名も知られない短命の司祭ザーンが、竜を失って沈み込み、信徒に殺された話から、ドラゴン・プリーストとドラゴン・ロードの結びつきを考えた書き物。ESO の本。
『ザーン・スケイルコーラーの歴史』
The History of Zaan the Scalecaller
『ザーン・スケイルコーラーの歴史』の詳しい説明
ザーンは異例の若さで竜のサーヴォクンに選ばれ、強く結ばれた。サーヴォクンが神殿を去るとザーンは沈み込み、竜を追い払ったと責められても何も言わずに殺された。書き手は、竜を失った悲しみで話す気力か力を失っていたと考え、司祭と竜の結びつきの正体を問う。
『ザーン・スケイルコーラーの歴史』の全訳
ザーン・スケイルコーラーは、命も短く、名も知られていないドラゴン・プリーストだった。大きな戦を指揮したこともなければ、強い敵を打ち負かしたこともない。ひと目見ただけでは、取り立てて何もない、調べる値打ちのない人物と思うだろう。これまでの歴史家がそう見てきたのも確かで、ザーンについて書かれた研究は無いに等しい。しかし、ザーンの話がこれほど顧みられてこなかったことこそが、ザーンをこれほど興味深い題材にしているのだ。
ザーンは、ドラゴン・ロードである強大なドヴァー・サーヴォクンに、異例の若さで選ばれた。サーヴォクンとのつながりは、ことのほか強かったと伝わる。知ってのとおり、竜と選ばれた司祭のつながりが、霊的なものか、魔法によるものか、あるいはただの政治的なものかについては、さまざまな推測がある。いずれにせよ、ザーンはすぐに強い愛着を抱き、信徒たちはそれを大きな幸運のしるしと受け取った。十年ほどは、すべてがうまくいっていた。
乱れが始まったのは、サーヴォクンが神殿を去ったときだった。その理由は、ザーンのほかには誰も知らなかったのかもしれない。誰に聞いても、この旅立ちこそが、司祭が少しずつ沈み込んでいった原因だという。ただし、それが魔法によるものか、心によるものかは分からない。沈み込んだザーンはたびたび人を避けるようになり、やがてすっかり孤立していった。
信徒たちは少しずつ不満をつのらせ、時がたつにつれ、多くが疑いを抱くようになった。サーヴォクンに見捨てられたと信じた信徒たちは、そのことを、今の我々が神々を失ったときに抱くのと同じ絶望で受け止めた。そして、スケイルコーラーが自分の弱さで竜を追い払ったのだと責めはじめた。責められたスケイルコーラーは、少しも言い返さなかったと伝わる。信徒たちはそれを罪を認めたしるしと受け取り、怒りにまかせてザーンを殺した。
ここから、ザーンの最大の謎が生まれる。信徒に責められたとき、ザーンはなぜ身を守らなかったのか。
推測が大半の私の説だが、司祭はただ、それができなかったのだと思う。ドラゴン・ロードを失ったことがあまりにつらく、話す気力を、あるいは話す力そのものを失っていたのだ。これもまた、魔法によるものか、ただの心の傷によるものかは、私にもまだ分からない。
この歴史の出来事を調べることで、ドラゴン・プリーストとドラゴン・ロードの結びつきを、さらに深く知ることができると私は信じている。そうした関係の表向きの政治の面の先にあるものを、見なければならない。これほど崇められた霊的なつながりとは、いったい何だったのか。スケイルコーラーの助けを借りて、その問いに答えはじめることができるだろう。










