――あの数分間が描いた“理想のゲーム”はいまだ現実になっていない
The Division』の2013年E3ゲームプレイデモ(Ubisoftによる初公開映像)は、当時のゲーム業界に衝撃を与えたことで有名だ。
久々に見返してみると、なんだか感慨深いものがあったので当時を振り返ってみた。
当時を知らない人にも、今見ると特別な意味を持つ映像だと思う。
とりあえず、当時の実際の映像を一度ご覧いただきたい。
背景
まず、当時はPS4とXbox Oneがまだ発売前(2013年6月時点)で、「次世代機で何ができるのか」という空気が最高潮に高まっていた。UbisoftはそのタイミングでDivisionを発表し、E3の観客を完全に持っていった。映像は見事なリアリズムと没入感を持っていて、「これはプレイ映像なのか?」「CGじゃないのか?」と議論が起こるほどだった。
映像では、プレイヤー3人が冬のマンハッタンを協力して探索し、銃撃戦を繰り広げる。HUDが画面に自然に溶け込み、キャラクター同士のチャットが自然体で、まるで生きているかのような都市が描かれていた。スモークや雪の粒子、建物の内部光の反射まで緻密で、あの頃の基準では明らかに“未来”だった。
また、このデモは「オープンワールドRPG×オンライン協力プレイ×リアルタイム戦術」という概念を初めてビジュアル化したものだった。
当時は“MMO”と“シューター”の融合自体がまだ珍しく、DestinyやAnthemよりも前に「オンライン・リアルタイム戦術RPG」を本格的に見せたのがDivisionだった。
そして幻のゲームへ
有名になったもう一つの理由は「現実との乖離」だった。
後に発売された製品版は、グラフィックや環境描写、インタラクションが明らかに簡略化されており、いわゆる“E3ダウングレード”の代表例として語り継がれた。E3のDivision、Watch Dogs、Killzone 2…これらはすべて“理想を映した幻の映像”として記憶されている。
その理由は、単に映像の出来が良かったからではない。あのデモが示したのは「ゲームがどう進化していくか」という未来像そのものだったからだ。
あの時点で、プレイヤーたちは初めて「街そのものが一つの舞台であり、誰かの生活の跡であり、戦場でもある」というビジョンを見た。降りしきる雪、キャラクターがぶつかることで車のドアが閉まる細やかなアニメーション、無線越しの会話、そしてミニマルなUI。どれも“現実の延長線上にあるゲーム”という、当時としては信じがたいほど成熟した演出だった。
しかしその後、Divisionが実際に発売され、プレイヤーはあのE3デモと現実の差に直面した。
映像ほどの自然な会話も、光の反射も、動的な環境変化もなかった。そこに生まれたのが“E3詐欺”という言葉であり、Divisionのデモはその象徴となった。
それでもなお、あのデモは否定されずに語り継がれている。なぜなら、多くの人にとってそれは「もしゲームがあの通りに作れたなら」という夢の形だったからだ。
技術的な失望から、存在しない喪失感へ
Divisionの発売後、人々が語ったのは単なるグラフィックの劣化ではなかった。
あの映像の中にあった“理想のゲーム体験”――静まり返ったマンハッタンの緊張感、NPCの息づかい、プレイヤー同士の自然な連携、そして都市全体が生きているように見えるあの感覚――それらが実際のゲームでは失われていた。
その落差こそが、多くの人にとって忘れがたいものになった。
なぜなら、あの映像が描いた“空気感”を超える作品はいまだに存在しないからだ。
Division 2が発売され、シリーズが長く続いた今でも、「本当にこの街を歩いている」と感じられる瞬間はあまりない。
だからこそ、Division 1、Division 2と長くプレイしてきたプレイヤーでさえ、この2013年のデモ映像を見返すたびに、「自分が本当にやりたかったのはこれだった」と感じてしまうのだ。
あの数分間が描いた世界の完成度と没入感――それはいまだ、どの作品も超えられていない。
あの動画のコメント欄には、そんなプレイヤーがたくさんいる。
Youtubeのコメント欄が感慨深い
久々に見返すと、コメント欄がまるで“集団の記憶”のようになっていた。
多くの書き込みが共通して語っているのは、「あの映像が約束した体験が、いまだに実現していない」という感覚だ。技術的な失望というより、「この映像に映っていた理想のゲームが、まだどこにも存在しない」という喪失感に近い。
とくに印象に残ったコメントをいくつか紹介しよう。
“When this trailer hit the internet, I was in my MBA, single, unemployed and wasting my summer on TLOU videos. PS4 was still a fantasy and I obsessed over this teaser.
Today, my PS4 is rusty, I’m married, father to a lovely little angel, employed for five years, got some grey in my hair… and I’m still waiting for THIS game.”
訳:このトレーラーが公開されたとき、僕はMBAの学生で、独身で、無職で、夏をThe Last of Usの動画を見て無駄にしていた。
PS4はまだ夢の存在で、このゲームプレイデモに取りつかれたように見入っていた。
それから年月が経ち、今はPS4は錆びついて、僕は結婚して、5年働いて、娘もできて、白髪も増えた。
それでも――僕はいまだに“このゲーム”を待っている。
“I keep coming back to this trailer for years now… I still remember how hyped I was when I first saw it. Everything worked — the setting, atmosphere, graphics, design, animations, gameplay, freaking fonts and UI design… I wondered what kind of awesome story I would get to experience once it came out. I still hope someone makes this or something similar into the game that it could’ve been.”
訳:
何年経っても、このトレーラーを何度も見返してしまう。初めて見たときの興奮はいまでもはっきり覚えている。
世界観も、雰囲気も、グラフィックも、デザインも、アニメーションも、ゲームプレイも、フォントやUIの細部に至るまで、すべてが完璧だった。
発売されたらどんなすごい物語を体験できるんだろうと思っていた。
今でも、この映像のまま、あるいはそれに近い形で“本来のDivision”を誰かが作ってくれることを願っている。
“When I see this trailer I almost want to cry. I dream of a game like this — I want this to be real.
The Division is fun, but I want a more realistic version, one with less RPG looter-shooter stuff and more of a true Tom Clancy feel.
I want the game that’s in this trailer. It looks amazing, and the gameplay looks way better — like how he just picks up that gun in the police station instead of it randomly dropping. And the map feels huge.
Come on, Ubisoft, please. Or at least someone, please make this game a reality.”
訳:
このトレーラーを見ると、泣きそうになる。こんなゲームをずっと夢見ているし、これが本物になってほしい。
Divisionは楽しいけれど、もっとリアルで、RPGのルータシューター的な要素が少なく、“トム・クランシーらしい”作品がやりたい。
自分が求めているのは、この映像の中にあるDivisionだ。見た目もすごく良いし、ゲームプレイもずっと自然だ。警察署で銃を“拾う”あのシーンがそうだ。あれはランダムドロップじゃない。
そしてマップが本当に広い。
頼むよUbisoft、本当にこのゲームを作ってくれ。少なくとも誰か、この映像のゲームを現実にしてほしい。
“I am Japanese. Even now, over 10 years after its release, I can’t help but come back to watch this trailer occasionally. At that time, I was absorbed in playing with handheld game consoles and the Nintendo Wii, so this trailer was shocking for me. I was amazed at whether I could have such an experience on the next-generation game console and pledged firmly to purchase a PS4. And I was able to encounter many wonderful games on the PS4. This trailer is the most amazing one I’ve ever seen, and I am grateful for it.”
訳:
私は日本人です。発売から10年以上経った今でも、このトレーラーを時々見返してしまいます。
当時の私は携帯ゲーム機やWiiで遊ぶことに夢中で、この映像は本当に衝撃的でした。“次世代機ではこんな体験ができるのか”と驚き、PS4を必ず買おうと心に決めたのを覚えています。
その後、PS4ではたくさんの素晴らしいゲームに出会うことができました。
それでも、このトレーラーはこれまで見た中で最も印象的なものであり、今でも心から感謝しています。
不思議なのは、当時は批判的だったはずのユーザーたちの言葉が、年月を経てこの映像を“象徴”のような存在に変えてしまったことだ。
発売当時には、落胆や怒りの声も確かにあったはずだ。けれど今コメントを読み返すと、それ以上に強く残っているのは、あのE3デモを初めて見たときの衝撃や、「このゲームをやってみたい」という純粋な気持ちだ。
10年以上経った今でも、この映像を見返す人が多い。それは技術の進歩を懐かしむためではなく、当時感じた体験をもう一度確かめたいからだと思う。
E3 2013のDivisionデモは、ほんの一瞬、ゲームがどこまで進化できるのかを見せた。しかし、その理想にはいまだ誰も届いていない。
だからこのコメント欄は、単なる懐古ではない。
そこにあるのは、かつて描かれた理想が、今もまだ現実になっていないという実感だ。
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