前回はこちら
トリビュナルとは何者か その3|誓いの終わり、そしてトリビュナルの誕生
【TES世界観解説】トリビュナルとは何者か その3|誓いの終わり、そしてトリビュナルの誕生
前回はこちら トリビュナルとは何者か その2|ロルカーンの心臓とレッドマウンテンの戦い https://nettoge.com/tes-tribunal-part2-heart-of-lorkhan-red-mountain/ は…
はじめに
前章で、私たちは、ヴィヴェクの語るレッドマウンテンの物語を、最後まで聴き届けました。
誓いを破り、心臓から神性を引き出して神となった三人。チャイマーはダンマーへと姿を変え、アズラの呪いが民族全体に刻まれた。そうして、トリビュナルの時代が幕を開けた——それが神となった当人ヴィヴェクが、「真実の記録」と呼んだレッドマウンテンの物語でした。
雄弁で詳細で自らの過ちさえ率直に認める語り。けれどその物語には、たった一つ、決定的な空白がありました。
主君ネレヴァルがどのようにして死んだのか?
これほど多くを語ったヴィヴェクが、その一点にだけは決して触れようとしませんでした。彼の物語をどれだけ読み込んでも、主君の最期はついに見えてこない。なぜならその答えは、物語の外側にあるからです。ヴィヴェクが「無知なアッシュランダーの迷信」として斬り捨てた、もう一つの声のなかにこそ、ネレヴァルの死の真相は、はっきりと記されているのです。
この章では、いよいよ、その声に耳を傾けます。
まずは、灰の民が守り継いだ物語そのものにまっすぐ耳を傾けてみたいのです。判断を下すのは二つの物語を両方とも聴き終えてからでも遅くはありません。
第四章:もう一つのレッドマウンテン
戦いののち、盲いた一人の男が荒野へと去りました。ネレヴァルの盾持ち、アランドロ・スル。彼がアッシュランダーに語り伝えた物語があります。
アッシュランダー——灰の荒野に生きるダンマーのなかの少数派。神殿が「無知な遊牧民」と見下し、その伝承を「迷信」と退けてきた人々です。けれど彼らは、神殿が文字に記して裏へ封じた「正史」とは別に、もう一つのレッドマウンテンの物語を、三千五百年ものあいだ口承で守り継いできました。
そこで語られるのは、前章とはまるで正反対のレッドマウンテンです。
神を欲した者たち
灼かれたのか、抉られたのか——伝えられ方はさまざまだが、ともかくアランドロ・スルは光を失い、名家の民の世界に背を向けて灰の荒野へと歩み去った。ネレヴァルの盾持ちとして、最後の最後まで主君のかたわらにあった男である。彼は見た。あるいは、その身で知った。心臓の間で本当のところ何が起きたのかを。
灰の民は彼の語った物語を世代から世代へと受け継いだ。名家のダンマーが壮麗な神殿を建て、トリビュナルを生ける神として崇めるようになってからも、彼らは決してその新しい神々にひざまずかなかった。そして語り継いだのである。あの三柱は神などではない。主君を裏切り、女神への誓いを破り、奪い取った力で神の座を僭称した、ただの罪人たちにすぎないのだと。
はじまりは、ヴィヴェクの語りとさほど変わらない。チャイマーとドゥーマーの戦い。レッドマウンテンの地の底。互いに斬り結び、倒れ伏す二人の王。
だが、心臓の間で起きたことの中身は、灰の民の口にかかるとまるで違う姿をとる。
心臓の間
その伝承によれば、心臓の間でカグレナックを討ち取ったのは、ほかならぬヴォリン・ダゴスだった。
ネレヴァルとデュマック、二人の王が相討ちに倒れたのち、ダゴス・ウルは大祭司カグレナックを斬り、ドゥーマーが心臓の力を引き出すために使っていた三つの道具を奪い取った。そして深手を負って倒れ伏す主君のもとへ運び、これをいかにすべきかと問うたのである。
ネレヴァルは最後の力を振り絞ってアズラを呼んだ。女神はその道具を使って、心臓の力をドゥーマーから切り離す術を二人に示した。
あの一瞬——タムリエル全土のドゥーマーが同じ刹那に塵となって消えた、あの出来事である。山の外で戦っていたトリビュナルとその軍勢は、ただ敵が崩れ落ちていくさまを遠くから見ていただけだった。
戦いは終わった。
瀕死のネレヴァルは、忠実なダゴス・ウルに道具と心臓の間を託す。
そして、ダゴスは問うた。
“この道具は今すぐ砕いてしまうべきではありませんか。二度と、悪しきことに使われぬように”
道具の恐ろしさを誰より間近で見た者の言葉だった。
だが、傷と悲しみに惑うネレヴァルは今もなお、斃れた友デュマックと滅びゆくドゥーマーの民を悼んでいた——その場では決めかねた。一人で背負うにはあまりに重い問いだったのである。
彼は山の外にいる三人の側近のもとへ相談に向かおうとした。かつてこの戦の到来を予見していた、あの三人に。
“私はトリビュナルに相談する。彼らは過去に私にない知恵を持っていたから。ここにいてくれ、忠実なるヴォリンよ。私が戻るまで”
そう言い残して、ネレヴァルは心臓の間を後にした。
これが主君とヴォリン・ダゴスが言葉を交わした最後となる。
そして——灰の民は忘れていなかった。その三人がいったい何者であったかを。
この戦が始まるよりずっと前から、妃アルマレクシアと将軍ソーサ・シル、そしてヴィヴェクは、ネレヴァルに同じことを囁き続けていた。
“レスダインのすべてを、ご自分のものとなさいませ”
デュマックとの友情など捨て、この地を征服してしまえばよい。それが三人の変わらぬ本心だった。だがネレヴァルは決して耳を貸さなかった。血の友との誓いを重んじ、ただ平和だけを望んだ。三人の野心はこの高潔な王の前で、いつも行き場を失ってきたのである。
そして今、戦は終わり、彼らの前には神の力そのものが転がっていた。
ネレヴァルが語って聞かせた心臓の途方もない力。それを聞いた三人が下した「助言」は、もはや助言ですらなかった。チャイマーこそ、この力を手にすべきだ。そしてそれを用いて、レスダインを——いや、世界のすべてを我らの民のものとするのだ。
それはネレヴァルがついぞ望まなかった答えだった。彼が欲したのは征服ではなく、どこまでも平和だった。
とまどい、心を決めかねた王は、すがるようにもう一度アズラを呼ぼうとした。この力をどうすべきか、女神の導きを仰ごうとしたのである。
だが——もう遅かった。
心臓の力を知ったその瞬間から、三人はかつてのカグレナックと寸分違わぬほど強欲になっていた。彼らは神になる力を欲した。そしてその望みの前に立ちはだかる者は、もはやただ一人しかいなかった。
ほかでもない主君ネレヴァル、その人である。
毒の儀式
ネレヴァルは最も信じた三人に、儀式の支度を託した。アズラを呼び、その導きを仰ぐために。まさかその三人が、女神を呼ぶふりをしながら自分の命を狙っているとは思いもせずに。
灰の民の伝承は、ここから先を容赦のない筆致で語る。
“彼らはネレヴァルの望むとおり、アズラを召喚するかのように儀式を執り行った。だが、アルマレクシアは毒を盛った蝋燭を使い、ソーサ・シルは毒を染ませた衣を使い、ヴィヴェクは毒を込めた祈りを唱えた。ネレヴァルは殺された”
妃が、師が、そして若き評議員が、それぞれの役割を分け持つように、それぞれの毒を捧げた。神を呼ぶ神聖な儀式の、その形そのものを凶器として。最も近しい三人に「自分のために女神を呼んでくれ」と願った王は、その祈りのただ中で息絶えた。
女神アズラ
三人は、おそらく高をくくっていた。アズラを呼ぶふりさえすれば、本物の女神が現れることなどあるまい、という程度に。
だが、アズラは来た。
呼ばれずとも女神は姿を現した。そして目の前で繰り広げられた一部始終を——祈りの形を借りた、おぞましい主君殺しのすべてを見ていた。
“今日この場でお前たちが成したことは、計り知れぬほど罪深きことである。お前たちは、いずれそれを悔やむことになるだろう。神々の生とは定命の者が思うようなものではないのだから。定命の者の罪は年月が流せばよい。だが神の罪は、いずこへも流れぬ。永遠にその身を苛む。お前たちはそれを背負って生きるのだ。そして夜明けが必ず夜の果てに来るように、我は彼を呼び戻す。お前たちが奪ったもの、裏切ったそのすべてが、彼の手によって正されるであろう”
これこそが後の世に語り継がれる、ネレヴァリンの預言の起こりである。いつの日かネレヴァルは転生して戻り、偽りの神々を打ち倒し、果たされなかった正義をその手で果たすであろう。女神は夜と昼の境を統べる者として、その約束を、時そのものに刻みつけた。
だが三人は、女神を嘲笑った。
自分たちはもうじき神になる。チャイマーの民はやがて古い信仰のことなど忘れ、ただ自分たちだけを崇めるようになるだろう。そう言い放って、女神の言葉を歯牙にもかけなかった。
そして、アズラは知っていた。彼らの言うとおりその日が来るまでには気の遠くなる歳月がかかること。だがいつか必ず、その日が訪れることも。
その瞬間、チャイマーの黄金の肌は見る間に灰の色へと褪せていった。澄んだ瞳は燃える炭火のような赤に染まった。
その消えることなき徴(しるし)を指して、女神は最後にこう言い遺した。
“この徴がおのれの真の姿を永遠に思い知らせるだろう。屍肉を貪る獣のごとく、自らの王の高潔さと、英雄の心と、その信頼を喰らった者どもの、その浅ましい姿を”
レッドマウンテンに集った三柱だけではない。遠く離れた地にいた者も、戦いを知らぬ女も、稚い子らも——すべてのチャイマー達が同じ一瞬に姿を変えられた。
忠臣の最期
呪いを刻まれてもなお、三柱は歩みを止めなかった。
彼らはレッドマウンテンへと入っていった。そこには、まだ一人の男が残されていた。命じられたとおり、道具と心臓の間をひたすらに守り続けていた——忠臣ヴォリン・ダゴスである。
だが心臓の間に戻ってきたのは、その三人だけだった。守れと託されたあの王の姿はどこにもない。
そしてダゴスは気づく。ふと見下ろした自分の肌が、いつのまにか灰の色に変わっていることに。外で何かが起きた。取り返しのつかない何かが。
変わり果てた我が身と戻らぬ主君。その二つが語られるよりも先にすべてを告げていた。
ネレヴァルは殺されたのだ。相談に呼んだこの三人の手によって。
ダゴスは立ち上がった。亡き主君の仇を討つために。
誓いを破り、王を手にかけ、その骸の傍らに立つ三人へ、ただ一人刃を向けた。
だが——その刃も怒りも届かなかった。ダゴス・ウルは打ち倒され、追い払われ、死んだものと見なされて、レッドマウンテンの地の底深くへと姿を消した。
彼が地の底でどのように生き永らえたのか。その名がふたたびモロウウィンドを震わせるのは、それから三千五百年もの、ずっと後のことになる。
そしてトリビュナルは——ダゴスが命がけで守り抜いたその道具を手に取った。サンダー、キーニング、レイスガード。カグレナックの三つの道具を。彼らはカグレナックの遺した術を解き明かし、ついにロルカーンの心臓から神性を引き出して神となった。
忠臣が誓いを賭して守ろうとしたもの。それは、こうして主君を殺めた者たちの手に渡り、彼らを神へと変えるために使われたのである。
やがて灰色の肌のダンマーたちは、自らがなぜ変えられたのかさえ忘れ、新たな三柱の神を熱心に崇めるようになっていった。神殿は壮麗にそびえ、アルムシヴィの名は、あまねく唱えられる。
だが、すべての民がひざまずいたわけではなかった。
主君を殺めた者たちを神とは認めず、古き女神アズラへの信仰と、かつての誓いとを守り抜こうとした者たちがいた。彼らは壮麗な神殿にも、生ける神々にも背を向けて、灰の荒野へと退いていった。
盲いた盾持ち、アランドロ・スルとともに。
彼らこそが、アッシュランダーと呼ばれる人々である。
第二章で、私は一つの問いを立てて、答えを先に延ばしました。アッシュランダーは「忘れられた同胞」と呼ばれるが、なぜ忘れられたのか、という問いを。
その答えがここにあります。
彼らは忘れられたのではありません。神を僭称した者たちが書かせた「正史」から、意図して消されたのです。
主君への誓いを最後まで守り抜いた者たち。ただ、それゆえに。
解説 ──もう一つの声をどう聴くか
この章で語られたのは、神殿が「無知なアッシュランダーの迷信」として長く裏へ封じてきた物語です。トリビュナルは神になるために主君を毒殺した。ダゴス・ウルは最後まで忠臣だった。チャイマーがダンマーへと姿を変えたのは、その罪への呪いだった——。
第三章のヴィヴェクの語りとは、まるで正反対の物語です。
では私たちは、このアッシュランダー版を「真実」として受け取るべきなのでしょうか? ここからは、二つの版を突き合わせ、何が言えて何が言えないのかを慎重に見ていきます。
ヴィヴェクは何を否定し、何を認めたのか?
第三紀末、レッドマウンテンの戦いから三千五百年あまりの後、一人の旅人が神となったヴィヴェクと対面します。その時ヴィヴェクが語った言葉は、奇妙なほど示唆に富んでいます。
まず彼は、はっきりと否定します。
“我々はネレヴァルを殺してはいない”
ヴィヴェク(ゲーム内対話) より
(We did not murder Nerevar…)
ところが、この否認は奇妙な構造のなかで発せられます。ヴィヴェクは旅人が何を問いたいかを自ら先回りして並べてみせるのです。なぜ私はネレヴァルを殺したのか。なぜアズラへの誓いを破ったのか。なぜ他者を苦しめたのか——自分から問いを差し出しておきながら、いざ相手がそれを口にすると、すかさず「殺していない」と打ち消す。
そしてアッシュランダーの伝承について、彼はこう評します。
“ある点は説得力があり、ある点は信じがたい。だが、いずれにせよ虚偽である”
ヴィヴェク(ゲーム内対話) より
(The account is persuasive in some details, implausible in others, and is in any case false.)
「説得力がある」と認めながら、「虚偽だ」と斬って捨てる。完全な否定でも完全な肯定でもない、奇妙に揺れる物言いです。そのうえで彼は自分の回想録とアッシュランダーの伝承の両方を書庫に並べ、ネレヴァリンに「自分で読んで判断せよ」と委ねる。
殺害について、ヴィヴェクはこれほど歯切れが悪い。
ところが——同じ会話のなかで、彼が明確にためらいなく認めることがあります。誓いの破棄です。
“ネレヴァル卿とともに、彼の求めに応じて、アルマレクシア、ソーサ・シル、そして私は、当時我々の誓いの神であったデイドラ公アズラにかけて、厳粛な誓いを立てた。カグレナックの道具をいかなる目的にも決して使わぬと。 ・・・だが我々は、その誓いを破った。古き神々に背を向けたのだ。 今もなお、エイドラやデイドラのいずれかを崇める理由を私は見いださない。だがネレヴァルへの敬意のために、そして自分自身への敬意のために、あの誓いだけは裏切るべきではなかった。我が生涯のすべての行いのなかで、あの過ちを私は最も悔やんでいる”
(…we swore before our god of oaths at the time, the Daedra Lord Azura, never to employ the tools of Kagrenac for any purpose. We broke our oaths. We turned our backs on the old gods… But, for the respect I held for Nerevar, and the respect I held for myself, I should never have betrayed my oath. Of all my life’s actions, I most regret that failure.)
ヴィヴェク(ゲーム内対話) より
ここには否認のときのような揺れがありません。「我々は誓いを破った」と、はっきり言い切っている。
そして注目すべき点があります。彼は誓いの破棄を悔やみながら、同じ口でこうも言うのです。今もなお、エイドラやデイドラのいずれかを崇める理由を自分は見いださない、と。
つまりヴィヴェクは、アズラを裏切ったことは悔やんでも、アズラの前にもう一度ひざまずく気は毛頭ない。彼が悔いているのは「誓いを破った」という一点であって、「神々に背いた」ことそのものではないのです。悔恨と傲りが同じ言葉のなかに同居している——ここに神となった者のねじれた自己認識が、はっきりと表れています。
彼にとっての罪は「誓いを破ったこと」にあり、「ネレヴァルを殺したこと」にはない。誓いを破ったことは悪であった。神になったことは愚かであった。
彼は自らの罪をそう仕分けてみせました。
なぜアッシュランダーだけが忘れなかったのか?
ここで視点を変えてみましょう。そもそもこのアッシュランダー版の物語はどこから来たのか? なぜ灰の民だけが、神殿の正史に真っ向から逆らうこの物語を、三千五百年ものあいだ、語り継ぐことができたのか?
その答えは、彼らが何者であるかに関わっています。
アッシュランダーは、別名を「ヴェロシ(Velothi)」といいます。預言者ヴェロスの名をそのまま負った呼び名です。第一章で語ったとおり、ヴェロスはアルドマーの社会から信徒を率いて東へ旅し、レスダインの地に新たな文明を築いた。その途上でチャイマーは生まれ、祖先と三柱の善きデイドラを崇める独自の霊的な生き方を選び取りました。アッシュランダーとは、その最も古い形をほとんどそのままに守り続けた人々なのです。
ここで一つの誤解を解いておかねばなりません。アッシュランダーは「文明に乗り遅れた、遅れた者たち」ではありません。
かつてヴェロシの民は一つでした。しかし第一紀、ノルドの侵攻という外圧が訪れたとき、彼らは二つに分かれていきます。一方は外敵に抗するために統合し、定住し、都市を築いて武装した。これが後の六大名家へと連なる人々です。もう一方は、その統合と名家化の流れに加わらず、古い遊牧的・部族的な生き方を続けました。ヴェロシの古い掟と三柱の善きデイドラへの直接的な信仰のみを頼りに。これがアッシュランダーです。
つまり両者は、同じ一つの民の二つの異なる発展形でした。名家のチャイマーがノルドの制度を、ドゥーマーの技術を、やがてはシロディール帝国の文化までも取り込んで変質していったのに対し、アッシュランダーは外の文化をほとんど受け入れぬまま、神話の時代のチャイマーの姿をそっくり保ち続けた。彼らが古い掟を守るのは進歩できなかったからではありません。厳しいレスダインの大地ですでに完成されきった生き方を、あえて変える必要がなかったからです。
名家のチャイマーは、彼らを「野蛮な遊牧民」「遅れた者たち」「洗練を知らぬ者たち」として見下しました。しかしアッシュランダーの目から見ればむしろ逆でした。ヴェロスの教えを捨て、定住の快楽に溺れ、外来の文化に染まり、ついには三柱を神として祀るに至った名家のチャイマーこそ「道を忘れた堕落者」だったのです。どちらが本物のヴェロシなのか。その答えは立つ場所によって正反対になります。
この対立の構図を覚えておいてください。トリビュナルの裏切りがもたらした亀裂は、まさにこの線に沿って走ることになります。
ネレヴァリン預言の伝承者
レッドマウンテンの戦いの後、ネレヴァルは死に、トリビュナルが神となりました。そして彼らはネレヴァルへの誓いを破った。それは物語パートで見たとおり、同時にアズラへの誓いであり、アッシュランダーへの誓いでもありました。
三柱が破ったすべての誓いのなかで、このアッシュランダーへの誓約こそ、最も人間的に裏切られたものでした。
——なぜか?
名家のチャイマーは、トリビュナル神殿に組み込まれて生き延びました。彼らは三柱を神として崇め、新しい文明のなかで繁栄を続けることができた。彼らにとって誓いの破棄は、いわば抽象的な神学の問題でした。
しかしアッシュランダーは違います。彼らはトリビュナルを神として認めなかった。それどころか、彼らの目にはネレヴァルを殺した者たちが、ぬけぬけと神を僭称しているとしか映らなかった。赦せるはずがありませんでした。そしてネレヴァルが月と星にかけて彼らに与えた誓い——伝統を尊重するという約束は、その死とともに踏みにじられたのです。
だからアッシュランダーは、ネレヴァリン預言の伝承者となりました。
ネレヴァリン預言。いつの日かネレヴァルが転生して戻り、三千年前に破られた誓いを果たしに来る。トリビュナルの偽りの神性を終わらせ、ヴェロシの民を解放する——その預言をアッシュランダーの賢女(ワイズウーマン)たちが、世代から世代へと口承で伝え続けました。神殿が文字に記して裏へ隠した正史とは別に、灰の民は、文字を持たぬ記憶として、もう一つの歴史を抱き続けたのです。
“賢女たちはヴェロシ民族の記憶である。しかしそれは欠陥のある記憶であり、私たちは定命であり、私たちの知識は私たちと共に死ぬ“
アッシュランダー伝承について より
(The Wise Women are the memory of the Velothi people, but it is a flawed memory, for we are mortal and our knowledge dies with us.)
口伝えの記憶は、語る者が死ねばともに消えてしまう。だからこそ後の世、神殿に追われた異論派の司祭たちが、この賢女たちの口承を文字に書き起こし、「書かれた預言」として残すことになります。私たちがここで読んできたアッシュランダー版の物語も、もとをたどれば、こうして守り継がれた声が文字へと結晶したものなのです。
ダゴス・ウルは忠臣か、狂人か
二つの物語が最も鮮やかに食い違う一点。それはおそらく、ダゴス・ウルという一人の男の姿です。
前章で見たヴィヴェクの語る物語では、彼はこうでした。
心臓の間に一人残されているあいだに、その魔力に魅入られ、道具を独り占めしようと狂っていった堕落者。ネレヴァルの正当な要求を拒み、武力で討たれて当然の危険な裏切り者。
ところが、この章で見たアッシュランダーの物語ではまるで逆です。ダゴス・ウルはカグレナックを討ち取った英雄であり、瀕死のネレヴァルから「道具を守れ」と直々に託された、最も忠実な臣下でした。彼が道具の引き渡しを拒んだのは強欲からではありません。「誰にも使わせてはならない」という亡き主君との誓いを、最後まで守り抜こうとしたからなのです。
同じ一人の男が、一方では「狂った簒奪者」、もう一方では「誓いに殉じた忠臣」。これほど正反対の姿はそうそうありません。
そしてここに、もう一つの声があります。ダゴス・ウル自身の声です。
三千五百年後、地の底で目覚めた彼が、転生したネレヴァル——ネレヴァリンに宛てて遺した一通の手紙が伝わっています。
“かつて我々は友であり兄弟であった、ネレヴァル卿よ。平時にも戦のさなかにも。あなたにこれほど誠実に、これほどよく仕えた家臣はほかにいなかった。私が成したことの多くは、あなたの命によるもの。我が身と我が誇りを大きく削ってのことだった。それなのにレッドマウンテンの地の底で、あなたは私を討った——あなた自身が、誓いによって守れと命じたその宝を、私が守っていたというのに”
(Once we were friends and brothers, Lord Nerevar, in peace and in war. No houseman ever served you better, or more faithfully. Much that I did was at your command, at great cost to myself, and my honor. Yet beneath Red Mountain, you struck me down as I guarded the treasure you bound me by oath to defend.)
『ダゴス・ウルからの手紙』 より
彼の言い分は一貫しています。私は誓いを守っていた。主君に命じられたとおり、道具を守っていた。それなのに討たれたのは、この私のほうだ——裏切られたのは私なのだ、と。
もちろん、これは後に「第六家の災厄」としてモロウウィンド全土を病魔で覆う、ダゴス・ウルその人の言葉です。彼を無垢な被害者と見るのは危ういでしょう。神となったトリビュナルが自らを正当化するように、地に堕ちたダゴス・ウルもまた自らを正当化している——そう疑う余地は十分にあります。
けれど、それでもなお。彼の手紙にはヴィヴェクの「堕落者」という断罪だけでは、どうにも拭いきれないものが残ります。たとえダゴス・ウルが狂っていたとしても、その発端には彼なりに守ろうとした「誓い」があったのではないか?
忠臣だったのか?狂人だったのか?あるいは、忠臣であろうとして、狂っていったのか? ダゴス・ウルという男の姿は、二つの物語のあいだで、最後まで一つに像を結びませんでした。
私たちは、どちらを信じるのか?
さて、第三章と本章を通して二つの物語を見てきました。
ヴィヴェクの語る物語では、ネレヴァルは戦いの傷で世を去り、トリビュナルは平和な世界を願って——誓いを破る愚を犯しながらも——神となりました。ダゴス・ウルは、心臓に魅入られて道具を抱え込んだ堕落者でした。
アッシュランダーの語る物語では、ネレヴァルは祈りに見せかけて毒殺され、トリビュナルは神の力を欲するあまり、あろうことか主君を手にかけた王殺しの罪人でした。そしてダゴス・ウルは、最後まで誓いを守り抜いた忠臣でした。
同じ一つの出来事がこれほどまでに違う。では、どちらが本当なのでしょうか?
正直にいえば——決められない。そして、それでよいのだと私は思います。
第二章の最後で見たとおり、レッドマウンテンの戦いには、利害から無縁な客観的な記録が一つもありません。語り手はみな、当事者です。
ヴィヴェクは神となった当人です。自らの神性の由来を、そして主君の死における自らの関与を語る彼が完全に公正でありうるでしょうか? 彼の回想にネレヴァルの死だけが空白として残されていたことを思い出してください。
一方、アッシュランダーの伝承もまた当事者の声です。彼らはトリビュナルを神と認めず迫害された側でした。神を僭称した者たちへの三千五百年分の怒りと哀しみが、その語りに込められていないと誰が言えるでしょうか? 盲いた盾持ちアランドロ・スルが、本当に心臓の間で起きたすべてを「見た」のかどうかすら確かめるすべはありません。
どちらの物語にもそれを語る理由があり、語る者の立場がある。だからこそ片方を「真実」、もう片方を「嘘」と裁くことはできないのです。
ヴィヴェク自身がネレヴァリンに二つの記述を並べて手渡し、「自分で読んで判断せよ」と言い残したのは、おそらく偶然ではありません。神となった彼でさえ、ただ一つの真実を差し出すことはしなかった——あるいは、できなかったのです。
それでも二つの物語に共通するもの
ただ、すべてが食い違っているわけではありません。 注意深く見れば、二つの物語が奇妙に一致する一点があります。
アズラの呪いです。
ヴィヴェク版でもアッシュランダー版でも、誓いが破られたのちに女神アズラは現れ、トリビュナルを呪います。そしてチャイマーはダンマーへと姿を変えた。これはトリビュナル自身が認め、アッシュランダーが語り継ぎ、そして——ダンマーという民族の灰色の肌と赤い瞳という、今も目に見える形で世界に残されている事実です。
呪いがあった。 神々が何らかの誓いを破った。その点だけは敵対する二つの物語が揃って認めている極めてわかりやすい事実です。
つまり、細部がどれほど食い違おうと、この物語の最も深いところには動かしがたい何かが横たわっているのです。トリビュナルは越えてはならない一線を越えた。そしてその報いを受けた。ネレヴァルが戦傷で死んだのか毒殺されたのか、ダゴスが忠臣だったのか裏切り者だったのか——それらの答えがどうであれ、この芯だけは揺らがない。
なぜ二つの物語が必要だったのか
最後に問いを一つ裏返してみたいのです。
私たちはここまで「どちらが真実か」を問うてきました。けれど、もしかすると、本当に問うべきは別のことなのかもしれません。なぜ二つの物語が必要とされたのか?
ヴィヴェクの物語は罪を背負った者の物語です。誓いを破り、おそらくは主君の死にも関わった三柱が、それでもなお自らの行いに意味を与え、悔い、神として生き続けるために語った物語。「平和な世界のためだった」「最も悔やんでいる」——その言葉は弁明であると同時に、彼らが正気を保って永遠を生きるための”よすが”でもありました。
アッシュランダーの物語は、裏切られた者の物語です。主君を奪われ、誓いを踏みにじられ、神を僭称する者たちに迫害された民が、それでも誇りを失わず、いつか正義が回復されると信じ続けるために語った物語。「ネレヴァルは必ず帰ってくる」——その預言は、敗れ追われた者たちが、三千五百年を生き抜くための支えそのものでした。
どちらも嘘ではないのかもしれません。どちらもそれを語る者が生き延びるために必要とした真実だったのです。
神話とは、おそらくそういうものです。
勝者だけが書く一枚岩の記録でもなければ、敗者の単なる怨念でもない。それぞれが、自らの生を引き受けるために語り継いだ複数の真実の重なり合い。レッドマウンテンの戦いに、ただ一つの正史が存在しないのは、欠陥ではありません。それは、この出来事があまりに重く、あまりに多くの者の生を決定づけたために、ただ一つの語りには、決して収まりきらなかったからなのです。
私たちは、どちらを信じるのか?
その問いに答えは出しません。ヴィヴェクがネレヴァリンにそうしたように、二つの物語をここに並べて置くだけです。
さらなる解説
ここからは、物語の中に出てきた各要素についてより深く解説していきます。
ただし、あまりにも長くなってしまうため、興味があるときに読んでいただければと思います。
ネレヴァリンの預言とは何か?
この章で何度か「ネレヴァリン預言」という言葉が出てきました。アズラの呪いから生まれ、灰の民が三千五百年のあいだ守り継いだ預言。
核にあるのは一つの約束です。いつの日かネレヴァルが転生して、ふたたびこの世に還ってくる。そして破られた誓いを果たし、偽りの神々を退け、ヴェロシの民を解き放つ——アズラが夜と昼の境を統べる女神として、時そのものに刻みつけた、その約束です。還ってくるとされるその者は、「ネレヴァリン(Nerevarine)」、すなわち「ネレヴァルから生まれし者」と呼ばれます。
ここで興味深いのは、この預言が一枚岩ではないことです。
竜に生まれし者(ドラゴンボーン)の預言のように、ただ一つの定まった文言があるわけではありません。ネレヴァリン預言はいくつもの異なる言葉で、複数の文書や口承にまたがって伝えられてきました。アッシュランダーのあいだでさえ、「ネレヴァリン預言は一つではなく、いくつもある」と信じられていたといいます。時とともに、忘れられたもの、隠されたもの、あえて葬られたものさえあった、と。
ばらばらに伝わり解釈も定まらない。それでもアッシュランダーはこの預言を手放しませんでした。トリビュナルの神殿がネレヴァルの帰還を信じる者たちを異端として迫害してもなお、彼らは語り継ぐことをやめなかったのです。なぜならそれは彼らにとって、ただの予言ではなく——奪われた正義がいつか必ず回復されるという唯一の希望だったからです。
ではこの預言は本当に成就するのでしょうか? 還ってきたネレヴァルは、トリビュナルの三千五百年にどんな決着をつけるのでしょうか? その答えは、このシリーズがいずれたどり着く先に待っています。
物証は何を語るか ──トゥルーフレイムの欠片
本文では、ネレヴァルの死について、二つの食い違う物語を並べました。言葉だけではどちらが真実かは決められません。では、言葉ではなく「物」が語ることはないのでしょうか。
一つだけ、手がかりがあります。ネレヴァルの剣、トゥルーフレイム(Trueflame)です。
アルマレクシアの証言によれば、この剣はレッドマウンテンの戦いの最中、まさに山の地下での戦いで砕け散ったといいます。そして後の世、その砕けた欠片の一つが、ドゥーマーの戦盾に深く食い込んだ状態で発見されました。
この小さな物証が意外に多くを語ります。剣の欠片がドゥーマーの盾に食い込んでいたということは、ネレヴァルが確かにドゥーマーと斬り結んでいたという証です。これはネレヴァルがドゥーマーと手を組んでいたとするノルドの『五つの歌』の筋を否定し、ネレヴァルがドゥーマーと戦ったとするヴィヴェク版・アッシュランダー版の双方に信を加えます。
しかしその物証をもってしても、最後の一点だけは決して埋まりません。ネレヴァルが戦いのなかでドゥーマーと戦ったことは分かる。けれどその後、彼がどのようにして死んだのか──戦傷で力尽きたのか、祈りに見せかけた毒で殺されたのか。そこには、剣の欠片のような物証は、何一つ残されていないのです。剣は誰と戦ったかを語っても、誰に殺されたかは語りません。
ヴィヴェク『三十六の教訓』に隠された言葉
ヴィヴェクは、神官にして詩人であり、その『三十六の教訓』は謎かけと暗号に満ちた書物として知られています。そのなかでも最も有名な仕掛けが第三十六説話に隠されているといわれます。
この説話は、ちょうどレッドマウンテンの戦いを語る章にあたります。そしてその各段落の最初の文字を上から順につなげて読むと——英語版では、こう浮かび上がります。
“FOUL MURDER”(おぞましき殺人)
偶然とは考えにくい配置です。
しかしこれはまだ序の口にすぎません。
もう一つ、はるかに直接的な仕掛けが第二十九説話に隠されています。この説話には三十五個の数字が並んでいます。その一つひとつを、対応する番号の説話の、その数だけ数えた位置にある単語へと置き換えていく——気の遠くなるような手順を踏むと、一つの文章が、姿を現します。
He was not born a god. His destiny did not lead him to this crime. He chose this path of his own free will. He stole the godhood and murdered the Hortator. Vivec wrote this.
(彼は神に生まれついたのではない。運命がこの罪へと導いたのでもない。彼は自らの自由意志でこの道を選んだのだ。彼は神性を盗み、ホーテイターを殺した。これを書いたのはヴィヴェクである)
ホーテイター——それはネレヴァルの称号です。
神性を盗みホーテイターを殺した。しかも自らの自由意志で。そして末尾には、「これを書いたのはヴィヴェクである」という署名のような一文まで添えられている。
本編で見たネレヴァリンの前で「我々はネレヴァルを殺してはいない」と否認したヴィヴェク——その同じ神が、自らの聖典の最も深いところで、正反対の告白を、解読する者だけに届く形で埋め込んでいたことになります。
なぜそんなことを?
罪の重さに耐えかね、無意識のうちに、誰にも気づかれぬ場所へ本心を漏らしたのか。それともいつか真実にたどり着く者が現れることを見越して、あえて仕掛けておいたのか。あるいは——詩人ヴィヴェクのただの言葉遊びにすぎないのか。
憶測ですが、この暗号を「動かぬ告白」と断じるのは性急かもしれません。これもまたヴィヴェクという、どこまでが本心か掴ませない語り手が私たちに差し出したもう一つの謎なのです。
アランドロ・スル ──盲いた盾持ち
この物語をアッシュランダーに伝えたとされる人物が、アランドロ・スル(Alandro Sul)です。
彼はネレヴァルの盾持ち(shield-companion)──主君のかたわらで戦う、最も近しい戦友でした。そして伝承では、女神アズラの不死の息子(immortal son of Azura)とも語られます。レッドマウンテンの戦いで両目を失い、ネレヴァルの死とトリビュナルの神格化ののち、名家の世界を捨ててアッシュランダーのもとで生きました。
アッシュランダー版の物語がトリビュナルの裏切りとネレヴァルの毒殺をこれほど具体的に語れるのは、その大もとに戦場に最後まで居合わせたこの男の証言があるからだとされます。ただし──彼が盲いていたこと、そしてアズラと深く結ばれた者であったことは、その証言の性質を考えるうえで心に留めておくべきかもしれません。彼の語りは目で見た記録なのか、それとも女神の側に立つ者の語りなのか。それもまた確かめるすべはありません。
ヘイログラファとアポグラファ ──神殿の二つの顔
トリビュナル神殿は、二種類の教えを使い分けていました。
一つはヘイログラファ(Heirographa)──公に教えられる表の正統教義。もう一つがアポグラファ(Apographa)──最高位の聖職者だけが知る、隠された裏の文書です。
神殿が「無知なアッシュランダーの迷信」として退けた物語──ネレヴァルの殺害、ダゴス・ウルの悲劇、そしてトリビュナルの神性の冒涜的な源──は、このアポグラファに記されていました。つまり神殿は、その「もう一つの物語」が真実かもしれないと知りながら、表向きには否定し、裏で密かに保管していたことになります。
この章で私たちが読んだアッシュランダー版の物語は、もとをたどればこの隠された文書と灰の民の口承とが重なり合ったものです。神殿が最も恐れ、最も深く隠したかった声──それがアポグラファでした。
二つの物語の、その先へ
前章と本章、二つに分けて、私たちはレッドマウンテンの戦いの「その後」をたどってきました。
ヴィヴェクが語る、誓いを破って神となった物語。
アッシュランダーが語る、主君を毒殺して神を僭称した物語。
二つは、ネレヴァルの死をめぐって真っ向から食い違います。けれど、どちらが真実かを、私たちはついに決められませんでした。そして決められないまま並べて置くことこそが、この出来事にふさわしい向き合い方なのだ——そう書いて、本章を閉じたところです。
ただ、二つの物語が揃って認めることが一つだけありました。
三人は神になった。そして、その報いを受けた。
ネレヴァルが戦傷で倒れたのか、毒を盛られたのか。ダゴス・ウルが堕落者だったのか、忠臣だったのか。そうした食い違いの底を流れるたった一つの動かしがたい事実——アルマレクシア、ソーサ・シル、ヴィヴェクの三人が、越えてはならない一線を越えて生ける神となった。
この一点だけは、どちらの物語も揺らぎません。
こうしてトリビュナルの時代が幕を開けます。
慈悲のアルマレクシア。神秘のソーサ・シル。熟達のヴィヴェク。三つの顔を持つ神、アルムシヴィが、これから三千五百年にわたってモロウウィンドを統べることになります。彼らはソーサ・シルが思い描いた「平和で公正な世界」を本当に築こうとしました。民は篤く敬い、神殿は栄え、この地は長い安寧を享受します。
けれど——その神性は、心臓から引き出した借り物の力でした。
次の章からは、トリビュナルが神として君臨した三千五百年と、その黄金時代の裏側で彼らがどのように力を失い、どのように追いつめられていったのかをたどっていきます。
コメント