッシに隠しごとをすることを覚えた。だからアニッシは語る。

(Ahnissi tells you. You are no longer a mewing kitten and you have learned to keep secrets from Ahnissi, and so Ahnissi tells you.)

『我らが母アニッシの言葉』(Morrowind・Skyrim・ESO)より

語る条件として、乳飲み子ではなくなったことと、母のアニッシにさえ隠しごとができるようになったことが書かれています。母にさえ秘密を守れる年になったから、ようやく世界の始まりを教えてもらえます。この本の中で、秘密は月の格子を通る鍵になっています。

三度目の腹で月が生まれた

始まりは、アヌールとファドマイという同腹のきょうだいが結婚し、幸せを分かち合う子を作ろうと決めるところです。血も砕けた世界の残骸も出てこず、出産だけで神々がそろっていきます。

一度目の腹で生まれる五柱には、どれも猫にちなんだ理由が添えられています。たとえばアルコシュに時間が与えられるのは、「猫ほど速く、また遅いものがあるか」だからです。ケナーシには空、マグラスには太陽、マーラには愛、スレンダーには慈悲が与えられました。

二度目の腹では、ヘルモラ、ハーシーン、メルンズ、マファラ、サングイン、シェオゴラスほかが生まれます。Skyrim でクエストを持ちかけてくるデイドラに似た名前が並んでいますが、この本は彼らを、一度目の神々と同じ両親の子として産ませています。世界づくりに加わったかどうかで神々を分ける見方は、ここにはありません。

父アヌールは「二腹で十分だ」と打ち切りますが、空で寂しがるケナーシのために、ファドマイは夫を騙してもう一度身ごもります。三度目の腹で生まれるのが、ふた月とその運行、ニルニ、アズラです。ふた月は、スカイリムの夜空にも浮かぶ大きな赤い月マッサーと小さな白い月セクンダのことで、カジートはマッサーをジョード、セクンダをジョーンと呼びます。

ニルニは「雄大な砂と豊かな森」として生まれる大地の神です。カジートの神話では、世界そのものも神々のきょうだいです。ニルニと、宵と暁の神アズラは、生まれたときから母の寵愛を奪い合いました。

出産の途中で見つかったファドマイは、怒ったアヌールに打たれて大いなる闇へ逃れます。子らはみな母のもとへ集まって、父の怒りから母を守ろうとしました。

その闇の中で最後に生まれたのがロルカージュで、生まれたときから心臓が大いなる闇に満たされていました。闇は自分の名を知っていて、その名はナミラでした。Skyrim を遊んだ人なら、マルカルスで人を食らう一団が崇めていたデイドラの名として覚えているかもしれません。

生まれた順に並べると、月はニルニより先、ロルカージュより先です。世界も、世界を作る神も、月のあとから来るのです。

ファドマイの子らと月の格子の図。アヌールとファドマイ、一度目・二度目・三度目の腹、ロルカージュ、アズラが作ったカジート、イフェルが変えたボズマー
ファドマイの子らを生まれた順に並べた図で、月はニルニやロルカージュより先に生まれます。

母の最後の贈り物は月の格子

死期を悟ったファドマイは、子らに贈り物を残します。最初に名を呼んだのは、ニルニでもアズラでもなく、月でした。

「ジャ=カジェイよ、ファドマイはおまえに格子を与える。月の満ち欠けほど確かなものがあるか? おまえたちの永遠の運行が、アヌールの怒りから我らを守るのだ」そして月は去り、天の持ち場についた。アヌールは唸って大いなる闇を揺さぶったが、格子を越えることはできなかった。

(“Ja-Kha’jay, to you Fadomai gives the Lattice, for what is steadier than the phases of the moons? Your eternal motions will protect us from Ahnurr’s anger.” And the moons left to take their place in the heavens. And Ahnurr growled and shook the Great Darkness, but he could not cross the Lattice.)

『我らが母アニッシの言葉』(Morrowind・Skyrim・ESO)より

この神話の月は、壁なのです。二つの月がめぐる道筋が網の目のような格子になって、内側にいる母と子らを、外にいる父の怒りから守ります。カジートの信仰で月が中心を占めるのは、この場面から始まっています。

格子のあとで、ファドマイはニルニに「多くの民を産む」力を、最後まで残った娘アズラに「秘密」を与えます。Skyrim で雪山の上に立つ巨大な女神像を見た人なら、アズラという名に覚えがあるでしょう。そして母は、ニルニの子の一つを変えて最も速く、最も賢く、最も美しい民を作り、カジートと呼べと命じ、三つの条件を付けました。

  • 最良の登攀者(とうはんしゃ):ふた月が落ちたら、ケナーシの息を登って軌道に戻せるように
  • 最良の欺瞞者(ぎまんしゃ):アヌールの子らから、本性を隠せるように
  • 最良の生存者:嫉妬したニルニに砂と森を厳しくされ、常に飢えて争うことになるから

一つ目は、月を保つ仕事です。カジートは月に守られる民であると同時に、月を守る民として作られます。

世界づくりは六つの文で終わる

母が死んでしばらくたつと、ニルニがロルカージュのもとへやって来ます。エルフと人間の神話なら物語の山場になる、世界づくりの場面です。アニッシの本では、頼まれてから罰されるまでが、この六つの文で終わります。

多くの月相が過ぎたのち、ニルニがロルカージュのもとへ来て言った。「ロルカージュ、ファドマイはわたしに多くの子を産めと言った。けれど、その子らを置く場所がない」ロルカージュは言った。「ロルカージュが子らのための場所を作り、おまえが産めるよう、そこに置こう」だがロルカージュの心臓は大いなる闇に満たされていて、ロルカージュはきょうだいたちを騙し、ニルニとともにその新しい場所へ押し込めた。ファドマイの子らの多くは逃れて星となった。ファドマイの子らの多くは、ニルニの道を安定させるために死んだ。生き残った者たちはとどまり、ロルカージュを罰した。

(After many phases, Nirni came to Lorkhaj and said, “Lorkhaj, Fadomai told me to give birth to many children, but there is no place for them.” And Lorkhaj said, “Lorkhaj makes a place for children and Lorkhaj puts you there so you can give birth.” But the Heart of Lorkhaj was filled with the Great Darkness, and Lorkhaj tricked his siblings so that they were forced into this new place with Nirni. And many of Fadomai’s children escaped and became the stars. And many of Fadomai’s children died to make Nirni’s path stable. And the survivors stayed and punished Lorkhaj.)

『我らが母アニッシの言葉』(Morrowind・Skyrim・ESO)より

ムンダスを作るためにエイドラが身を削る話も、作るか作らないかで神々が割れる話もありません。ロルカージュがしたのは、ニルニが子を産む「場所」を作り、そこへきょうだいを騙して押し込んだことだけです。残った者たちはロルカージュの心臓を抉ってニルニの奥深くに隠し、「多くの月相のあいだニルニを歩け」と呪いました。

その罰のあとも、話はあっさり進みます。ニルニはほどなくロルカージュを赦しました。子を産めるようになったからです。

心臓を抜かれたロルカージュのその後を、この本は「ニルニを歩け」という呪いのほかは書いていません。世界づくりは、筋の途中の一場面として短く片づけられています。

第一の秘密は格子を通る言葉

本の後半は、アズラの秘密の話です。お気に入りの子である森の民が自分の姿を知らないことをニルニが嘆くと、アズラは新しい民を贈ると約束します。アズラが第一の秘密を月に告げると、月は道を開けてアズラを通しました。

ESO の北エルスウェアにあるアネクィナの月の門
アネクィナの月の門(ESO、北エルスウェア)。月食のあいだだけ、月の領域へ通じるとされる門です。 出典:UESP

アズラは、人と獣のあいだで引き裂かれていた森の民の一部を取って、選りすぐりの砂漠と森に置いて、目的ごとに一つずつ、多くの姿に作ります。そしてカジートと名づけて第二の秘密と秘密の価値を教え、新しいカジートを月の格子に結びつけました。本文は、それが「ニルニのひそかな守り手」にふさわしいことだと書いています。

ESO で遺跡の前にひざまずくカジートたち
遺跡の前でひざまずくカジートたち(ESO)。毛並みの模様が一人ずつ違います。 出典:UESP

最後にアズラが第三の秘密を口にすると、ふた月の光が沼地に降り注いで砂糖になりました。Morrowind や Skyrim で手に入るムーンシュガー(月砂糖)は、こうして生まれました。

三つの秘密は、どれも言葉そのものは明かされません。第一の秘密を告げると月が道を開け、第三の秘密を口にすると月の光が砂糖になりました。第二の秘密は、カジートに教えたとだけ書かれています。三つのうち二つは、月を動かす言葉です。

物語には、秘密を盗み聞きした者も出てきます。イフェルという神がアズラのあとから忍び込み、企みをニルニに告げ口しました。怒ったニルニは砂漠を灼熱に、森を毒に変え、イフェルにも森の民を変えさせました。

けれどイフェルにはアズラのような細やかさがなかったので、彼らを常にエルフであって、けっして獣ではないものにします。それが森のエルフのボズマーで、本文は「その瞬間から、彼らはもうカジートと同じ腹ではなくなった」と書き足しています。

つまりこの神話では、カジートと森のエルフはもともと同じ民から分かれた親戚なのです。

本の結びの場面も、格子を越える言葉の話です。

イフェルは秘密の値打ちが分からなかったので、最後の息で第一の秘密を天のすべてに叫び、ファドマイの子らは誰もが格子を越えられるようになった。だがアズラは賢くも、怒れるアヌールと騒がしいロルカージュの耳を閉ざし、二人だけがその言葉を聞かぬようにした。

(And because Y’ffer had no appreciation for secrets, he shouted the First Secret across all the heavens with his last breath so that all of Fadomai’s children could cross the Lattice. But Azurah, in her wisdom, closed the ears of angry Ahnurr and noisy Lorkhaj so they alone did not hear the word.)

『我らが母アニッシの言葉』(Morrowind・Skyrim・ESO)より

格子を越える言葉を知らないのは、父と、罰された末子の二人だけになったのです。

本の始まりの「アニッシに隠しごとをすることを覚えたから語る」と並べると、この本の形がはっきりします。秘密は、月の格子を誰が通れるかを決める鍵です。だから母にさえ秘密を守れるようになった娘にだけ、母は世界の始まりを語るのです。

数だけを見れば、アニッシの本では「秘密」のほうが「格子」より多く出てきますし、古い僧の目録では「道」がくり返し出てきます。けれど、秘密は格子を通るための鍵で、道は格子の内側を歩む生き方です。どちらも格子があって初めて意味を持ちます。今の信仰を開いた初代メインも、信者が仰ぐべき霊を並べたうえで、何より大事なのはジョーンとジョードだと書いています。

部外者を欺けという作りの指示

三つの条件の二つ目は、原文ではこう書かれています。

カジートは最良の欺瞞者でなければならない。アヌールの子らから、常に己の本性を隠さねばならないからだ。

The Khajiit must be the best deceivers, for they must always hide their nature from the children of Ahnurr.

『我らが母アニッシの言葉』(Morrowind・Skyrim・ESO)より

これは訓戒ではなく、登攀と生存と並んで母がアズラに出した作りの指示です。隠す相手の「アヌールの子ら」が誰なのかを、本文は説明していません。ただ、この本は神々をどの場面でも「ファドマイの子ら」と呼び、「アヌールの子ら」はこの一か所にしか出てきません。

ESO に入っているカジートの神々の目録は、イフェルを「アヌールの庶子の一人」と呼んでいます。庶子とは、正式な妻ではない相手との子のことです。秘密を盗み聞きし、告げ口し、最後に天へ叫んでしまったのは、母ではなく父の側の子だったわけです。もっとも同じ項は、イフェルを「父と違って賢く優しかった」とも書いていて、悪い者としては描いていません。

言い換えると、カジートは「よそ者には本当の自分を見せるな」と生まれる前から決められていて、そのよそ者の姿は、同じ神話の中にもう描かれていると読めるのです。書き出しのアニッシの言葉も、母にさえ隠しごとができる娘に向けたものでした。隠すことを覚えた子にだけ秘密を語るという本の形が、欺く者の条件とそのまま重なっています。

第三章:体も魂も月が決める ──死の月と星々の向こうの砂

月の格子は、創世の物語の中だけの話ではありません。カジートの体はどう決まり、死んだ魂はどこへ行くのでしょうか? 答えは、どちらも月です。

生まれた夜の月で体が決まり、死ぬと魂は月の格子の向こうへ運ばれます。そして世界を作ったロルカージュの亡骸までが、格子を越えられない月として空に残っています。

生まれた夜の月の相で姿が決まる

母アニッシの口伝は、アズラがカジートを多くの姿に作り、月の格子に結んだところまでしか書いていません。その結びつきをはっきり書いているのが、古い僧アムン=ドロの目録です。今の信仰ができる前の神々を一柱ずつ並べた ESO の本で、そのアズラの項はこう書きます。

カジートは知っている。我らを引き上げて月の格子に結びつけたのはアズラであり、それによって我らを運命の鎖から解き放ち、我らだけが自らの未来を形づくれるようにしたのだと。ジャ=カジェイと、我らのすべての完全なる姿は、彼女の贈り物である。

(Khajiit know it was Azurah that lifted us up and bound us to the Lunar Lattice, and thus broke us from the chains of fate so that we alone shape our own future. Hers is the gift of ja-Kha’jay and all our perfect forms.)

※ ESO 由来:『アムン=ドロの精霊たち ──天の精霊』(ESO・Dragonhold)アズラ項より

格子に結ばれることは、縛られることではなく、運命から自由になることだと書いています。そして格子が与えるものの中に、「すべての完全なる姿」、つまりカジートの体が入っています。

カジートの姿は、生まれた夜の二つの月の満ち欠けで決まります。家猫ほどの四つ足のアルフィクから、人を乗せられる大きな戦猫センチ=ラートまで、生まれた夜しだいで姿が大きく分かれます。Morrowind や Skyrim で遊べる二本足のカジートも、その中の一つの姿です。

ESO の詩『すべての完全なる姿』は、その十六の組み合わせを一つずつ歌い、最後に十六のどれでもない姿として、「隠れた月のもとに」生まれるメインを置いています。メインはカジートの最高指導者で、指導者さえも月が選ぶのです。

体が月から授かったものなら、勝手に替えることは許されません。ロアマスターズ・アーカイブ(Loremaster’s Archive)は、ESO の運営が作中の人物の名で読者の質問に答える企画です。そこで人狼について聞かれた月司教フナルは、こう答えています。

月の格子が、カジートに皮を与える。その皮をほかの皮に替えることは許されない。

(The Lunar Lattice grants Khajiiti their skins, and to change those skins for others is impermissible.)

月司教フナルの回答(ロアマスターズ・アーカイブ)より

Skyrim では、カジートの主人公も人狼になれます。月司教に言わせれば、それは月から授かった皮を捨てる行いです。

月の相と姿の対応 ──ゲームの外で先に答えられた十六通り

どの月の相でどの姿が生まれるかという対応は、母アニッシの口伝にはありません。考え方そのものは早くからあり、Redguard に付いていた冊子『帝国のポケットガイド 第1版』は、カジートの体のふしぎを月の格子のはたらきで説明しています。族長でさえ、生まれた月しだいでどの姿にもなりうると書いています。

ここから、ゲームに入っていない 2001 年のインタビューの話です。

相ごとの姿を最初に並べたのは、2001年8月2日にファンサイトが公開した『Interview With Three Booksellers』でした。当時の開発者が作中の人物を演じて答えたインタビューで、二つの月が同じ相にある四つも含めて、十六の組み合わせすべてが答えられています。ゲームの中の文章ではありません。

そして2019年、ESO の『すべての完全なる姿』が十六の組み合わせを並べました。作中の著者は、古い僧アムン=ドロです。十六の組み合わせは2001年の答えと一つも変わらず、新しく足されたのは「隠れた月のもとに」生まれるメインの一節だけでした。ゲームの外で答えられた対応が、十八年後にリ’ダッタ朝より前の僧の詩として、ゲームの中に入りました。

よそ者には見えない死の月

月が先に生まれ、世界づくりが短い一場面で済んだのなら、世界を作ったロルカージュの体はどうなったのでしょうか? ESO には、母アニッシの作とされるもう一つの話『月の猫たちとその舞』が入っています。毛の無い学者がカジートの野営地を訪ね、一族の母にあれこれ尋ねる話です。

母は、どの問いにも答えるふりをしてはぐらかし続けます。体の形が月の相で決まるのは本当かと聞かれると、自分と娘の生まれを挙げて、だから二人は似ても似つかないと答えます。学者が「どう見てもそっくりだ」と言うと、「丸い瞳の者は目が悪いと聞く。悲しいこと」と返すのです。

月の信仰について聞かれて、ようやく母は一つの話をします。

お望みのままに。ロルカージュがニルニの子らのために場所を作ったとき、その心臓の闇が、そこを牢獄にもした。だから彼の心臓は切り取られてニルニの奥深くに埋められ、体は月へと投げ上げられた。けれど体は月を越えられなかった。第一の秘密を知らなかったからだ。だから彼の体は、月の格子の中の死の月になっている。ほら、すぐそこに見えるだろう?

(As you wish. When Lorkhaj made a place for Nirni’s children, the darkness in his heart made it also a prison. So his heart was cut out and buried deep in Nirni, and his body was hurled to the moons but could not pass them, for it did not know the First Secret. Thus is his body the Dead Moon in the Lunar Lattice. See it, just there?)

※ ESO 由来:氏族の母アニッシの作とされる『月の猫たちとその舞』(ESO)より

学者が空を見上げても、マッサーもセクンダも新月で、月は一つも見えません。母は「また、あなたの目のことを忘れていた」と言って尾を揺らし、肩をすくめます。

本編の口伝でも、アズラは格子を越える言葉をロルカージュに聞かせないよう、その耳を閉ざしていました。その言葉を知らないから、体は格子を通れず死の月になった、という筋です。月司教フナルも同じ話をして、「すべてのまことの猫は、これを氏族の母から学ぶ」と付け加えています。

エルフと人間の書物では、月はマーラの涙やステンダールの悲しみとも呼ばれ、ロルカーンの体と見る説もあります。Morrowind から ESO まで置かれている『月のロルカーン』は、マッサーとセクンダの二つの月を、ロルカーンの体の二つの半分だと言います。日本語版の題は『月夜のロルカーン』ですが、月そのものを体と見る説の本なので、題を『月のロルカーン』と訳しました。

カジートの話では、順番が逆です。二つの月はロルカージュより先にあり、亡骸はあとから三つ目の月として加わりました。その三つ目の月は、格子を越えられなかった者の印で、よそ者の目には見えません。

古い僧アムン=ドロの名で伝わる話では、月は母の死に際に生まれた死産の双子で、ロルカージュの亡骸は焼かれて、灰が月の格子に散ります。月が先か亡骸が先かは書き手によって揺れますが、どの話でもロルカージュの亡骸は月の格子に行き着きます。

死ぬとケナーシが魂を星々の向こうへ運ぶ

月の格子は、死んだあとの魂の行き先も分けます。ESO の『われらが空を飛ぶようになったわけ』によれば、アズラの忠実な子が命を終えると、空の神ケナーシが迎えに来ます。嫉妬するニルニの爪からその魂をさらって、星々の向こうの砂へ運びます。星々の向こうの砂は、カジートが死後に行く楽園です。

その途中に、月の格子があります。ESO に出てくる隠れた月の教団のマザ=ミリは、アズラは永遠の縁で、月の格子の向こうにある渡りの門を見守っていると語ります。カジートの魂は、その門を通ってから楽園へ渡ります。

道を外れた猫は、行き先が違います。月司教フナルの冊子『闇の同腹子たち』は、まことの猫と曲がった猫の行き先をこう並べます。

まことの猫が死ぬと、その魂はケナーシに持ち上げられ、星々の向こうの砂へ運ばれて、次の跳躍のときまで遊び、狩りをする。曲がった猫が死ぬと、その魂はナミラに引きずり下ろされて世界の裏の闇へ落ち、尾がまっすぐになるまでロルカージュの心臓に仕える。

(When true cats die, their souls are lifted by Khenarthi and flown to the Sands Behind the Stars, to play and prey until the Next Pounce. When bent cats die, their souls are dragged down by Namiira into the Dark Behind the World, to serve the Heart of Lorkhaj until their tails are straight.)

※ ESO 由来:月司教フナル著『闇の同腹子たち』(ESO)より

『すべての完全なる姿』も、魂は永遠で、一つの姿ではなく多くの姿で何度も生き直すと歌っています。今の信仰リドルサールも、同じ月の上に立っています。「二月(ふたつき)の舞」とも呼ばれるこの信仰を開いた初代メインは、教えをこう締めくくりました。

月を見よ。ジョーンとジョードが頭上で舞うとき、おまえの魂も共に舞っている。

(Look to the Moons. When Jone and Jode dance above, your soul dances with them.)

※ ESO 由来:初代メイン、リド=サール=リ’ダッタ著『リドルサールの秘密』(ESO・Dragonhold)より

生まれた夜の月が体を決め、生きているあいだは魂が月と舞い、死ぬとケナーシが格子の向こうへ運びます。カジートの一生は、始めから終わりまで月の格子の上にあります。

カジートは決まった順に変わり続ける民

ここまでの話には、一つの共通点があります。姿は生まれた夜の月で変わり、魂は多くの姿に生まれ直し、守りの格子そのものが二つの月の「運行」です。カジートの神話は、なぜここまで変わることを中心に置いているのでしょうか?

一つの読みは、カジートが母の側に立つ民だというものです。父アヌールは「二腹で十分だ」と三腹目を止め、母ファドマイは夫を騙してでも三腹目を産みました。名前の似たエルフと人間の神話では、アヌは静止の原理で、パドメイは変化の原理です。産むのを止めた父が格子の外に締め出され、産み続けた母の子らが格子の内側に残ったのです。

古い僧の目録も、格子に結ばれたカジートは運命の鎖から解き放たれたと書き、サングインが誘う「肉を不死にすること」を魂の牢獄と呼んでいます。エルフに似たオーメスから戦猫まで、カジートは変わり続けることをその体で表している民です。アズラに変えられた民として、チャイマー(のちのダンマー)と並べることもできます。

反対の読みも立ちます。格子を与える母の言葉は「月の満ち欠けほど確かなものがあるか」で、たたえているのは変化そのものより、決まった順にめぐる確かさです。帝国の本は、今の信仰リドルサールを「宇宙の秩序の神」と呼びます。今の僧トーヴァ=コも、古い信仰が争った時代を「移ろう砂」、リドルサールをその上に建てる岩にたとえました。

カジートの神話がたたえるのは、止まることでも乱れることでもなく、決まった順に変わり続けることです。満ち欠けをくり返す二つの月は、その両方を一つの形にしています。

ここで一旦整理しましょう

この記事の問いは、「カジートの神話の中心は何か?」でした。ここまでの三つの章で、その答えはかなりはっきりしてきました。

まず、比べる相手から見ておきます。エルフと人間の神話は、神々が世界をどう作ったかの話です。ロルカーンという神がほかの神々を説き伏せて世界を作らせ、神々はそのせいで力を失いました。

エルフはそれを罪と見て、人間は尊い犠牲と見ます。どちらも、話の真ん中にあるのは世界づくりです。

カジートの神話は、ここが違います。話の真ん中にあるのは、世界ではなく月です。スカイリムの夜空にも浮かぶ二つの月を、カジートはジョーンとジョードという神々と見ています。母アニッシの口伝では、この二つの月は世界より先に生まれました。

そして母なる神ファドマイが死に際に娘アズラへ託したのが、「月の格子」です。二つの月の満ち欠けが作る見えない網のようなもので、カジートを外の闇から守っています。

体と魂も、この月の格子に結ばれています。カジートの姿は、生まれた夜の二つの月の満ち欠けで決まります。人を乗せられる大きな猫から家猫ほどの猫まであり、Skyrim で見る二本足のカジートも、その中の一つの姿です。死ねば、魂は空の神ケナーシに運ばれて、格子の向こうの楽園へ渡ります。

世界を作ったロルカージュ(人間とエルフの神話のロルカーンにあたる神)も、月から逃れられませんでした。心臓が闇に満ちていてきょうだいを騙し、罰として心臓を抜かれます。体は月の格子を越えられず、よそ者の目には見えない三つ目の月、「死の月」になって空に残っています。

ただし、これは残っている書物から言えることです。材料の多くは ESO(The Elder Scrolls Online)の本で、カジートの口伝そのものが、民に「最良の欺瞞者たれ」と教えています。カジートがよそに見せていない神話が、別にあるのかもしれません。

次の第四章では、このロルカージュの心の「闇」をめぐって、カジートの書き手たちが何を争ったのかを見ます。

第四章:月が防げない闇 ──ロルカージュの闇は彼自身か

月の格子が外の闇を防ぐのなら、カジートは何を恐れているのでしょうか? 答えは、格子の内側にある心の闇です。そしてカジートの書き手たちがいちばん争ったのも、この闇でした。

カジートの書物で「大いなる闇」と呼ばれるのは、ナミラという一つの霊です。母ファドマイが逃げ込んだ闇も、ロルカージュの心臓を満たした闇も、名はナミラでした。古い僧アムン=ドロの目録は、そのナミラについてこう書いています。

月の格子は、彼女の飢えから我らを守る。だが、我ら自身の飢えからは守らない。

(The Lunar Lattice protects us from her hunger, but not our own.)

※ ESO 由来:『アムン=ドロの精霊たち ──闇の精霊』(ESO・Dragonhold)ナミラ項より

つまり格子が防ぐのは、外から来る闇だけです。一人ひとりの内側に湧く闇は、格子では防げません。その内側の闇の手本が、生まれたときから心臓を闇に満たされていたロルカージュです。

書き手たちが争ったのは、一つの問いです。ロルカージュの中の闇は、ロルカージュ本人のものなのか、それとも本人から引き剥がせる別のものなのか? たとえるなら、悪いことをした人を「魔が差した」と見るか、「もともとそういう人だ」と見るかの違いです。三人の書き手の答えは、次のように分かれます。

  • 母アニッシの口伝:闇と本人を分けない。心臓が闇に満ちたまま、きょうだいを騙して罰される
  • 古い僧アムン=ドロの目録:闇は生まれつきの重荷で、引き剥がせる。闇を抜かれたロルカージュは英雄として死ぬ
  • 今の僧トーヴァ=コの反駁書:ロルカージュこそ闇そのもの。英雄と呼ぶのは異端
ロルカージュの闇をどこに置くかの図。アニッシは闇を宿したまま、アムン=ドロは月の獣として切り離し、トーヴァ=コはロルカージュと月の獣を一つに見る
三人の書き手が、ロルカージュの闇をどこに置いているかを並べた図です。

母アニッシの口伝は、第二章で見たとおり、心臓が闇に満ちた弟がきょうだいを騙し、心臓を抉られて罰される話でした。闇はロルカージュの心臓そのもので、本人から分けて語られることはありません。

古い僧はロルカージュから闇を引き剥がした

古い僧アムン=ドロは、今の信仰リドルサールより前の神々を、一柱ずつ並べた目録を残しました。その目録で、ロルカージュは英雄の項と怪物の項の二つに分かれています。英雄の項はこうです。

ロルカージュ。月の王子。ファドマイの寵愛の息子。白き獅子。大いなる闇の中に生まれ、闇は重荷として彼につきまとった。多くの者に愛され、気高い指導者と見なされた。……その勇気は出会う者すべてを奮い立たせ、ついには精霊たちをひとつにまとめて世界を造らせた。彼はそれを成すために己の命を捧げた。

(Lorkhaj. The Moon Prince. Fadomai’s Favored Son. The White Lion. He was born in the Great Darkness and it followed him as his burden. Loved by many, he was considered a noble leader. … His courage inspired all those he encountered, so much that he united the spirits to make the World. He gave his life to do this.)

※ ESO 由来:『アムン=ドロの精霊たち ──天の精霊』(ESO・Dragonhold)より

闇は彼自身ではなく、生まれたときから彼に「つきまとった重荷」です。ここが、母アニッシの口伝と違う所です。本人と闇が、はじめから別のものとして語られているのです。そして怪物の項には、同じ名前がもう一度出てきます。

ロルカージュ。月の獣。ロルカージュの暗き心臓から生まれたもの。その心臓は、大いなる裏切りを受けた彼を打ち負かした。

(Lorkhaj. The Moon Beast. Born of the dark heart of Lorkhaj, which overcame him after he suffered a great betrayal.)

※ ESO 由来:『アムン=ドロの精霊たち ──闇の精霊』(ESO・Dragonhold)より

英雄と怪物が同じ名前なのは、闇が英雄から引き剥がされて、別の霊になったからです。その場面は、同じ僧の名で伝わる物語『ファドマイの寵愛の娘』に書かれています。

母を看取ったアズラが泣き続けると、涙が海になり、その向こうに黒い門が開きました。門口には、胸に穴の空いたロルカージュが立っていて、穴を満たした大いなる闇が心臓のように脈打っていました。アズラは闇の名を見抜いて、その暗い心臓を引き抜き、海の向こうへ投げ捨てます。そこから生まれたのが月の獣です。

そして闇が流れ出たあと、アズラはロルカージュのうちに母の面影を見た。そして彼が死ぬまで、彼を抱いていた。

(And with the darkness bled from him, Azurah could see her mother in Lorkhaj, and she held him until he died.)

※ ESO 由来:『ファドマイの寵愛の娘』(ESO・Dragonhold)より

母アニッシの口伝と続けて読むと、ロルカージュの胸からは、二度ものが抜かれています。一度目はきょうだいたちが罰として抉った本物の心臓で、二度目はその空いた胸を満たした闇の塊です。『寵愛の娘』は胸の穴の理由を書いていないので、これは二冊をつないだ読みです。

このへんの登場人物の関係性は複雑に絡み合い、文献も複数あり、またカジートの神話形態が特殊なので、かなり難解な内容になっています。

ロルカージュの二つの心臓の図。アニッシの口伝で心臓を抉られ、寵愛の娘で胸の穴を埋めた闇の心臓をアズラが抜くまで
ロルカージュの胸から抜かれた二つのものを、二冊の出来事の順に並べた図です。

アムン=ドロの見方では、心臓を失っても、闇を抜かれても、ロルカージュ本人は残ります。闇を抜かれた彼は母の面影を取り戻し、姉の腕の中で英雄として死にました。だから目録は、目的をもって道を歩み、闇の呼び声にあらがうことで、その犠牲を讃えよとカジートに求めます。

今の僧はその切り離しを認めない

この目録は、今の信仰の側から「異端」と呼ばれました。今の主な信仰リドルサールの正統派の僧トーヴァ=コが、三巻の反駁書を書いたのです。きっかけは、エルスウェアの南のペリタイン一帯でこの目録が評判になり、若い信者が「なぜこの古い教えを教わらなかったのか?」と尋ねてきたことでした。

良心にかけて、この異端の文書が、軽率な子猫たちの頭の中で腐り広がるのを、我らは許すわけにいかない。ゆえにトーヴァ=コと仲間の僧たちは、この反駁(はんばく)を世に出す。

(We cannot, in good conscience, allow this heretical document to fester in the minds of light-minded ja’Khajiit. For that reason, Thava-ko and her fellow priests publish this refutation.)

※ ESO 由来:『アムン=ドロの精霊たちについての書簡 第一巻』(ESO・Dragonhold)より

トーヴァ=コがまっ先に挙げたのが、ロルカージュの項です。目録の話を「月の獣ロルカージュ」の話と呼び、最初のドロ=マスラを民の英雄として持ち上げるのは、信仰にも理にも反すると書きます。ドロ=マスラとは、闇に落ちたカジートの霊のことで、ESO のリーパーズ・マーチなどで戦うことになる敵です。トーヴァ=コはさらに、「笑うロルカージュは、思い描くことさえ危うい」とまで言います。

ところが、月の獣を最初のドロ=マスラと呼ぶ点は、アムン=ドロも同じです。二人が食い違っているのは、その獣をロルカージュ本人から切り離せるかどうかだけです。アムン=ドロは闇を、生まれつき背負わされた重荷と見ました。トーヴァ=コは、それをロルカージュの本性そのものと見たのです。

争っても月は疑わない

それでも、二人の僧がそろって認めていることがあります。トーヴァ=コは、目録の記述の多くが正しいことを認めています。

この古い文書がより危険なのは、その冒瀆を真実の覆いの下に隠しているからである。そこに書かれた証言の多くは、リドルサールと足並みをそろえて歩いている。月への賛美や、ケナーシ、スレンダーをはじめとする祝福された精霊たちへの敬意がそうだ。

(This old text carries greater danger because it hides its blasphemies under a shroud of truth. Many of its attestations walk paw-in-paw with Riddle’Thar, such as its praise for the Moons, and its deference to the blessed spirits: Khenarthi, S’rendarr, and others.)

※ ESO 由来:『アムン=ドロの精霊たちについての書簡 第一巻』(ESO)より

真っ先に挙げられたのは、月への賛美でした。古い信仰と今の信仰がどれほど争っても、月をたたえることだけは争いの外にあります。反駁書がほかに責めたのは、マファラとヘルモラの項や、アズラへの盲従でした。

反駁書は、昔は十六の信仰がカジートの魂を奪い合っていたとも書いています。信仰が多すぎたという判断を、カジートの書き手が内側から下しているのです。もっとも、この僧の批判がいつも正確だったわけではありません。目録がマーラとスレンダーの名を挙げていないと第二巻で責めながら、第一巻では目録が敬う霊の例にスレンダーを挙げていました。

そのうえで、今の信仰は神話を語り直すかわりに、信者に遠い過去を見るなと説きます。

遠い過去を見る必要はない。今と、その先の道を見よ ──信心深い巡礼の足で踏み清められた道を。

(You needn’t look to the distant past. Look to the now, and the road ahead—tread clean by the paws of faithful pilgrims.)

※ ESO 由来:『アムン=ドロの精霊たちについての書簡 第三巻』(ESO)より
ESO のケナーシズ・ルーストにある二月の舞の神殿
二月の舞の神殿(ESO、ケナーシズ・ルースト)。僧たちがリドルサールの道を教えている場所です。 出典:UESP

メインはロルカージュの月のもとに生まれる

二人の僧の争いは、昔の神話の中だけでは終わりません。今のカジートの頂点に立つメインが、生まれからしてロルカージュの月と結ばれているのです。

ESO のリーパーズ・マーチに出てくる双子のシャザーとカーリは、メインの候補として生まれました。シャザーによれば、何年かに一度、二つの月が重なって三つ目の月が現れ、その重なりがメインの誕生を告げます。メインになるには「二つの月の道」という試練を歩き通さなければならず、その終わりでシャザーはこう打ち明けます。

わたしたちは二つの月の道、ジョーンとジョードの道を歩いてきた。でも、三つ目の月がある。暗い月、カジートの敵。失われた神ロルカージュ。それがこの道の終わりにある秘密……ロルカージュの巣へ行かなければ。

(We’ve walked the Two Moons Path, the path of Jone and Jode. But there is a third moon: The Dark Moon, the enemy of the Khajiit. Lorkhaj, the Missing God. This is the secret at the end of the Path … we must travel to the Den of Lorkhaj.)

※ ESO 由来:シャザーの台詞(ESO・リーパーズ・マーチのクエスト「ロルカージュの巣」)より

ロルカージュの巣は、伝説ではロルカージュの亡骸そのものとされる世界で、メインの候補はそこで最後の道を歩きます。メインの誕生を告げる暗い月は、第三章で見た死の月、ロルカージュの亡骸です。

古い僧アムン=ドロも、第三章で見た詩『すべての完全なる姿』の最後で、メインをこう歌っています。

隠れた月のもとに、メインは生まれる。獅子の君主にして、生まれながらの指導者。彼らは皆の重荷を背負う。選ばれるのはただ一人、編み髪の冠を戴く者。けれど忘れられても覚えられても、どのメインも、すべてのカジートの運命を永遠に変える。

(Under the Hidden Moon / Then shall be born the Mane / Lion Lords and natural leaders / They carry the burden of all / Only one will be chosen / To wear the Crown of Braids / But though forgotten or remembered / Each Mane will forever alter / The Fate of All Khajiit.)

※ ESO 由来:古い僧アムン=ドロ『すべての完全なる姿』(ESO)メインの節より

隠れた月とは、メインの誕生を告げる三つ目の月のことです。ESO のエルスウェアで「隠れた月」の名の意味を聞かれた死霊術師ヴァスタリーも、今のカジートの教えでは、三つ目の月はメインの誕生を告げて現れると答えます。そしてこの節は、同じ僧が目録の英雄の項に書いたロルカージュと、同じ言葉でできています。

ロルカージュ(目録の英雄の項)メイン(『すべての完全なる姿』)
姿白き獅子獅子の君主
生まれ大いなる闇の中に生まれた隠れた月のもとに生まれる
重荷闇が重荷としてつきまとった皆の重荷を背負う
導き気高い指導者と見なされた生まれながらの指導者
残すもの精霊をまとめて世界を造らせ、命を捧げたすべてのカジートの運命を永遠に変える

目録と詩は、ESO の同じ書き手アンドリュー・ヤングの作です。

同じ生まれは、メインを闇にも近づけます。ESO の Dragonhold で、ザジは日食のときに生まれた猫たちについてこう語ります。

そのせいで、時と月の呼び声に敏くなった。ある者には、メインに、指導者になる知恵を与えた。ほかの者は……険しい道を歩むのさ、旅人よ。暗い月のもとに生まれた者には、ロルカージュの太鼓がはっきりと呼びかける。

(Made them more sensitive to time and the call of the Moons. For some, it gave them the wisdom to become a Mane, a leader. For others …. They follow a difficult path, walker. Born under Dark Moons, the drum of Lorkhaj calls to them clearly.)

※ ESO 由来:ザジの台詞(ESO・Dragonhold)より

ロルカージュの太鼓は、ロルカージュの闇の心臓が打つ鼓動で、聞き入った猫は闇へ引かれます。英雄にも獣にもなったロルカージュの二つの顔を、メインの生まれはそのまま負っています。

メインはロルカージュの転生か

では、メインはロルカージュの生まれ変わりなのでしょうか? 『帝国のポケットガイド 第1版』によれば、カジートはメインがいつも一人だけで、同じメインが体を替えて生まれ直すと信じています。チベットのダライ・ラマが、代々同じ魂の生まれ変わりとされるのに似た考え方です。信仰どおりなら、ロルカージュの月のもとに、ロルカージュと同じ言葉で書かれる一つの魂が、何度も生まれてくるのです。

ここから先、この節と次の節には、ゲームに入っていない話も出てきます。開発者の投稿は UESP の言う非公式ロア(Unofficial Lore)で、そのほかは海外のファンの考察です。ゲームの中の文と分けるため、どこで出た読みかを書き添えています。

この問いは、海外のロア好きのあいだでも十年以上前から問われてきました。2013 年の Bethesda 公式フォーラムには、「メインはシェザーリンか」というスレッドが立っています。メインを「ロルカーン的な霊」と見る声と、それを退ける声がぶつかりました。答え方は、転生そのものを認めるかどうかで分かれ、海外で出た読みも合わせると次のようになります。

① の転生は、書物にも ESO の台詞にも書かれていません。そもそも「メインは一人」という信仰が、作中で揺らいでいます。ポケットガイドは帝国の旅行案内で、書き手自身もそこを疑っています。メインが二人争った記録がないのは、信仰が正しいからか、在位のメインが育つ前の競争相手を消しているからか、分からないと書いているのです。

『すべての完全なる姿』も、隠れた月のもとに生まれるメインのうち、冠を戴くのは一人だけだと歌っていました。選ばれなかった者は「忘れられたメイン」と呼ばれ、Dragonhold では戦士として育てられています。リーパーズ・マーチのシャザーとカーリも、同じ重なりのもとに生まれた双子です。

ESO では、歴代のメインの魂も別々に現れます。初代メインの霊は、当代のメインが生きているうちに現れて、次のメインの試練を見届けます。昔に闇へ落ちた「闇のメイン」の霊は、当代のメインに取りつき、追い出されると「器が弱いことは分かっていた」と言い捨てました。一つの魂が体を替えて生まれ直すのなら、こうはなりません。

当代のメインも、闇を追い出されたあと、取りつかれていたあいだの行いは償えないとして自ら位を退き、そのあとも生きています。前のメインが生きているうちに、次のメインが立つのです。

ロルカージュの魂の行き先も、転生とは合いません。古い僧の目録では、アズラが兄の火葬の火をジョーンとジョードの灯で灯したので、そのまことの魂は呼ばれたときにだけ現れます。今の月司教フナルの答えでは、心臓は世界の裏の闇に埋められ、体は月を追い続ける死の月です。どちらの話でも、ロルカージュはカジートの体に宿り直していません。

② の化身はどうでしょうか。人間の側には、ロルカーン(帝国の名でシェザール)の化身が名乗らずに現れて人を助け、また去っていく話があり、そうした化身はシェザーリンと呼ばれます。英雄ペリナルもそう噂されましたが、『ペリナルの歌』は、それを口にした者が蛾に息を詰まらされて死んだと書き、言い切りません。

2013 年のフォーラムには、のんびりした宗教の長はペリナルやウルフハースの英雄像に合わない、と書いた投稿があります。もっと鋭いのは、シェザーリンの話はいつも地上に残った心臓の側に根ざしているのに、メインは月の側に結ばれている、という指摘です。

シェザーリンは、いつ来るとも知れない者です。生まれる時が月で決まり、民の髪を編んだ冠を戴くメインは、旅の英雄ではなく、代々受け継がれる位です。形は似ていても、役目が違います。

③ は、① とは逆向きの読みです。隠れた月の教団に伝わる『三つの月の物語』では、ロルカージュを焼いたあとも月の獣の太鼓がやまず、アズラは子らが闇に落ちるのを恐れました。そこで三つ目の月を格子の守りとして空に置き、その光の下の猫たちを「隠れた月の一腹」と呼んで、慈悲の刃の秘密を教えます。同じ月のもとに生まれるメインも、闇から格子を守るために選ばれた者になります。

2019 年の Reddit の TES ロアの掲示板にも、同じ向きの読みがあります。三つ目の月はロルカージュその人で、メインはその月の神性を宿すのではなく、月の格子を補強するために生まれる、というものです。

ESO でも、初代メインの霊は闇のメインを縛って退け、メインの候補はロルカージュの巣で闇のメインを倒して位に就きます。けれど ③ だけでは、守り手がなぜロルカージュと同じ言葉で書かれ、ロルカージュの太鼓がはっきり聞こえる生まれなのかが説明できません。守り手は、闇の外ではなく、闇のすぐそばから生まれています。

⑥ の「塔」は、公式小説『The Infernal City』で、白金の塔のように世界を支えるものとして語られます。海外ではさらに、塔にはその核の「石」があり、カジートという民そのものを一つの塔、メインをその石と見る読みがあります。ゲームの中に、メインを石と呼ぶ文はありません。それでも、民の髪を一身に集め、月の格子を治めるメインの姿は、石という見立てに重なります。

残るのが ④ です。この章の初めで見たとおり、古い僧の目録は、目的をもって道を歩み、闇の呼び声にあらがうことで、ロルカージュの犠牲を讃えよと求めていました。メインになる試練は、その言葉をそのまま形にしています。

メインの候補は二つの月の道を歩き、最後にロルカージュの巣へ入ります。そこで待っていたのは、途中で失われた双子の片割れでした。敵の魔術師に「闇に清められた」と言われ、「新しい闇のメイン」に変えられていたのです。候補がその片割れを倒すと、初代メインの霊が現れてこう告げます。

おまえの姉妹は安らいでいる。おまえと彼女は二人で、二つの月の道を終わりまで歩いたのだ。

(Your sister is at peace. Together, you and she have walked the Two Moons Path to its end.)

※ ESO 由来:初代メイン、リド=サール=リ’ダッタの霊の台詞(ESO・リーパーズ・マーチのクエスト「ロルカージュの巣」)より

同じ月のもとに生まれた二人が、一人は民を導く者に、一人は闇のメインに分かれました。古い僧の目録で、英雄の項と月の獣の項に同じロルカージュの名があったのと同じ形です。

結末も、古い僧の『ファドマイの寵愛の娘』に重なります。アズラは兄の胸から闇を抜き、兄は姉の腕の中で死にました。試練でも、闇の側の片割れが倒されて安らぎ、残った一人が位に就きます。今の信仰はロルカージュを闇そのものと見ますが、メインになる試練は、闇を引き剥がせると見た古い僧の筋で進むのです。

ロルカージュの二面はメインに生まれる者が分け合う

ESO で二つに割れるのは、シャザーとカーリの双子だけではありません。メインに生まれる者が出てくる三つの話は、どれも光の側と闇の側の二人に分かれています。

組光の側闇の側なぞる神話
当代のメインと闇のメイン(リーパーズ・マーチ)当代のメイン。取りついた闇を追い出され、位を退く昔に闇へ落ちたメインの霊。当代のメインに取りつくアズラがロルカージュの胸から闇を抜く
双子の候補(リーパーズ・マーチ)シャザーかカーリ。メインの位に就くもう一人。「新しい闇のメイン」にされて倒される英雄と月の獣に割れたロルカージュ
忘れられたメイン(Dragonhold)ジャダリ。心の闇に打ち勝ち、命を捧げるラカジン。欲に心を毒され、竜に仕える闇を重荷として負い、命を捧げたロルカージュ

一つ目の組では、当代のメインに取りついた闇の霊が追い出され、当代のメインは位を退きます。初代メインの霊も、その代はもう終わったと告げていました。闇を抜かれたロルカージュが、姉の腕の中で生を終えたのと同じ順です。三つ目の組の忘れられたメイン、ジャダリは、自分の生まれをこう語ります。

ジャダリは月が食に隠れたときに生まれたが、メインにはなれない定めだった。月に耳を澄ますと、月は砂糖菓子のように甘い歌をうたってくれた。その歌が、太鼓の重い響きに変わる日までは。……ロルカージュの闇が、こぼれた葡萄酒のような紫で、この者の魂を染めていた。……けれどケナーシは、ジャダリを星々へではなく、この者の心に沈んだ闇の中へ運んだ。

(Ja’darri was born under eclipsed Moons, yet was destined to never become Mane. And as she listened to the Moons, they sang to her a song as sweet as candied moon-sugar. Until the day their song became the steady beat of drums. … The darkness of Lorkhaj had stained her soul, the bruising purple of spilled wine. … But Khenarthi carried Ja’darri not above to the stars, but into the darkness that had settled into this one’s heart.)

※ ESO 由来:ジャダリの霊の台詞(ESO・Dragonhold)より

ジャダリは心の闇と戦って打ち勝ち、のちに命を捧げてエルスウェアを守りました。闇を重荷として負い、闇にあらがい、命を捧げる。古い僧の目録が英雄ロルカージュに書いた一生を、そのままなぞっています。

同じく忘れられたメインとして育てられたラカジンは、エルスウェアを守るより治めたいと望み、「新月の力」を約束した東の竜に耳を貸しました。日記には、生まれの真実を隠されていると書き、「アルコシュでさえ覆されうるなら、アズラの枷も砕ける」と記して、育った館を去っています。古い僧が「運命の鎖から解き放つ」と書いた格子を、闇の側は枷と呼んだのです。

三つの組には、共通する形があります。ロルカージュが一人で抱えて死んだ二つの顔を、メインに生まれる者たちは二人で分けて負っています。一人が闇の側を負い、もう一人が闇にあらがう側に立ちます。初代メインが、闇に落ちた片割れも「二人で」道を歩いたと言ったのは、この形のことでしょう。

ロルカーンの良い側と悪い側が分かれたという読みは、海外でも、2013 年のフォーラムから出ています。二つの月が良い側で、暗い月が悪い側だというものです。けれど ESO で割れているのは、空の月ではなく、メインに生まれる者たちです。

外から見た学者も、同じ形を書き留めています。第六章で取り上げる帝国の学者キランティレは、『猫人のあいだの月信仰』でメインの代替わりをこう書きました。

さらに興味深いのは、メインの継承の儀式である。メインが息絶えると、聖なる儀式が後継者を決める。月の使者が任じられ、候補となりうる者たちを導いて、カジートの書物が壮大で危険な旅と呼ぶものに送り出す。行き先は二つの月そのものの地表であり、ただ一人戻った候補が新たなメインと宣言される。

(Of further interest is the succession ritual for the Mane; when one expires, a sacred ritual determines his successor. A Moon Herald is appointed to shepherd the potential aspirants on what Khajiiti text describes as an epic and dangerous quest to the surface of the Two Moons themselves, with the sole returning candidate declared the new Mane.)

※ ESO 由来:『猫人のあいだの月信仰』(ESO)より

旅に出る候補は何人もいて、戻るのは一人です。キランティレはこのすぐあとで、猫が月へ旅するという考えを「ばかげている」と退けました。2020 年の海外のポッドキャストは、候補がなぜ三つ目の月ではなく二つの月へ旅するのかと首をかしげています。リドルサールが、メインとロルカージュのつながりを断ったからではないか、というのです。

けれど ESO の二つの月の道は、候補がジョードとジョーンの道を歩き、三つ目のロルカージュの巣まで行く旅です。外の学者が笑った月への旅は、ロルカージュの亡骸の月で終わる試練でした。

メインが背負う「皆の重荷」も、この形に収まります。昔のカジートは自分のたてがみを剃って編み、メインはそれを自分のたてがみに編み込みました。ポケットガイドによれば、今もたてがみを剃るのは、象徴としての犠牲です。ロルカージュが精霊たちをまとめて世界を造らせたように、メインは民一人ひとりの犠牲を一つのたてがみにまとめます。

最後に ⑤ です。TES には、神の物語をなぞり切った者がその神の座に就く「マントリング」という考え方があります。Shivering Isles の主人公がシェオゴラスになったのが、その例です。ESO のロアマスターズ・アーカイブでは、執事ハスキルが自分を「シェオゴラスをマントリングした者のなごり」と呼んでいます。

開発者カークブライトも、2011 年の Bethesda 公式フォーラムへの投稿で再演に触れています。タイバー・セプティムがロルカーンの行いをなぞってロルカーンをマントリングしたという説を、「再演の神秘の力」と呼んだのです。2013 年のフォーラムには、メインもたてがみの外套をまとい、儀式を済ませて初めてメインになるのだから、それ自体がマントリングだ、と書いた投稿があります。

メインの試練がロルカージュの物語をなぞるなら、メインはロルカージュになるのでしょうか?

けれどメインの試練では、ロルカージュの物語をなぞり切る者は一人もいません。闇の側は片割れが負って倒れ、光の側だけが位に就きます。マントリングが物語をなぞり切ることなら、英雄と獣と死のすべてを一人で生きないかぎり、ロルカージュにはなりきれません。物語を二人に分けるこの形は、ロルカージュをくり返しながら、ロルカージュを生き返らせない形になっています。

なぞり切られているのは、ロルカージュの物語ではなく、位に就く儀式のほうです。たてがみの外套をまとって就く座がマントリングだとしても、それはメインの位であって、ロルカージュの座ではありません。

海外の読みは、メインをロルカーンの化身と見るか、格子の守り手と見るかで分かれてきました。この記事の答えは、そのどちらでもありません。

メインはロルカージュの転生でもマントリングでもなく、ロルカージュの二つの顔を二人で分けて生き直し、闇に勝った側を位に就ける仕組みです。生まれる月も、背負う重荷も、くぐる試練もロルカージュのものですが、闇の側はそのたびに切り離されて安らぎます。今の信仰がロルカージュを月の獣と呼んでも、メインを選ぶたびに、古い僧が英雄の項に書いたロルカージュの物語が、闇を引き剥がした形でくり返されています。

ロルカージュの評価は内側の闇への答え

カジートの書物では、内側の闇は心臓の鼓動として聞こえてくると語られます。初代メインは、自分の心臓の鼓動を聞きそこなえば、ロルカージュの鼓動がとって代わって二度と戻らないと警告しています。

月司教フナルによれば、ドロ=マスラが「曲がった舞」を踊るのを見ると、まことの猫の尾がそのリズムに合わせて震え、月の光から引き離されていきます。闇の潮が光の潮を上回ったとき、その猫は曲がった猫になります。闇を払う道も、爪で闇を討つ「ジョーンの道」と、月の光で闇を照らす「ジョードの道」です。闇もまた、月の側から量られているのです。

争点がロルカージュに集まるのは、そのためです。月の格子は外の闇を防いでくれますが、心の中の闇は一人ひとりに任されています。闇が引き剥がせる重荷なら、英雄の犠牲を讃えながら、闇にあらがって道を歩めばよいことになります。闇がロルカージュそのものなら、彼を思い描くことさえ危うく、目を今と先の道に向けるしかありません。

ロルカージュの評価は、カジート一人ひとりが内側の闇とどう付き合うかの答えなのです。古い僧の目録自身も、ロルカージュはカジートの魂の二面性を表すと書いています。だからカジートの書き手は、月を疑わず、闇をめぐって争いました。

ここでもう一度整理しましょう

第四章では、二つの問いを考えました。

一つ目は、「ロルカージュの心の闇は、彼自身のものか?」です。月の格子が防いでくれるのは外から来る闇だけで、一人ひとりの心に湧く闇までは防げません。その心の闇のいちばんの手本が、生まれたときから心臓を闇に満たされていたロルカージュでした。だからカジートの書き手たちは、ロルカージュの闇をどう見るかで争ったのです。

答えは三つに分かれました。母アニッシの口伝は、闇とロルカージュを分けません。闇に満ちた心臓のまま、彼はきょうだいを騙して罰されます。

古い僧アムン=ドロは、闇を生まれつき背負わされた「重荷」と見ました。だから闇を抜かれたロルカージュは、英雄として死ねました。今の信仰の僧トーヴァ=コは、ロルカージュこそ闇そのものだと言い、彼を英雄と呼ぶ古い本を異端として退けました。

どの見方をとるかは、カジートが自分の心の闇とどう付き合うかの答えにもなります。闇が引き剥がせる重荷なら、闇にあらがって生きればいい。闇が本人そのものなら、近づかないよう目をそらすしかありません。

二つ目は、「今のカジートの指導者メインは、ロルカージュの生まれ変わりか?」です。メインは、ESO などに出てくるカジートの最高指導者です。そのメインは、ロルカージュの亡骸の月が空に現れるときにしか生まれません。

古い僧の詩は、メインをロルカージュと同じ「獅子」「重荷」「指導者」という言葉で歌います。メインになるための試練も、最後はロルカージュの亡骸でできた世界「ロルカージュの巣」を通ります。ここまで重なれば、生まれ変わりだと考えたくなります。

けれど、メインをロルカージュの生まれ変わりと書いた本や台詞は、今のところありません。ゲームの中では、メインの候補が同時に何人も生まれ、前のメインも位を退いたあと生きています。一人の魂が体を替えて生まれ直すのなら、こうはなりません。

そこでこの記事は、ESO の三つの話に目を向けました。どの話でも、メインに生まれる者が光の側と闇の側の二人に分かれます。英雄と獣の二つの顔を持ったロルカージュの物語を、二人で分けてもう一度生き、闇に勝った側が位に就く。メインはロルカージュの生まれ変わりではなく、そういう仕組みだ、というのがこの記事の読みです。

もっとも、これはゲームの中の話と古い僧の言葉を重ねて立てた読みで、そう書いた文がゲームにあるわけではありません。今ある資料から言える一つの可能性で、次の作品で書きかえられることもありえます。

月の格子の内と外の図。真ん中にニルニとカジートと内側の闇、それを囲む月の格子にジョードとジョーンと死の月と門、格子の外に大いなる闇と月の獣、上に星々の向こうの砂、下に世界の裏の闇
月の格子を中心にカジートの神話を一枚にまとめた図で、格子が防ぐのは外の闇だけです。

口伝を語り、目録を作り、名指しで反論し、信仰の数を数える。その全部を、内側にいる書き手がやっています。ところがアルゴニアンの側では、同じことがまったく起きていません。

第五章:アルゴニアンの創世 ──書き手は全員が部外者

では、アルゴニアンの創世を書いたのは誰でしょうか? 手がかりになる本は七冊あり、書き手は七人とも部外者です。

  • 本編の書物
    • 『注釈付きアヌアド』『モノミス』:書き手は匿名の部外者
    • 『種たるもの』:ダンマーの編者マロバー・スル。刊記が「盗んだ話」と書いている
  • 同梱の冊子
    • 『帝国のポケットガイド 第3版』:帝国地理学会(Oblivion に付属)
  • ESO の書物
    • 『根の子ら』:帝国側の採録者ソリス・アドゥロ
    • 『ヒストの神話と伝説』:帝国側の探検記の書き手キランティレ
    • 『様々な宗派:アルゴニアン』:帝国大学のカルクソール

帝国の学者は書けなかったと書いた

書き出しで引いたカルクソールの序文は、読み違えやすい書き方をしています。アルゴニアンに信仰がないとは書かれておらず、記録が無いとも書かれていません。原文が言うのは、曖昧で互いに矛盾する記述が複数あったということで、落ちた理由は不足ではなく過多です。たとえるなら、証言が一つも無かったのではなく、食い違う証言が多すぎて一つの話にまとめられなかったのです。しかも主語は資料ではなく著者で、「私の力がまったく足りず」とある以上、資料の性質の判定ではなく、自分の仕事についての報告なのです。

同じ著者は、エルスウェアの項では十一柱を並べて解説を付け、同じものだと見なす所まで踏み込んで書けています。片方は書けて、もう片方は書けず、書けなかったほうについては書けなかったと書き残したのです。本編で割愛されたこの項目は、のちに ESO の『様々な宗派:アルゴニアン』として同じ著者名義で書かれました。アルゴニアンはエイドラもデイドラも崇拝せず、ほかの土地で言うような宗教を持たず、ヒストとシシスを敬い、しかもシシスを悪とはみなさないと説明しています。シシスは、Skyrim の暗殺組織「闇の一党」が崇める虚無の存在として知られる名です。帝国側の別の記録も、起源についてこう書いています。

「アルゴニアン」という名に結びついた種の起源は、歴史ではなく神話の領域にある。

The origin of the species associated with the name “Argonian” is the stuff of myth, not history.

『帝国のポケットガイド 第3版』アルゴニア章(Oblivion 同梱冊子)より

『帝国のポケットガイド』は、ゲームの中で読める本ではなく、パッケージに付いた紙の冊子です。第3版は Oblivion、第1版は Redguard に付属しました。

同じ章は、帝国のどの土地もブラック・マーシュほど記録されず探査されていないと書いています。ヒストについては「信頼できる探検の記録は存在しない」とし、続けて「現代のアルゴニアンは、この謎めいた木について語ることを渋る」とも書いています。

ESO のムークマイアにある港町リルモス
リルモス(ESO、ムークマイア)。オリース湾に面したブラック・マーシュの港町で、アルゴニアンの建物と帝国の建物が混じっています。 出典:UESP

二冊とも、書けなかった理由を自分で書いています。片方は自分の力不足として、もう片方は相手が語らないこととして書き、そして両方とも帝国側の書き手です。

本編の創世神話に出てくるのはヒストだけ

本編の創世神話の書物にも手がかりはありますが、出てくるのはアルゴニアンではなくヒストです。ヒストはブラック・マーシュの沼に立つ巨大な木で、アルゴニアンにとって特別な存在です。『注釈付きアヌアド』は、創造の十二の世界が砕けたあとの生き残りとして、エルノフェイとヒストの二者だけを挙げています。そしてエルノフェイにはマーと人間の祖先だと説明を付ける一方で、ヒストにはアルゴニアの木だとしか書きません。

ヒストはエルノフェイ戦争の傍観者であったが、戦火がその領域を通り過ぎたことで、彼らの土地のほとんどは破壊された。

(The Hist were bystanders in the Ehlnofey war, but most of their realm was destroyed as the war passed over it.)

『注釈付きアヌアド』(Morrowind)より

ヒストは戦争の当事者ではなく傍観者として、それでも十二の世界の生き残りとして、創世の物語に名前を得ています。けれどアルゴニアンは出てきません。祖先として書かれるのは、エルフと人間の祖先エルノフェイだけです。『モノミス』の序にも、ヒストが出てくる短い一文があります。

ゆえにシシスこそが原初の創造者である。……ヒストでさえ、この存在を認めている。

(Sithis is thus the Original Creator … Even the hist acknowledge this being.)

『モノミス』(Morrowind・Skyrim・ESO)より

ここでも語っているのはヒストではなく、比較神話の書き手が自分の主張のためにヒストを引き合いに出しているだけで、ヒストが何と言ったかは書かれていません。この一文には、ゲームに入る前の草稿でもう一句続いていました。

異質なヒストでさえこの存在を認めており、彼らはこれをイクスタク=ティティル=メト、すなわち「正確に卵を割る者」と呼ぶ。

(Even the alien hist acknowledge this being, whom they call Ixtaxh-thtithil-meht, or “Exact Egg-Cracker”.)

※現実の資料:UESP 転記『モノミス』1999年草稿(Xanathar’s Library の記録。Wayback に保存)より

英語版の製品ではこの句が落ちて、名前は消えました。ところが2018年の ESO『Murkmire』で、同じ語幹がまた現れます。遺跡の名は「イクスタク・ザンミーア」になり、ゲーム内の台詞がシシスの別名としてこの語を挙げ、アルゴニアンの言葉ジェル語の入門書は「ティティルとは卵のことだ」と説明しています。

ESO のムークマイアにある遺跡イクスタク・ザンミーア
イクスタク・ザンミーア(ESO、ムークマイア)。1999年の草稿にあった語幹が、2018年のこの遺跡の名に置かれています。 出典:UESP

それでも、この名を作中で語るアルゴニアンの書き手は、やはり一人も出てきません。遺跡の名として置かれ、語彙として載り、別の民の書物が別名として挙げているだけです。

『種たるもの』の中で語るアルゴニアン

本編に一か所だけ、アルゴニアンの登場人物が自分たちの出自について直接語る場面があります。Morrowind・Oblivion・Skyrim に入っている『古代ドゥーマー物語』の第二話『種たるもの』です。作中の編者は、ドゥーマー(滅びたドワーフの民)の民話を集めたと称するマロバー・スルです。

両親を亡くした少女カムディダは、木の一本も生えない乾いた村へ引き取られ、水工場に勤める老いたアルゴニアンの女シガーセと友になります。シガーセは、この土地がかつて森だったころのこと、ヒストにだけは手を触れないという約束と、それが破られた日のことを語ります。木こりのユーニンが聖なる木立を切り始め、抗議したアルゴニアンを斧で殺していったのです。

我が民にとって、ヒストとは、我らがそこから来て、そこへ帰っていく場所なのだ。肉体を滅ぼされるのは何ほどのこともない。木を滅ぼされることは、我らを完全に消し去ることだ。

(to my people, the Hist are where we come from and where we are going. To destroy our bodies is nothing; to destroy our trees is to annihilate us utterly.)

『種たるもの』(古代ドゥーマー物語 第二話/Morrowind・Oblivion・Skyrim)より

世界の始まりの話ではなく、自分たちとヒストの関係についての言葉ですが、アルゴニアンの登場人物が自分たちの出自を語る場面は、本編ではここだけです。言い換えると、アルゴニアンにとってヒストは、生まれてきた場所であり、死んで帰る場所でもあるのです。

ESO の Murkmire のロード画面に描かれたヒストの木
ESO『Murkmire』のロード画面。ムークマイアの集落の奥に、ヒストの木が立っています。 出典:UESP

ところが、この本の末尾に付いた出版者の注記(刊記)が、話の来歴を書いています。

この話は、モロウウィンド南部のアルゴニアンの奴隷たちに由来する。「マロバー・スル」はダンマーをドゥーマーに置き換えただけで、ドゥーマーの遺跡でこれを見つけたと称した。

(This tale originated from the Argonian slaves of southern Morrowind. “Marobar Sul” merely replaced the Dunmer with Dwemer and claimed he found it in a Dwemer ruin.)

『種たるもの』刊記(古代ドゥーマー物語 第二話/Morrowind・Oblivion・Skyrim)より

刊記はさらに、編者がのちにアルゴニアンに伝わる話のほうが自分の「原作」の焼き直しにすぎないと主張したとも書きます。つまり、奴隷のアルゴニアンから話を借り、登場する民を別の民に置き換え、そのうえで元の持ち主を模倣者と呼んだのです。刊記はその根拠として、アルゴニアンに伝わる話では舞台が別の土地で、村の名がドゥーマーの名ではないことも挙げています。

アルゴニアンが自分で語る唯一の場面は、盗まれた話の中にあります。

採録者が断り書きを付けた『根の子ら』

アルゴニアンの創世神話としてゲームの中にある本は、一冊だけです。ESO の Murkmire で入った『根の子ら』で、本文は角括弧の注記から始まります。この注記は、話を聞き取って書き留めた(採録した)作中の研究者が、自分で付けた本文の一部です。

[註:研究者ソリス・アドゥロが、アジ=コストリール族の口承より採録。ほかに例証は無い。]

([Note: Collected by researcher Solis Aduro from an oral tradition of the Adzi-Kostleel tribe and not otherwise attested.])

※ ESO 由来:『根の子ら』(ESO・Murkmire)冒頭の注記より

短い一文に、三つのことが書き込まれています。採録者はアルゴニアンではなく帝国側の研究者で、この創世神話も外から書き取られた記録です。一部族の伝承だとも明示されていて、アルゴニアン全体の神話としては書かれていません。そして採録者は、ほかに例証が無いと自分で書いています。言い換えると、この話を裏づける別の記録は見つからなかったと、記録の冒頭で断っているのです。

『根の子ら』の流れの図。アタク(根)とコタ(蛇)が一つになりアタコタに、脱いだ皮が影になり、最後に影が皮を脱いで根を覆うまで
『根の子ら』の出来事を上から順に並べた図です。黒い箱が、脱ぎ捨てられた皮から生まれた影です。

根と蛇

本文は、たった一つのものから始まります。

最初にあったのはアタク、大いなる根だけであった。それは自分のほかに何も知らなかったので、すべてになろうと決めた。

(There was first only Atak, the Great Root. It knew of nothing but itself, so it decided to be everything.)

※ ESO 由来:『根の子ら』(ESO・Murkmire)より

アタクは伸びながら新しい根を作り、その根は名前を持って、自分の育つ場所を欲しがります。創世の最初の分かれ目が、根分かれとして書かれているのです。やがて無の中から、根に似ていながら鱗と目と口を持つものが戻ってきて、自分をコタと名乗り、口を持ったので腹が減っていると言います。アタクはそれを「蛇」と名づけてその目に根を通しますが、コタは牙を生やしていて噛み返し、二つは互いに巻きついて、その争いから新しいものが次々に生まれました。

争いの結末を、本文は互いから学び合い、食い合い、あまりに長く転がり合ったので、二つは一つになり、争いを忘れたと書きます。言い換えると、育とうとする根と、食べようとする蛇が、争ううちに一つに溶け合ったのです。二つの原理が混ざって第三のものになるという形は、『モノミス』の語る構造と輪郭が同じです。ただし、この本はその二つを一度も既知の神の名で呼んでいません。出てくるのは、アタクとコタだけです。

脱ぎ捨てられた皮が影になる

一つになった二つは、皮を脱いで根を断ち、自らをアタコタと名乗って、一言だけ「かもしれない」と言います。その瞬間に、主役が入れ替わります。脱ぎ捨てられた皮のほうが、自分を知ったのです。たとえるなら、蛇が脱いだ抜け殻が、ひとりでに動き出したようなものです。皮は断ち切られた根を食べ、死んでいるのに影のようにアタコタに付き従います。

アタコタは転がり続け、鱗の一枚一枚が世界となって、それを自分で呑み込みます。争いがなくなったので、ものごとに始まりと終わりの時間ができました。影はそれらを食べたいのに腹は根で満たされていて、しかもその根は腹の中で育ち続けています。耐えきれなくなった影はアタコタに近づいて根を吐き出し、空になった腹で何もかも食べてしまいそうになります。けれど運ぶうちに、その根を自分のものだと思うようになっていたので、食べる代わりに根に秘密を教えて眠りにつきました。

ここが物語の折り返しです。世界を形づくる役を担うのは、あとから出てきた抜け殻で、それも創世の主体ではなく、根を運んだ者として書かれています。根はほかの者たちに影の腹の中で生き延びた方法を伝え、その知識が相手を変えて、新しい形と名前を与えました。これが霊たちの始まりです。

影が世界を食べて根だけが残る

霊たちは自分の形を保ちたがりますが、その形は影を通して学んだものなので、影が彼らの中にあって、彼らを一時のものにしています。彼らは変化を恐れて、それを「死」と呼びました。増えて作って増えすぎた霊たちは、場所が足りなくなって根に頼みに行きますが、根はもう満足して眠っています。そこで霊たちはアタコタの皮を裂いて血を飲み、ついにアタコタを壊してしまいます。

アタコタが壊れると、アタクは育つことを、コタは無であったことを思い出し、争いが戻って、血と樹液から海と石ができます。そのあとに、この物語で数少ない優しい場面が来ます。森の精霊が来て、根が自分の子らを愛していることに気づき、その子らに歩き方と話し方を教えたのです。根はその歌を聞いて目を覚まし、森と結ばれました。

けれど根は、海と石になった霊たちが影を知らないことに気づき、何が起きるかを察して、影に「子らを守ってくれ」と頼みます。目を覚ました影は、自分がアタコタの皮であったこと、そして自分のほうがアタクやコタより大きいことを思い出して、両方を食べてしまいました。食べ終えてから影は自分の子である根のことを思い、自分の内側を探して、これは常にそうであった終わりなのだと悟ります。

そこで影は自らの皮を脱いだ。それが自分のすべてであったにもかかわらず。その皮は覆いのように根の上に落ち、自らの秘密のうちに根を守ると約束した。

(And so the shadow shed its skin, even though that was all it was, and it fell like a shroud over the roots, promising to keep them safe within its secrets.)

※ ESO 由来:『根の子ら』(ESO・Murkmire)結びより

本編の『モノミス』は、ヒストでさえシシスを原初の創造者と認めていると書いていました。ところが『根の子ら』では、最初にあるのは根であって、影ではありません。影は二つが一つになったあとに皮として現れ、最後には根を覆って守る側に回ります。ニルンで何があったかを語るなら本編の一文が先に立ちますが、ESO にある唯一の創世神話は、その一文を裏づけてはいません。矛盾していると強く言えるほどでもなく、そもそもこの本は一部族の口承で、ヒストが語ったものでもないのです。

名前を既知の神に置き換えない理由

『根の子ら』には、アヌもパドメイもアカトシュもロルカーンもシシスも、一度も出てきません。出てくる名前は、この本にしかないものだけです。

  • アタク(大いなる根)とコタ(蛇)、そして一つになったアタコタ
  • 影(脱ぎ捨てられた皮)
  • 死(霊たちが変化を恐れて付けた呼び名)
  • 森の精霊(子らに歩き方と話し方を教えた者)

それでも置き換えたくなる材料は、実際に出回っています。英語圏のTES事典 UESP が本文の語に内部リンクを張っていて、しかもそのリンク先がそろっていません。

  • アタク:『根の子ら』の頁ではアヌ、「アルゴニアン」の頁ではアヌイ・エル
  • コタ:『根の子ら』の頁ではパドメイ、「アルゴニアン」の頁ではシシス
  • 影:『根の子ら』の頁ではロルカーン、別の事典ではシシス

同じ語に三通りの対応が付いていて、そのどの名前も本文には出てきません。事典の地の文とリンクは、編集した人が原典を読んで付けた解釈で、原典そのものではないのです。いちばん置き換えたくなるのは、子らに歩き方と話し方を教えた森の精霊でしょう。

森の精霊が来て、根が自分の子らを、彼女が自分の子らを愛するのと同じように愛しているのを見た。そこで彼女は、その子らに歩き方と話し方を教えた。

(A forest spirit came and saw that the roots loved their children like she loved hers, so she taught them to walk and talk.)

※ ESO 由来:『根の子ら』(ESO・Murkmire)より

森を司り、子らに形と言葉を与えるという役割は、ほかの民の書物に出てくるある神と重なります。けれど『根の子ら』の森の精霊は本文で一貫して女性の代名詞で受けられていて、本編の『帝国内の様々な宗派』が書く森の神は男性の代名詞で受けられ、アムン=ドロの目録も同じ神を男性で受けています。本文に名前がなく、代名詞も一致しない以上、構造が似ていることと名前が同じであることは別の話です。

作中にも、同じ戒めがあります。『種たるもの』の刊記は、登場人物のダンマーをドゥーマーに差し替えたことを指摘したあとで、もう一段書き足していました。

もちろん、テンプル・ゼロのいわゆる「学者」たちは、町の名前がLの字で始まるというだけの理由で、この話が「ロルカーン」と何か関係があると言い出すだろうが。

(Of course the so-called “scholars” of Temple Zero will probably claim this story has something to do with “Lorkhan” simply because the town starts with the letter L.)

『種たるもの』刊記(古代ドゥーマー物語 第二話/Morrowind・Oblivion・Skyrim)より

形が似ているというだけで対応づける読み方を、作中の書き手が名指しで退けているのです。役割が似ている、構造が並んでいる、名前の響きが近い。そのどれも、原典が同じものだと言っている証拠にはなりません。

第六章:同じ学者の正反対の結論 ──外から見た二つの民

二つの民の両方について書いた書き手が、一人だけいます。『ヒストの神話と伝説』と『猫人のあいだの月信仰』は、どちらも ESO の書物で、作中の著者はキランティレです。同じ立場から書かれた二冊が、正反対の形で終わります。

ヒストの本は、奥地へ入る危険を並べるところから始まります。病名がいくつも並び、そこを越えた者だけがヒストの木を見られるとされていて、木そのものについては伝聞の紹介が中心です。カジートの本は二月の舞の神殿の描写から始まり、月の運行が運命を左右するという信仰、ムーンシュガー(月砂糖)、月司教の階層、メインの継承儀礼と、制度の記述が中心になっています。

「彼らが間違っている」と「我々が知らない」

カジートの本は、断定で終わります。候補者たちが月へ向かう旅に出て、戻ってきた一人が新しいメインになるという継承儀礼を、カジートの文書がそう記しているものとして紹介したうえで、キランティレはこう結びます。

ただの猫が星幽の身で我らの月へ旅するという想定はばかげている。ヴェヌスティニウス・ペルクイティエヌスはこれを「反吐が出るような戯言」と呼んだ。まったくそのとおりである。

(The assumption that the lay Cat travels astrally to our moons is preposterous; Venustinius Perquitienus has termed it “nauseous balderdash,” and rightly so.)

※ ESO 由来:『猫人のあいだの月信仰』(ESO)より

「ばかげている」はキランティレ自身の言葉で、「反吐が出るような戯言」はペルクイティエヌスという別の学者の評語です。キランティレはそれを引いて、「まったくそのとおりである」と付け加えています。同じ本の前半にある「混成の異端」も、その学者の評語の引用です。ヒストの本は、逆の形で終わります。

……そして現地の者たちは、こちらがどう言葉を尽くしても、この名高い木の神秘について語ろうとしない。ヒストの木についての知識において、我らは驚くほど恵まれぬままである。

(… and the locals reticent to speak of the mysteries of this fabled tree despite our cajoling, we remain alarmingly ungifted in the realm of Hist tree knowledge.)

※ ESO 由来:『ヒストの神話と伝説』(ESO)より

知らない理由として、「こちらがどう言葉を尽くしても」と書かれています。語られなかったのではなく、語ることを拒まれたと、キランティレ自身が書いているのです。同じ書き手が、片方には「彼らが間違っている」と書き、もう片方には「我々が知らない」と書きました。カジートについては制度も儀礼も信仰の中身も書けるだけの材料があったので判定まで踏み込め、ヒストについては伝聞と噂しかなかったので不足の報告で終わった、という差です。

カジートの神話は外からの記録を先回りしている

ここで思い出したいのが、アニッシの本の作りの指示です。カジートは最良の欺瞞者でなければならない、アヌールの子らから常に己の本性を隠さねばならないからという一節で、キランティレの二冊は「アヌールの子ら」の側にいる書き手の記録です。

順序で言えば、神話のほうが先にあります。部外者に本性を隠せという条項が、部外者による記録より前に置かれているので、外からの記録がどう見えるかを、神話の側があらかじめ書いているとも言えます。言い換えると、帝国の学者に本当の姿を見せないことまで、カジートの神話は織り込み済みなのです。アニッシの本には、秘密を盗み聞きしながら値打ちを解さず、天に叫んでしまうイフェルまで出てきます。外から来て聞きかじる者の姿を、神話は最初から一人描いていたのです。もっとも、そこから「だから帝国の記録は嘘だ」とは言えません。神話にそう書いてあることと、記録の中身が誤っていることは別です。

アルゴニアンについても、キランティレはいくら言葉を尽くしても語ってもらえませんでした。どちらの民にも口を閉ざされたのに、カジートには隠すことが神話の中に条項として書かれていて、アルゴニアンにはそういう記述がどこにもありません。秘密という言葉なら、『根の子ら』の結びにも出てきます。影は自分の皮を根にかぶせ、自らの秘密のうちに根を守ると約束しました。守ることを秘密に包むことと重ねている点では、二つの神話はよく似ています。違うのは、秘密を持つのが誰かです。カジートの神話は民そのものに「隠せ」と命じていますが、『根の子ら』で秘密を持つのは影のほうで、民には何も命じていません。『帝国のポケットガイド』の「現代のアルゴニアンは語ることを渋る」も、外から見た観察であって、内側の決まりではないのです。これは優劣の話ではなく、内から書いた者がいる側と、いない側の違いです。

数えた者が内側にいたかどうか

どちらの民の創世神話も、その民の言葉では残っていません。カジート側で本編に入っているのはアニッシの口伝一冊だけで、アルゴニアン側は七冊すべての書き手が部外者です。諸族の神話を並べた『モノミス』に二つの民の節が無いのも、並べるための決まった語りが、どちらにも無いからでしょう。

誰が書いたかの図。カジートには口伝・目録・反駁書の内側の書き手がいて、アルゴニアンには内側の書き手がおらず、外の書き手だけが並ぶ
二つの民の創世神話の書き手を、民の内側と外に分けて並べた図です。両方の民を書いた外の書き手は真ん中に置いています。

それでもカジートには、月の格子の神話を娘に語り、神々の目録を作り、その目録を書名で名指しして反論し、昔の信仰を十六と数えた書き手たちがいました。異端と呼ばれた本と、それを異端と呼ぶ本が、同じ棚に並んでいます。アルゴニアンの側では、帝国の学者が力不足を詫び、採録者が「ほかに例証は無い」と断り、探検記の書き手が恵まれぬままだと書いて終えました。自分たちの出自を語る唯一の場面さえ、刊記が「盗まれた話」と書く本の中にあります。

不確かさを内から書いた者が、アルゴニアンには一人もいません。

語りがいくつもあることは、両方の民に共通します。違うのは、それを数えた者が内側にいたかどうかです。カジートには数え、名指しし、書き残した者がいました。アルゴニアンについて数えようとしたのは外から来た一人の学者で、その学者は最後まで数え終えられませんでした。

では、アルゴニアン自身は、外から見たこの謎をどう思っているのでしょうか? 自分たちの起源に、興味がないのでしょうか? 創世を書いたアルゴニアンはいませんが、暮らしと暦について書いたアルゴニアンなら ESO にいます。沼地に残る古い石の暦の番人、パクサルトが書いた『アルゴニアの季節』は、一年の十二の月を一つずつ説明した本です。

この本を読むかぎり、アルゴニアンは起源に無関心ではありません。一年の最初の月は、存在の始まりと起源の月です。一年でいちばん聖なる月には「根の語り」という集まりがあり、長老たちがアルゴニアンの歴史を語ります。そして十番目の月は、謎と議論の月です。

この月は、先のヒストの若木の月と同じく、謎と議論の月である。人型のトカゲが本当は何を表しているのかについては、大きな論争がある。卵からかえった子なのか、それとも我らの文化の起源を表すものなのか。変化、なっていくこと、移ろう価値といった、ひとつにまとめる考えが、すべて思いめぐらされる。

(This month, like Hist-Deek earlier, is another of mystery and debate. There is significant controversy about what the humanoid-lizard actually represents. Is it a hatchling emerged from the egg, or a representation of our cultural origins? Unifying concepts such as change, becoming, and shifting values are all contemplated.)

※ ESO 由来:『アルゴニアの季節』(ESO・Murkmire)より

月の印が自分たちの起源を表すのかどうかで、アルゴニアンの意見は割れたままです。起源は、毎年ひと月かけて考え、答えを決めないまま次の月へ進む問いです。しかも十二の月の名を順に並べると、一本の筋になります。木の実が芽吹いてヒストに育ち、卵から生まれた者がトカゲから人の姿のアルゴニアンになり、亡き者となって、また起源の月へ戻ります。

アルゴニアの十二の月の図。太陽、木の実、芽、ヒストの若木、大人のヒスト、老いたヒスト、卵のかご、卵、トカゲ、人型のトカゲ、アルゴニアン、亡き者が輪になって並ぶ
『アルゴニアの季節』の十二の月を、時計回りに並べた図です。赤い枠は、起源と歴史にかかわる月です。

アルゴニアンの創世神話は、書物の形ではなく、毎年めぐる暦の形で語られているとも読めます。『種たるもの』のシガーセは、ヒストを「我らがそこから来て、そこへ帰っていく場所」と言いました。その一生が、そのまま一年の月の並びになっています。

暦を守るアルゴニアンに、外の学者がじかにたずねた記録もあります。ESO の『濁った時』で、魔術師ギルドのテルデンリンデは暦の番人の長老に、時を流れて濁るものと見ているのに、なぜ驚くほど正確な暦を保てるのかと聞きました。長老は長く黙ったあと、こう答えます。

[暦は]水を張った鉢のようなものだ。昼と夜が、その鉢の中を泳いでいる。

(“[The calendar] is like a bowl of water. The day and the night swim in the bowl.”)

※ ESO 由来:『濁った時』(ESO・Murkmire)より

長老自身もこの答えに満足していない様子で、テルデンリンデはそれを、長老の共通語のつたなさと、ジェル語そのものの足りなさのせいだと見ました。「私の知るかぎりジェル語には時制が無い。少なくとも、私たちが時制と認める物は無い」と書いています。通訳が時制の代わりに使うのは古いと新しいという言い方で、よく口にするのは「変わること」と「なっていくこと」だそうです。公式小説『The Infernal City』も、アルゴニアンのミア=グリムの目から同じことを書いています。彼の母語には「時間」を指す語すら無く、帝国の言葉を覚えるときにとりわけ難しかったのは、いつ起きたかで動詞の形を変えることでした。アルゴニアンは時を、過去から未来へ延びる一本の線ではなく、昼と夜がめぐる鉢として見ているのです。テルデンリンデ自身は、濁った水がすっかり澄むことはないだろう、と書いて筆を置きました。ここにも、数え終えられなかった外の書き手が一人います。

そのうえでアルゴニアンは、過去を形にして残すことを好みません。ESO の Murkmire には、遺物を集める帝国人ファミアが出てきます。ブライト・スロート村の使者ズカスは、ファミアが命を懸けて拾ってくるのは「私たちが要りもしない古物」だと言います。アルゴニアンのプレイヤーが、それも私たちの歴史ではないのかと聞くと、ズカスはこう答えます。

歴史? ええ、まあそうでしょう。でも歴史は死んで、過ぎ去ったものですよ、友よ。そうでしょう? 丸い舌の者たちにも友はたくさんいますが、いちばんの友でさえ、心の底では、石の家が泥に沈むにまかせる私たちを愚か者だと思っています。私たちはそれを、シュナテイと呼びます。

(History? Yes, I guess so. But history is dead and gone, beeko. Right? I call many round-tongues friend, but even the best of them, in their deep-hearts, think we are fools for letting our stone houses sink into the mud. We call it shunatei.)

※ ESO 由来:ズカスの台詞(ESO・Murkmire)より

シュナテイとは何かと聞かれて、ズカスは「死への恐れ。忘れることへの恐れ」と答えます。乾いた肌の者、つまりよその民はレンガを一つずつ丁寧に積んで大きな都を建てるけれど、戦や嵐や地震がいずれそれを壊し、アルゴニアンのと同じ廃墟が残るだけだ、と続けます。プレイヤーが「何も永遠には続かない」と返すと、「そのとおり。続くようにふるまうのは、思い上がりか愚かさか、その両方だ」と言います。

同じ考えは、ほかのアルゴニアンの口からも出てきます。祖先が建てた石の神殿の前で、ニスウォ・ゾーデは、古いやり方は欠けていたと言い、今は「川の流れを変えようともがくのではなく、流れに乗ることを学んだ」と語ります。日の移ろいを記すのは、暦の番人の聖なる務めです。石の都マザタンに囚われたアルゴニアンの日記にも、「沼では日が過ぎるのをほとんど気にしない。そういうことは暦の番人に任せている」とあります。その日記の書き手は、石の都に閉じ込められると、取りつかれたように日と夜を数えてしまうとも書いています。

暦の本でさえ、種をまく月を「三つの喪」の一つ目に数えています。植えた物は隠れて失われ、木の実は二度と戻らないからです。アルゴニアンにとって起源は、掘り返す物ではなく、毎年弔って手放す物なのです。

隠している、という反対の読みも立ちます。ジェル語の入門書は、魔術師ギルドのアルゴニアン、ライツ・ザ・ウェイが外の者のために書いた本です。その本は、「禁じられた」を意味するノルグという語に、「私の文化ではあまり使わない。禁じられた物の多くは口にされないから」と書き添えています。帝国の学者がいくら言葉を尽くしても語ってもらえなかったのも、『根の子ら』が影の秘密で終わるのも、この読みに合います。

それでも、内に向けては語られています。根の語りは長老が一族の前で行うものですし、ズカスが「歴史は死んで過ぎたもの」と言った相手も、同じアルゴニアンでした。帝国側の探検記『ブラックウッドの部族:リバーバック』に出てくるリバーバックは、秘密主義で謎めいた部族だと思われていましたが、実際には底抜けにもてなし好きでした。なぞなぞのほかには、よそ者の食べ物にも話にも関心を示さず、探検隊の名前さえ尋ねませんでした。謎めいて見えたのは、隠していたからではなく、こちらに関心がなかったからでした。

隠している物もあります。けれど外から見える謎の大半は、残そうとしないことと、よそ者に関心がないことから生まれています。アルゴニアンは、自分たちの起源に興味がないのではありません。毎年ひと月かけて起源を考え、長老が歴史を語り、過ぎた一年を弔って、手放しています。

アルゴニアンの創世神話は、書けなかったのではなく、書かれなかったのです。それを謎として数えようとしたのは、いつも外から来た者のほうでした。

→ 【TES世界観解説】暁の時代|ムンダスは贈り物か、罠か?

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参考文献

引用した書物の原文は、英語圏のTES事典 UESP で読めます。訳はすべて当記事によるものです。

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