【TES世界観解説】 神話時代(Dawn Era) ──アヌとパドメイ、そして宇宙創世の真実

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この記事ではアヌアドとモノミスを中心に扱います。カジートの創世神話や、より詳細な年代記的整理は別の記事で扱う予定です

『The Elder Scrolls(TES)』における歴史は、第一紀、第二紀といった直線的な年代記だけで語れるものではありません。
時間が直線的に流れ始める前──物理法則すら定まっていなかった混沌の時代が存在しました。それが「神話時代(Dawn Era)」です。

ふつうのファンタジー作品であれば、神が世界を作り、そのあと世界の中で人や王国の歴史が始まります。
ところがTESでは、そのもっと手前にある「神々がどのように神々となったのか」「世界の法則がどのように固定されたのか」「時間がなぜ流れるようになったのか」といった、宇宙の成立過程そのものが神話の主題になっています。

時間が定まっていない時代の話であるため、後代の歴史書のように「何年に何が起きた」と並べることがそもそもできません。原因と結果の順番すら怪しく、どの神が先に生まれたのか、どこまでが比喩でどこからが文字通りの出来事なのか、文化ごとの伝承も大きく食い違います。

しかし、その食い違いこそが神話時代の本質でもあります。エルフ、人間、カジート、アルゴニアン。種族ごとに世界の始まりの理解は異なります。

この記事では、ゲーム内に存在する二大創世神話「注釈付きアヌアド/子供向けのアヌの伝記(The Anuad Paraphrased/A Children’s Anuad)」「モノミス(The Monomyth)」、さらに暗殺者ギルドの教義やUESP等で議論される深淵なロア(エナンティオモルフの法則など)を交錯させながら、TES世界の宇宙がいかにして始まり、いかにして神々が騙されたのかを解説していきます。

目次

第一部:物語としての創世 ──『注釈付きアヌアド/子供向けのアヌの伝記』

この書物は、アイレイド(ワイルドエルフ)の信仰に基づく創世神話とされています。初期にはボズマーの創世神話として紹介されたこともありますが、フランス語版『モノミス』の注記ではアイレイド起源と明記されており、現在のロア研究ではそちらが主流です。

この本の書名は作品ごとに異なっています。

Morrowindでは『The Annotated Anuad(注釈付きアヌアド)』
OblivionとSkyrimでは『A Children’s Anuad(子供向けアヌの伝記)』
ESOでは『The Anuad Paraphrased(アヌアドの解釈)』

※内容はほぼ同一です。

いずれの版にせよ、この書がTES創世神話の中でもっとも平易な語り口で書かれていることは間違いありません。だからこそ、宇宙の法則が「兄弟の争い」「血」といった非常に生々しい、血の通った物語として描かれています。

まずは、ゲーム内に登場するこの神話の全文を読んでみましょう。

最初にいたのは、兄弟でした。
兄はアヌ、弟はパドメイ。
ふたりが虚無へやってきたとき、時が始まりました。

アヌとパドメイが虚無をさまよっているうちに、光と闇の交わりからニルが生まれました。
その姿を見て、アヌもパドメイも驚き、そして心を奪われました。
けれど、ニルが愛したのはアヌだけでした。
パドメイは苦い思いを抱えたまま、ふたりのもとを離れていきました。

やがてニルは身ごもりました。
けれど、子を産む前にパドメイが戻ってきて、自分の愛を告げました。
ニルは、愛しているのはアヌだけだと答えました。
怒りに駆られたパドメイは、ニルを打ちました。
そこへアヌが戻り、パドメイと戦って、彼を時の外へ追放しました。
そのあとニルは創造を産みましたが、傷がもとで、まもなく死んでしまいました。
アヌは深く悲しみ、太陽の中に身を隠して眠りました。

そのあいだに、創造の十二の世界では命が芽生え、育ち、栄えていきました。
長い長い時が過ぎたあと、パドメイは再び時の中へ戻れるようになりました。
彼は創造を見て、それを憎みました。
そして剣を振るい、整って並んでいた十二の世界を打ち砕きました。
アヌは目を覚まし、もう一度パドメイと戦いました。
長く激しい戦いの末、勝ったのはアヌでした。
アヌは、死んだと思った兄弟の体を捨て、砕け残った十二の世界をひとつにまとめて、創造を救おうとしました。
それがニルン、タムリエルの世界でした。
けれどそのとき、パドメイは最後の一撃でアヌの胸を貫きました。
アヌは兄弟に組みつき、そのままふたりとも永遠に時の外へ消えていきました。

パドメイの血はデイドラになりました。
アヌの血は星々になりました。
そして、ふたりの血が混ざったものはエイドラになりました。
そのためエイドラは、善にも悪にも傾く力を持っていました。
また、創造と何のつながりも持たないデイドラより、この世のことに深く関わるものでした。

ニルンの世界は、まだ混沌に満ちていました。
創造の十二の世界で生き残ったのは、エルノフェイとヒストだけでした。
エルノフェイは、のちの「マー(エルフ)」と「人間」の祖先です。
ヒストはアルゴニアの樹々です。
はじめのニルンは、広い陸地のあいだに海が散らばっている姿でした。
まだ大洋はありませんでした。

エルノフェイの世界の大きな断片のひとつは、比較的そのままの形でニルンへ落ちました。
そこに元々住んでいたエルノフェイたちは、のちの「マー」の祖先になりました。
彼らは外の混沌から国境を固め、自分たちの穏やかな土地を隠し、昔と同じように暮らし続けようとしました。

その一方で、ほかのエルノフェイたちは、砕けた世界の入り混じった残骸の中に散らばりながら、ニルンへたどり着きました。
彼らはさまよい、年月をかけて互いを見つけていきました。
やがて、さまようエルノフェイたちは、古きエルノフェイの隠された土地を見つけました。
そこで彼らは、遠い昔の輝きの中で同胞が暮らしているのを見て、驚き、喜びました。
放浪する者たちは、その平和な国へ迎え入れられるものと思っていました。
けれど、古きエルノフェイは彼らを、かつての栄光から落ちぶれた者たちとして見ました。
理由が何であれ、そこから戦いが始まり、それはニルン全土へ広がっていきました。

古きエルノフェイは、古代の力と知識をなお保っていました。
けれど放浪者たちは数で勝り、しかもニルンで生き延びるための長い苦闘によって鍛えられていました。
この戦いは、ニルンの姿そのものを変えました。
多くの陸地は新たな大洋の底へ沈み、いま知られている土地、すなわちタムリエル、アカヴィル、アトモーラ、ヨクダが残されました。
古きエルノフェイの国は、滅びながらもタムリエルとなりました。
放浪者たちの残りは、ほかの三つの大陸に分かれて残されました。

長い年月ののち、タムリエルのエルノフェイは「マー」、すなわちエルフとなっていきました。
ドゥーマー。深き者たちで、ときにドワーフとも呼ばれました。
チャイマー。変わりし者たちで、のちにダンマーとなりました。
ダンマー。暗き者、あるいは呪われし者たちで、ダークエルフと呼ばれました。
ボスマー。緑の者、あるいは森の者たちで、ウッドエルフと呼ばれました。
アルトマー。老いたる者、あるいは高き者たちで、ハイエルフと呼ばれました。

ほかの大陸では、さまよえるエルノフェイが「人間」になりました。
アトモーラではノルドに、ヨクダではレッドガードに、そしてアカヴィルではツァエシになりました。

ヒストはエルノフェイの戦いでは傍観者でした。
けれど戦火がその地を通り過ぎるうちに、彼らの領域の大半は滅ぼされてしまいました。
そのうち、ほんの小さな一角だけが生き残り、タムリエルのブラック・マーシュとなりました。
けれど、彼らの土地の大部分は海の底へ沈んでしまいました。

やがて人間たちはタムリエルへ戻ってきました。
最初にやってきたのはノルドでした。
彼らは、伝説のイスグラモルに率いられ、記録に残るよりも前の時代に、タムリエル北岸へ植民を始めました。
その血筋の十三代目にあたるハラルド王が、文字の記録に現れる最初の王となりました。
そして、こうして神話の時代は終わりました。

アヌアドの解説・考察 ──血と残骸から生まれた世界

この書にはすでに、TES世界の根本的な対立がほとんど出そろっています。

  • 秩序と変化
  • 創造と破壊
  • エイドラとデイドラ
  • そして人間とエルフ

1. 神々は「血」から生まれた

アヌアドにおいて、神々(エイドラとデイドラ)は最初から高次元の存在として君臨していたわけではありません。アヌとパドメイが殺し合った際に流れた「血」から生まれたとされています。

  • 純粋なパドメイの血 = デイドラ(魔神)
  • 純粋なアヌの血 = 星々
  • 二人の血が混ざり合ったもの = エイドラ(善き神々)

神々が「純粋な理念」ではなく「暴力と断裂の産物」として描かれている点は、非常に重要です。

TES世界の神々は、絶対的で無敵な存在ではありません。死んだり、力を失ったり、狂気に陥ったりします。それは彼らが、宇宙生成の事故現場(アヌとパドメイの闘争)からこぼれ落ちた「血の混ざりもの」だからです。2. ニルンは「寄せ集めの残骸」である

ふつうの神話では、世界は神の完璧な設計図通りに作られます。しかしTESでは違います。

かつて完璧だった「十二の世界」がパドメイによって粉々に打ち砕かれ、その砕け残った破片をアヌが無理やり一つに握り固めたもの。それが我々の住む星、ニルンなのです。

ニルンは最初から傷を抱え、壊れた創造の後始末としてできあがった「寄せ集め」の世界です。

もちろん、ゲームをプレイしているとき、この創世神話を意識することはほとんどないでしょう。プレイヤーにとってニルンはただそこにある世界であり、ダンジョンを探索し、NPCと話し、戦い、旅をする場所です。

しかしロアを知ったうえで改めて目を向けると、見え方が変わる部分はあります。各地に残るドゥーマーやアイレイドの廃墟は、かつて栄えた文明が例外なく滅んでいることを示しています。エルフの文化には「かつての高みから堕ちた」という意識が深く刻まれており、アルトマーの傲慢も、ダンマーの苦難も、その根底には「本来あるべき状態はここではない」という感覚があります。

3. エルフと人間の分岐 ──守られた者と、さまよった者

後半のエルノフェイ(定命の者の祖先)の争いは、タムリエルの歴史を貫くエルフと人間の対立の神話的な起源です。

古きエルノフェイ(エルフの祖先)は、比較的無傷のまま落ちてきた土地に残り、かつての栄光と魔法の力を保持した者たち。さまようエルノフェイ(人間の祖先)は、砕けた世界の残骸の中を彷徨い、過酷な環境で苦闘し、数と強靭さで生き延びた者たちです。

この出発点の違いが、後代の両者の世界観に長い影を落としています。

アルトマーに代表されるエルフの文化には、「かつての高みから堕ちた」という意識が深く刻まれています。エルフが失われた神性への回帰に執着しがちなのは、自分たちがかつて完全な世界にいた者の末裔だという記憶、あるいは信仰があるからです。一方、人間の諸文化には、苦難の中を自力で切り抜けてきたことへの誇りがあり、不完全な世界を受け入れて前に進む姿勢が比較的強い傾向にあります。

もちろん、これは神話が描く原型であって、すべてのエルフが傲慢で、すべての人間が逞しいわけではありません。帝国はエルフと人間が共存する体制のうえに成り立っていますし、個人や派閥の単位で見れば、この図式に収まらない例はいくらでもあります。それでも、種族全体の文化的な傾向を遡ったとき、その根がこのエルノフェイの分岐にまで届いている──というのが、アヌアドの語る構造です。

なお、原文ではチャイマーとダンマーが別々に列挙されていますが、これは別種族ではなく同じ民の二つの段階です。チャイマー(Changed Ones=変わりし者たち)は預言者ヴェロスに率いられてサマーセット諸島を離れたエルフの一派であり、のちにアズラの呪いによって灰色の肌と赤い目を持つダンマー(Dark Ones=暗き者たち)へと変容しました。

4. アヌアドが語らないこと ──モノミスへの橋

ここまでアヌアドを読み解いてきましたが、じつはこの書には、意図的に省略されている──あるいは、この書の神話体系ではそもそも存在しない──重要な要素がいくつもあります。

まず、ロルカーンが登場しません。

TESの創世神話において、ロルカーンは最も議論を呼ぶ存在です。定命の世界(ムンダス)の創造を提案し、神々を巻き込み、その過程で神々の力を奪い取った、あるいは、神々に自己犠牲の機会を与えたとされる神。エルフにとっては詐欺師であり、人間にとっては英雄であり、カジートにとっては母の最後の子です。

ところがアヌアドでは、ニルンの創造はアヌが砕けた世界を握り固めた結果として描かれ、ロルカーンの名前はどこにも出てきません。ロルカーンが果たしたとされる役割、すなわち、神々を説得し、共同でムンダスを築かせ、その代償として神々を弱体化させたという物語は、すべてアヌとパドメイの闘争に吸収されています。

次に、マグナスとその逃亡が語られません。

先ほど述べた通り、アヌアドでは「アヌの血=星々」です。しかしモノミス系の神話では、マグナス(ムンダス創造の設計者)が代償の大きさに気づいて逃亡し、オブリビオンの障壁を突き破った穴が太陽。追随した精霊たちが穿った穴が星。まったく別の物語です。

そして、Anui-El(アヌイエル)とシシスという階層構造が存在しません。

アヌアドでは、アヌとパドメイがそのまま原初の行為者として物語を動かします。しかしアルトマーの神学では、アヌは直接世界に働きかける存在ではありません。アヌはまず自己認識のために自らの魂、つまりアヌイエルを生み出します。

アヌイエルはさらに、自分自身を定義するための「限界の総体」としてシシスを生む。そしてアヌイエルとシシスの相互作用がオービス(宇宙全体)を形成し、そこからエト・アダ(et’Ada/原初の精霊たち)が生まれる。

アヌアドが「兄弟の血」で一息に語った神々の誕生は、より精密な神話では何層もの入れ子構造を経ているのです。

最後に、神話時代の終わりの定義が異なります。

アヌアドはイスグラモルとハラルド王の登場をもって「神話の時代は終わった」と宣言します。しかしTESのロア上、神話時代(Dawn Era)の終わりはアダマンティンの塔(ディレニの塔)における神々の会議「コンヴェンション」をもって定義されます。

神々と魔法が世界から撤退し、時間がようやく直線的に流れ始めた瞬間。イスグラモルの到着はそのずっと後、メレシック紀(Merethic Era / 神話紀)の出来事です。アヌアドはこの区別を無視して、すべてをひとつの物語としてまとめています。

こうした「アヌアドが語らなかった層」を一枚ずつめくっていくのが、次に読むべき書物──『モノミス』の役割です。

第二章:比較神話としての創世 ──『モノミス』

モノミスとは何か?

モノミス/単一神話(The Monomyth)」──タイトルはジョーゼフ・キャンベルの著作『千の顔をもつ英雄』の概念から取られています。キャンベルのモノミスが「世界中の英雄神話に共通する構造を抽出する」試みであるように、TESのモノミスもまた、タムリエルの諸文化に散らばる創世神話を並べ、その底に流れる共通構造を浮かび上がらせようとする書です。

ただし、この書もまた中立的な教科書ではありません。サイジック会の修行者がアーリエル五世に向けてアルトマーの宗教観を説明するために書いた解説が含まれていたり、各文化の神話をどう並べるかという選択そのものに編纂者の解釈が入っていたりします。

その前提を踏まえたうえで、モノミスが提示する創世の共通構造を見ていきましょう。

まず、モノミスの冒頭に記されている、TES世界の根源的な共通構造を要約します。

すべてのタムリエルの宗教は、同じ始まりを持つ。人間であれエルフであれ、物事はアヌと、その対極(パドメイ)の二元論から始まる。

アヌイエルは永遠の不可言の光。シシスは腐敗する不可言の行動。その中間にあるのが「灰色の曖昧(Gray Maybe)」──すなわちニルン、あるいはオービス全体。

この二つの力は文化ごとに異なる名で呼ばれる。アヌ=パドメイ。アヌイエル=シシス。サタク=アケル。「ある」=「ない」。ほとんどの文化ではアヌイエルを世界の創造に一定の功績があるものとして敬うが、反応を引き起こしたのはシシスであるため、シシスの方がより高く評価される。シシスこそが原初の創造者であり、方向なき変化を本質的に引き起こす存在である。

この二つの存在からエト・アダ(原初の精霊)たちが生じた。人間にとって彼らは「神と魔神」。アルトマーにとっては「エイドラとデイドラ」、すなわち「祖先」である。

すべてのパンテオンには、二つの原型が共通して存在する。竜神不在の神である。

竜神は常に「時間」と結びつき、「最初の神」として普遍的に崇められる。多くの文化でアカトシュと呼ばれる。

不在の神は常に「定命の次元」と結びつく。最も一般的な名はアルトマーの呼称「ロルカーン」──運命の太鼓である。

ここで語られていることを、もう少し噛み砕いてみましょう。

アヌアドを読んだあとだと、アヌとパドメイは「意志を持った兄弟の神」に見えます。嫉妬し、殴り、剣を振るう。非常に人間的な存在として描かれていました。

しかしモノミスが語るアヌとパドメイは、そういう存在ではありません。

アヌとパドメイは「神」ではなく、宇宙を構成する二つの原理です。アヌは純粋な静止──変化しないこと、留まること、そのもの。パドメイは純粋な変化──動くこと、壊すこと、作り変えること、そのもの。人格も意志も、本来は持っていません。

我々の世界に喩えるなら、「エネルギー」「エントロピー」に近い感覚かもしれません。エネルギーが怒ったり嫉妬したりしないのと同じで、アヌとパドメイも本来は感情や意図を持つ「誰か」ではない。ただ「ある」「変わる」という、宇宙の最も基本的な二つの状態がある。それがアヌとパドメイです。

ではなぜアヌアドでは兄弟の物語として語られていたのか。それは、定命の者(人間やエルフ)がこの途方もなく抽象的な原理を理解するために、自分たちに馴染みのある「人格を持った神の物語」の形に落とし込んだからです。アヌアドが「子供向け」や「注釈付き」と呼ばれるのには、そういう理由があります。

モノミスは、その物語の皮を一枚めくって、もう少し抽象的な層を見せようとします。

アヌとパドメイは、あまりにも根源的すぎて、それだけでは何も生まれない。純粋な静止と純粋な変化が存在するだけでは、世界にはならない。そこで、それぞれが自分を認識するための「魂」のようなものを生み出した──というのがモノミスの語り方です。

アヌの魂がアヌイエル。秩序、光、永遠の静けさが「自分は秩序だ」と認識した状態です。 パドメイの魂がシシス。混沌、変化が「自分は変化だ」と認識した状態です。

原理そのものであるアヌとパドメイには意志がない。しかし、その魂であるアヌイエルとシシスには、かすかに「方向性」のようなものが生まれている。そして、このアヌイエルとシシスが交わる中間領域──どちらにも完全には属さない場所──を、モノミスは「灰色の曖昧(Gray Maybe)と呼んでいます。白でも黒でもなく、「たぶん(Maybe)」としか言いようがない灰色の領域。それがニルン、あるいはオービス(宇宙全体)の本質です。

次に「竜神」と「不在の神」。モノミスの最も重要な主張は、タムリエルのあらゆる文化の神話に、この二つの存在が必ず登場するという点です。名前は文化ごとに違えど、どの民族にも「時間を司る最初の神」「定命の世界を作った(あるいは作らせた)が、そのあと姿を消した神」がいる。

前者がアカトシュ(竜神)、後者がロルカーン(不在の神)です。

アヌアドではロルカーンの名前すら出てきませんでした。しかしモノミスは、ロルカーンこそがすべての神話の核心にいると宣言します。アカトシュが時間を作ったことで世界に「流れ」が生まれ、ロルカーンがムンダスを作ったことで神々は定命の存在に変わった。そしてロルカーンをどう評価するか──英雄か、詐欺師か、哀れな犠牲者か──が、種族ごとの世界観を根本から分けている。この問いが、モノミスの後半で詳しく語られていきます。

アルトマーの創世 ──「世界の心臓(The Heart of the World)」

モノミスには、各文化ごとの創世神話が収録されています。その中で最も体系的に語られているのが、アルトマー(ハイエルフ)の神話「世界の心臓」です。先ほど説明したアヌイエルとシシスの入れ子構造を踏まえたうえで、この神話が何を語っているのか見ていきましょう。

アヌは万物であった。自らを知るために、アヌは自分の魂──アヌイエル──を創った。アヌイエルもまた自分を理解しようとする存在で、自分自身に輪郭を与えるために「限界の総体」であるシシスを生んだ。こうしてアヌイエルとシシスが互いに作用し合い、オービス(宇宙全体)が形成された。

しかし、初めのオービスは混沌だった。何の設計図もなく、アヌイエルの思索だけがとりとめなく広がっていたからだ。オービスの中に漂う精霊たちは、このままでは自分を保てないと感じ、何か拠り所となる秩序を求めた。そこでアヌは、アヌイエルの魂──アーリエル(アカトシュ)──を創った。アーリエルは「時間」という力としてオービス中に染み渡り、精霊たちは初めて過去と未来を持つことができた。自分が何者なのかを理解し、名前を持つようになった。マグナス、マーラ、ゼンといった名前を。

その中にロルカーンがいた。他の精霊たちがそれぞれ固有の性質──火、森、愛、知恵──を持っていたのに対し、ロルカーンは「性質」を持たない存在だった。彼の本質は「限界」そのもの。どこにいても長くは留まれず、あらゆる精霊の中を渡り歩いては「こうすればもっと面白くなる」「こうすれば自分たち自身をもっと深く知れる」という考えを植えつけていった。

やがてロルカーンは壮大な計画を提示した。「精霊のそのまた分身までもが自分を見つめ直せる場所──新しい世界を作ろう」。これがムンダス(定命の世界)の構想だった。

多くの精霊が賛同した。アーリエルですら「新しい世界の王にしてやる」と言われて同意した。こうしてムンダスが創られ、精霊たちはエト・アダ(原初の精霊)となった。

しかし、これは罠だった。ロルカーンが最初からわかっていた通り、ムンダスは制限と制約に満ちた世界だった。精霊たちは世界に力を注ぎ込めば注ぎ込むほど弱くなっていく。これは秩序(アヌ)の世界ではなく、変化と喪失(シシス)の世界だった。

エト・アダたちは消え始めた。完全に消滅した者も多くいた。設計者マグナスはいち早く危険を悟り、オービスの壁を突き破って逃亡した──魔法に限界がないのは、このときマグナスが「制限の壁」そのものを破壊してしまったからだ。イフレは別の道を選んだ。自らの体を「自然法則」そのものに変え、崩壊しかけた世界の骨組みを支えた。これがエルノフェイ(大地の骨=アースボーン)の始まりだ。彼のおかげで、ムンダスは完全には崩壊しなかった。

それでも世界は弱り続けた。残った精霊たちは結婚し、子を作ることでかろうじて存続した。世代を重ねるたび力は薄まり、やがてアルトマー(最初のエルフ)が生まれた。

闇が押し寄せた。ロルカーンは最も弱い魂から軍勢を作り、彼らを「人間」と名づけた。人間はあらゆる場所に変化と混沌を持ち込んだ。

アーリエルはアヌに「どうか我々を元の世界に戻してくれ」と頼んだが、アヌは彼らの居場所をすでに別のもので埋めていた。ただし、アヌの魂であるアヌイエルはより慈悲深く、アーリエルに弓と盾を与えた。

アーリエル最強の騎士トリニマックは、ロルカーンを軍勢の前で打ち倒し、その胸から心臓をえぐり出した。

しかし、トリニマックとアーリエルがロルカーンの心臓を破壊しようとしたとき、心臓は笑い声を上げた。「この心臓は世界の心臓だ。片方がなければもう片方も存在できない」と。

心臓は壊せなかった。アーリエルは心臓を矢に結びつけ、世界の誰も見つけられない遠くの海へと射った。

ゲーム内書籍:モノミスより引用・要約

ここで語られていることも噛み砕いてみましょう。

この神話で最も重要なのは、ムンダス(定命の世界)の創造が、善意の贈り物ではなく「騙し」として描かれている点です。

ロルカーンは精霊たちに「すばらしい新世界を一緒に作ろう」と持ちかけました。アーリエル(アカトシュ)ですら「新しい世界の王にしてやる」と言われて乗った。しかし実際に作られたムンダスは、精霊たちの力を吸い取る場所でした。神々は力を注ぎ込めば注ぎ込むほど弱くなり、不死の存在であることをやめなければならなくなった。

これがアルトマーの世界観の核心です。「我々は本来不死の神々の末裔だったのに、ロルカーンに騙されて定命の存在に堕とされた」。アルトマーが定命の世界を呪われた監獄のように捉え、失われた神性への回帰に執着するのは、この神話に根ざしています。

もうひとつ注目すべきは、ロルカーンの心臓が破壊できなかったという点です。心臓自身が「この心臓は世界の心臓だ」と笑った。つまり、ロルカーンの心臓はムンダスそのものと一体であり、心臓を壊すことは世界を壊すことを意味する。だからアーリエルは破壊を諦め、矢に結びつけて遥か東の海へ射った。この矢が落ちた場所が海を沸騰させ、火山を形成した──それがヴァーデンフェルのレッドマウンテンです。

Morrowindをプレイした方なら、この心臓に心当たりがあるでしょう。ダゴス・ウルが地下で守り、トリビューナルが力の源として利用し、ネレヴァリンが最後に対峙するもの──それが、この神話で語られているロルカーンの心臓そのものです。

ロルカーンという問い ──世界は贈り物か、罠か

モノミスが突きつけるTES世界の最大の問いは、「ロルカーンは何者なのか」です。同じ神を語りながら、文化ごとにここまで評価が割れる存在はほかにいません。

  • アルトマー(ハイエルフ)にとって、ロルカーンは詐欺師です。
    • 先ほど見た通り、彼は神々を騙してムンダスに力を注ぎ込ませ、不死だった精霊たちを有限の存在に貶めた。いま生きていることそのものが「堕落」であり、失われた神性を取り戻すことこそが正しい道だ──これがアルトマーの世界観の根底にある考えです。
  • 人間(レッドガードを除く)にとって、ロルカーンは恩人です。
    • モノミスの序論は、人間がロルカーンの行為を「神の慈悲」として捉えていると述べています。弱い存在であっても自己省察を通じて不死に到達できる場所を作ってくれた神。人間にとって、ムンダスは罠ではなく、恩寵です。
  • レッドガード(ヨクーダの民)の伝承は独特です。
    • ヨクーダの神話では、ロルカーンに相当するのはセプ(第二の蛇)です。
    • 世界蛇サタクの脱皮した古い皮から、偉大なるルプトガ(大いなる父)がセプを創りました。精霊たちを「彼岸(Far Shores)」へ導く手助けをさせるためです。しかしセプは飢えに狂い、古い世界の皮を丸めてひとつの世界を作り、精霊たちを騙してそこに住まわせた。結果、彼らは死を迎えるようになり、彼岸への道を失った。ルプトガはセプを棍棒で打ち殺し、その口から飢え(ロルカーンの心臓)が転がり落ちた。レッドガードにとって、ロルカーンは悪意ある詐欺師というよりも、自分自身の衝動に負けた哀れな存在です。
  • ダンマー(ダークエルフ)の視点はさらに複雑です。
    • 暗殺者ギルド「闇の一党」やモラグ・トングの教義に見られるシシス崇拝では、世界の成り立ちが完全に逆転します。
    • シシスこそが原初の創造者であり、無を砕いて可能性を生み出した。アヌイエルはむしろ「悪魔」であり、その可能性を永遠に不完全な世界に閉じ込めた存在です。これに対抗するためにシシスがロルカーンを生み、ロルカーンが定命の世界を創って、再び万物が朽ち、変化できるようにした。ここではロルカーンは「罠を仕掛けた者」ではなく、「停滞からの解放者」です。

どの種族も、同じ神を語りながら、詐欺師、恩人、哀れな犠牲者、解放者…

TESの世界に「正しい創世神話」が存在しない理由が、ここに凝縮されています。

マグナスの逃亡 ──太陽と星の正体

アヌアドでは「アヌの血が星になった」と簡潔に語られていましたが、モノミスではまったく別の説明がなされます。

マグナスはムンダス創造の設計者でした。ロルカーンが計画を持ちかけ、マグナスが実際の設計図を描いた。しかし、世界を物質として固定するには自分自身の力。つまり神性そのものを削り取って注ぎ込む必要があることに気づきます。

その代償の大きさに恐れをなしたマグナスは、ムンダスから退却しました。彼がオービスの壁を突き破って逃亡した際に残った巨大な穴、それが太陽です。そしてマグナスに追随して逃げた精霊たち(マグナ・ゲ)が残した無数の小さな穴が星です。

つまり、モノミスの宇宙論では、太陽と星の正体は光源ではなく「穴」です。

ムンダス(定命の世界)は、オブリビオンという暗い壁に囲まれた部屋のようなものです。

その壁のさらに向こう側にエセリウス(神の次元)という光に満ちた空間がある。マグナスが逃げるとき、この壁をぶち破って向こう側へ飛び出した。その巨大な穴から光が差し込んでいる──それが太陽です。

マグナスに続いて逃げた精霊たち(マグナ・ゲ)が開けた小さな穴の数々が星です。

我々が夜空に見ている星の光は、星そのものが燃えているのではなく、エセリウスの光がオブリビオンの壁の裂け目から漏れている光だということになります。

そしてこの「壁をぶち破った」という行為には副作用がありました。マグナスが突き破ったのは物理的な壁だけではなく、ムンダスを外界から隔てていた法則の壁でもあった。その穴が塞がらないまま残っているからこそ、エセリウスの力、すなわちマジカ(魔法)がムンダスに流れ込み続けている。TESの世界で魔法が使えるのは、マグナスが逃げた穴がいまだに開いているからだ──というのがモノミス側の説明です。

ここで残った者たちの行き先を整理しておきましょう。

  • 残った者たち(エイドラ/エルノフェイ)
    • ムンダスに留まり、自分の力を削って世界の骨組みとなったか、定命の者の祖先となりました。
  • 最初から参加しなかった者たち(デイドラ)
    • オブリビオンに自分の領域を作り、自身の力を完全に保ちました。
  • 途中で逃げた者たち(マグナ・ゲ)
    • マグナスに続いてエセリウスへ帰還しました。彼らはエイドラのように力を犠牲にはしませんでしたが、デイドラのようにオブリビオンに留まったわけでもありません。
    • 第三の選択──「逃亡」を選んだ精霊たちです。

第三章:神話の終わり、歴史の始まり ──コンヴェンション

ロルカーンの心臓が海へ射出され、逃げる者は逃げ、残る者は残った。しかし、まだ一つ決着がついていないことがありました。

この後、世界をどうするのか

残った神々は、ニルンに現存する最古の建造物──アダマンティンの塔(現在のハイロック地方バルフィエラ島にあるディレニの塔)──に集まり、会議を開きました。これが「コンヴェンション(Convention)」です。

ここでロルカーンは正式に裁かれ、定命の世界を律する法が定められました。そして神々は世界から撤退しました。なぜなら、神々が直接ニルンに存在し続けると、現実そのものが不安定になるからです。時間は歪み、物理法則は揺れ、世界が再び神話時代の混沌に戻りかねない。

コンヴェンションをもって、二つのことが確定します。

時間がようやく直線的に流れ始めた

神話時代(Dawn Era)の特徴だった「時間が前後する」「因果が入れ替わる」という混沌は、ここで終わります。

序章で触れた通り、神話時代は「何年に何が起きた」と並べることすらできない時代でした。それは時間そのものが安定していなかったからです。コンヴェンションで神々が世界から手を引いたことで、時間はようやくまっすぐ流れ始め、出来事に「前」「後」がはっきり存在するようになりました。

歴史が「歴史」として成立するのは、この瞬間からです。

神々がニルンから手を引いた

以降、エイドラが定命の世界に直接介入することは原則としてなくなります。信仰を通じて力を貸すことはあっても、姿を現して地上を歩き回ることはありませんでした。

これがデイドラとの決定的な違いです。デイドラはコンヴェンションに参加していません。そもそもムンダスの創造にも関わっていないので、この取り決めに縛られない。だからデイドラ公たちは、その後も自分のオブリビオン領域からニルンに手を伸ばし続けるのです。

Oblivionのメインクエストでメエルーンズ・デイゴンがニルンに侵攻してくるのも、Skyrimでハルメアス・モラが介入してくるのも、彼らがコンヴェンションの法に縛られていないからこそ可能なことです。一方、アカトシュやマーラがプレイヤーの前に直接姿を現すことは基本的にありません。これはゲームデザイン上の都合ではなく、ロア上の理由があるわけです。

アヌアドとの食い違い

アヌアドはイスグラモルとハラルド王の登場をもって「神話の時代は終わった」と宣言していました。しかし厳密には、コンヴェンションが神話時代(Dawn Era)の終わりであり、イスグラモルの到着はそのずっと後のメレシック紀の出来事です。

ただし、定命の者にとっては「王が現れて文字の記録が始まった」ことこそが実感としての歴史の始まりです。アヌアドが「平易な物語」としてこの区別を無視し、すべてをひとつの流れにまとめているのは、ある意味では正直な語り方とも言えます。

神々の会議など、定命の者は誰も見ていないのですから。

第四章:創世の構造はなぜ繰り返されるのか ──エナンティオモルフ

神話の中の「型」

ここまでアヌアドとモノミスを読み解いてきて、一つの構造が繰り返し現れていることに気づいたでしょうか。

二つの対立する力と、その間に立つ第三者。そして第三者が傷つく。

アヌアドでは、アヌとパドメイが争い、その間にニルがいました。ニルは両者に望まれ、両者の闘争の中で傷つき、死にました。

モノミスでは、アーリエル(秩序の側)とロルカーン(変化の側)が争い、トリニマックが決着をつけました。

どちらの物語でも、対立する二者がいて、第三者がその決着に関わり、代償を払っています。

偶然でしょうか? TESのロアでは、これは偶然ではありません。

エナンティオモルフとは何か

TESの深層ロアでは、この構造に名前がついています。エナンティオモルフ(Enantiomorph)です。

エナンティオモルフは、もともと化学用語で「鏡像異性体」を意味します。右手と左手を思い浮かべてください。同じ構造だけれど、鏡で反転している。重ね合わせることはできない。

TESではこれが宇宙論的な原型(世界の仕組みそのものに組み込まれたパターン)として機能しています。

構成要素は三つ。

  • ──現状の秩序を維持しようとする者。
  • 反逆者──その秩序を壊そうとする者。
  • 観察者──二者の間に立ち、どちらが勝つかを確定させる者。

重要なのは、王と反逆者は互いに鏡写しであるため、状況によってどちらがどちらか入れ替わり得るという点です。

アヌが王でパドメイが反逆者にも見える。しかしパドメイが創造の衝動を持ち込んだ者(=変化を起こした側)と見ればパドメイこそが行為者であり、アヌはただ動かなかっただけとも読める。

だからこそ、観察者が必要になります。第三者の視点だけが「こちらが王、こちらが反逆者」と確定させることができる。しかし、その決着の代償として、観察者自身が傷を負います。(しかも視覚に関わる部分が多い)

最初のエナンティオモルフ

アヌとパドメイの闘争は最初のエナンティオモルフです。

王と反逆者が争い、ニルが観察者として間に立ち、命を落とした。

モノミスにおけるアーリエルとロルカーンの対立も同じ構造です。秩序の守護者と変化の推進者が衝突し、トリニマックが決着をつけた。

この構造が重要なのは、一度だけ起きた出来事ではなく、まるで宇宙そのものに刻み込まれた型のようにTESの歴史の中で何度も反復されるからです。

繰り返されるエナンティオモルフ

ネレヴァリンとダゴス・ウル

Morrowindのメインクエストそのものです。

レッドマウンテンの地下で、ダゴス・ウル(ロルカーンの心臓を利用して神になろうとする者)とネレヴァリン(それを阻止する者)が対峙する。ヴィヴェックが観察者として二者の間に立ちました。

ヴィヴェックの片目が「閉じている」描写がしばしば見られるのは、観察者が代償として目を失うというエナンティオモルフの法則を示唆しているとも読み取れます。

そしてこの対立の核心にあったのは、第二章で語ったロルカーンの心臓です。アーリエルが遠い海へ射った心臓は、レッドマウンテンの地下に落ち、数千年の時を経てもなお力を放ち続けていた。ダゴス・ウルもトリビューナルも、その力を利用しようとした。ネレヴァリンだけが、心臓を「解放」するという選択をした。

これが、Morrowindのメインクエストの真の意味です。

タロスの神格化

タイバー・セプティム。

別名を、ヒルティ・アーリーバードズリン・アルクタスウルフハース

え? タロスって一人の人間じゃないの? と思ったあなたは、素晴らしき帝国の民です。タロス信仰を続けましょう。

この三者の関係は、今なお最も議論が紛糾するテーマの一つです。誰が王で誰が反逆者で誰が観察者なのか。三人の役割が入り混じり、最終的に一つの神「タロス」として合一したとされていますが、その過程の詳細は文献によって大きく食い違います。

確かなのは、この三者の衝突から新しい神が生まれたということ。そしてそのタロスの神性を認めるかどうかが、第四紀のタムリエルを二分する政治的・宗教的対立、つまりスカイリムでの帝国とサルモールの争いの根幹にあるということです。

スカイリムでのストームクローク反乱も、遡ればこのエナンティオモルフに端を発しています。

マーティンとメエルーンズ・デイゴン、そしてシェオゴラスとジャガラグ

Oblivionのプレイヤーは、一つのゲームの中で二つのエナンティオモルフに立ち会っています。

メインクエストでは、メエルーンズ・デイゴンがニルンに侵攻し、マーティン・セプティムが自らをアカトシュの化身に変えることで決着をつけた。マーティンは消滅し、デイゴンは追放された。プレイヤーはこの場に立ち会い、決着を可能にした観察者です。

拡張「Shivering Isles」では、狂気の神シェオゴラスと秩序の神ジャガラグの永遠のサイクルにプレイヤーが介入します。この二柱は実は同一の存在であり、他のデイドラ公たちがジャガラグの力を恐れて彼を狂気に変えた結果、紀の終わりごとに秩序が狂気を押し返すグレイマーチが繰り返されていた。プレイヤーはこのサイクルの観察者として介入し、自らシェオゴラスの座を継ぐことでサイクルを断ち切ります。

二つのエナンティオモルフの観察者を経験したプレイヤーは、その後シェオゴラスとしてSkyrimに登場します。そのシェオゴラスの目は白く濁っている。観察者が代償として視覚を損なうというエナンティオモルフの法則に照らせば、これは二重の観察の代償かもしれません──もちろん、これはロアコミュニティの解釈であり、公式に明言されたものではありませんが。

なぜ繰り返されるのか

エナンティオモルフが一度きりの出来事ではなく何度も反復されるのは、これが「たまたま起きた事件」ではなく、宇宙そのものの成り立ちに刻まれた型だからです。

TESの宇宙は、最初の最初に「ある(IS)」「ない(IS NOT)」が分裂したことから始まりました。アヌとパドメイ、静止と変化。この対立と、その間に立って傷つく第三者。世界はこのパターンによって生まれた。

だから、世界の中で起きる重大な転換点もまた、同じパターンをなぞります。ちょうど、ある曲の主旋律が調や楽器を変えながら繰り返し現れるように、創世の型が歴史の中で変奏され続けているのです。

まとめ

この記事では、「アヌアド」と「モノミス」を手がかりに、TES世界の創世を読み解いてきました。最後に、この二冊から浮かび上がるTES世界を整理します。

アヌアドは「物語」、モノミスは「構造」を語る。

アヌアドは、宇宙の成り立ちを兄弟の争いという物語に翻訳して、誰にでもわかる形で書かれたものです。モノミスは、その物語の裏にある抽象的な原理(アヌとパドメイは概念であること、その魂としてアヌイエルとシシスがあること、そこからアカトシュとロルカーンが生まれたこと)を段階的に明かしたものです。

どちらが「正しい」のではなく、同じ出来事を違う深さで語っています。

神々は完全な存在ではない。

エイドラは力を削って世界を支えた。デイドラはそれを拒否してオブリビオンに引きこもった。マグナ・ゲは途中で逃げた。どの神々も、創世の過程で何かを失うか、何かを放棄しています。TESの神々が誤りを犯し、互いに憎み合い、時に死ぬのは、彼ら自身がもう完全ではないからです。

ロルカーンの評価は永遠に定まらない。

アルトマーにとっては詐欺師。人間にとっては恩人。レッドガードにとっては哀れな存在。ダンマーのシシス崇拝においては解放者。この食い違いは、どれかが間違っているのではなく、TESの世界そのものが「唯一の正解を持たない」ように設計されていることを示しています。

神話時代は「終わった過去」ではない。

エナンティオモルフが示すように、創世の構造はその後の歴史の中で何度も反復されます。レッドマウンテンの戦い、タロスの神格化、Oblivionの危機、シヴァリング・アイルズの変革。プレイヤーがコントローラーを握って体験する物語の中に、神話時代の型が埋め込まれている。

TESのロアが他のファンタジー作品と決定的に違うのはここです。

神話は「設定資料集の中だけの話」ではなく、ゲームプレイそのものに構造として組み込まれている。プレイヤーは知らず知らずのうちに、アヌとパドメイが始めたパターンの中を歩いているのです。

この記事で扱ったのは、TESの深いロアのほんの入口にすぎません。ヴィヴェクの三十六の説話、Walking Ways(神に至る六つの道)、CHIM、ドラゴンブレイク、ヌミディウム…まだまだディープロアと呼ばれるものがたくさんあります。

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