前回はこちら
【TES世界観解説】トリビュナルとは何者か? その6|黄昏の神々
前回はこちら トリビュナルとは何者か? その5|黄金の世 https://nettoge.com/tes-tribunal-part5-golden-age/ はじめに その5では、神となった三人が地上でどう生き…
はじめに
その6では、三千五百年つづいた黄金の世が、どのように終わりへ向かったのかを見ました。
地の底で目を覚ましたダゴス・ウルは、心臓を占拠し、三柱から神性の源を断ちました。第三紀417年、レッドマウンテンで三柱は敗れ、カグレナックの道具のうち二つを奪われます。以後、彼らが心臓に触れることは二度とありませんでした。
残された神性は、目減りしていくだけです。
アルマレクシアはモーンホールドへ退き、ソーサ・シルは歯車の都に籠もりました。ヴィヴェクもまた、宮殿の奥へ退きます。三柱に残された力は、ゴーストフェンスを保つことに注がれていたからです。
三柱は、もう長いこと、民の前に姿を見せていません。
それでも神殿は毎朝の祈りを続けました。オーディネーターは街を巡り、巡礼者は聖地を訪ね、民は「アルムシヴィの慈悲を」と唱えます。何も変わっていないように見えました。ただ、灰嵐が年ごとにひどくなり、夜ごと奇妙な夢を見る者が増えているだけです。
神々のいない島が、そうやって回っていました。
そこへ、一人の囚人が船で運ばれてきます。
第三紀427年のことです。名も、罪状も、記録に残っていません。ただ、皇帝ユリエル・セプティム七世が直々にその釈放を認めたということだけが、書類に記されていました。
灰の民は三千五百年、一つの約束を語り継いでいます。いつの日かネレヴァルが還り、偽りの神々を打ち倒し、この地を取り戻す。神殿が異端として狩りつづけてきた、あの預言です。
第一章からずっと、私たちは三柱の物語を追ってきました。彼らが何を奪い、何を築き、何を隠したのか?
そして最後の章で語られるのは、その三千五百年に決着をつけに来た者の話になります。
もっとも、当の本人が何者だったのかは、最後まで分かりません。
還ってきたのは、本当にネレヴァルだったのか? それとも、預言が一人のよそ者をネレヴァルにしたのか?
第七章: 還りし者、ネレヴァリン
“すべての出来事には預言が先立つ。だが英雄なくして、出来事は起こらない”
──ズーリン・アークタス(アンダーキング)
モロウウィンド
第三紀414年、ヴァーデンフェルは神殿の保護区から帝国属州区へ再編された。
この島が長く閉ざされていたのは、タイバー・セプティムとヴィヴェクが結んだ休戦協定による。協定はヴァーデンフェルを帝国の保護下にある神殿領と定め、以来、交易と入植は厳しく制限された。島に暮らしていたのは灰の民の部族と、神殿から認められたわずかな名家の集落が中心で、数世紀にわたって外から人が入り込むことはほとんどなかった。
もっとも、古くから人の少ない土地だったわけではない。
第一評議会戦争以前のヴァーデンフェルには、チャイマーとドゥーマーの都市が数多く存在した。第三紀までにその多くは失われ、島の中央にはレッドマウンテンとブライトが残った。かつてレスダインの中心の一つであった土地が、帝国の時代には辺境になっていたのである。
その禁令を撤回したのが、モロウウィンド王アシン・ルレサン、その人であった。帝国政府との合意によるものだった。
島が開かれると、帝国から入植者が渡り、三つの名家も新しい領地を求めてヴァーデンフェルへ進出した。古い集落は拡張され、新しい町と鉱山が生まれた。エボンハートには帝国政府の拠点が置かれ、ヴァーデンフェルの大評議会にはレドラン、フラール、テルヴァンニの三家とトリビュナル神殿、帝国側の代表が席を占めた。その議長が、フラール家のグランドマスターであり、同時に皇帝の代理人でもあるヴェダム・ドレン公爵である。
島はレドラン、フラール、テルヴァンニ、神殿の各地区に分けられた。名家の領地では古くからの名家法と帝国法が併存し、神殿領では神殿の戒律がなお強い力を持った。
この曖昧な統治は、休戦協定以来のモロウウィンドそのものでもあった。
帝国は支配する。しかし、古いものをすべて壊して直接統治するほどには踏み込まない。名家は帝国の制度を利用しながら、それぞれの法と領地を守る。神殿もまた帝国の存在を受け入れながら、三柱の権威だけは手放さない。
その均衡の上で、フラール家は帝国との交易によって富を増し、テルヴァンニ家は東部へ独自に勢力を広げていった。これに対し、古い秩序を重んじるレドラン家と神殿は、政治的にも経済的にも以前ほど圧倒的な存在ではなくなっていた。
十三年で、島の姿はずいぶん変わった。
人が増えた。町が増えた。商人、兵士、役人、冒険者、鉱夫が海を渡った。名家の土地にも帝国の金が入り、神殿の巡礼路のそばを外国人が歩くようになった。
ヴァーデンフェルでは、外から来た者を“よそ者”と呼ぶ。
この十三年間、その数はいくらでも増えていた。
囚人
それは、第三紀427年のことであった。
帝都の牢から一人の囚人が釈放され、ヴァーデンフェルへ送られてきた。釈放を命じたのは皇帝ユリエル・セプティム七世である。囚人がどのような罪で捕らえられ、なぜ皇帝が数ある囚人のなかからこの者を選んだのかは、分かっていない。
命じられたのは、バルモラにいるカイウス・コサデスのもとへ赴くことだった。スクゥーマ中毒者を装って暮らしていたこの男は、実のところ、皇帝直属の密偵団ブレイズをヴァーデンフェルで指揮する密偵長である。
囚人が持たされた小包には暗号文書が収められており、そこには皇帝の意向がかなり露骨に書かれていた。
“陛下は、この者が可能なかぎり古い預言の条件を満たし、ネレヴァリンとなることを望まれている”
灰の民には、かのネレヴァル卿が、いつの日か生まれ変わって還るという古い預言がある。皇帝とその側近たちは、この囚人が預言の条件に当てはまるところがあると見ていた。
これをカイウスは、もっと現実的に受け取った。皇帝が預言をどこまで信じていたにせよ、カイウスの務めは本物のネレヴァリンを探すことではない。灰の民がネレヴァリンと呼ぶに足る一人を、帝国の手で仕立てることであった。
だが一年も経たぬうちに、事態はカイウスの見立てを外れて動きはじめた。
よそ者はその後、ヴァーデンフェルの各地を巡った。第六家の奥へ踏み込み、死病とされたコープラスを負ってなお生き、灰の民が代々守ってきた試練を越えていった。
そうするうちに、古い預言の文句は、ひとつずつこのよそ者の身の上と重なりはじめた。
やがて彼は、ネレヴァルの遺品である月と星の指輪を手にした。本人以外が嵌めれば命を失うと、三千年以上にわたって伝えられてきた品である。
そしてこのよそ者は、その指輪を嵌めることのできる者でもあった。
──ネレヴァルは、還ってきた。
ネレヴァリン
月と星を指に嵌めて戻ったよそ者に、ウルシラクの賢女ニバニ・マエサは言った。
“かつては夢にすぎなかった。いま、それが現実になりつつある。そなたは第三の試練を越えた。次は、第四と第五の試練だ”
残る二つの試練とは、三大名家からホーテイターとして認められ、四つの灰の民の部族からネレヴァリンと認められることである。
インドリル・ネレヴァル卿は、かつて諸家を束ね、宿敵ドゥーマーと盟を結び、ノルドをレスダインから逐った。戦ののちには、昨日まで敵であった二つの民を第一評議会に並べ、二世紀半の平和を築いた。
剣のみで名を成した男ではない。相容れぬ者を結び、一つの国として立たせた。ネレヴァル卿が英雄たる所以は、むしろそこにあった。
諸家と部族のすべてに自らを認めさせること。これはかつて、ネレヴァルにしか成し遂げられなかったことである。
よそ者は三大名家と四つの灰の民の部族を巡った。そこにはそれぞれの争いがあり、古い怨恨があり、譲れぬ事情があった。彼はその内へ入り、求められた仕事を果たし、ときには言葉で、ときには剣で、一つずつ自らを認めさせていった。
そうして、レドラン、フラール、テルヴァンニの三大名家が彼をホーテイターと認め、ウルシラク、アヘムサ、ザイナブ、エラベニムスンの四部族が彼をネレヴァリンと呼んだ。
七つの勢力は、もとより一つの意思で動く者たちではない。名家は互いに領地と権益を争い、灰の民もまた四つの部族に分かれている。まして両者のあいだには、トリビュナルを神と認めるかという、三千年にわたる隔たりがあった。
その七つが、それぞれのやり方で、一人の人物を認めたのである。
聖人と異端
ネレヴァルを聖人としてもっとも高く祀っていたのは、ほかならぬトリビュナル神殿であった。
神殿の『聖人の生涯』では、聖ネレヴァルは戦士と政治家の守護聖人に列せられている。諸族を一つの国へまとめ、レッドマウンテンの戦いではダンマーを勝利へ導き、ついには殉教した英雄である。神殿に属する者がネレヴァルを敬うことに、なんの問題もなかった。
問題になるのは、その聖人が還ってくると信じたときである。
ヴィヴェクの神殿書庫にいた司書メーラ・ミロは、この奇妙な教義をよく知っていた。
“神殿はネレヴァルを聖人であり英雄として崇めている。けれど、その生まれ変わりの預言を信じれば、邪悪な異端として罰せられる”
理由は、預言の行き着く先にあった。
灰の民が待つネレヴァリンは、ただネレヴァルの再来を名乗るだけの救世主ではない。その預言は、トリビュナルを偽りの神と呼び、レッドマウンテンで語られてきた神殿の歴史そのものを否定する。もしネレヴァルが本当に還ったならば、当然、遠い昔に彼がどのように死に、その後なぜ三人の戦友が神となったのかという、古い問いもまた帰ってくる。
その問いは、すでに神殿の内側にも入り込んでいた。
異論派と呼ばれる司祭たちは、神殿が一般の信徒に示す教典とは別に、秘匿してきた古文書を調べていた。彼らが疑ったのは、三柱の神性そのものである。トリビュナルとダゴス・ウルの力は、実は同じレッドマウンテンから得られたものではないのか? ネレヴァリンの預言には、神殿がいうほど荒唐無稽ではないものが含まれているのではないか?
神殿は、これを神学上の論争だけでは済ませなかった。
異論派は禁じられ、オーディネーターに追われた。彼ら自身がまとめた『真実への歩み』によれば、異端者を黙らせるための誘拐、拷問、秘密監禁は、神殿内部では公然の秘密であったという。
いまや、荒野の異端として片づけてきた預言が、ひとりの者の姿をとって神殿の前まで来ていた。
それでも、オーディネーターを束ねるベレル・サラは態度を変えなかった。月と星が見つかった直後から、街には神殿名義の布告が貼られたままである。この者は帝国情報部に雇われた工作員であり、その主張は偽り、預言は信用を失ったものだと告げ、見つけた者は当局へ知らせよ、とまで書かれていた。署名はベレル・サラ、その人であった。
もっとも、これもまた、まったくの嘘ではなかった。ネレヴァリンは、たしかに帝国の密偵としてこの島へ送り込まれた人物である。
ただ、神殿の布告では説明できないものが、すでに多すぎた。
それでも神殿は、なおこの者を異端者と呼んだ。だが異端者と呼びつづけることと、異端者として始末できることは、もはや同じではなかった。
やがて、神殿から使いが来た。至高の神殿の前で待っていた司祭ダンソ・インドゥレスが伝えたのは、大司教が会いたがっている、という言葉であった。
至高の神殿
大司教ソレル・サリオニは、ネレヴァリンを信じたのではない。ただ、もはや退けることもできなかった。三大名家と四部族の承認は揃い、ブライトはなお広がっている。三柱はダゴス・ウルを討てぬまま、神殿だけが古い教義を守りつづけていた。
ヴィヴェク・シティの南端、生ける神の宮殿を仰ぐ至高の神殿で、サリオニはよそ者を迎えた。帝国の密偵である以上、その動機は疑わしい。大司教はそう言うことをやめないまま、こう続けた。
“だが我々は、ダゴス・ウルとの戦いで危機に至った。目覚めた第六家から、もはや民を守ることができない。君と、君の預言は、我々に残された最後の望みなのかもしれない”
三千年余り異端として退けてきた預言を、神殿の最高位にある者が自ら認めたのである。サリオニが渡したのは、ヴィヴェクの宮殿へ通じる隠し扉の鍵であった。かくして、異端者として追われていた者は、神殿そのものの手によって、生ける神の前へ通されることになった。
生ける神
宮殿の扉の先にいたのは、これまで神殿の教義や灰の民の伝承のなかで幾度も語られてきた、その当人だった。
ヴィヴェク──ネレヴァルとともにレッドマウンテンへ赴き、その死後、アルマレクシア、ソーサ・シルと並んで神となったトリビュナルの一柱である。半身を金色、もう半身を青灰色に分けた姿は、神殿の像や壁画に描かれてきたものと変わらなかった。
“待っていた。私と君には、済ませねばならぬ話がある”
ヴィヴェクもまたネレヴァリンを認め、異論派への迫害を終わらせた。そして己の手元に残されていたレイスガードを託した。ダゴス・ウルは幾度斃されても、ロルカーンの心臓とつながるかぎり還ってくる。終わらせるには、その不死を支える根を断つよりほかなかった。
だが心臓の術を断てば、ダゴス・ウルの不死とともに三柱の神性も失われる。ヴィヴェクはそれを承知で、その力ごと失う道を受け入れたのである。高潔な自己犠牲と呼ぶには、あまりにも追い詰められていた。
ほかに道はなかったのである。
レッドマウンテン
残る二つの道具、サンダーとキーニングは、ダゴス・ウルの兄弟たちの手にあった。ネレヴァリンは彼らの城塞でそれを取り返し、レイスガード、サンダー、キーニングの三つが揃った。
ヴィヴェクの計画書は、一つの読みに賭けていた。ダゴス・ウルは、心臓の術を壊すという発想を持たない。あれほどの力の約束を自ら捨てる者がいるとは、信じないだろう。そして計画書は、最後にただ一行を付け加えていた。
“ダゴス・ウルにレイスガードを渡してはならない”
火口にそびえる城塞ダゴスの地下は、ロルカーンの心臓へと続いている。古い回廊を下るにつれて外の気配は遠のき、岩の奥を伝う低い響きと、どこかで燃えつづける火の音ばかりが残った。
やがて、暗がりの彼方から声が届いた。侵入者を咎める声ではない。長く帰らぬ者がようやく戻ったのを迎えるような、どこか懐かしげな響きであった。
“来たまえ、ネレヴァル。友としてか、裏切り者としてか。心臓とアクラカンを見に来るがよい。そしてレイスガードを持って来たまえ。私にはそれが必要なのだ。数えきれぬほどの昔、我らが最後に会ったあの場所で、私は君を待っている”
ダゴス・ウルは、彼をネレヴァリンとは呼ばなかった。ヴォリン・ダゴスにとって、ネレヴァルは敵ではなかった。どこまでも、ただ帰りの遅い友であった。あるいは、そう思いつづけていたかっただけなのかもしれない。
心臓の間は、すべてが始まり、そして壊れた場所であった。
ダゴス・ウル
長い回廊の果て、洞窟の底で、二人はようやく相まみえた。
“ようこそ、月と星の者よ。運命が創られるこの場所へ”
第一紀のあの日、主君はこの男に、戻るまで心臓の間を守れと命じて山を出た。それから、この男は同じ山の底を離れなかった。あの日、三つの道具を拾い上げて主君のもとへ運んだのはヴォリン・ダゴス自身である。此度は、主君のほうが道具を携えてきた。
“今度は、準備を怠らずに来たか。喜ばしいことだ。ここで始まった。そして、ここで終わる。口上は抜きにして、用を済ませるか。挑んできたのは君のほうだ。礼として、最初の一撃は君に譲ろう”
だが、口上は抜きにはならなかった。抜こうと言い出した当の本人が、それを呑み込めなかったのである。
“ここまで来た以上、結末は一つしかない。私は幾度も考えた。この場所を君と分かち合うことを。もう一度、友になれるかもしれない。同志に、戦友に。そう思ったこともあった。だが、この場所と力は、あえて挑んだ者の権利によって、私が勝ち取ったものだ。取引はしない。君が敵ならば、私は君を信じられない。そして、たとえ敵でないとしても、君を生かして帰すことはできぬ”
待つあいだに、彼は第六家を興し、病を島に撒き、心臓の傍らで巨像を組み上げていた。友を迎える支度にしては、あまりに大きな支度であった。
“すべてはここで決まる。私が勝つと信じている。だが、確かとは言えぬ。そして私には、もし倒れるなら、他人の言葉ではなく己の言葉で記憶されたいと願うだけの見栄がある。だから、問いたいことがあるなら今問うがよい。私からも問いたいことがある”
己の言葉で記憶されたいという願いには、それだけの理由があった。長い歳月、彼について語ってきたのは、彼を敵と呼ぶ者たちだけである。島の人々は、ダゴスの家を「裏切りの家」と呼んできた。
彼が携えてきた問いは、三つあった。
“君は本当に、ネレヴァルの生まれ変わりなのか?”
待ちつづけた男が、最初に確かめたのはそれであった。
ネレヴァリンが何と答えたのかは、分からない。答えがいかなるものであれ、彼はかつての主君に語りかけるように言った。
“それは苦い。神と運命は残酷だ。かつて私は君に忠実に仕えた、ネレヴァル卿。そして君は、死をもって報いた。今度こそ、その不実の代価を払うのが君であればよい”
二つ目の問いは、勝ったあとのことであった。
“もし君が勝ったなら、心臓の力をどうする? 自ら神となり、神政を築くのか。アクラカンを完成させ、セプティム家とタムリエルの支配を争うのか。それとも私がしたように、心臓を従う者たちと分かち合い、神なる不死の新たな種族を育てるのか”
並べられた三つの道は、いずれも、この山ですでに誰かが歩んだ道である。
神となる道は、三柱がこの心臓の間で、同じ三つの道具を用いて歩んだ。巨像を起こす道はカグレナックが歩み、力を分かち与える道はダゴス・ウル自身が歩んでいた。
ネレヴァリンは、そのいずれも選ばなかった。心臓については己に策がある、とだけ答えた。
ダゴス・ウルは面白がるだけで、その策を問わなかった。計画書が賭けたのは、この一点であった。
三つ目の問いは、道具のことであった。ともに来いと申し出ていたら、誓いの証に三つの道具を渡したか。決して渡さぬ、という答えを、彼はむしろ興がった。
やがて問答も尽き、最初の一撃は約束どおりネレヴァリンに譲られた。
ヴィヴェクの記すところでは、第一紀のあの日にも二人は刃を交えている。その続きが始まった。並ぶ者のない魔術の使い手の手から炎が噴き、灼けた風が喉を焼いた。ネレヴァリンは炎の下をくぐり、刃を返しては打ちこんだ。仮面の奥の笑い声が途切れ、炎が乱れ、やがて黄金の仮面が傾いだ。膝をついたダゴス・ウルの身は亡骸を残さず、灰がほどけるようにかき消えた。
されど、それで神を殺したことにはならなかった。
洞窟の奥で、重い扉が口を開けていた。その向こうから、消えたはずの声が響いた。
“愚かなことだ。私は神だ。どうして神を殺せる? なんと大きく、なんと酔わせる無垢だろう。どうしてそこまで無邪気でいられる? 逃げ場はない。この場所では、帰還の術も、神の介入も届かぬ。さあ、武器を置け。私の慈悲には、まだ間に合う”
ネレヴァリンは、武器を置かなかった。
心臓の間
アクラカンの間は、一度足を踏み入れた者を外へ出さない。背後の扉は閉ざされ、心臓が鳴りやむまで開くことはない。危うくなれば帰還の術かアルムシヴィの介入の祈りで逃れよと計画書は書いていたが、その逃げ道は、ここでは初めから塞がれていたのである。
溶岩の穴の上に、見上げるほどの巨像がそびえていた。胸は開かれ、その奥で、ロルカーンの心臓が脈を打っている。足もとでは、夢に呼ばれて家を捨てた者たちが、戦いに目もくれず巨像を組み上げていた。心臓へ至る道は、細い橋ひとつきりであった。
ダゴス・ウルは、もはや斃すべき相手ではなかった。心臓との結びつきが残るかぎり、この男は何度でも立ち上がる。ネレヴァリンが目指すべきは、はじめから心臓のほうである。
戦いのさなかにも、ダゴス・ウルは笑っていた。刃が届くたびに戯れに命乞いをしてみせ、その合間にも呼びかけることをやめなかった。
“おお、頼む、ネレヴァル! 命だけは助けてくれ! ……はは、許せ、私はこれを楽しんでいるのだ。神であるとは、なんと甘美なことか。来い、ネレヴァル。帝国の雑種の犬どもを、ともにモロウウィンドから追い払おう。そして、呪われた偽りの神々を解き放とう”
山の底へ下る道すがら、幾度となく響いてきた呼び声と、同じ響きであった。この男は最後まで、ネレヴァルを敵として迎えようとはしなかった。
ネレヴァリンは応じず、ただ心臓のほうへ進んだ。その足が橋にかかったとき、余興は終わった。ダゴス・ウルはひと息のうちに橋の上へ移り、心臓の前に立ちはだかった。この男は心臓への道だけはみずから塞ぎに来ると、計画書は読んでいた。
それでも、彼はまだ取り違えていた。第六家の道理では、心臓の前に立つ者は、心臓の力を欲する者である。だから彼は、最後の取引を口にした。
“道具の使い方を教えてやろう。サンダーで打ち、キーニングで分かつ。そこまでは誰にでもできる。その先を知る者は、この世に二人しかおらぬ。私に仕えよ。その術を授けよう。そうすれば、君は神になる。三柱のように、年ごとに山へ通う必要もない。私のように、心臓とひとつになるのだ。神々に逆らう勇気があるなら、この手を取れ”
取引はしない、と言った男であった。窮すれば彼がそう持ちかけることまで、計画書は見越していた。その先を知るもう一人とは、歯車の都に籠もるソーサ・シルである。
心臓とひとつになった者の姿を目の前に見ながら、ネレヴァリンは答えなかった。
レイスガードをはめた手でサンダーを振り下ろすと、心臓は澄んだ一つの音を返した。ここまでは、神になる者の手順と変わらない。つづいてキーニングで打てば、その音はいくつもの響きに分かれる。三柱は、その響きを己の身に刻んで神となった。
ネレヴァリンは、キーニングを振るった。響きは分かれ、神の座はいま手の届くところにあった。
ネレヴァリンは、その響きを身に受けなかった。代わりに、もう一度キーニングを振るった。
“何をしている? ……何をしているのだ、この愚か者が!”
分かれた響きがぶつかり合い、乱れはじめる。カグレナックが心臓にかけた術が、内側から軋んでいく。ダゴス・ウルは、ようやく悟った。問わなかった策が何であったのかを。
“やめろ! やめるのだ……いや、もう遅すぎたか”
その叫びは、もはや戯れの命乞いではなかった。最後のひと言が誰に向けたものであったのかは、分からない。
最後の一打で、術は砕けて消えた。
“これで終わりだ。苦い、苦い終わりだ”
その時、ロルカーンの心臓は砕けたのではなかった。長きにわたり他者の手によって縛られ、その力を引き出されてきた心臓は、ただその束縛を離れたのである。
同じ刹那、遠く離れた三つの都でも、三柱を心臓へつないでいた糸が切れた。この策が成れば、トリビュナルは生き残らぬかもしれない。計画書の末尾に、ヴィヴェクはそう書き添えていた。山のあちこちの城塞では、灰の兄弟たちが、同じ刻に崩れ落ちた。
支えを失ったアクラカンが、ゆっくりと傾いでいく。夢に囚われていた者たちは手を止め、自分がどこにいるのかも分からぬまま、崩れていく巨像を見上げていた。
心臓の力を失ったダゴス・ウルは、もはや定命の身であった。彼が最後に何を見ていたのかは、分からない。崩れゆく巨像であったのか、自由になった心臓であったのか。それとも、遠い昔、この同じ場所から去っていった主君の背中であったのか。
未完の巨像は、溶岩の穴へ崩れ落ちていった。その下には、第六家の主の姿もあった。
ダゴス・ウルは、ネレヴァリンが心臓の力を何に使うのかを問い、三つの道を並べてみせた。だが、使わないという答えだけは、そのどこにもなかった。
第一紀のあの日、道具を砕くべきではないかと主君に問うたのは、ヴォリン・ダゴスそのひとであった。
閉ざされていた扉が、ふたたび開いた。来た道を登り、問答を交わしたあの洞窟まで戻ると、アズラが現れて告げた。
“そなたはもう、預言の重荷を負わぬ。運命は果たされ、そなたは解き放たれた。滅びゆくドゥーマーの愚行。ダゴス卿の誘惑。トリビュナルの惑わし。神の心臓は解き放たれ、預言は成った。すべての運命は封じられ、罪は贖われた”
その日を境に、灰嵐はやんだ。島じゅうの眠れる者たちも、長い悪夢から目を覚ました。
還った者と残された神々
かくして、ロルカーンの心臓をめぐる長い時代は、ここに終わった。
その力をめぐってドゥーマーとチャイマーは争い、ネレヴァルとヴォリン・ダゴスは袂を分かち、やがて三柱の神と第六家の主が生まれた。以来、神々は心臓より力を汲みつづけ、ダゴス・ウルはその傍らに留まった。されど今、その心臓は誰のものでもなくなった。
化身の洞窟で、最後の化身ピークスターの霊は、ネレヴァリンを「弔われぬ一族を弔う者」と呼んでいた。弔われぬ一族とは、第六家のことである。彼らを滅ぼした者は、彼らを弔う者でもあった。
アルドルーンの宿では、灰の民の出の商人ハッソール・ザインスバニが、こうつぶやいたという。
“ダゴス・ウルは死んだ。もう彼の夢に悩まされることもないだろう。だが、神の亡霊とはどのようなものなのか? 死んだ神は、夢を見るのだろうか?”
ネレヴァルは還った。ダゴス・ウルは、もはや還らなかった。
そして三柱は、なおこの世にあった。ただし、彼らに残されたものは、もう心臓の力ではなかった。三柱を三柱たらしめてきた心臓との結びつきは断たれ、汲み直す泉はもうない。
ネレヴァリンがふたたび宮殿を訪れたとき、ヴィヴェクはこう迎えた。
“ブライトは去り、我々は生き延びた。我々は神の力を失った。だが、民の信仰の名残が、まだいくらか残っている。それを神殿の再建に捧げよう。これからは、もっとつつましい、民の暮らしの必要に力を向けることができる。善き、正直な仕事だ。そこには贖いがあると、私は信じている”
神であることはいつも軽く身につけてきた、失っても惜しくはないと、生ける神は初めて会ったときから語っていた。もっとも同じ宮殿で、彼はこうも語っていた。定命の者であった頃のことは覚えているが、もう感じはしない。定命の者であることは、あまりに悲しい。神には感情がなく、ただ知ることだけがある。
その神が、いま定命の悲しみへ還ろうとしていた。
神殿の行く末についても、彼はすでに決めていた。自分は世から退く。三柱はもはや神としてではなく、聖人と英雄として敬われるだろう。神殿は祖霊と三善デイドラへの崇拝へ還り、その使命と伝統は、生ける神なしに続いていく。
三柱の罪についても、ヴィヴェクは短く言い切った。アズラへの誓いを破ったのは悪であり、神になったのは愚かであった。もし罪があったというのなら、その代価は払ったと彼は言った。
されど、その終わりを前にして、三柱の受け止め方は同じではなかった。
ヴィヴェクは、すでに受け入れていた。
ソーサ・シルは、何も語らなかった。ただ、歯車の都の奥では、いまも何かが時を刻んでいた。
アルマレクシアには、何も残されていなかった。神でなくなることを、彼女は受け入れなかった。
その目は、歯車の都に向いていた。
解説 ──生まれではなく、選んだもの
これまでの解説では、何度も食い違う記録を並べてきました。ネレヴァルはどう死んだのか。三柱はどうやって神になったのか。ヴィヴェクの記録と灰の民の口伝は、いつもどこかで食い違っていました。
第七章で起きたことについては、記録はほとんど食い違いません。囚人が試練を越えてダゴス・ウルが倒れ、心臓は解き放たれて、三柱は神の力を失いました。そこまではどの記録も同じことを伝えています。
食い違うのは出来事の意味のほうです。心臓は壊れたのか解き放たれたのか? 還ってきたのは本当にネレヴァルだったのか? そして三千五百年恐れられてきたネレヴァルの帰還は、神々への罰だったのか慈悲だったのか?
ダゴス・ウルと心臓はどうなったのか?
心臓の術が断たれ、ダゴス・ウルは倒れました。けれどダゴス・ウルは本当に死んだのか、心臓は壊れたのかとなると、この時代の人々の受け止め方はそろっていません。
ダゴス・ウルは本当に死んだのか?
心臓の間での戦いは、一度では終わりませんでした。ネレヴァリン自身の日誌には、最初の決着のあとにこう書かれています。
“ダゴス・ウルを見つけ、戦い、打ち負かした。だが、滅ぼしてはいない。霊の姿で逃れたらしい。心臓の力で蘇るために戻ってくるのかもしれない。追いかけて、ロルカーンの心臓にかけられた術を見つけ出し、壊さなければならない”
ネレヴァリンの日誌 より
(I found Dagoth Ur, and fought with him, and defeated him, but I did not destroy him. He seems to have escaped in a spirit form, perhaps to return and restore from the Heart’s power. I must pursue him, and find and destroy the enchantments on the Heart of Lorkhan.)
二度目の決着のあとでは、日誌ははっきり「ダゴス・ウルは滅んだ」と書いています。それでも周りの者たちは用心を解きませんでした。ヴィヴェクは旧友の最期をこう言い表しています。
“彼は神だった。そして今は死んでいる。神を本当に殺せるのなら、だが”
ヴィヴェクの言葉 より
(He was a god, and now he is dead. IF one can truly kill a god.)
灰の民も、英雄をたたえたその口で釘を刺しました。「あなたはダゴス・ウルとその一族をすべて討った。だが忘れるな。かつてネレヴァル卿も、ダゴス・ウルとその一族はみな死んだと思っていたのだ」。第一紀のレッドマウンテンでも死んだはずのヴォリン・ダゴスが心臓のそばで生き延び、第二紀882年にダゴス・ウルとして目を覚ましています。一度欺かれた者たちは、二度目を簡単には信じなかったのです。
ダゴス・ウルは滅んだ。けれど、神は本当に死ぬのかという疑いは消えなかった。
その疑いには、のちの時代に続きがあります。それはまた別の記事で。
心臓は壊れたのか?
ロルカーンの心臓は、はじめから神々にさえ壊せない物でした。アルトマーの神話は、世界ができたばかりのころの場面をこう語っています。
“だがトリニマックとアーリエルがロルカーンの心臓を壊そうとすると、心臓は彼らを笑った。心臓は言った。『この心臓は世界の心臓である。一方は他方を満たすために造られたのだから』。そこでアーリエルはそれを矢にくくりつけ、はるか海のかなたへ放った。新しき世界のいかなるものも、二度と見つけられぬところへ”
『モノミス』 より
(But when Trinimac and Auriel tried to destroy the Heart of Lorkhan it laughed at them. It said, “This Heart is the heart of the world, for one was made to satisfy the other.” So Auriel fastened the thing to an arrow and let it fly long into the sea, where no aspect of the new world may ever find it.)
神々にできたのは、心臓を壊さずに海の果てへ放ることだけでした。その心臓を、のちにドゥーマーがレッドマウンテンの地の底で掘り当てます。
ネレヴァリンの日誌の最後の記録は、何が壊れたのかを書き分けています。
“サンダーで心臓を打ち、それからキーニングで何度も、何度も打った。やがて術は壊れた。心臓の支えを断たれ、ダゴス・ウルは滅んだ。だがその揺れで地が震え、私は命からがら逃げ出さねばならなかった”
ネレヴァリンの日誌 より
(I struck the Heart with Sunder, then struck it again and again with Keening until the enchantment was destroyed. Severed from the sustaining power of the Heart, Dagoth Ur was destroyed. But the disturbance triggered an earthquake, and I had to flee for my life.)
壊れたのは心臓にかけられた術のほうでした。第一紀にカグレナックが同じ心臓に道具を向けた日、ドゥーマーは一族ごとこの世から消えています。三千五百年後に同じ道具で心臓を打ったネレヴァリンが消し去ったのは、心臓を縛っていた術でした。結末でアズラが「神の心臓は解き放たれた」と告げたのも、この意味です。
のちの時代には、心臓は壊されたと信じる者も出てきます。心臓の行方をめぐる話はいくつも生まれますが、それはまた別の記事で書きます。
心臓は壊されたのではない。縛りを解かれ、誰のものでもなくなった。
神の病を宿した体
心臓の力は思いがけない場所に残りました。ネレヴァリン自身の体です。
旅の途中でネレヴァリンは、心臓の力を得たダゴス・ウルが生み出した「神の病」コープラスにかかっています。治す術はないとされた病で、罹った者は体を崩されて心を失っていきます。救ったのは四千年を生きた魔術師ディヴァイス・ファーの薬でした。ところが薬を飲ませたあとの彼の言葉はこうです。
“肌も……目も……舌も……見事だ。病の徴はどこにもない。もちろん、君はまだコープラスにかかっている。私の狙いどおりにな。だが症状はすべて消えた”
魔術師 ディヴァイス・ファーの言葉 より
(Let me check your skin… your eyes… your tongue…. Amazing. I think it worked. No sign of the disease at all. Of course, you still have corprus disease, just like I planned. But all your symptoms are gone.)
薬は病を消したのではなく、病の害だけを消していました。ディヴァイス・ファーによれば、コープラスの患者は「病には一切かからない。事故さえなければ、永遠に生きる」。彼はこの病そのものを「神の呪いか、神の恵みか。おそらくはその両方だ」と見ていました。
同じ病はファーのもとに身を寄せる最後のドゥーマー、ヤグルム・バガーンの体も蝕んでいます。心臓に最初に手を出した民の最後の一人と心臓の術を断った者が、同じ病を抱えて生きているのです。
神の座を断った者の体に、神の病が残った。
ダゴス・ウルは何を解き放とうとしていたのか?
ダゴス・ウルは、敵としては驚くほど多くを語った男です。心臓の前で彼は、もし倒れるなら「他人の言葉ではなく己の言葉で記憶されたい」と言っています。長いあいだ彼を語ってきたのは、彼を裏切り者と呼ぶ者たちだけでした。ですが彼自身の言葉を並べてみると、そこには何度も同じ言葉が出てきます。「解き放つ」です。
預言の言葉で呼んだ男
心臓の間へ向かうネレヴァリンに、ダゴス・ウルの声は何度も届いていました。そのうちの二つはこうです。
“これが第六家を、弔われぬ一族を敬うやり方か? 忍び込まず、堂々と来るがいい”
ダゴス・ウルの呼び声 より
(Is this how you honor the Sixth House, and the tribe unmourned? Come to me openly, and not by stealth.)
“来たまえ。レイスガードを心臓の間へ持って来るのだ。ともに、呪われた偽りの神々を解き放とう”
ダゴス・ウルの呼び声 より
(Come. Bring Wraithguard to the Heart Chamber. Together let us free the cursed false gods.)
どちらも、灰の民の預言にある言葉です。第六の試練は「弔われぬ一族の血を敬い、その罪を食らって、生まれ変わる」です。そして第七の試練は「その慈悲は呪われた偽りの神々を解き放ち、壊れたものを結び、狂った者を贖う」でした。つまりダゴス・ウルは預言を知ったうえで、その言葉のままネレヴァリンを誘っていたのです。
彼の読みははっきりしています。弔われぬ一族を敬うとは第六家に与することであり、偽りの神々を解き放つとは三柱を倒すことでした。預言の英雄は、自分とともに神殿を倒すために還ってくる。ダゴス・ウルはそう信じていたか、あるいはそう信じさせたかったのでしょう。
救い主の約束を掲げた男
彼が掲げた目的も、預言によく似ています。ダンマーをどうするのかと聞かれて、ダゴス・ウルはこう語りました。
“私はダンマーを帝国のくびきから解き放ち、神殿の偽りの神々を倒す。古い迷信から民を導き出し、神なるものを身近に知る恵みを与えよう。そしてモロウウィンドがかつての栄光を取り戻したなら、そのときこそ、ダンマーが帝国を望むべきかを考えよう”
ダゴス・ウルの言葉(心臓の間)より
(I will free the Dunmer from the Imperial yoke, and cast down the false gods of the Temple. I will lead them out of their ancient superstitions, and gift them with intimate knowledge of the divine. Then, perhaps, when Morrowind is once again restored to its ancient glories, it will be time to consider whether the Dunmer should cultivate ambitions of empire.)
皇帝の手紙がまとめた預言では、ネレヴァリンは「モロウウィンドの侵略者を追い出し、古い法と慣わしを取り戻す」者でした。帝国を追い出すことも偽りの神々を倒すことも、古い栄光を取り戻すことも、ダゴス・ウルはすべて口にしています。彼が語ったのは、預言が約束した救い主の姿そのものでした。
しかもネレヴァリンのほうは、帝国を追い出すという約束を果たしていません。囚人は皇帝の密偵として島へ来ており、帝国は第七章が終わったあともモロウウィンドに残りました。預言が民に約束していた政治の中身をそのまま引き受けていたのは、ダゴス・ウルのほうだったのです。
風に乗せた「解放」
では、ダゴス・ウルは心臓の力で何をしようとしていたのでしょうか? 心臓の使い道を聞かれて、彼はこう答えています。
“私はこれからも心臓から神の力を汲み、同族と信徒に分け与える。ブライトの風に乗せて神の力を放ち、ヴァーデンフェルのすべての魂に触れさせる。やがては海を越えて、モロウウィンドとタムリエルの隅々まで。いつの日か、タムリエルのすべての定命の者が、神と触れ合う解放を知るだろう”
ダゴス・ウルの言葉(心臓の間)より
(I will continue to draw divine power from the Heart and distribute it to my kin and followers. I will continue to broadcast divine power upon the blight winds, so that it will touch each soul in Vvardenfell, and then more broadly, across the waters to the rest of Morrowind and Tamriel. In time, every mortal in Tamriel shall feel the liberating contact with the divine.)
ブライトの風は、彼にとって神の力を配る風でした。心臓の力を分かち合うと答えた者には、力を分かつのは「神々への古い恐れから定命の者を解き放つ」ためだと語っています。そして「死を恐れなくなったとき、我々に何ができるか誰に分かる?」とまで言いました。第六家の信者にとっての喜びと解放も、「神なる夢の世界」へさらに深く入ることでした。
島の民にとって、ブライトは病を運ぶ灰の嵐であり、コープラスは体と心を崩す死病でした。けれどダゴス・ウルの言葉のなかでは、そのどちらもが解放だったのです。
嘆くだけの慈悲
その解放が生む苦しみを、ダゴス・ウルはよく知っていました。罪を問われたとき、彼はこう答えています。
“私の罪というのが、戦が避けられずにもたらす苦しみと破壊のことなら、私は指導者としてその重荷を引き受けよう。第六家は戦なしには甦らない。(中略)慈悲と憐れみがある以上、私は嘆く。だが我らの使命は正しく、気高い”
ダゴス・ウルの言葉(心臓の間)より
(If, by my crimes, you mean the inevitable suffering and destruction caused by war, then I accept the burden of leadership. The Sixth House cannot be restored without war. […] As I have charity and compassion, I grieve. But our mission is just and noble.)
彼の慈悲は、嘆きはしても何も止めません。自分が何者か分からないと答えた者にも「君の死には涙を流そう」と言いましたが、その死を止めはしませんでした。預言の慈悲が解き放つ慈悲だったのに対して、ダゴス・ウルの慈悲は泣くだけの慈悲でした。
それでいて彼は、神であることをいちばん味わっていた神でもありました。戦いのさなかには「全能。全知。至高。不変。神であるとは、なんと甘美なことか」と笑っています。生まれ変わりだと答えた者には「それは苦い」と返し、最期には「苦い、苦い終わりだ」とこぼしました。ヴィヴェクが「神には感情がなく、ただ知ることだけがある」と語ったのとは正反対に、ダゴス・ウルは最後まで感じつづけた神だったのです。
三柱はカグレナックの道具で神になりました。けれどダゴス・ウルは道具を持たないまま、ヴィヴェクの計画書の言葉でいえば「よく分からないやり方で」心臓とつながり、不死の身になっています。死んだまま夢を見て神になった男は、その夢のなかで感情を手放さなかったのかもしれません。
逆向きの解放
預言の言葉は、たしかに果たされました。ネレヴァリンは化身の洞窟で「弔われぬ一族を弔う者」と呼ばれ、心臓の縛りを断って呪われた偽りの神々を解き放ちました。ただしそれは、第六家を滅ぼして弔い、三柱を神であることから解き放つという形でした。
解放の向きも逆です。ダゴス・ウルの解放は、心臓の力をブライトの風に乗せてすべての者に配ることでした。ネレヴァリンの解放は、心臓を縛っていた術を断ち、その力を誰のものでもなくすことでした。ダゴス・ウルの解放が続けば、島じゅうが神の病を抱えたままになります。ネレヴァリンの解放のあとには、心臓の力で神であった者は一人も残りませんでした。
ダゴス・ウルは心臓の力で人々を解き放とうとし、ネレヴァリンは人々の手から心臓を解き放った。
そして神の力を配ろうとしたこの男が、心臓の前で最初に確かめたのは、目の前の者が誰なのかということでした。
ネレヴァリンは本当にネレヴァルだったのか?
心臓の前でネレヴァリンが何と答えたのかは、記録に残っていません。けれど預言を預かってきた灰の民の賢女は、はじめからこの問いをほとんど相手にしていません。
預言が求めたもの
ウルシラクの賢女ニバニ・マエサは、初めて訪ねてきた囚人に「自分は預言に当てはまるのか?」と聞かれ、こう答えています。
“あなたはネレヴァリンではない。ネレヴァリンになれるかもしれない者だ。これは謎だ、それも難しい謎だ。だが、あなたはその欠片をいくつか見つけた。まだ見つけるかもしれない。あなたは、ネレヴァリンになることを選ぶか?”
ウルシラクの賢女 ニバニ・マエサの言葉 より
(You are not the Nerevarine. You are one who may become the Nerevarine. It is a puzzle, and a hard one. But you have found some of the pieces, and you may find more. Do you choose to be the Nerevarine?)
囚人が知りたかったのは、生まれの話でした。賢女はそのどちらとも答えず、「選ぶか?」と聞き返しています。預言そのものも、生まれをほとんど気にしていません。『七つの幻視』の七つの試練のうち、生まれを求めているのは第一の試練だけです。
- 第一の試練「定められた日に、定かでない親のもとに、月と星の化身がふたたび生まれる」(生まれ)
- 第二の試練「ブライトも老いも彼を傷つけず、肉の呪いは彼の前から逃げる」(体)
- 第三の試練「暗き洞窟にてアズラの目が見いだし、月と星を輝かせる」(アズラの承認)
- 第四の試練「よそ者の声が名家を束ね、三つの館が彼をホーテイターと呼ぶ」(名家の承認)
- 第五の試練「よそ者の手がヴェロシを束ね、四つの部族が彼をネレヴァリンと呼ぶ」(部族の承認)
- 第六の試練「弔われぬ一族の血を敬い、その罪を食らって、生まれ変わる」(行い)
- 第七の試練「その慈悲は呪われた偽りの神々を解き放ち、壊れたものを結び、狂った者を贖う」(行い)
その第一の試練も、賢女は「同じ日に生まれた者はいくらでもいる。親がはっきりしない者もいくらでもいる」と軽くあしらっています。
体を求める第二の試練も、生まれつきの体で満たされたのではありません。死病コープラスを負い、魔術師の薬で病の害だけを消された体が「ブライトも老いも彼を傷つけず」という試練を満たしたのです。
預言が求めたのはどう生まれたかではなく、何を越えてきたかでした。
選ばれた者はほかにもいた
生まれの条件を満たした者なら、囚人より前にもいました。ネレヴァリンと信じられながら果たせなかった者たちの霊が、化身の洞窟に眠っています。その一人ホート・レッドは、自分のことをこう語ります。
“私は考える者で、行う者ではなかった。星の印はあったが、英雄ではなかった”
ホート・レッドの言葉 より
(I was a thinker, and not a doer, and though I was marked by the stars, I was not a hero.)
洞窟で名乗る六人の倒れ方は、三つに分かれます。
- 選ばなかった者
- ホート・レッドは、考えるばかりで動かなかった
- アネ・テリア(黄金の世の神殿の聖戦士)は疑わずにトリビュナルに従い、預言を信じたのは手遅れになってからだった
- イドレニー・ネロサン(アカヴィリの撃退を陰で支えた)は灰の民のもとへ逃げ込むまで預言を知らなかった
- 選び方を誤った者
- コヌーン・チョダラ(アカヴィリと戦った部族長)は女たちの助言に耳を貸さずに栄光を選び、本当の敵を一度も見なかった
- エルル・ダン(部族長に仕えた魔術師)は帝国への降伏を見て、帝国とトリビュナルへの復讐を選んだ
- 選んだのに届かなかった者
- ピークスター(浜に流れ着いて灰の民に育てられた)はブライトを生き延びたが、戦の腕も名家の作法も足りずに名家の承認の手前で倒れた
生まれが足りなくて倒れた者は、一人もいません。最後の化身ピークスターは、アズラの幻視が見通しにくい理由を「未来は知りようがなく、選択はいつでもできるから」と語っています。預言に届かなかった当人が、預言は運命ではないと言っているのです。
よそ者として来る者
預言はネレヴァリンがどこから来るかも書いています。ただしそれは灰の民自身が信じてきた姿とは逆でした。ウルシラク族の族長スル=マトゥールは、ネレヴァリンを名乗る囚人にはっきりこう言っています。
“お前がネレヴァリンだとは信じがたい。お前はよそ者だ。だが、ネレヴァリンはすべてのよそ者をモロウウィンドから追い出すために来るのだ。どうしてよそ者が化身でありえよう? (中略)ネレヴァリンは、灰の民に残された最後の望みだ。その望みまで、よそ者に盗ませはしない”
ウルシラク族の族長 スル=マトゥールの言葉 より
(I find it hard to believe that you are the Nerevarine. You are an outlander, but the Nerevarine comes to drive all outlanders from Morrowind. How could an outlander be the Incarnate? … The Nerevarine is the last hope the Ashlanders have. I will let no outlander steal this hope from us.)
ところが灰の民の記憶から失われた預言が、神殿の禁じた異論派の文書アポグラファのなかに残っていました。
“竜の下に生まれ、遠い星に印された者。レッドマウンテンの下の、よそ者の化身”
『失われた預言』 より
(But Dragon-born and far-star-marked, / Outlander Incarnate beneath Red Mountain,)
この詩に注をつけた異論派司祭ギルヴァス・バレロは、「竜」を帝国の紋章と読んでいます。囚人がこの失われた預言を持ち帰ると、賢女ニバニ・マエサは祖霊に問うて答えを出しました。
“祖霊と星々が、はっきりした徴を示した。失われた預言に、疑いの余地はない。化身は、よそ者なのだ”
ウルシラクの賢女 ニバニ・マエサの言葉 より
(The ancestors and stars have given me clear signs. The lost prophecies leave no doubt — the Incarnate shall be an outlander.)
ウルシラク族の戦長ザバムンドも、はじめは「ネレヴァリンの預言は、よそ者のためのものではない」と取り合いませんでした。その彼が最後には「お前はよそ者として来た。預言のとおりに。だが今は我らの一員だ」と迎えています。名家は互いに争い、灰の民は名家と神殿を憎み、神殿は灰の民の信仰を禁じていました。どこにも属さない者だったからこそ、三つの名家と四つの部族のすべてに認められたのです。
皇帝が送り込んだのも、帝国の竜の下に生まれたよそ者でした。皇帝の手紙は預言を「モロウウィンドの侵略者を追い出す」とまとめています。侵略者とは帝国のことです。それでも皇帝はこの囚人をネレヴァリンにせよと命じ、囚人については預言の条件を「満たしているように見える」とだけ書きました。皇帝が押さえていたのは、生まれの条件だけでした。
モロウウィンドの外から来た者だけが、ダンマーすべての英雄になれた。
アズラが呼んだ名
ゲームの中で、この問いにいちばんはっきり「Yes」と答えているのはアズラです。ネレヴァル以外がはめれば命を失う月と星の指輪を、囚人ははめて生きていました。その囚人に、アズラは化身の洞窟でこう告げています。
“ネレヴァルの生まれ変わりよ、化身よ。最初の三つの試練は終わった。(中略)ホーテイターとなりネレヴァリンとなったなら、偽りの神々の前に立って心臓をその牢から解き放ち、わが民を癒やしてモロウウィンドを立て直せ”
アズラの言葉(化身の洞窟)より
(Nerevar Reborn, Incarnate. Your first three trials are finished. … And when you are Hortator and Nerevarine, when you have stood before the false gods and freed the heart from its prison, heal my people and restore Morrowind.)
預言の女神が「ネレヴァルの生まれ変わり」と呼んでいます。これ以上の「Yes」はありません。ただし、アズラがこの名で呼んだのは最初の三つの試練が終わったあとでした。定められた日に生まれ(第一)、病を越え(第二)、洞窟でアズラに見いだされた(第三)あとです。つまりアズラも、生まれた日の囚人をネレヴァルと呼んだのではありません。試練を越えてきた者を、ネレヴァルと呼んだのです。
ネレヴァルになった者
心臓の前のダゴス・ウルの問い「君は本当に、ネレヴァルの生まれ変わりなのか?」に、ゲームは四つの答えを用意しています。
| ネレヴァリンの答え | ダゴス・ウルの返事 |
|---|---|
| 神と運命の恵みで、私はネレヴァルの生まれ変わりだ | それは苦い。神と運命は残酷だ。かつて私は君に忠実に仕えた、ネレヴァル卿。そして君は、死をもって報いた |
| 私は皇帝の忠実な僕だ | ならば主君への忠勤には敬意を払おう。そのうえで、君と君の皇帝どもを敵として呪う。モロウウィンドを盗み、荒らし、ダンマーを貶めた者どもとして |
| 私は自分の意志で動く英雄だ。運命は自分で作る | 大胆だな。その独立には敬意を払おう。君は、神々に限界を教える者だ。吟遊詩人たちが、君の死の栄光を歌ってくれるといい |
| 君以上のことは、私も知らない | なんという世界だ……。我々には、永遠に分からないのかもしれない。だが、君と、すべての定命の者の悲しい運命を憐れむ者として、君の死には涙を流そう |
個人的にはこの四つの答えこそが、Morrowindという作品の出した答えだと思います。ネレヴァリンが何者だったかを、ゲームはプレイヤー自身に選ばせているのです。
預言が生まれを求めたのは七つのうち一つだけで、賢女は「選ぶか?」と聞きました。生まれの条件を満たしても倒れた化身がいて、生まれで倒れた化身はいませんでした。預言が待っていたのはモロウウィンドの外から来たよそ者で、第二の試練は魔術師の薬で満たされました。アズラが「ネレヴァルの生まれ変わり」と呼んだのは試練を越えたあとでした。ヴィヴェクもまた聖典の中で、何度でも還ってくるホーテイターに「行け。あるいは行くな」と選択を残しています。
ネレヴァリンはネレヴァルに生まれたのではない。ネレヴァルになったのだ
このよそ者はネレヴァルに生まれず、ネレヴァルになることを選びました。そして最後に心臓の前で、神にならないことを選んだのです。
そして、神に生まれず神になることを自分で選んだ者が、この章にはもう一人います。
ヴィヴェクはなぜ神の座を降りたのか?
ヴィヴェクは自分の聖典に隠した暗号に、こう書いた神です。
“彼は神に生まれたのではない。運命がこの罪へ導いたのでもない。彼は自分の意志でこの道を選んだ”
ヴィヴェク著 『三十六の教訓』第二十九説話(暗号の解読文)より
(He was not born a god. His destiny did not lead him to this crime. He chose this path of his own free will.)
ここでいう「彼」は、ヴィヴェク本人のことです。神に生まれたのではなく、自分の意志で神になった。その神が第七章では、自分の神性ごと心臓の術を断つ策を書き、「成功すればトリビュナルは生き残らないかもしれない」と書き添えています。追い詰められていたのは確かです。ただヴィヴェク本人の言葉には、それだけでは片づかないものが残っています。
民のために神になった神
ヴィヴェクは自分がなぜ神になったのかを、はっきり語っています。
“私はモロウウィンドの民を愛している。彼らの暮らしをもっと楽で安全なものにするために、私は神になった。私は信徒たちのいちばん近くにいる。文字どおり、彼らの心と頭の中にいるのだ”
ヴィヴェクのゲーム内対話 より
(I love the people of Morrowind. I became a god to make their lives more comfortable and secure. I am most close to my faithful followers; I am literally in their hearts and minds.)
ところが同じ宮殿で定命の者だったころを覚えているかと聞かれると、覚えてはいるがもう感じないと答えたうえでこう言い直しています。
“いや、まったく感じないわけではない。私はまだ勝ちたい。ダゴス・ウルを倒したい。民への、その苦しみへの感情は、失ったのかもしれない。その感情は要らない。私には役に立たない。私にとって大事なのは、もうそこではない。ただ、負けたくないのだ。負けるのは、あまりに、あまりに苦いだろうから”
ヴィヴェクのゲーム内対話 より
(Not quite no more feeling. I still want to win. I want to defeat Dagoth Ur. Perhaps I have lost the feeling for the people, for their suffering. I don’t want that feeling. It is no use to me. That is no longer what matters to me. I only want not to lose. To lose would be very, very bitter.)
民の暮らしのために神になった者に、最後に残っていたのは「負けたくない」だけでした。神であることを曲芸師にたとえたヴィヴェクは、「近ごろは落としてばかりだ。腕が鈍った。年をとったのかもしれない」とこぼしています。ダゴス・ウルに押されている理由を聞かれれば、「我々は不注意で慢心し、出し抜かれた。そしてネレヴァリンを認めなかったことでは、愚かだった」と認めました。
負けないために残された手は、一つしかありませんでした。心臓の術を断ち、ダゴス・ウルの不死を自分たちの神性ごと断つことです。計画書は「この二十年、トリビュナルはこの計画を実行しようとして、果たせずにいる」と書いています。三柱の手では心臓の前にたどり着けなかったのです。
負けたくない神が、負けないために神であることを手放した。
狩る神から委ねる神へ
ヴィヴェクはかつてネレヴァリンを殺そうとした神でもあります。その理由を、彼はこう説明しています。
“君は信徒の信仰を揺るがした。闇を食い止めるには、その信仰が要った。それに、君は敵だと思っていた。抜け目のないデイドラ公アズラの駒か、皇帝ユリエル・セプティムの駒か、ただの詐欺師か。あるいは英雄か。だとしても、信徒に討たれる程度なら大した英雄ではない”
ヴィヴェクのゲーム内対話 より
(…a pawn of the subtle Daedra Lord Azura, or a pawn of Emperor Uriel Septim, or a simple fraud — perhaps a Hero — but not much of one if my faithful could destroy you.)
信仰が揺らげば、闇を食い止める力が弱まる。だから疑う者を狩り、預言を名乗る者を狩った。異論派への迫害についても、ヴィヴェクは「異論を抑えて迫害するのは、国を治めるためのごく当たり前の道具の一つだ」と言っています。信じるかどうかを民に選ばせないことが、この神の治め方でした。
その神が、レイスガードを渡す場面ではこう申し出ています。
“拒んでもよい。無理強いはしない。力は、レイスガードという品の形で、贈り物として受け取ることになる。受け取ったなら、あとは好きにするがいい。責任は、誓いとして受け取ることになる。誓いを立てたなら、守るも破るも、君の好きにするがいい”
ヴィヴェクのゲーム内対話 より
(You may choose to refuse; I will not compel you. You will receive the power as a gift, in the form of an artifact called Wraithguard. You may accept the gift, then do with it as you will. You will receive the responsibility as an oath. You may give your oath, then keep it or break it as you like.)
アズラへの誓いを破って神になった者が、最後に人に誓いを求めています。しかも「破ってもよい」と言い添えて。ヴィヴェクが渡した計画書も、同じ調子で結ばれています。
“我らは、ここに記した計画に従うことをネレヴァリンに強いない。これが最善の策だとは信じている。だが我らは、ネレヴァリンの判断と腕に信頼を置くことも選んだ。はっきり言えば、ほかに手がない。
『ダゴス・ウルを倒すための計画』 より
ネレヴァリンが成功すれば、トリビュナルは生き残らないかもしれない。そのときは、トリビュナルに向けられたはずの思いを、モロウウィンドの土地と民に向けてほしい”
(We place no compulsion upon the Nerevarine … we have also chosen to place our trust in the Nerevarine’s judgement and skill. Frankly, we see no alternative. … Such sentiments as might have been expressed to the Tribunal should, in that case, be addressed to the land and people of Morrowind.)
自分の罪についても同じでした。なぜ人々を苦しめたのかと問われると、ヴィヴェクは「定命の者が、神の行いと動機を裁けるのか?」と返したうえで、こう続けています。
“ダゴス・ウルを滅ぼしたら、私の罪について話そう。そのとき君は、私を裁く資格を得ているかもしれない”
ヴィヴェクのゲーム内対話 より
(Destroy Dagoth Ur, and then we will discuss my sins. Then, perhaps, you will have earned the right to judge me.)
神になる道を自分で選んだ者は、神でなくなる道も自分で書き、その最後の一歩を他人の選択に委ねたのです。
選ばせないことで神でありつづけた者が、最後に選ぶことを人に委ねた。
ダゴス・ウルの死を「神を本当に殺せるのなら、だが」と疑ったヴィヴェクは、自分自身の神としての終わりを疑わずに受け入れました。
アズラの預言は罰だったのか?
三柱が神になった日のアズラの言葉を、ヴィヴェクは自ら書いた『レッドマウンテンの戦い』にこう残しています。
“女神は預言の力で我らに告げた。女神の勇者ネレヴァルは誓いを守り、我らの裏切りを罰するために還ってくる。そして、あのような冒涜の知識が二度と神々の意志を嘲るために使われないようにする、と”
ヴィヴェク著 『レッドマウンテンの戦い』 より
(…her champion, Nerevar, true to his oath, would return to punish us for our perfidy, and to make sure such profane knowledge might never again be used to mock and defy the will of the gods.)
ネレヴァルは裏切りを罰するために還ってくる。神殿がネレヴァリンの預言を三千年あまり異端として退けてきたのも、この一句を思えば無理はありません。還ってくる者は神々を裁きに来る者だったからです。
ところが灰の民が守ってきた預言の原文は、まるで違うことを書いています。『七つの幻視』の第七の試練です。
“その慈悲は呪われた偽りの神々を解き放ち、壊れたものを結び、狂った者を贖う”
『七つの幻視』 より
(His mercy frees the cursed false gods, / Binds the broken, redeems the mad.)
罰するのではなく、慈悲が解き放つ。三柱は呪った者ではなく、呪われている者として書かれています。化身の洞窟の霊ピークスターも、ネレヴァリンを「偽りの神々を贖う者(Redeemer of the False Gods)」と呼んで迎えました。灰の民が伝える『レッドマウンテンのネレヴァル』でも、アズラがネレヴァルを還らせる目的は世を「ふたたび正しい姿に戻す(make things right again)」ことでした。
面白いことに、罰を語っているのは一人だけです。
- ヴィヴェクの記録:ネレヴァルは三柱の裏切りを罰するために還る
- 灰の民の口伝:ネレヴァルは世を正しい姿に戻すために還る
- 灰の民の預言:その慈悲が、呪われた偽りの神々を解き放つ
罰の言葉を書き残したのは、誓いを破った当人でした。女神の言葉が罰として耳に残ったのは、聞いたのが罪を犯した本人だったからかもしれません。預言に怯えてそれを狩りつづけたのは神殿で、狩られた灰の民は狩る者への慈悲を語り継いでいました。
アズラの言葉のうち「冒涜の知識が二度と使われないようにする」という半分は、そのとおりに果たされました。心臓の術は砕け、あの道具で神になる道はもうありません。三柱も心臓を失い、神の座を降りていきます。それでも結末でアズラが告げたのは「罪は贖われた」であり、ヴィヴェクも神の力を失ったあとのつつましい仕事に「贖いがある」と語っています。二人とも、それを罰とは呼んでいません。
罰として恐れられてきた預言は、はじめから慈悲の預言だった。
結末でアズラは心臓とネレヴァリンに、同じ言葉を使っています。「神の心臓は解き放たれ」、そして「そなたはもう、預言の重荷を負わぬ。運命は果たされ、そなたは解き放たれた」。心臓は神々を縛っていた術から。ネレヴァリンはネレヴァルかどうかという問いから。そして第七の試練が書いたとおり、呪われた偽りの神々もまた神であることから解き放たれました。
第七章で解き放たれたのは、心臓と神々と、一人のよそ者だった。
ただ慈悲は受け取る者がいて初めて慈悲になります。三柱のうち神でなくなることをはっきり受け入れたのは、ヴィヴェクだけでした。残る二柱が何を選んだのかは、次の章で書きます。
英雄なくして
“すべての出来事には預言が先立つ。だが英雄なくして、出来事は起こらない”
ズーリン・アークタス(アンダーキング)
(Each Event is preceded by Prophecy. But without the Hero, there is no Event.)
心臓を失い、死ぬことさえ英雄の手を待たねばならなかった男の言葉です。
ネレヴァリンの預言も三千五百年前から語られていました。その預言は「多くが倒れ、一人が残る」とも告げています。ネレヴァリンと信じられながら試練の途中で倒れた者は、一人や二人ではありません。預言は選ばれた者を英雄にはしなかったのです。
残ったのは牢から出された一人のよそ者でした。試練のたびに自分で選び、最後は心臓の前で神の座を断ちました。そのとき、三千五百年の預言がはじめて出来事になったのです。
さらなる解説
解説で書ききれなかった四つの話を、もう少し深く掘ります。長くなるので、気になるものだけ開いてください。
ズーリン・アークタス ──死ぬことさえ英雄を待った男
ズーリン・アークタスは、第二紀の終わりにタイバー・セプティムに仕えた魔闘士(バトルメイジ)です。タムリエルを一つにする戦いでは軍略を担い、のちに帝国で最初の帝国魔闘士となりました。
そんな彼の名を歴史に刻んだのが、ヴィヴェクが帝国に差し出した真鍮の神ヌミディウムです。ヌミディウムは本来、ロルカーンの心臓で動くように造られた機械の神でした。ところがその心臓は、レッドマウンテンの底にあって手が出せません。そこでアークタスは自分の「心臓」、つまり命の力を巨大な魂石マンテラに注ぎ込み、心臓の代わりにしたのです。こうして巨神は動き出し、タイバー・セプティムはタムリエルを支配しました。
しかし皇帝はやがて、その巨神で中立の王家まで押し潰しはじめます。力の濫用を恐れたアークタスは心臓を取り戻そうとしますが、ヌミディウムもろとも砕け散りました。マンテラは心臓を閉じ込めたまま、この世の外へ吹き飛ばされてしまいます。そして心臓を失ったアークタスは、死ぬことさえできなくなりました。地の底で半ば眠りながらマンテラを探し続ける不死の者、アンダーキングとなったのです。
それから四百年あまりが過ぎた第三紀417年、皇帝ユリエル七世の送った密偵が、ついにマンテラを取り戻します。ヌミディウムはもう一度動いて西の地を揺るがしましたが、最後にはアンダーキングが心臓を取り戻しました。こうして彼は、長く求めていた死をようやく得たのです。
ここまでは、帝国の歴史書が伝える話です。ですが、モロウウィンドに出回る異端の書『アークチュリアン異教』は、まったく違う筋を語っています。この本によれば、アンダーキングの正体はアークタスではなく、古いノルドの英雄ウルフハースだと記しています。ウルフハースは自分こそ帝国を建て直す預言の者だと信じていましたが、選ばれし者は彼ではありませんでした。そしてのちに皇帝の罠にかかり、アークタスの手で魂石に心臓を封じられてしまいます。ところが封じたアークタスのほうも、その心臓の力に胸を貫かれて命を落としました。
その心臓で動いた巨神も、皇帝やドゥーマーが望んだほどの神にはなりませんでした。ウルフハースはロルカーンそのものではなかったからです。それでも巨神は役目を果たし、皇帝の征服を支えました。さらに本は、皇帝の若き日の治世がすべて書き換えられたとまで書いています。つまり、どちらの話が本当なのかは分かりませんが、確かなのは、マンテラに封じられたのが誰かの心臓だったことです。そしてその心臓が、ロルカーンの心臓の代わりに巨神を動かしたのです。
また、アークタスには、彼を見ていた預言まであります。ヴィヴェクは第十九説話に、「並ぶ者のない統べる王の、二つの頭」を幻に見たと書きました。第三十四説話では、同じ姿を見たネレヴァルが「あれは誰だ」といぶかり、ヴィヴェクは「征服の赤い宝石」とだけ答えています。この双頭の王を、タイバー・セプティムとアークタスの二人と読む見方があるのです。
アークタスは預言に見られ、帝国のために心臓を差し出し、英雄の手でようやく死ねた男でした。
「英雄なくして、出来事は起こらない」は、そういう男の言葉だったのです。
皇帝ユリエル七世 ──牢の英雄に救われた皇帝
ネレヴァリンを牢から出した皇帝ユリエル七世もまた、かつて牢から来た英雄に救われた皇帝でした。
第三紀389年、ユリエル七世は自らの魔闘士ジャガー・サーンに裏切られ、異界に閉じ込められてしまいます。それから十年のあいだ、玉座では皇帝の顔を借りたサーンが国を動かしていました。その本物の皇帝を連れ戻したのが、宮殿の地下牢から逃げ出した一人の”囚人”だったのです。
玉座に戻った皇帝は、今度は自分から英雄を送り出すようになります。まず第三紀405年には、ブレイズの密偵を西のイリアック湾へ送りました。その密偵がマンテラを取り戻し、アンダーキングに死が訪れたのは十二年後のことです。そして第三紀427年、年老いた皇帝は生まれの定かでない囚人を東のモロウウィンドへ送りました。
ただ皇帝が預言をどこまで信じていたのかは、はっきりしません。秘書の手紙によれば、皇帝はネレヴァリンの伝説と預言に「並々ならぬ関心」を寄せ、報告を心待ちにしていました。けれど預言そのものについては、「全体として、あるいは個々の部分において」本物だと確信していると書くにとどめています。
それでも皇帝がしたことは、はっきりしています。牢から来た英雄に救われた皇帝は、預言が指す場所に英雄になりうる者を置いたのです。ただその先を選んだのは、送られた囚人のほうでした。皇帝が用意したのは舞台までで、出来事を起こしたのは英雄だったのです。
皇帝と牢の囚人の縁は、これで終わりません。それはまた別の記事で。
神の病を宿した体 ──ネレヴァリンの体に何が起きていたのか?
ネレヴァリンがコープラスにかかったのは、第六家の祠イルニビでのことです。祠を守る司祭ダゴス・ガレスは、ネレヴァリンに倒されて息絶える間際、笑みを浮かべて呪いをかけました。
“わが主の望むとおり、そなたは主のもとへ来る。主の肉の中に、主の肉の一部として”
ダゴス・ガレスの呪い より
(Even as my Master wills, you shall come to him, in his flesh, and of his flesh.)
ガレスはその直前まで、ダゴス・ウルはネレヴァルを敵より友として迎えたがっていると語っていました。つまりこの呪いは、敵を殺すための呪いではなく、ネレヴァリンをダゴス・ウルの肉の一部にするための呪いだったのです。
コープラスは、治す術のない病とされていました。ただその患者を地下に集めて調べていた魔術師ディヴァイス・ファーは、コープラスの者がほかの病にかからないことに気づいていました。そして灰の民の預言も、ネレヴァリンはどんな病にもかからないと告げています。そこでファーは、こんな冗談を口にしていたのです。
“ずっと思っていたのだ。「私のコープラス療養所にネレヴァリンがいて、私が気づいていないだけかもしれん」とな。ハッ、ハッ。ネレヴァリンは太って醜いコープラスの怪物で、沼ネズミのように狂っている。傑作だろう?”
魔術師 ディヴァイス・ファーの言葉 より
(I’ve always thought, “Maybe I have the Nerevarine down in my Corprusarium, and I don’t even know it.” Hah. Hah. The Nerevarine is a fat, disgusting corprus monster, and mad as a marsh rat. Wouldn’t that be funny?)
この冗談は、半分だけ当たりました。療養所を訪ねてきたコープラスの患者こそ、ネレヴァリンその人だったからです。もっともファーの薬は、「理屈の上では治るはずだが、効かない。たぶん死ぬ」という代物でした。ところがそれを飲んだネレヴァリンは死なず、病の徴だけが消えます。しかもネレヴァリン自身の日誌によれば、ファーは初めから治すつもりがなかったのです。狙いは病の害だけを取り除いて、その美点を残すことでした。
のちにファーは同じ薬を二人の患者に試しましたが、二人とも死なせています。この薬で生き延びたのは、ネレヴァリン一人だけでした。そして病の害が消えたあとに残った「美点」は、次のとおりです。
- 病にかからない: ありふれた病もブライトの病も、コープラスそのものも寄せつけない
- 老いで死なない: ファーによれば、コープラスの者は事故さえなければいつまでも生きる
ただし、不死身になったわけではありません。斬られれば、ほかの者と同じように死にます。
そしてこの体は、預言にはじめから書かれていました。第二の試練は「ブライトも老いも彼を傷つけず、肉の呪いは彼の前から逃げる」です。異論派司祭の写本に残る古い詩では、冒涜された神々の七つの呪いのうち、三つ目がこの肉の呪いでした。ネレヴァリンは実際に呪いをその身に受け、その害からだけ逃れています。預言の一行は、この体のことを書いていたのです。
こうしてガレスの呪いは、言葉どおりになりました。ネレヴァリンは確かに、ダゴス・ウルの肉の一部を体に宿したまま彼のもとへ向かったからです。ただしそれは友としてではなく、心臓の縛りを断つ者としてでした。
取り込むための呪いが、預言を満たす体を作りました。
アズラの三千五百年 ──女神はこの結末をどう見ていたのか?
三千五百年前、心臓の力に手を伸ばした三柱を、アズラは呪いました。ヴィヴェク自身が書き残した『レッドマウンテンの戦い』によれば、女神はこう告げて去っています。
“これは我が業ではない。お前たち自身の業だ。お前たちは、おのれの運命を選んだ。おのれの民の運命をも。すべてのダンマーが、今このときより時の終わりまで、お前たちの運命を共にするであろう。お前たちは自らを神と思っているが、その目は盲い、すべては闇に閉ざされている”
ヴィヴェク著 『レッドマウンテンの戦い』 より
(This is not my act, but your act. You have chosen your fate, and the fate of your people, and all the Dunmer shall share your fate, from now to the end of time. You think yourselves gods, but you are blind, and all is darkness.)
また灰の民が伝える『レッドマウンテンのネレヴァル』によれば、アズラはこのときすでにネレヴァルを還らせるには長い時がかかると知っていました。三柱が神となり、民が古い信仰を忘れていくことまで見通していたのです。
そもそもアズラは黄昏と暁の女神です。ネレヴァルを還すのにも、「黄昏と暁を司る力」を使うと告げていました。だとすれば、三柱の神性が衰えて神々の黄昏が訪れたとき、ようやく暁が来たのかもしれません。
三千五百年ののち、化身の洞窟でネレヴァリンに託した言葉も、「わが民を癒やしてモロウウィンドを立て直せ」というものでした。そこには、三柱を討てという言葉は一つもありません。
そして結末で、アズラは三つの過ちを並べます。「滅びゆくドゥーマーの愚行」「ダゴス卿の誘惑」「トリビュナルの惑わし」です。ここで三柱は、裁かれる相手としてではなく過ちの一つとして数えられています。ダゴス・ウルのことも、最後まで「ダゴス卿」と呼んだままです。そのうえで女神は「罪は贖われた」と言い切り、こう続けました。
“憐れみの心あらば、失われた者を悼むがよい。だが、涙はもう止めよ。ブライトは去り、陽の黄金の蜜が大地を彩る”
アズラの最後の言葉 より
(If you have pity, mourn the lost but let the weeping cease. The blight is gone, and the sun’s golden honey gilds the land.)
三千五百年前、アズラは「すべては闇に閉ざされている」と言い残して三柱のもとを去りました。そして最後に告げたのは、ブライトが去り、陽が大地を照らすという言葉です。
アズラにとってこの結末は、復讐を果たした日ではなく、長い夜が明けた日だったのです。
還りし者の、その先へ
三千五百年前、三人のチャイマーは心臓の前で神になることを選びました。
三千五百年ののち、一人のよそ者は同じ心臓の前で、神にならないことを選びました。
そのあいだにあったのは預言と、神々の長い治世と、倒れていった者たちです。けれど最後に心臓の前で決めたのは、預言でも神でもありません。いつも、そこに立った者の選択でした。
アズラの言葉どおり、民はいま還りし者に守りを求めています。ヴィヴェクは神でなくなる道を受け入れました。けれど神の座には、まだ二柱が残っています。心臓を失ってもなお神であろうとする母と、地の底で黙って歯車を回し続ける賢者です。
次の章では、その二柱の行く末を辿ります。モロウウィンドに暁は来ました。けれど神々の黄昏は、まだ終わっていません。
→ 【TES世界観解説】トリビュナルとは何者か? その8(執筆中)









コメント